第11話 漁とグロックの咆吼
今週はリアル世界で特に面白いことはなかった。安全運転が一番とはいえ、異世界で暴れている身なので、どうしても物足りなくなってしまう。
そこに来て、まさに青天の霹靂。前日ギリギリで、姐さんとラ○ボーの結婚式の招待状が来たのだ。平日に行うという珍しいパターンだったが、その理由は異世界だと俺と三井には簡単に分かる。式を週末にしてしまうと、俺たちが行けなくなるからだ。
突然の出費であるご祝儀に頭を悩ませつつも無事に式は終わり、姐さんの名字は荒井から荒木に変わった。まあ、一文字しか変わらんがな。
「あの、私たちはどうします?」
会社の屋上でランチしていると、やはりというか何というか三井が聞いてきた。
「そうだなぁ。もう少し時間を空けたいな。このタイミングで結婚したら、なんかモロに荒木に影響されたみたいで嫌だしな」
正直、やられたという感じである。まさか、先に行かれるとは……。まあ、そういうのはまだ時期尚早だと思って伸ばしているのだが。
『ちっ、意気地なし。いっそ殺しちゃおうかな』
よく分からんが、なんだかいきなり背筋に悪寒が走った。
「三井、何か言ったか?」
「えっ、何も言ってないですよ」
さすがに、癖は分かっている。この張り付いたようなニコニコ笑顔は嘘だ。
「……来週、式場でも見て回るか?」
チャフ・フレア射出!! 頭の中で叫ぶ。ミサイル回避の常套手段だ。
「えっ? はい!!」
今度は本当の笑顔で三井が返事した。ふぃー。
俺は超人気で一年先まで予約で埋まっているような式場を、次々と頭の中にピックアップしていくのだった。ダテに仕事が暇なわけではない。ネットって便利だな。
最近ヘリばかり乗っていたが、今日は久々にハンドルを握っていた。やはり、愛車君の方が落ち着くものだ。
今回は荒木夫婦が新婚旅行で不在のため、人間の日本語を理解し、なおかつ俺腕利きと評判の二人の冒険者を雇っている。一人はエルフの魔法使いアイリーン、もう一人はドワーフのボルドアだ。
仕事の内容は、高級リゾート地の魔物退治。確か、スーサイドロングビーチとかいったか。なんて名前だ。適当に直訳すれば『自殺の浜』だぞ。怖すぎる。
「なんじゃ、二人は恋人関係のようじゃな。ワシには分かる」
ボルドアの声に、俺は危うく崖に突っこみそうになった。
「はい、もう少しで結婚間際なんですよ」
三井が嬉々として応えた。
「へぇ、頑張りなさいよ。大体、男なんてだらしないからねぇ。いざとなると踏ん切りが付かないから、蹴っ飛ばしてでも前に進まないと」
……生々しいぞ、アイリーンよ。
「そうですよねぇ。わざと一年待ちの式場ばかり回って、時間稼ぎするくらいですし……」
ニヤリと笑う三井。俺はアクセルを思い切り踏み込んでしまい、道路脇の茂みを突き抜け、道なき道を暴走してしまった。あのさ、「逃げちゃダメだ!!」って連呼していい?
「ほら図星。あとで殺すから覚悟しておいてね」
「あっ、それ私もやっていい?」
……なに、この三井とアイリーンの連携プレイ。
「若いの。男ってのは辛いものだ。頑張るんだぞ」
うぉい、ボルドア!!
盛り上がる女子チームと、無言の男子チーム。俺の未来は……多分暗い。
「これはまた、派手にやってますなぁ……」
管理人とやらに案内され浜に出た途端、そこはもはや戦場だった。俺たちの他にも無数のパーティーが変な魔物と戦っている。
「さて、ショータイムだな」
ドガっと音を立て、ボルドアが巨大な斧を地面に立てた。
「ええ、掛かりますか」
アイリーンの手には分厚い本。多分、魔法関連の書物だろう。お約束の杖もある。
「ちゃっちゃと片付けましょう!!」
基本ポジションはサポートの三井が、RPG-7を片手にニコニコ笑顔だ。
そろそろ解説しておくか。RPG-7とは旧ソ連が開発したベストセラー対戦車ロケット弾で、別名「自由の戦士の槍」。反政府ゲリラが等がよく使っているので、名は知らなくても一度はニュースで見たことがあるだろう。
「皆の衆、掛かれ!!」
俺はM-16を魔物の群れに向かって乱射しながら突っこんでいく。アイリーンのど派手な爆発魔法が炸裂し、ボルドアの斧が唸りを上げる。さすがに評判になるだけあって、ボルドアとアイリーンの腕は確かだ。
まさに破竹の勢いで砂浜を制圧していくと、なにか異質なものが現れた。
「マグロ?」
そう、それは巨大なマグロだった。砂浜の上に浮いておらず、海中ならば……。
「ああ、あれは『ホーンマグロ』といってな、高値で取引される。あれだけ立派なら、凄まじい値段が付くだろうな……という話しはいいとして、アイツが魔物を引き寄せたんだな。ここにいるのは全部アイツの取り巻きよ。陸上でも行動出来る変な魚だ」
カチャリと斧を構え直しながら、ボルドアが言う。
「さて、解体ショーといきますか」
アイリーンがいきなり魔法を放った。よく分からないが、多分風の刃的ものだろう。しかし、巨大マグロはそんな魔法などはじき返し、なぜか俺に向かって突撃してきた。ええええ、また俺かよ!?
とりあず横に飛んで逃げたが……いや、コイツはマジで俺を狙っている。軌道修正して突っこんで来た。お前はミサイルか!!
「このやろ!!」
俺は砂浜に寝そべりながら、M-16をフルオートで連射……あれ、ジャムった!?
そして、何百キロあるか分からないが、巨大マグロは俺に体当たりした。
「ごふっ!?」
こ、コイツは効いたぜ……。
「フン!!」
その隙にボルドアの斧がマグロ野郎を叩くが、まるで戦車のごとく刃を弾き返した。なんだ、コイツ!?
「どりゃあ!!」
三井の声が響き、多分RPG-7がマグロに命中したが、全く効いた様子はない。そして、マグロはいきなり宙に舞い上がった。お前、本当に魚か!?
なんて思っている暇があったら、逃げるべきだった。ギシギシいう身を起こそうとしたところに、マグロが空から突撃してきた。
「……」
本当に効いた時は、声なんて出ないもんだぜ?
今度こそ俺は砂浜に沈んだ。な、なんで、俺なんだ?
「こいつは、ただのホーンマグロではないな。アレを使うか……」
遠くでボルドアの声が聞こえた……ような気がした。
死ぬかも……と思っていたら、体が温かくなり、意識がはっきりした。
「はい、回復完了。動ける程度には治ったはずよ」
アイリーンがそう言ってニヤッとした。……あのバカと戦えと。
「よし、行く……ゴブッ!?」
立ち上がった途端、マグロの一撃が文字通り飛んできた。しかし、もうこんなクソッタレと遊んでやるつもりはない。俺は最後の武器として装備しているナイフを引き抜き、思い切り頭に突き立てた……が。
「かってぇ!!」
ナイフの刃は一ミリも刺さらなかった。考えてみれば、ボルドアの斧が効かないのである。俺がナイフを刺そうとしたところで、刺さるわけがなかった。
そこから先は、ほとんど反射のレベルの動きだった。俺はナイフを放り投げ、手榴弾の安全ピンを引き抜くと、マグロ野郎の僅かに開いた口の中に放り込んでやった。
ドスっという重い音と共に、マグロ野郎の動きが止まった。その瞬間……。
「どりゃあ!!」
凄まじい電撃がマグロ野郎を襲った。ほぼゼロ距離にいた俺を巻き込んで……。もう、無理……。
どうやら生きていたらしい。俺は、砂浜に寝かされていた。
「ごめんねぇ、うっかり忘れて巻き込んじゃった」
アイリーンが涼しげに言う。このやろ!!
「ま、マグロ野郎は?」
文句はあとだ。俺は誰ともなく聞いた」
「ああ、倒すには倒した。しかし、この辺を仕切っている漁師の連中が、速攻で回収してしまってな。骨折り損のくたびれもうけだ」
ゆっくり身を起こすと、ボルドアがため息をついた。
「それはいい。魔物は?」
今回の依頼だ。マグロ野郎は……まあ、どうでもいいか。
「ああ、親玉が消えたら子分も海に戻った。依頼達成だ」
そうか、ならいい。
ゆっくり立ち上がると、砂浜に放り出してあったナイフとM-16を回収した。あーあ、砂まみれ。クリーニングが大変そうだ。
ああ、さっきジャムったといったが、簡単にいうと弾詰まりだ。案の定、空薬莢の排出口に一発詰まっている。予想通りだ。
「さてと、依頼も終わったところで……私との結婚。真剣に考えている?」
ニコニコ笑顔で三井がグロックを抜いた。ほぼ同時に、アイリーンがなぜか手慣れた様子で、素早く俺を縛り上げた……。
「い、いや、その……」
俺の戦いはまだ終わっていなかった。マグロ野郎の方が楽だ。マジで!!
「若いの。頑張れ」
「ぼ、ボルドア~!!」
静けさが戻った砂浜に、銃声が響き渡る。
俺、なんでこうなの?
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