第12話 重戦車の咆吼と混浴温泉

 ランボー夫婦が帰ってきた。いい加減伏せ字が面倒だし鬱陶しいだろうから、そのまま言うからな。だからといって、何が変わるというわけではない。俺たちは、相変わらず初心者の街にある喫茶店でダベっていた。

「えっ、パンジャンドラム?」

 三井がすっとぼけた事を抜かし、思わず椅子から落ちそうになった。

 それは、かの有名なノルマンディー上陸作戦用の試作珍兵器だ。

 小型の爆弾を詰み推進用のロケットでゴロゴロ転がる車輪で、お試し時に見学していた将校席にモロに突っこんだという逸話がある。

「パンシャン・ドライット!! エルフ語で意訳すると『私は恋の奴隷です』だそうだ。三井に送っておくから、しばらく妄想で遊んでろ」

 結婚結婚うるさいので、俺は三井にそう言った。

「ああ、なんか撃ち殺したくなってきた!!」

 だから、赤面しながらグロックの銃口を、俺のこめかみにゴリゴリ押しつけるな。

「さて、これは置いておくとして、なんか適当な依頼ないかねぇ」

 姐さんが例によってバサバサと依頼書の束を捲る。それ、取った段階で「引き受けます」の意思表示なんだけどな。まあ、バレなきゃいいけど。

「たまにはゲーム的なノリで……」

 姐さん、一体なにを探している。また精霊は嫌だぜ?

「おっ、いたいた!!」

 姐さんがばっさばっさやっていると、お馴染み鈴木がやってきた。

「ねぇ、一つ聞くんだけど、対艦ミサイル撃った事はある?」

 おいおい……。

「俺らは民間人だぜ? あるわけないだろ……」

 呆れてため息も出ねぇぜ。

「いやさ、海賊退治を引き受けたんだけど、船の数が多すぎてさ。とても追いつかないのさ。だから、声をかけたんだけど……」

 ……いやなぁ。

「サーモバリック爆弾でも投げておけば?」

 俺はあえて冷たく言い放った。

 燃料気化爆弾。最近個人装備にまで幅を利かせ始めた、一発で広範囲の人間を瞬殺するえげつない爆弾である。建物を壊す事には向いていないが、船上の海賊を叩くにはおあつらえ向きだろう。

「あのねぇ、この世界の海賊は空母や戦艦まで持ってるのよ。あの「愉快な海賊映画」みたいな、木造帆船の楽しい相手じゃないんだから」

 ……どんな海賊だ!!

「いずれにしたって、俺らがどうにか出来る相手じゃないだろう。お前みたいな戦闘機乗りじゃねぇし」

 そんな現代の艦隊みたいなヤツらを相手に、俺たちが何が出来る!!

「分かった分かった……じゃあ、ちょっと空を飛んでみない?」

 鈴木の目が妖しく光り、カチリと三井がグロックの安全装置を外す音が聞こえた。

 お、女の子同盟……。

 こうして、俺たちの週末は決まったのだった……。


「うぉぉぉぉ!?」

 異世界で空を移動するもの。色々あるが、まさかここでドラゴンとは……。

 もちろん、俺が操っているわけではない。ドラゴンテイマーと呼ばれる、いわば竜使いが前方に乗り、俺は後方に乗って海上警戒の役目を押しつけられた。何かの武器を操作するわけではない。ドラゴンテイマーがドラゴンを飛ばし、俺は双眼鏡で海上を監視する。それだけだが……。むき出しのドラゴンの背に乗り、風を切って飛ぶなんて当然これが初めてだ。ちょっとした絶叫マシンである。

 一応仕事はしているが……やれやれ。

 海賊出没多発海域の上空を手分けして飛び、発見次第鈴木に無線で連絡する。そういう作戦なのだが、そうそう上手くいくか……。

 なんで航空機を使わないのかというと、金属ではないドラゴンはレーダーに映りにくく警戒される心配が少ないとか。ついでに、燃料切れの心配もないとの事。全く、鈴木が絡むとロクな事にならないんだよなぁ。

「ん?」

 肉眼で海面になにかポツポツと黒い点がある事を確認した。双眼鏡で確認すると……船だ……いや、これは。

「鈴木、ビンゴ!! 何かの艦隊を確認した。ポイントは……」

 位置を知らせたその時、ドラゴンが急降下した。ぬぉぉ!?

 そして、なにか黒い影と一瞬交錯する。な、なんだ!?

 俺が乗るドラゴンのすぐ真後ろに、ピタリと戦闘機が張り付いている。多分、SU-33D 艦載形のフランカーだ。ロシアの名機である。

 俺は思わず、ゴッツイ体をしたドラゴンテイマーの体にしがみついてしまった。こちとら、シートもシートベルトすらないんだぞ!!

 そして、やっぱり空戦が開始された。向こうはバカスカ機関砲を撃ち込んでくるが、こっちには武器はない。ひたすら逃げ回るしかないのだが、戦闘機を持っている海賊なんて聞いた事ねぇ!!!

『座標確認したよー。手練れ連れて急行~!!』

 鈴木の野郎、暢気にしやがって!!

「フランカーに追いかけ回されてる。早くしろ!!」

 俺は無線に声を叩き付けた。冗談じゃねぇ!!

『大丈夫。捕捉してるから。あと……』

 その時だった。ドラゴンがいきなりとんでもない動きで、背後にくっついていた戦闘機を引きはがし、そのまま逆に背後に付くとお馴染みブレスを吐いた。

 ……ドラゴン対現用戦闘機。そんな戦い、見たことないだろ? それが、これだ!!

 ドラゴンの吐いたブレスはフランカーの機体を直撃し、一瞬にしてガス塊に変えた。すげぇな……武器あったわ。

 そこに遅れて鈴木一味が到着した。まるで、黒い胡麻のような一団が超低空で艦隊に接近していく様子がここからでも分かる。対艦ミサイルならもっと遠距離から攻撃しているだ。品切れか?

 まあ、そんな事は鈴木の管轄だ。俺の哨戒任務は続く……結局、七つほどの海賊艦隊を発見し、見事MVPに輝いたのだった。


 異世界。なにかきな臭いことばかりやっているようだが、決してそんな事はない。本来の世界では車を持っていないペーパーな俺だが、こちらではハンヴィがある。仕事の合間に三井を連れ出し、俺はドライブしていた。ランボー夫婦は、別行動でなにかやっているはずである。

「どこに行くんですか?」

 この界隈は、盗賊も多いが初心者を狙った小型の魔物も多い。早速犬形の何かが出たが、いちいち戦うのも面倒なので、アクセル全開で跳ね飛ばす。味も何もねぇな。我ながら。

「なに、ちょっとした保養だ。ガイドブックを読んでいたら、なんか温泉があるらしくてな。笑える事に混浴だぜ? 水着着用だが」

 混浴だろうが何だろうが、温泉と聞けば群がるのが日本人の性。これほど風呂好きの民族もいないだろう。

「なんと、温泉ですと!! それは行かねば!!」

 ……ほらな。

「えっと、ここから山道だな」

 街道から逸れ、温泉に向かう山道に入る。カーナビなんて要らねぇぜ。どれだけ運転したか……。

「ちっ、よりによって、コイツのケツかよ……」

 しばらく進むと先行車の後ろに付いたのだが、これがなんと貴重なティーガーだった。ああ、説明なんざ要らんかもしれんくらい有名だが、大戦中最強と言われたドイツの重戦車である。男のロマンではあるが……遅い!! こんなもんで温泉を目指すな!! 追い抜こうにも向こうは道幅一杯だ。大した運転技術ではあるが……。

「まいりましたねぇ」

 言うわりには楽しそうな三井。もしかして、こういうの好きなのか?

「悪くはないが。砲口がこっち向いてて、結構怖いな」

 恐らく、起伏のある山道の移動だからだろう。砲塔がぐるっと真後ろを向いて、悪魔の88ミリがこちらを向いている。戦車ではままある事だが、なんか撃たれそうで怖い。

「まあ、ゆっくり行きましょう。温泉は逃げませんから」

 そうだな、カリカリしてもつまらんしな。

 こういう事態を想定していたのだろう。しばらく進むと、左の山肌が大きく削られ、広大な待避場が設けられていた。ティーガーはそこに入り、道を譲ってくれる。俺はクラクションを軽く鳴らして追い抜き、速度を上げて温泉に向かったのだった。


「ほほう、こう来たか……」

 今時の綺麗に装備されたものではない。ただ湯船を作りましたという感じの温泉だった。一応、簡易的な更衣室とトイレくらいはあったが、まあ、それだけである。人間だけではなく、様々な種族がごった煮になっていて、なんだか異世界っぽくはあった。

 俺たちはさっさと水着に着替え、そこそこ混んでいる湯船に入った。

 ちなみに、三井の水着は初心者の街で俺が勝手に選んだ物だ。サイズも適当。多分合ってるはずだ。なにも言わないので、問題ないのだろう。多分。

「もう、ここに来るなら先に言って下さいよ。もっと際どい水着にしたのに!!」

 三井は湯に浸かりながら笑った。ほう、覚えておこう。

「ほどほどにな。しかし、湯が好きなのは日本人だけだと思ったら、結構いるなぁ」

 さっき思った事を言葉にしてみる。人間、エルフ、ドワーフこの辺りは標準装備として、ホビットに、えっ、なんでゴブリンの団体がいるの? あとは、なんか未来っぽい人もいるし、逆に中世っぽいマッチョな人もいるし、和風の……いや尻尾割れているな、狐か? 猫ではないな。えっ、ウニ? 茹だるぞお前……。さすが、「あらゆる時間、種族、世界」の者がが集まるこの世界だけはあるな。

「三井、そのビールどこから……」

 ふと、視線を三井に戻すと、彼女は勝手に酒盛りを始めていた。

「ああ、持ってきたんです。はい、ノンアルコール!!」

 運転もあるが、元々あまり飲めない俺にはこれがベストの選択である。三井はこういうところで、ちょいちょい気が利くので助かる。

「では……」

「乾杯」

 軽く缶と缶をぶつけ、しばし俺たちの世界では絶対に味わえない温泉を楽しんだ。


 三井は助手席で寝ている。飲み過ぎだ。風呂で飲むと、普通より回りが早いのだ。色々な面で、あまりお勧めはしない。

 長居しすぎて、すでに辺りは暗くなっている。この世界は夜は移動するなが鉄則だが、こうなったものはやむを得まい。今夜中に帰らないと、明日の出勤に間に合わない。

「確かに、魔物が多いな」

 バリバリ跳ね飛ばしているが、明るい時と比較して、暗くなった途端に魔物が明らかに増えた。これが、夜間移動しない方がいい理由だ。あと、盗賊にも目を付けられやすい。目立たないようにヘッドライトは点けず、暗視装置を装着して運転しているが、違和感があってあまりスピードは出せない。なかなかの緊張感である。

「ん?」

 バックミラーに何か映った。どうやら、後続車に追いつかれてしまったらしい。相手に迷惑をかけないように、俺はそっと街道の路面から脇に逸れた。

 すると、追い越していったのは昼間のティーガーだった。あんなの、そうそう何台もいるわけないしな。完全に追い抜くと、なんとハザードを3回。おおぅ、あんな巨体でちょっと可愛いウィンカーが付いていたのか。俺的にはこれは新発見である。

 さて、ちょうどいい「先導車」が出来た。俺はティーガーと付かず離れずの距離を保って走る。移動速度が上がるとホッとする。街灯なんてない、完全な闇だったからな。

 そのまま走る事しばし。もうそろそろ初心者の街かな……という時だった。前方のティーガーが履帯を軋ませて急停止した。うぉ、ブレーキランプまであるのか!!

 もちろん、俺もブレーキを踏んで車を止めた。なにかあったのは間違いないからな。ティーガーの砲塔がゆっくり動き、88ミリが草原に向く。俺も双眼鏡で見ると……いた。軍用トラック2台と装甲車……多分、老兵のM-113兵員輸送車!!

 盗賊だ。何度か遭遇しては振り切っているが、この世界の盗賊はまず馬などには乗らない。そして、ついに伝説の88ミリが火を噴いた。M-113が軽々吹っ飛び、隣のトラックも巻き込んで爆発炎上した。……すごっ。

『背後のハンヴィ。聞こえているか?』

 緊急周波数でティーガーから無線が来た。日本人とは限らないが、少なくとも日本語だ。

「ああ、聞こえる」

『今仲間を呼んだ。増援は五分で着く。戦闘が始まったら逃げろ』

 バシっと側面の防弾ガラスにヒビが入った。

 ……くそっ、せっかくほっこりしていたのに!!

 足止めの同軸機銃がカタタタタ……と曳光弾を発射し、再びティーガーの88ミリが火を噴いた。残ったトラックが大爆発を起こす。榴弾か……。

 その間にも、続々と盗賊団の数が増えていく。数に任せた突撃がこいつらの信条だ。最悪だな……。

「ったく、冗談じゃない……」

 こちらの武装は、護身用に持ってきた拳銃だけ。とても戦力にはならない。

 そして、長いような短いような五分が過ぎ、初心者の街方面から続々とやってきたのは、まさにドイツ機甲部隊だった。パンター、Ⅳ号にⅢ号……どうやら、そういうパーティーらしい。

 そして始まった大砲撃戦。というか、戦いになっていない。たまたま行き合わせたドイツ機甲部隊による、完全なワンサイドゲームだ。まあ、みんなが暗視装置を装着しているのは大目に見よう。

 さて、見物していたいところだが、俺はこの間に戦場から逃げ出した。アクセルを床まで踏み込み、どこから滑り込んで来たのか、小銃を構えて立ちふさがった盗賊二名を跳ね飛ばし、俺たちは無事に初心者の街に着いたのだった。

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