第5話 婚約報告は1000ポンド
なぜドラゴンは山にいるのか? そこに山があるからだ。
そんな冗談はさておき、俺は目の前のグリーンの色も鮮やかなドラゴンに向かって、対戦車ロケット弾をぶち込んだ。
対戦車といっても、別に戦車以外に撃ち込んだらならないということはない。汎用ロケット弾という言葉があるくらいで、とにかく何でも撃っていい。
『ヘルファイヤー、いきます!!』
アパッチの本間から無線で声が届いた。今日は鈴木がこっちに来られないので、航空兵力は彼女が頼りだ。
高価なミサイルを惜しげもなく二発発射した本間のアパッチは、機関砲でさらに追い打ちをかけた。
しかし、こちらの世界では最強と言われる地上生物であるドラゴンは、まるで意地でも見せるように両手を振り、アパッチを叩き堕とそうとしたが、彼女の操縦は確かだった。簡単そうにそれを避けてみせる。
「これで最後の一発です!!」
三井から渡されたロケット弾を片手に、俺は慎重に照準を合わせる。ちなみに、三井とはお付き合いしている仲であるが、今は関係ない。早くコイツを倒さないと、明日の出勤時間に間に合わない。
俺はロケット弾を発射した。命中精度はミサイルに劣るが、あのデカブツが標的だ。外しようにも外しようがない。っと、ドラゴンは片手でロケット弾を弾き飛ばしやがった。
チッ、味な真似を!!
あさっての方向に飛んでいったロケット弾は、山肌にぶつかって小さな炎を上げた。その隙を突いて、本間がありとあらゆる武器を一斉に放った。完全にトドメを差しにいったか……。そして、ようやくドラゴンは倒れた。
「全く、ドラゴン退治は割に合わないって、本当だな……」
撃ちまくった弾薬だけで、軽く報酬をオーバーしているだろう。本間に支払う謝礼も含めれば大赤字だ。それは、本間にも言えることだがな。
広大な初心者の街は雑多な人間で溢れている。皆それぞれ色々な出自ではあるが、種族や「世界」が違うとまず言語の壁にぶつかるため、自然と「同じ世界と国」からきた者同士の集団が出来上がってしまう。
ここは、俺らが知る「地球」の「日本」から来た人間たちが溜まる喫茶店。かなり広大な店内には、あのチビオヤジに導かれた者たちが集まっている。
「しばらく地道な仕事やって蓄財しようや。これじゃ弾薬も買えないぜ」
アイスコーヒーという名の、なんかバター味のする液体を飲みながら、俺は皆に提案した。ドラゴン退治みたいな派手な依頼もいいが、時には堅実に稼げる依頼をやらないと干上がっちまう。
「私も同意です。依頼のランクは下がりますが、派手な依頼には派手な出費がついてきますので……」
三井が俺の肩を押した。
そう、派手な依頼は派手な報酬をもたらすが、派手な出費を伴うのだ。先日のドラゴン退治は完璧に大赤字だった。
「そうだな。最近派手すぎて疲れたところだ」
ラ○ボー荒木が、得体の知れないジュースを飲みながらポツリ。姐さんは水!! それぞれ異存はないようだ。
「じゃあ、これはどうだ?」
姐さんが束になった依頼書から一枚出してきた。おいおい、一体何件抱えているんだが……。
「なになに『オークの集落破壊』、ランクはE。まあ、妥当か。報酬もいいしな」
これで来週末の予定は決まった。全員で斡旋所に出向いて正式に依頼を受領し、元の世界に戻る事にした。日常があるからこその非日常だ。
もちろん、忘れたわけじゃない。俺と三井は付き合っている。ガキの恋愛じゃないぞ。当然ながら結婚も視野には入っているが、今はまだその時じゃない。あっちの世界で暴れている仲でもあるが、こちらでは普通のカップルだ。会社帰りは適当なところで食事を取り……なわけだ。しっかし、普通の可愛い子だと思っていたら……いや、やめよう。俺と三井の固い秘密だ。知りたかないだろ、んなもん。
「ん、ラ○ボーじゃなかった、荒木からだ……」
三井と道を歩いていると、俺のスマホが鳴った。
「はいはーい」
我ながらこの軽薄な挨拶はどうかと思うな。うん。
「デート中に悪いな。少し報告したいことがあるんだ」
ラ○ボーから電話が掛かってくる事自体が珍しいが、報告したいこと?
「分かった。どこに行けばいい?」
ラ○ボーが指定してきた店は、東京渋谷の松濤にある高級フレンチだった。あいつ、相当張り込みやがったな。
どうせ車じゃないと行けない場所なのとなにより面倒なので、俺たちは適当に流していたタクシーを拾い、目的地に向かって突っ走った。車内でこっそり三井が手を繋いでくる。全く……。照れていいか?
そして、程なく目的地に到着。タクシーの料金を支払う際、ちゃっかり領収書を貰っておくのが会社員の嗜みだ。
いらっしゃいませの声と共に、しっかり手入れされた店内に案内される。豪華でありながら、客に変な緊張をさせない。それが一流店だ。
店員に待ち合わせである事を告げ、ラ○ボーの席に案内された。まあ、見れば分かるガタイだがな。
「どうした、呼び出しなんて珍しいな」
なぜか姐さんもいる。まあ、一人でこんなイケてる店には、まず来ないだろうが……。
「異世界を旅する仲間として、どうしても報告しておきたかったんだ。実は俺たち、こっそり付き合っていたんだ。それで、ついに婚約したんだ。今、ここで……」
……なぁ、本当に驚くと声も出ないって、知っていたかい?
俺と三井がまさにそうだった。三井など、酸素不足の金魚のように口をパクパクさせている。多分、俺も似たようなものだろう。
「そんな顔するな。恥ずかしい……」
姐さんの顔が赤いのは、決してワインのせいだけではないだろう。超レア顔だ。
「荒木、お前も隅に置けないな……」
やっと紡ぎ出した言葉がそれだった。この1000ポンド爆弾をモロに食らったような展開に、俺はどうしていいか分からないのだ。例えがおかしいのもそのせいだ。
「お前たちがきっかけだ。いつの間にかくっついていたから、ダメ元でアタックする勇気が持てた。ありがとう」
ありがとうって言われてもな……。
「素敵……」
頼む。三井よ、そんな目を潤ませて俺を見るな!! ここで流されてはいけない。
「うちらはまだかな。もう少し愛を……」
ニコニコ笑顔の三井の目に闇が走った事に気がついたのは、多分俺だけだろう。あーあ。もう!!
「先を越されたな。俺もプロポーズの言葉を考えておくか……」
もちろん、俺は三井との結婚を考えている。しかし、もう少しゆっくり進もう。それだけだ。
この店にはシガーバーもある。四人でそこに移動し、俺は久々に普段手が出せない高級酒をお供にシガーを楽しんだ。このブランデー、一口で飲めそうなくらいでグラス一杯五千円だぜ? 今日はラ○ボーの奢りらしい。ありがたく暴れさせて貰おう。
こうして、滅多にないセレブな夜を過ごす俺たちだった。
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