第6話 本業とAH1-Z
「マズいな、これは……」
戦場は異世界だけではない。現実でも戦いはあるのだ。
敵は愛しのサーバちゃん。国際事業部が使っているファイルサーバだ。
ああ、ファイルサーバっていうのは、まあ、巨大なデータ保管庫だと思ってくれればいい。地味な存在ではあるが、おおよその書類が電子化された現代では、万一データが飛んだらウン千万の損失……とかいう、シャレにならない事態も起こりうるのだ。
そのファイルサーバの1台が、たった今お亡くなりになったのだ。いや、機械そのものは生きているのだが、新人の馬鹿が何をしたのかOSごと中身を吹っ飛ばしたのである。OSってのは説明すると長くなるから、パソコンに入っているウィ○ドウズとかなんかそんな感じをイメージしてくれ。このサーバもウィ○ドウズだしな。
忙しいから、ここから先は解説抜きでいくぞ。こういう時は、まずOSを再インストール、バックアップツールのインストール、テープからデータの復元とまあ、こんな感じになる。全てのデータがバックアップ時点に戻ってしまうが、完全になくなるより万倍マシだろう。
テープといっても一昔前の音楽用テープじゃない。ある意味仕組みは一緒だが四角くてデカい。毎朝やるこいつの交換作業と保管はとにかく面倒だ。
今や化石になりそうな旧式の方法ではあるのだが、一番信頼性が高いと部長判断で使い続けている。しかし、その信頼性が高いはずのデータ復旧でコケたのだ。メーカーの人間も来て、ただ今お祭り騒ぎの真っ最中である。
今日は金曜日だが、これはさすがに難しい。下手すれば、徹夜の作業となるだろう。今週の異世界生活はお預けだ。
その時、サーバ室のインターホンが鳴らされた。当たり前だが、この部屋には許可された人間しか入れない。監視カメラには三井の姿があった。馬鹿、こんな時に来るな!!
たまたま休憩していた俺がドアを開けると、三井がさりげなくコンビニ袋を押しつけてきた。
「頑張って」
いきなり軽くキスしてから、三井は去っていった。馬鹿野郎、入口の監視カメラ画像は保存されているんだぞ!!
「ったく……」
コンビニ袋の中は、よくあるゼリータイプの飯だった。ありがたいとは思うが、こんな場所かつこんな状況で飯など食ってみろ。イラついた誰かにぶん殴られるぞ。
「まあ、気持ちだけ受け取っておくか……」
結局、作業は早朝に終わった。体は疲れているが、気が立って眠くない。そう、会社にはこういう裏方がいるのだ。まず、顧みられないけどな。
さて、一週間おいての異世界である。「オークの集落を破壊」だったか。ストレスが溜まっている今は、ちょうどいい依頼かもな。
そんなわけで資料を眺めながら、ただ今喫茶店で打ち合わせ中だ。
オークの集落はかなり大規模で、ちょっとした森林地帯を完全に占拠しているようだ。
こういう時に限って、「ディストラクション鈴木」がいない。本間のアパッチに頼りたいところだが、別の仕事で護衛任務に就いている。この規模になると、航空支援は絶対に欲しい。とても俺たちだけで網羅出来る範囲ではない。これ、EランじゃなくてDかCランだろう。ったく、いい加減な斡旋所だ。
「うーん、まさか爆撃機を使うわけにもいかんしなぁ……」
俺は腕組みしながら呟く。B-1Bという見た目めっちゃ格好いい超音速大型爆撃機を飛ばしている奴を知っている。往年の名機、まだまだ現役のご老体ことB-52もいる。さすがに、鼻血が出るほど高価なB-2はいないが、いずれにしてもさすがに大げさすぎるだろう。俺たちの依頼なのに、そのまま主役を持って行かれちまうしな。
「地対地ロケットはどうだ。ちょうど、MLRSで暴れ回っている知り合いがいるんだが……」
ラ○ボーが静かに提案してきた。
「うーん、ちょっと欲しいものと違うな」
MLRSってのは陸自にも配備されているので、見たことがある人もいるかもしれないが、大きな箱形の発射機を背負った強力な対地ロケットシステムだ。長距離ミサイル発射機にもなるし、俺たちが突っこむ前に広範囲攻撃を掛ける「準備射撃」と呼ばれるものには役立つが、なにかあった時の空の支援にはならない。下手にオークを刺激しても困るしな。
「あ、あの……」
いきなりか細い声が聞こえ、俺はそちらを見た。
気の弱そうな眼鏡を掛けた三つ編みっ子。定番過ぎる!!
「私でよければ……。愛機はAH-1Zなのですが……」
……ふむ、AH-1というのは、アパッチが幅を利かせるようになる前。ベトナム戦争当時に開発されたという、世界初の戦闘ヘリだ。その後改装を重ね、Zとなれば最新の機体。もはやオリジナルの影も形もない。アパッチにひけをとらない強力なハンターだ。
「名前は?」
「は、はい、柏原美佳と申します」
俺が短く聞くと、オドオドしながら答えてきた。とても、戦闘ヘリ乗りには見えない。
「支援を頼む。よろしくな」
俺が握手しようと手を出した瞬間、三井がそれをはね除けて代わりに握手した。お前なぁ……。
「はぁ……さてと、その辺に座ってくれ。打ち合わせに入る。その前に、報酬の分け前だが、そっちは2人乗りだし折半でいいか?」
俺が聞くと柏原は首を大きく横に振った。
「い、いえいえ、私なんかが折半なんて。三分の一……いえ、十分の一でも、百分の一でも……」
……
「折半。はい決定。じゃあ、打ち合わせだが……」
こういうのは大事だ。志気に関わるからな。
ちなみに、アパッチも2人乗りだが、鈴木の報酬から本田に渡されているので実情は知らん。攻撃ヘリは操縦手と武装を扱うガンナーが搭乗するのが普通だ。
こうして、打ち合わせは粛々と進んで行ったのだった。
俺の操るハンヴィは、ひたすら街道を突っ走る。依頼主がいる村までは1時間くらい。少々魔物も出たが、すぐ上空を飛ぶ柏原がガトリング砲で蹴散らしてくれる。これはこれでいいのだが、やはり「ひのきの棒」とかそういう感じの方が味があるな。まあ、迷彩服を着て、銃で武装している俺が言うセリフじゃないが……。
「今さらなんだが、ここは異世界なんだよなぁ」
轟音に紛れてラ○ボーの声が聞こえた。
「ああ、少なくとも、あの夢と魔法の「ネズミの王国」じゃないな。大阪にあるやつとも違う。ここはリアルに生き死にがある。怪我と弁当は自分持ち。気を締めていこうぜ!!」
俺が言うと全員が「おう!!」と返してきた。
そう、ここは命の保証がないリアル異世界だ。一歩間違えたら取り返しの付かないことになる。無論息抜きではあるが、アトラクション感覚でいると死を招く。結構シビアなのだ。
こうして、俺たちは無事に依頼主のいる村に到着したのだった。
村長が依頼主。報酬は金貨千枚。ちょっとした家が買える金額だ。報酬に不足はない。問題のオークたちは、ここから徒歩で三十分ほどの森の中だ。
ああ、オークについて軽く解説しておくと、「鬼」と言われる事もある危険な魔物だ。醜悪な姿をしている点はゴブリンなどと同じだが、知性や膂力は桁違いに上である。
さすがにハンヴィで乗り付けるわけにはいかない。音でバレてしまう。柏原のヘリはいつでも飛べるようにして、村で待機してもらっている。
「さて……」
森に入った瞬間、チュン!!と地面に弾丸が着弾した。慣れとは恐ろしいもので、反射的に散って姿を隠す。なんでオークに狙撃手がいるんだよ!! まあ、魔物が銃火器を使ってはならないという法はないが、これはいきなりやられた。
「撤退しますか?」
三井が聞いてきたが、答えは「否定(ネガティブ)」。序の口で引き下がったら、人間そのものがナメられるだけだ。
「柏原、敵にバレた。ど派手にやってくれ。なお、オークのくせに銃火器で武装している。気を付けろ!!」
俺は無線で待機中の柏原に救援要請した。この状況下でなだれ込んで来られたら、俺たちに明日はない。
『了解です。森の中央付近を狙います!!』
こうして、希に見るオークと人間の壮絶な戦いの火ぶたが切って落とされたのだった。
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