第13話 ハンビィの最期と大事件
「なぁ、三井。ずっと疑問に思っていたんだが……」
安すぎず高すぎず、庶民的ではないけれど高級店ではない。何とも言えない絶妙な感じのレストランで飯を食いながら、俺はそっと切り出した。
「あれ、どうしました?」
三井が不思議そうな顔を向けた。
「その……ご両親に挨拶とかしなくていいのか? 一応、そういうのはしっかり……ほぶぉ!?」
三井のグーパンチが見事にクリーンヒットした。
「あんな親なんてどうでもいいんですよ。もうとっくに縁を切っていますし……」
いかん、地雷原に突っこんじまった。
「いやまぁ……。いいならいいが……」
良くないぞ。絶対!! 俺のバカ!!
「そんな事より、この後どうしますか? 映画も飽きましたし……」
なまじ異世界という強烈な刺激があるため、こちらの世界が退屈になるという弊害を生んだ。よほどの作品でない限り、映画を観ても心が動かなくなっている。まあ、あの海賊映画はちょっと笑ってしまったが……。
「暇つぶしだ。少しドライブでもするか?」
俺が提案すると、三井は目を丸くした。
「あれ、こっちでは車を持っていないんじゃ?」
そう、持ってなかった。昨日までは……。
「昨日の夜、店から引き取ってきた。中古のオンボロだけどな。全く、駐車場代の方が高いぜ」
思わず苦笑してしまった。さすがに不便に感じて車を買ったのだ。店の隅で埃を被っていた古いソアラである。動くかどうかすら怪しかったが、今のところは問題ない。
「ああ、それで昨日早帰りしたのですね。珍しいとは思ったのですが……」
そういや、三井に言ってなかったな。
「ま、そういうことだ。行くか?」
「はい!!」
三井が元気に応えた。この時間では長距離は難しい。俺たちは適当に都内を巡り、その日一日を終えたのだった。
天気、快晴。絶好の世界日より……ってまあ、天気は関係ないが、不覚にもどぎつい風邪を引いてしまった。体温約四十度ってなによ。死ねってか?
これで異世界に行ってもどうしようもないのだが、向こうには優秀な回復士がいるはずだ。寝込んでいるよりマシか。
仕事は休んだが、深夜には会社に何とか出向いて、異世界へと旅立つ。事前に連絡したので、全員マスク着用だ。無論俺もな。
「それにしても、そんな状態では依頼どころではないだろう」
姐さんがパラパラ依頼書の束を捲りながら、ため息交じりにそう言った。
「大丈夫ではないが大丈夫だ。誰か、回復士を……」
三井が席を立ち、なにも言わずにすっ飛んでいった。
あー、 駄目だこれは。素直に寝込んでおくべきだった……。
「連れてきました!!」
はや!!
「ほう、また会ったな……」
うげっ、腕が悪いと自ら言い放ったあの回復士じゃねぇか!?
「どれ、さっそく診てみよう……。風邪だな」
分かってるわ!!
「だいぶ拗らせている。これは魔法では無理だな。さっそく薬を調合しよう」
薬か……。苦いの苦手なんだよなぁ……。
しかし、この後に待っていたのは、そんな甘っちょろいものではなかった。
「よし、出来たぞ。その状態では、自力で飲むのはキツいだろう」
確かにキツい。何も口に入れたくない……。
「ちょっと荒療治だぞ。覚悟しろ……」
言うが早く、この馬鹿野郎は薬を口に含んだ。そして……
「ちょ、ちょっと待て。治った、治ったから!!」
逃げようとしたが、体が全然動かない。そして、予想通りの展開が待っていた。男の唇が俺の口に接近し……これ以上は、言わないからな、絶対!! デリート。記憶デリート!!
……結論を言おう。確かに急速に風邪は良くなった。しかし、メンタルはボロボロになった。どっちが良かったのだろうか? それは、誰にも分からない……。
俺の体調もあり、今日はイージーな仕事だった。三つ先の村まで荷物を届ける。ただそれだけ。
初心者の街にある大きな商店からの依頼で、積み荷は野菜などだ。配達の人間が、風邪を引いてしまったらしい。流行っているのだろうか?
「ん?」
街道を快調に走っていると、王家の紋章を車体に描いた大型軍用トラックが、列を作って走っていた。
「ああ、王都に帰還中の騎士団ですね。追い抜いたら駄目ですよ。怒られるでは済まないので」
三井がその正体について明かす。妙に詳しいな。それにしても、馬に乗らない騎士か……なんとも言えんな。
トラックは隊列を組んでいるのであまり速くはないが、イライラする程遅いわけでもない。俺は黙って付いていく。楽と言えば楽だ。
「なぁ、三台前のトラックが引っ張ってるヤツって野砲だよな? どうなってんだ。騎士団!!」
ここからでは詳細は分からないが、明らかに牽引式の大口径砲だった。つくづく、この世界はロマンを壊してくれる。
「多分、地対空ミサイルもどこかにあります。演習で使っていますので」
三井は日本語版の新聞を出してみせた。なるほど、ソースはそれか。公開していいのかね? まあ、知ったことではないが。
「さて、申し訳ないがこの依頼が終わったら、俺は元の世界に戻る。なんにしても、体調を整えないと何も出来ないからな」
えっとまあ……とにかく、こっちの薬を飲んだおかげで楽にはなった。しかし、万全ではない。またぶり返したら事だからな。
「了解」
「分かった」
ランボーと姐さんは即答してきたが三井は少し悩み、結局首を縦に振って了承の意を伝えてきた。
「じゃあ、俺たち三人で少し遊ぶか。簡単な依頼でもこなして」
ランボーの提案に、誰も異議を唱えなかった。
荷運びの依頼を終えて、俺は元の世界のドアをくぐったのだった。これが、ちょっとした事件の入口だった事も知らずに……。
「変だな。三井が来ない……」
この一週間、三井は姿を見せていない。それぞれ所属する部署で聞いてみたが、ランボーや姐さんも出社していないようだ。
「これは、非常事態だな……」
向こうの世界でなにかあった。間違いないだろう。俺は「存在しない超ド田舎に住む叔父さん」を「殺害」し、半ば強引に一週間の長期休暇を取った。間違いなく事態は拗れているだろう。金曜日の夜、俺は一人であちらの世界に飛んだ。
「さて、どうしたものか……」
当てもないので、まず三人が寄ったであろう依頼斡旋所に向かった。いつも通り混んでいたが、カウンターにいたノームの爺様に事情を話してみたが……。
「うーん、そんな三人組は来ていないねぇ」
残念ながら空振りだった。そういや、姐さんが大量の依頼書を持っていたな……。無駄かも知れないが、初心者の街に無数にある店への聞き込みもやったが、やっぱり無駄だった。事態はいきなり八方塞がりになってしまった。
「はぁ、とりあえずいつもの喫茶店に行くか……」
喉が渇いた事もあり、ガランカランという音と共にドアを開ける。すると、いきなり鈴木に出会った。
「あれ? 生きてる!!」
おいおい。
「なんだ、いきなりご挨拶だな。生きてちゃ悪いか?」
俺は半眼で鈴木に返した。
「いやだって、街の近くで大破したあんたらのハンヴィが見つかって、ちょっとした騒ぎになっているのよ!?」
なんだと!?
「ちょっと座ろう。ゆっくり聞かせてくれ」
冷静を装い、俺は適当な席に座った。向かいに鈴木が座る。その目には、珍しく焦りの色があった。
まず、俺から説明した。先に帰って、残りの面子が残った事を。
「……なるほど、それであなたが無事なのね。とりあえず、一つ良かったわ。ぶっ壊れたハンビー見に行く?」
鈴木が聞いてきた。
「ああ、なにかヒントがあるかもしれんしな」
というか、目下ヒントはそれしかない。断る理由はない。
「じゃあ、付いてきて!!」
喫茶店から出ると、鈴木と俺は数ある預け屋の一つに行った。そこに預けてあった鈴木の愛車は、滅多に乗らないせいか埃まみれの、いわゆるジープだった。
「乗って!!」
ドアも屋根もないので、助手席に滑り込むのも簡単だ。空を飛んでいるイメージが強い鈴木だが、ちゃんと車の運転も出来るらしい。
人混みをかき分けるように街を出ると、そのまま街道を突き進む。街のこちら側は滅多に来ない。危険と言われているので、用がなければ立ち入らない地域だ。
「ああ、あれか」
それはすぐに見つかった。街道を塞ぐように、見慣れたハンビーの後部が見えた。
「そう、あれ。前部は酷いわよ」
ジープをハンビーの後ろに駐め、鈴木は拳銃を抜いた。
「そんな物騒なもん……」
俺は言葉を途中で切った。切らざるを得なかった。黒焦げのフレームに、元が何だったか分からないほど、まるで壊れたオモチャのようにグチャグチャになった前部。対戦車地雷でも踏んだか? いや、それならば、こんなもんじゃ済まねぇか……。
「何らかの攻撃を受けたのは確かよ。気を付けて……」
鈴木のフォローの元、俺はまず前席のドアを開けようとしたが、フレームが歪んでいるらしく上手くいかない。なんとかこじ開けてみたが、特に手がかりになりそうなものはない。血痕がないだけ安心した。
「さて、こっちは……」
ランボー夫婦の指定席である後席にも、これといったものはない。手がかりらしいものはないが、一つ分かった事がある。
「さらわれたな。これは……」
言いたくはないが、死体がなく姿が消え、なおかつ足である車が大破。誘拐以外の何がある?
「私もそう思った。だから、すでに知り合い総動員で捜索しているけど、この辺って怪しいヤツらの巣窟が多くてね。かなり難航している。死者も出ているし、限界は近いわね」
いつもの脳天気さは姿を消し、殺気すら漂わせる鈴木の肩をポンと叩いた。
「戦闘機乗りがカリカリするな。見落とすぞ」
不思議と冷静な俺がいた。なんでこんなに落ち着いているのか、自分でも分からない。あれか? 本気で「キレる」ってこういう事か?
「……そうね。ごめん。ちょっと熱くなっちゃった」
鈴木が深呼吸した。それでいい。
「街に戻ろう。まず、情報を集めないと動けん」
こうして、俺たちは初心者の街に戻ったのだった。
やれやれ、コイツはヘヴィだな。
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