第14話 最悪過ぎる結果。

 俺はオライオンの機上にいた。本来は潜水艦を探すための航空機ではあるが、視界の良さから捜索・救難任務にも使われるプロペラ四発の大型機である。

「どうだ、分かりそうか?」

 俺はアイリーンに聞いた。彼女の前の虚空には、俺にはよく分からない色分けされたグリッドがあり、機が進む度に刻々と色が変わっていく。

「反応なし。これは大仕事ですね」

 彼女は額の汗を拭った。やはり、簡単にはいかないか……。

 時間を少し戻してみよう。アイリーンと再開したのは、本当に偶然だった。


「まいったわね。損害ばかり増えていくわ……」

 鈴木がため息混じりに言った。ここは、いつもの喫茶店である。

「危険危険とは聞いていたが、まさかここまでとはな……」

 毎日のように、鈴木のお仲間が撃墜されていく。全く関係ないならず者共でも、空を飛び回る航空機は鬱陶しいようだ。

 そもそも、空から捜索しても三井たちを発見するのは難しい。深い洞窟にでも隠れられたらおしまいだ。状況は悪化するだけである。

 そんな時だった。俺宛に一通の手紙が届いた。


『連絡が遅くなって悪かったな。お前の居場所を聞き出すのに、少々手間が掛かってな。まあ、少し痛い目を見て貰った。不本意だったのだがな……。

 俺たちは身代金を求めているわけじゃない。すでに商人とは話しが付いている。異世界人と言うだけで、高値が付くからな。ここから先はゲームだ。三日以内に見つけてみろ。もし見つけられたら、素直に開放してやる。見つけられなかったら……分かるな? もう二度と会えないだろう。健闘を祈る』


 写真も入っていた。三井、ランボー夫婦……その姿は酷い有様だった。

 俺は全てを鈴木に回した。なにも言う気になれない。鈴木の無言の一撃が、頑丈なはずのテー-ブルを軋ませた。

「熱くなるな。それが狙いだ。しかし、これだけじゃなぁ……」

 一般市民の俺が冷静で、空自のパイロットが乱れてどうする?

「やっぱりさらわれていて、どこかの洞窟。半歩くらいは前進したな」

 生きている。それだけ分かれば、今はいい。

「すまん、ちょっと出てくる」

 俺は混雑する通りを歩き始めた。こういう街なので、武器屋ばかりである。そういえば、ハンヴィを失ったので、替えが必要である。またハンヴィいいのだが、それでは芸がない。いっそ歩兵戦闘車でも買ってやるか? などと馬鹿な事を考えてみる。

 歩兵も運べて戦車並の戦闘も出来る。しかも重装甲!! ……要らんな。戦車を買うのと変わらん。

 当て所なく店をボーッと見て歩いていると、いきなり声を掛けられた。

「ん?」

 見ると、久々のアイリーンだった。あのマグロ野郎を思い出す。お互い傭兵のような冒険者なので、ここにボルドアがいないのは不思議ではない。

「なにか、凄く怖い顔をしていますね。なにかありましたか?」

 ……しまった、顔に出ていたか。

「ああ、かなりヤバい。話しだけでも聞いてくれるか?」

「はい!!」

 俺はアイリーンを連れて喫茶店に戻った。この際魔法でも何でも、取れる手段は全てとらねば……。

「ああ、紹介する。こっちはアイリーン。以前、パーティを組んだことのある魔法使いだ。で、こっちは鈴木。一流の戦闘機乗りだ」

 俺がお互いを紹介すると、二人はがっちり握手した。

「さて、早速だが……」

 俺は事のあらましをアイリーンに説明した。写真を見た時、なにも言わなかったが強烈な殺気を放った。本気で怒ったな……。

「荒木さんたちには会ったことがないので分かりませんが、三井さんの魔力パターンは覚えています。二キロくらいまで近寄れれば……」

「知り合いにオライオン持ってるのがいるよ。さっそく行こう!!」


 こうして時間は戻る。この辺りは危険空域だ。長居は無用ではあるが、だからこそ可能性に賭けた。

 ちなみにだが、鈴木が言ったオライオンとはP-3Cという飛行機の愛称だ。初飛行から五十年以上過ぎた老兵ではあるが、改装を続けてまだまだ現役のタフなやつである。

「あっ、薄いですが反応がありました!!」

 アイリーンが声を上げた。急いで観測用の窓から双眼鏡で地上を見たが、ただの山肌にしか見えない。その代わり、なにか嫌なものを見つけた。

「あれ、『シルカ』じゃね?」

 鈴木がすっ飛んで来た瞬間、2両の「シルカ」が砲弾を打ち上げ始めた。「シルカ」とは、まあ、自走対空砲……まあ、対空戦車だ。四門の二十三ミリ砲を持ち、今みたいに低高度飛行をしている航空機には非常に脅威となる。オライオンは急上昇で逃げ始めた。その辺の椅子の背もたれにつかまり、何とか吹き飛ばないように堪える。あんなもん食らったらタダでは済まない。レーダーで自動的に補正される砲弾は、ついに追跡を諦めたようだ。

「あ、反応が消えました。しかし、あの辺りに洞窟か何かがあるはずです!!」

 あんな対空兵器があるということは、確実に何かがある。関係ない道ばたに、あんなものを置かないだろう。

「もっと情報が欲しいな……」

 俺は誰ともなく呟いた。これだけでは、洞窟の規模すら分からない。

「同感。帰って作戦練りましょ」

 鈴木の声と共に、オライオンは初心者の街に向かっていったのだった。


「うーん……」

 テーブルに山と積まれた写真を見ながら、鈴木が唸った。俺も唸りたい。アイリーンはため息をついた。

 当たり前だが、この世界には偵察衛星はない。そこで、昔ながらの戦術偵察機による偵察が毎日が行われているのだが、洞窟の入口がないのである。対空装備があるということは、絶対何かあるはずなのだが……。

 三日。今日が最終日だ。俺は黙って席を立った。

「行くしかないな。車を借りるぞ。鈴木、お前は待っていろ」

 俺は装備を確認し、勢いよく席から立ち上がった。当然のように、アイリーンもたちあがる。もはや、悠長に偵察している場合ではなかった。

「あのねぇ、なんで私だけ蚊帳の外なのよ」

 腰から拳銃を引き抜き、残弾を確認してまた装填する鈴木。

「お前は戦闘機乗りだろう。陸戦は……」

「あのねぇ……基礎として陸戦の訓練はやるの。その辺の冒険者よか強いと思うわよ?」

 ニヤリと笑う鈴木。そうか……。

「時間がない。行くぞ!!」

 こうして、俺たちは初心者の街を出発したのだった。


「……さて」

 このカーブを曲がれば、道を塞いでいる「シルカ」が見える所まで山道を登ってきた。一度鈴木のジープを止め、そっと様子を伺う。

 対空戦車というと航空機ばかり相手にするようだが、実は地上攻撃も出来る。四連装二十三ミリ機関砲の破壊力は、俺たちなどあっという間に地上から消せるだろう。

「またオークか……。最近、多いな」

 そっと双眼鏡で確認すると、「シルカ」の乗員は降車し、なにかゲームのようなものに興じている。ふむ……。

 そう、まずは偵察である。恐らくここだ。洞窟の入口のようなものは、ここまで来ても見つからない。いつもの排除であれば、問答無用で爆破しているところだが、人質を取られている以上は迂闊に動けない。さて、どうしたものか……。

「魔力を感じます、解除魔法を使ってみますか?」

 アイリーンが聞いてきた。

「そうだな……もう少し待とう。その前に、あのガラクタを始末しないとな……」

 乗員が降りているのですぐには動けないだろうが、とにかく、あの自走対空砲は邪魔な存在だ。

「あれを谷間に叩き落としてくれ。事故に見せかけてな」

 俺はアイリーンに言った。

「お安いご用です。その程度なら、詠唱も要りません」

 アイリーンは右手を山側に向け、谷側にサッと振った。すると、二台の「シルカ」はゆっくりと動き、そのままガラガラと音を立てて谷間に落ちていった。ん? フォースか!? ……なんて冗談言っている場合じゃない。物陰から飛び出るべく、俺が一歩前に出る間に、鈴木とアイリーンが騒いでいるオーク共を素手で倒してしまった。……早すぎるぞ!!

「さて、軍曹殿。次の命令を!!」

 動いたせいか、鈴木の顔に余裕が戻ってきている。いい傾向だ。

「アイリーン。魔法解除を頼む。鈴木、撃てるようにしておけ」

 鈴木が音もなくグロック17を構えた事を確認し、俺はアイリーンに指示を出した。

「了解、いきますよ!!」

 アイリーンが呪文の詠唱を始め、そして放つ。

「あるべき姿へ!!」

 その瞬間だった。ぐらりと石壁が歪み、その本来の姿を現した。どうやら、洞窟などではなく、山道の壁が削れた窪みのようだったが、なるほど、これでは航空偵察では分からないわけだ。


 横並びに3人が膝立ちに座らされ、それぞれの後ろには拳銃を持った盗賊。無言だった。何の忠告もなく、その引き金が引かれたのは。そのまま3人は地面に倒れた。

 えっ……はい??

「タイムアップだ。俺は三日後と言ったはずだ。つまり、今日の午後三時には期限切れだったのさ。そして、ここに来る予定だった商人は、お前たちの航空機が攻撃して死んだ。大損害の落とし前は付けさせてもらったぜ」

 ちょっと待て。今何が起きた?

 俺が大混乱で動けなくなった傍らで、鈴木とアイリーンが共闘して雑魚を倒した、あとは、この偉そうなやつだが……そんな事はどうでもいい。ちょっと待て。死んだのか、この三人が?

 ようやく硬直の呪縛が解け、俺は地面倒れ伏した三人の様子を見た。誰が見たって分かる。即死だ……。楽しそうで、死が隣り合わせ。それがこの世界だ。しかし、これはあんまりだ……。

 気が付けば、俺は偉そうな態度でのたまっていた野郎に向かって、ありったけの拳銃弾を撃ち込んでいた。

「防御結界です。破れません!!」

 アイリーンが叫ぶが知った事か。しかし、俺は……無力だった。サブマシンガンも拳銃も、もう残弾がない。その他の兵器は置いてきてしまった。あったところで、役に立たなそうだが……。

「じゃあな、間抜け野郎。今目の前で起きた事を覚えておくがいい」

 そして、男の姿は消えた。まるで、闇に溶けていくように……。

「さて、あんなのはどうでもいい。みんなは……うっ」

 鈴木が言葉を詰まらせた。アイリーンは目を閉じて杖をそっと地面に立て、なにか祈りのような言葉を呟いている

「ミッション失敗だ、最悪な形でな。目的が出来たな。この世界に来る理由もな……」

 俺は空になった拳銃を放り捨て、静かに呟いたのだった。


 ランボー……いや、荒木夫妻と三井の葬儀は、こちらの世界で行うこととなった、。自分の世界に連れ帰ると、大騒ぎになってしまうからだ。不本意ではあったが、どうにもならん事もある。

 葬儀といっても、今まで関係した数少ない人のみである。こちらの世界は土葬らしく、柩に土をかけていくのだが、感覚がバカになってしまったのだろう。あるいは、実感が全く湧かないか……。いずれにしても、淡々と作業をこなすのみ。

 いつもの喫茶店に入り、鈴木とアイリーンもテーブルを共にする。ここにきて、ようやく実感が湧いてきた。そう、もう三人はいないのだ……。

 不思議と泣けなかった。それより、あの野郎に対する憎悪が急速に増していく。ついに臨界点を迎えた時、俺は頑丈なテーブルを殴っていた……。痛い。

「落ち着けとは言わない。暴れるなら外へ。気が済むまで相手するから」

 鈴木がポツリと言った。アイリーンは何も言わない。ただ目を閉じている。

 ……馬鹿野郎。鈴木とやり合って何になる?

「すまん、手が滑った。俺は冷静だ。問題無い」

 我ながら、説得力ねぇな。

「そう、冷静なら話すわ。あの盗賊団の動きは完全にロスト。元々、本拠地がどこかも分からないような輩だったからね。目下、私の友達が探索しているけど、空からだと難しいかもね……」

 鈴木が困った顔になった。こういうときは、本当に手がない時だ。

「私がお役に立てるかもしれません。あの男の魔力パターンを覚えました。ただ、転送魔法で逃げているので、どこを探せばいいのかまでは……」

 決め手に欠けるか……これは難題だな。

「とりあえず、ゆっくり考えさせてくれ。多分、ロクな事を考えないから、きっちり止めてくれ」


 俺は席を立ち、投宿しているボロホテルに向かった。もちろん、気分は最悪である。これでハッピーなヤツがいたら、弟子入りしたいくらいだ。

「……復讐は復讐を呼ぶ。分かっちゃいるが、人として黙ってられんわな。やっぱり」

 部屋に戻った俺の顔はどうだったのだろう。多分、見られたものではないはずだ。

「ちと強引だが、考えを切り替えよう。相手は、どこにいるかも分からん盗賊団か……」

 ウジウジしている暇があったら、一歩先に。俺の信条だ。薄情と言いたければ言え。


 こうして、俺の復讐劇は幕を上げた。お気軽な異世界旅行は、あのクソ野郎を倒すまで終わりだ。

 ああ、なるべく明るく記すつもりなので安心されたい。鬱々と書かれたら嫌だろ?

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