第10話 ベギ○ゴン!!(実弾)

「あーあ……」

 俺だって人間だ。ミスの一つや二つは何のその。始末書なんて友達みたいなものだ。

「しっかし、めんどくせぇ!!」

 ミスするのは当たり前だ。大事なのは、それをどうリカバリーするかであり、そこが腕の見せ所だ。「それにしても、『生きている』ケーブルひっこ抜いちまうとは、俺もヤキが回ったもんだ……」

 違う場合もあるが、小型から中型のサーバなんかは普通のデスクトップパソコンみたいな感じで、さほど難しくもなくコンセントから電源を取るように出来ている。

 とはいえ、そこはサーバなので万が一の停電や落雷などに備えて、UPSという予備電源のような機械を挟むのがセオリーだ。

 つまり、大元のコンセントから電源ケーブルを誤って引っこ抜いてしまっても、いきなり落ちてしまう事はないのだが……。

 たまたまサーバの入れ替え作業があり、電源を差し替えようとして……間違って隣のUPSから「生きている」ケーブルを抜いてしまったのだ。

 幸い、データが派手に飛ぶような事はなかったが、再起動後の作業などで三十分ほど停止。そのサーバを利用している部署のクレームは凄まじく……まあ、始末書となったわけだ。

 まあ、こんなもんでめげていたら、サーバちゃんのお守りは出来ないけどな。一応、反省はしている。猿でも出来る程度には。

 俺が重機関銃のような勢いでキーボードを叩いていると、まるで忍びの者のように、いつの間にか三井が俺の背後に立っていた。

「おわっ!?」

 俺は咥えていたタバコ……ではなく、ペロペロキャンディーを吹っ飛ばしてしまった。糖分が欲しかったのだ。

「定時ですよ。今日は金曜日ですし、あっちに行く前にお話でもと思って……」

 ……なんだ、もうそんな時間か。

「分かった。三十分待って……」

 三井はどこに隠していたのか、ナイフをちらつかせた。

「十分でやりなさい」

「……はい」

 なぁ、今さらなんだが、三井と婚約したのは何か間違えたかもしれんな。

 なんにしろ、俺はキーボードを叩く速度を上げた。指先は音速を超えた……わけないが、きっかり十分で始末書を仕上げた。俺だって、やれば出来る子なのだ。

「はい、あとでご褒美あげる。それじゃ、屋上でも行きましょうか」

「あー、そうだな。今の時間は開いてるか分からんが」

 ご褒美なんてろくなもんじゃないので聞き流し、俺は三井の提案に乗った。

「さっき鍵を壊しておきました。庶務課をナメてはいけません」

 ……うむ、やっぱり怖いぞ。三井よ。

 とりあえず、俺たちは屋上へと向かった。冬も近いのでさすがに冷える。

「あの、前から思っていたのですが、せっかく異世界に行っているのですから、たまには何かいかにもな探検してみたいですね。遺跡とか迷宮とか……」

 三井がニコニコ笑顔で言うが……。

「うーん、休みだけ異世界だからなぁ。さすがに難しいな」

 技術屋の常で「無理」とは言わないが、「難しい」というのは同義語だ。

 しかし、「探検」というのは、やはり定番として押さえておきたいところではある。

「そうなんですよね……。うー、でも行きたいです!!」

 三井が言うが……うーむ。

 社会人になれば分かるが「有給」なんてものは、自由に取れそうでそうそう簡単に取れないのだ。連休となればなおさら。まあ、会社を辞める時に、一気に消化するくらいだろう。それが日本だ。やれやれ……。でも、うちの会社なんてまだマシな方だと思うぞ。

「まあ、それはあとで検討してみるとして、そろそろ魔法なんかも覚えた方がいいかもな。現代兵器でごり押しも悪くないが、怪我した時に回復出来た方がいいだろう」

 一応、肩書きは魔法使いだ。回復系の魔法くらい覚えておいても損はないだろう。

「それは調べておきました。魔法の本に書かれている呪文を詠唱するだけで、勝手に発動してくれるみたいです。それに見合った魔力が必要らしいですけどね」

 ほう、意外と簡単なんだな。

「……ですが、あの字は読めません。文字というよりただの図形です。それより、必要な時に、本物の魔法使いを雇った方が早いです」

 なるほど……

「まあ、いいか。俺らには俺らのやり方があるってね。さて、時間までゆっくりするか」

「はい!!」

 俺たちは、まあ、それなりの時間を過ごす。三井は時々脱線事故を起こすが、基本的には悪い子ではない。多分。

 ちょっぴり不安はあるけれど、私、この子と婚約してるんです。……あー、怒られるな。こんな事言うと。気にせんでくれ。


「うーん、難しいね。どうしても、月単位で時間が掛かるからさ」

 いつもの喫茶店での談笑中、たまたまやってきた鈴木と本間も同席し、探検について切り出したが色がいい返事は来なかった。

 やはり難しいかと思った時、本間が口を開いた。

「探検というほどではありませんが、近くに小さな遺跡はあります。半日くらいで終わってしまう上に、手垢が付きすぎて誰も近寄ろうともしませんが……」

「そんなのあったっけ?」

 鈴木が本間に聞いた。

「はい、『アイスの遺跡』です」

 本間は気色悪い色をしたジュースをストローで吸った。よくそんなもん飲めるな。って、そうじゃなくて!! 

「ああ、あそこか。あまりにも普通すぎて忘れていたわ。あそこなら日帰りでクエストできるわね」

 鈴木がテーブルに広げてあった地図を指差す……孤島だ。

「陸路で行けないとキツいぜ。ハンビーは泳げないからな」

 この初心者の街から北に二十キロくらいか。陸路なら大した距離じゃないが、孤島となると、なかなかに難しい。

「大丈夫です。私の知り合いで、MH-60Lを飛ばしている人がいます。三十分もあれば着きますよ」

 ブラックホークか。UH-1の後を引き継いだ汎用ヘリだ。映画でもお馴染みのあのヘリである。特にMH-60Lは特殊作戦用に色々改造されたスペシャルだ。

「どうする?」

 俺は皆に聞いた。嫌という者は一人もいなかった。これで決定だった。


 例によって飛行場を飛び立った俺たちを乗せて、ブラックホークは快適に……いやまあ、うるさいが、とにかく順調に孤島に向かっている。そのとなりには本間のアパッチ。鈴木は出番がないとお休みである。

 乗員を乗せるキャビンのドアは開けっ放し。片側には凶悪な破壊力を持つミニガンと呼ばれる、その名の通り小さなガトリング砲が設置されている。通称「無痛ガン」。痛さを感じる前に死んでいるという、絶対食らいたくない奴だ。

 あっという間に孤島上空に差し掛かった俺たちは、そこで信じられない光景を目にした。島中に魔物が溢れかえっていたのだ。これでは、着陸出来ない。

 さっそくとばかりに、ガンナーがミニガンを発射し始めた。随行していた本間も、しこたま積み込んできたロケット弾をぶちまけ始める。小さな孤島は、いきなり戦場となったのだった。


「なんでこう、俺らは素直にいかんのかね……」

 結論から言おう。今回の遺跡探検は中止となった。誰も来なくなったことで、遺跡から魔物が大量にあふれ出したというのが、本間の見解だ。恐らく、そんな所だろう。鈴木が綺麗に掃除しておくと言っていたが、遺跡も纏めて吹っ飛ばしそうで怖い。

 こうして暇になった俺たちは、どうでもいいような魔物の討伐依頼をこなし、週末を終えたのだった。


 つまらなかろうが、暇だろうが、現実あっての異世界である。

 どうでもいいような午前中を過ごし、いつもなら三井と屋上で昼食だが、今日は珍しく姿を見せない。ちなみに、俺の部署では三井と婚約している事は周知の沙汰で「ちょっと待て、そんな女で大丈夫か?」とか「リア充爆ぜて消えろ!!」と温かい言葉を頂戴している。

 異世界を行ったり来たりする生活もなかなか楽しい。どっちかだけだと飽きてしまう。この生活も捨てたものではない。

「さて、ゲームでもやるか……」

 俺はスマホを取り出し、ゲームアプリを立ち上げた。これ、奥が深すぎて大変なんだよなぁ……。

 ポチポチとひたすらイベントをぶん回す。メインストーリーよりこっち? というくらい重要なのだ。暇つぶしというにはヘヴィである。

 そんなこんなで、三井がいない昼休みは過ぎていったのだった。


「ああもう、急な仕事で!!」

 定時になった途端、三井が姿を見せた。

「ああ、所詮従業員だからな。いつも通り屋上か?」

 自分のパソコンをシャットダウンしながら、俺は三井に聞いた。

「はい!!」

 もはや日課になっている終業後の屋上。普通にデートでもすればいいのだが、今日もまた週末である。平日はちゃんとしてるからな。念のため。

「いよいよ探検ですね」

 そう、今日は遺跡探索の予定だ。ちゃんと「掃除」が終わっていればな。なにせ鈴木がやる事だ。イマイチ信用できん。

「今日探検出来なかったら、殺す寸前までやります。リーダ♪」

「……」

 コイツならやりかねない。いや、やる!!

 こうして、いきなり命の危機に立たされた俺だった。


 俺たちを乗せたブラックホークは、順調に海上を飛行している。すぐ側には本間のアパッチ。そして、ここからは見えないが、どこかに鈴木のストライク・イーグルもいるはずだ。

「『掃除』は終わってるって聞いてるが、どうだか……」

 重ね重ね、鈴木の言うことは当てにならない。そして、島の上空に差し掛かると……。

「なんだ、あれ?」

 遺跡の建物を越えるサイズのデッカイ姉さんが、真っ直ぐこちらを見上げていた。

『あれま、いきなりラスボスよ。あの遺跡って地の精霊を祀ったものなんだけど、最奥部にいるはずが……』

 鈴木の声が無線で届く。ほれみろ!!

「探検が……」

 いきなりの展開に、三井が絶句してしまった。まずい、このままでは俺に明日はない!!

「すまん、降ろしてくれ!!」

 パイロットに向かって叫ぶと、ブラックホークは無理矢理島に下りた。急ぎ飛び出した俺たちは、とりあえず自動小銃を構えて射撃を開始する。アパッチとストライク・イーグルの援護も始まった。ったく、ラスボスらしく地下にいろ!!

 ああ、言っておくが、俺たちにゲーム的必殺技はない。あるのは実弾のみだ!!

 巨大な姉さんは俺たちを敵と見なしたようだ。変な光線みたいなものを放ってくる。一発だけそれが俺の体を掠ったが、痺れるような強烈な衝撃が来た。シャレにならん!!

 援護の爆撃もミサイルも効かない。もちろん、銃弾も効いている気配がない。どうしろと!?

 鬱陶しかったのか、上空のアパッチにデッカイ姉さんの攻撃がいく。本間は見事に避け、ハイドラ・ロケット弾の雨を降らせた。ムカついたのだろう。

「おい、どうする? なんか魔法的なものがないと、あんなもん倒せないぞ!!」

 俺が叫んだ瞬間、姐さんが腰だめにバレッタを撃った。

「メラ○ーマ!!」

 ……いや、気持ちは分かるがよぅ、それは実弾だ!!

 しかし、爆弾やミサイルすらほとんど効き目がなかったのに、姐さんの気迫が届いたのか、多少は効き目があったようだ。デッカイ姉さんが少し体勢を崩した。その代わり、こちらへの攻撃が一層激しくなり、逃げ回るので精一杯の状態になってしまった。

「これはヤバいぜ……」

 目標がデカすぎて、どこを狙っていいのか分からない。実弾も効果が薄い。多少は効くようだが、倒す前に弾切れになるだろう。

「さて……!?」

 次策を考えて気を逸らしたのがいけなかった。飛んできた光線をモロに食らい。俺は吹き飛ばされてしまった。な、なんで、俺ばかり痛い目に……。生きているだけいいが。

 素早く三井がすっ飛んで……こようとしたようだが、光線の嵐でそれも叶わないようだ。

「撤退撤退!!」

 このままじゃじり貧だ。俺は全員に指示を出した。こんなもん、相手にするだけ無駄だ!!

 俺は信号弾を打ち上げた。その瞬間、アパッチとストライク・イーグルが総攻撃をかけ、上空で待機していたブラックホークが着陸した。いや、しようとした。

 なんでしょう。ヘリってここまで綺麗に斬れるのかね。ブラックホークは、デッカイお姉さんが放った刃状の光線で真っ二つにされ、そのまま海に墜ちていった……。

「……積んだな」

 チェックメイト。もはや手はない。

 そこに来て光線が発射され、皆がさっと逃げた。……あっ。

 ズドドド!!

 逃げ遅れた俺に人数分の光線が俺に集中し、さすがに死んだかと思ったが、何とか生きていた。倒れたまま動けんが……。なんで、俺ばかり被弾するんだよ!!

『街に緊急救助要請を出しました。一時間くらい待って下さい!!』

 本間の緊迫した声が無線に入ったが、応える気にもならねぇ。一時間も経ったら全滅しているだろう。

 デッカイ姉さんが次の目標に選んだのは、どうやらラ○ボーのようだ。倒れたまま見える範囲だが、光線で執拗に追い回されている。あのガタイからは信じられないような俊敏さで、ひょいひょい避けまくっているのが、何かムカつく!!

「大丈夫なわけないけど、大丈夫ですか?」

 その隙に慌てて三井が飛んできた。姐さんがバックアップに入る。

「えっと……ああ」

 こら、なんで落胆した声を出す!! 怖いだろうが!!

「酷い火傷みたいになっています。それと、多分あっちこっちの骨が何本か折れているかも……」

 クソ、また重傷か。なんかこう……HP表示的なものが赤くなっていたりしないよな?

「ある程度応急処理はしましたが、横になっていた方が……」

「こなくそぉ!!」

 三井の声を無視して、俺はM-16を杖にして立ち上がった。すっげぇ痛い。

「吠えろ、ベギ○ゴン(実弾)!!」

 杖にしていたM-16を構え、フルオートでぶっ放す。……あっ、ついやっちまった。

「同士よ。メラ○ーマ(実弾)!!」

 あ、姐さん?

「追撃の、ファ○ガ!!(実弾)」

 三井が背負っていたRPG-7を放った。うむ、見事な「ス○エニ」攻撃だ。

 まあ、ラ○ボーが囮になっている間に好き勝手やった俺たちだが、それで戦況が良くなっただけではない。イライラは飛んだけどな。

 さて、真面目に考えよう。あのデカい姉さんを倒すのは難しい。なら、別の方向で考えると……遺跡の守り神だったか、祀られていたんだったかしたんだよな?

 ってことは……。

「鈴木と本間、遺跡を潰せ!!」

 俺は無線機に声を叩き付けた。あれが大元なら……。ガスの元栓を閉めろ作戦だったが。

「あはは、それ無駄。もうやったし、気づくの遅い!!」

 鈴木の朗らかな声。なんてこったい!!

 ラ○ボーを追っても無駄と悟ったか、デカい姉さんは再びこちらに光線を放って来た。それを見て、ろくすっぽ動けない俺をあっさり見放し、三井と姐さんはさっと逃げた。

「そ、そりゃないぜ~!?」

 ドカーンと派手な爆発すら伴い、俺はまたもや吹き飛ばされた。なんかもう、あの世界一ツイていないけど、絶対に死なないあの男みたいになってきたな。でも、もうさすがに立ち上がれん……。

『ごめん、燃料切れ。ご武運を』

『私ももう帰投しないと。また戻ります!!』

 無線に飛び込んできたのは、鈴木と本間からの悲しいお知らせ。くそ!!

 ん? 待て。帰投……祈祷……祈り??

「おい、みんな。あのデカ物に祈れ!!」

 あれは精霊だったか神だったか、なんかそんな感じだったはず。ならば、鎮まるように祈れ。これしかもう手段が思いつかない。

『祈れって、あれに?』

『……承知』

 まず女性陣の声が聞こえた。

『ああ、分かった!!』

 続いてラ○ボーの声。どう祈るかなんざ知らん。俺も薄れいく意識の中で、なにかこう適当に祈ってみたのだった。


 さほど長くは気絶していなかったらしい。三井が必死の形相で俺の処置をしていた。

「……どうなった?」

 俺はそっと声を出して三井に聞いた。

「それが、消えちゃったんです。みんなで祈り始めたら……」

 ふぅ、咄嗟の思いつきだったが、無事にいってなによりだ。

 さて……うがっ!?

 身を起こそうとして、あまりの痛みにまた気絶しそうになった。

「ダメです。とても体を動かせる状態ではないので……」

 ……ったく、人を避雷針代わりに逃げやがって。

「って、どさくさに紛れて、どこに包帯を巻いているんだ?」

 明らかにおかしな包帯の巻き方をし始めた三井に、俺はなんとなく聞いた。

「いえ、正しいですよ。えっと、確かこうすれば……」

 ゴッともの凄い音がして、三井が倒れた。見ると、姐さんがバレッタのストックで三井をぶん殴っていた。

「私の目は節穴ではない。三井はアレだ。まさかこんな時までやるとはな……」

 クールだな。さすが姐さん。

「ところで、お前は『ブタ』がいいか? それとも『イヌ』か?」

「ぐぼぉ!?」

 クリティカルヒット。ないしは痛恨の一撃。俺は2999999のダメージを受けた!!

「……冗談だ。一度言ってみたかっただけだが、これはいいな。折を見て、あの脳筋バカに言ってやろう」

 ……うちのパーティおかしい!! 今さらだが変なのばっか!!

 バタバタと救援ヘリが飛んでくる音が聞こえる。これほどまでに、俺は早急に元の世界に戻って、自分の部屋に籠もりたいと思った事はなかった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る