第8話 婚約と爆撃と……
さすがにかなりの衝撃を受け、俺たちは異世界には来たが、いつもの喫茶店で適当に時間を潰していた。あっちの世界は三連休。勿体ないのだが、柏原ショックは結構なものだったのだ。分かっているつもりではあったのだが、現実に見せられると、楽天主義の俺でさえダメージがある。
「さて……」
なぜかバター味の謎コーヒーを頼もうとして声を上げようとしたら、たまたま鈴木がやってきた。
「おう、元気やって……ないわね。なんかあったん?」
声を掛けながら、鈴木は勝手に空いている席に座った。
「あーね。それは、その人が選んだ道よ。戦闘ヘリなんてチョイスしている時点で、撃墜されて死ぬことも覚悟の上。私だって調子こいて爆撃しているけど、いつ撃墜されるか分からない。気にするなとは言わないけど、しみったれてる場合じゃないわよ。そんなあなたたちに、お姉さんからプレゼント。陸上部隊がいなくてねぇ」
鈴木が渡してきたのは、Aランクの依頼書だった。
「ん?」
俺はそれを受け取り、依頼書に目を落とす。
「おいおい、こりゃ……」
それは、ここの王家が出した依頼だった。依頼内容は、簡単に言っちまえば犯罪組織の拠点を壊滅させる事。
本来は国軍の仕事ではあるが、どうもスパイが紛れ込んでいるらしく空振り続きで、ほとほと困り果て、こうして冒険者に依頼を出したらしい。
「航空戦力は私がかき集めた。情報屋を走らせて色々探ったんだけど、どうもこの島が丸ごと拠点になっているみたいなのよね」
いつの間にかちゃっかり俺たちの輪に交ざっていた鈴木は、一枚の地図をテーブルに置いた。関係ない所に要らんイラストを描いてあるのはともかくとして、この初心者の街からは、そこそこ離れている無人島っぽいものが並んでいる地点だった。
「まあ、それはいいんだが、こんな大々的に依頼なんて出したら、余計にヤバくないか。俺だったら逃げるぞ」
国軍がこっそりやろうとして空振っているのだ。余計にバレバレにしてどうする。
「ああ、これ? 一部の人間しか見られない特殊依頼なのさ。一応、これでもここ長いからなぁ」
カラカラと笑う鈴木。さすが先輩だけの事はある。
「さて、受ける? 受けない? まずはそこからよ。受けるなら、作戦概要を伝えるわ」
鈴木がちょっと真面目な顔になって聞いた。
「皆の衆。どうすっか?」
俺の声に、皆考え込む。そして、満場一致で可決したのだった。
俺はヘリに乗ったことがない。前々から乗りたいとは思っていたが、まさかこんな所で実現するとは……。
俺たちを乗せたMH-53ペイブロウⅣは、爆音を響かせながら空を行く。無骨で巨大な特殊作戦用に改装された機体である。何かと話題のオスプレイに取って代わられ、今や全機退役した旧型機ではあるが、性能はまだまだ現役でイケる。
その機内は……うるさい!! それだけだった。防音も兼ねたゴツいヘッドセット越しでないと、会話すらロクに出来ない。これがヘリか……。
さて、今回の作戦はこうだ。まず、どんなツテか知らんが、鈴木がかき集めてきた爆撃機の群れで絨毯爆撃して粗方敵を黙らせ、細かい所を俺たちのような地上部隊が浚って行ってトドメを刺す!! 近接支援用の航空機ももちろん待機だ。
しかし、人間はまだしも、爆撃機隊の中にはエルフやドワーフのチームもいる。異種族と交流を深めてしまう鈴木は凄いが、それ以上にゲームで植え付けられたイメージ崩壊のダメージが……。ああ、大型爆撃機は一人や二人では運用できない。まさにチームワークの勝負である。そろそろ、目標上空に差し掛かるところだが……。
「敵、対空砲火極めて濃厚。航空戦力あり。作戦に著しい支障!!」
パイロットが悲鳴のような声を上げてきた。おいおい、大丈夫か?
「鈴木隊長より。作戦中止。繰り返す。作戦中止。直ちに引き返す!!」
ヘリが機体を大きく傾けて急旋回し、再び初心者の街に向けて戻っていく。ああ、言ってなかったが、街の郊外には広大な飛行場があり、航空兵器を選んだ冒険者はここを拠点にしているのだ。
結果として、10機あった爆撃機の半数以上を失い、出鼻を挫かれる形で作戦は失敗したのだ。これが、俺たちの3連休だった。
「こっちの世界」に戻ればひたすら現実。大して面白くもない仕事ををこなし、まあ、三井が徐々に本性を見せてくるのは楽しいがな。
そんなある日、俺は三井を引き連れて歩いていた。この世界には、当たり前だが戦いはない。物足りないというのが正直な感想だ。
まあ、さておき。俺は一大決心をしていた。変な奴ではあるが、俺は三井を……。
俺はゆっくり足を止めた。すると、三井が背中に衝突した。
「いたた、犬のう○こでも踏みました?」
コケていいか。なんでそうなる!!
「う○こじゃねぇよ!! やっと決心したんだが……結婚しよう」
こっそり隠し持っていた婚約指輪を、そっと三井に差し出した。
「ななな、何と!?」
プロポーズの言葉なんざ考えてねぇ。直球勝負の俺に、三井が本気でビックリしたようだ。
「やめとくなら、この指輪は引っ込めて……」
まさに電光石火の勢いで、三井が俺の手から指輪を奪い取った。さっそく指に付けてうっとりしている。
「あれ、よく私の指のサイズが分かりましたね。教えていないのに……」
……あのなぁ。
「何回手を繋いだと思っているんだ。そのくらいはさすがに分かる」
その瞬間だった。三井がいきなりドロップキックをかましてきた。避けたがな。慣れって怖いものだ。
「なんで避けるんですか。もう!!」
ふくれっ面でのたまう三井に答える気にもならず、とりあえず地面にコケたままだった三井に手を出して起こしてやる。
「ああ、はいはい。分かった。いつもの飯屋でいいか?」
「はい!!」
こうして、俺たちは婚約した。なにか、険しい道に踏み込んだような気がするが、とりあえず気にしない事にした。疲れたぜ。心の底から……。
こうして、俺たちは次の週末休みを迎えたのだった。
「一度受けた依頼はキャンセル出来ない……わけじゃないけど、こういうのは信用問題だからさ。何としても潰す!!」
鈴木が息を巻いているが、どうするつもりだ?
「前回失敗したのは、ケチって自由落下爆弾を選んだからね。ここは、大枚叩いてトマホークならば……」
鈴木が鬼の形相で言うが……。
「空中発射形は開発中止になったろう。それに、コストが掛かりすぎて大赤字になる。もっとマシな手を考えろ」
ああ、トマホークは名前くらい聞いたことがあるだろう。1000キロを越える目標を精密に叩ける恐るべきミサイルだ。基本的に潜水艦か艦船から発射される。爆撃機から発射されるタイプも研究はされたんだがな……。
「艦砲射撃やる? 知り合いがいるけど……」
今度は艦船か。どれだけ無節操に人脈広げているんだか……。
「半端な砲撃じゃ意味ないぞ。かえって防御を固められちまう」
現在の艦船についている砲は、おまけとは言わんが主兵力ではない。世の中ミサイルの時代なのだ。
「大和とアイオアじゃだめ?」
ここは、あらゆる時代、種族、世界が集まる場所。現在は存在しない武器も、少し過去のエリアに戻れば手に入る。そういう仲間と知り合いなのだろう。しかし……。
「さすがに、その夢の共演はまずいだろう。作戦が大規模になりすぎる」
ちょっと見てみたいが、ここは自主規制だ。ああ、戦艦「大和」は日本人ならみんな知っているだろう。よって説明省略。アイオアはその対抗馬として建造された戦艦だ。
「うーん、困ったねぇ……」
作戦は手詰まりになっていた。ちなみに、他の面々は他人事のようにジュースを飲んでいたりする。みんなで示しを合わせて、前もって有給二日分を申請してあるので、実質四日で依頼を片付ける必要がある。休みだけ異世界ライフの悲しさだ。
「よし、やっぱり爆撃でいこう。フランカーは護衛の戦闘機隊が叩き潰すとして、地対空ミサイルはワイルド・ウィーゼル隊に潰してもらって……」
こうなった鈴木はコンピュータだ。次々に作戦概要をひねり出し、地図が真っ黒になるまで書き込んで行く。
鈴木コンピュータが作動している間に、軽く説明を済ませてしまおうか。フランカーとはロシア製の優秀な戦闘機で、ワイルド・ウィーゼルとは直訳すれば「野生のイタチ」。
真っ先に敵地に突っ込み、攻撃対象を自分に引きつける「囮」の役割をしながら、レーダーなど脅威を叩き潰す過酷な任務を専門とする部隊だ。
一番先に戦場に入り、一番最後に出る。並の腕や神経では務まらない。ちなみに、合い言葉は「YGBSM」。これはある言葉の頭文字を取ったもので、意訳すると「こんなの信じられねぇ」という感じだ。この任務に当たる機体の尾翼には、デカデカと「WW」と書いてあるので分かりやすい。日本の三沢基地にも駐留している。
「出来た!!」
ほどよく鈴木の作戦立案が終わったらしい。なにかゴチャゴチャでよく分からないが、地図には無数の線や書き込みがなされている。
「今度は大丈夫。待ってろよ!!」
こうして、再戦はスタートしたのだった。
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