第4話 悪さをしない魔王と漆黒のバンカーバスター

「はぁ、いい天気だねぇ……」

 はい、おサボり中です。夏の日差しに照らされた屋上は、まあ快適とは言わないが寝るにはちょうどいい。パラソルが欲しいな。

 ちなみに、今時はホワイトボードに予定を書く時代ではない。その辺りのことは全てシステム化され、パソコン上でスケジュールを共有するのだ。

 俺の予定は「うっかり間違えて」有給となっているので、オフィスにいなくても誰も探しにこない。

「さて、どうしたもんかね……」

 俺はポケットの中に突っこんであった紙切れを取り出した。基本ルールとして、「あっちの世界」にある物は、こっちの世界に持ってくる事は出来ない。有料で預かってくれる通称「預り屋」に装備一式を預ける事になる。

 俺はそのルールを少しだけ破った。依頼斡旋所の依頼書を、こっそり持ってきていたのだ。

「魔王退治。Sランクか……」

 あっちの世界には魔王と名乗る強者が無数にいるらしく、こいつはその一人。腕試しに挑むか、もう少し経験を積むかで悩んでいたのだ。最上級ランクのAを越えるSだ。

「もう半年だもんな。少し欲を掻いてみるか……」

 向こうで地道に蓄財したお陰で、ある程度装備を強化する事は可能だ。旧態依然とした大戦中のものでよければ、戦車すらも買えるだろう。買わないが……。

 しかし、仮にも魔王だ。どんな奴かも分からないし、コイツは要相談だな。俺はスマホを取り出し、緑色のアプリを立ち上げた。色々相談事があった時用にパーティー全員でグループチャットも作ってある。表示名は、「ラ○ボー」「姐さん」「かわいこちゃん」となっているのは内緒だ。分かりやすいだろ?

『なあ、次は魔王退治なんてどうだ? ちょうどお盆休みだしさ』

 ささっとチャットにメッセージを入れる。すぐさま既読3になった。みんな暇なのか?

『リーダーのあんたに任せる』

 姐さん、クールだぜ。ってか、いつから俺がリーダーに?

『無茶っぽいっけどな。まあ、任せるよ』

 これはラ○ボーだ。こいつも任せるときたか。

「いいと思いますよ。いつまでもゴブリンじゃ飽きちゃいます」

 おっとり三井はちゃんと意見を述べてきた。

 ……ふむ、やるか。

「待ってろよ。魔王!!」

 こうしてお盆休みが始まるまでは一週間。それまでに、向こうに行くチャンスは一回だけ。ここで、必要なものを揃えねば。

『魔王討伐、実行』

 それだけ入れてスマホをしまい、俺は空を眺めたのだった。それにしても、暑い……。


 週末、アメ横こと初心者の街で、俺たちはひたすら必要になりそうな物を買いあさっていた。近未来や未来の武器もあったが、使い方がイマイチ分からないし、なにか気持ち悪いので現代兵器で選んでいく。さすがに核兵器こそなかったが、どこかの国の闇兵器マーケットのごとく、揃っていないものはない。

「なあ、携帯対空ミサイルはいるか?」

 ラ○ボーが聞いてきた。スティンガーか……。

「まあ、一発くらい持っていても損はないか。あとは……対戦車ミサイルは高いから、こっちの対戦車ロケットとと……」

 対戦車ミサイルは高性能だが、その分値段が高い。そこで、汎用性も高く比較的気軽に使える使い捨ての対戦車ロケット弾を買う。昔はバズーカと言っていたものだが、今はよりスマートに高性能に出来ている。

 こうしてハンヴィに積み込んだ荷物は、俺たちが運べる量の限界だった。武器も多少弄っている。ラ○ボーにはしこたま対戦車ロケットと対空ミサイルを担いで貰もらい、屋内戦用にウージーという有名なサブマシンガンを追加した。ベレッタと弾丸の互換性があっての選択だ。相当歴史があるが壊れににくいと評判のものだ。

 姐さんの武装は変わっていない。変えようがない。怖くて言えない。三井はサブに回ってもらうことにして、雑多な荷物を運んでもらうことにした。申し訳ないのだが、誰かがやらねばならない事だ。

 こうして装備を調え、俺たちは魔王討伐へと向けて、お盆休みを待ったのだった。


 お盆休みも明日に控えた今日。俺は会社で……やっぱりサボっていた。明日からしばらくはこちらの世界に戻ってこない。気持ちの問題で、仕事なんてやってられるかという感じだ。

「あっ、いました!!」

 屋上のドアを開け、三井がやってきた。

「ん? 仕事はどうした?」

 サボるようには思えない彼女が、まさかここに来るとは。

「仕事になりません。ですから、息抜きに」

 ……似たようなものか。

 そのままお互いに都会の景色を眺めることしばし、三井が沈黙を破った。

「私、この戦いが終わったら……」

「待て、それは死亡フラグだ!!」

 俺は慌てて止めた。危ねぇ。

「そういや、あっちで死んだらどうなるんだろうな? 考えた事もなかったぜ」

 すっかり忘れていたが、あっちで死んだらこっちに戻る……なんて、都合のいい話しはないよな。死んだらそれまでか……。

「さて、どうなんでしょうねぇ。少なくても、今のチームなら誰も死ぬことはないと思いますよ。ねっ、リーダー!!」

 三井に肩を思い切り叩かれ、俺はため息をついた。

「リーダーか。やれやれ……」

 その時だった。なにを思ったか知らないが、三井が俺の頬に軽く唇を当てた。

「のわぁ!?」

 いきなりの事に、思わずその場から跳んで逃げてしまった。

「ふふふ、リラックスリラックス。あまり根を詰めると、いい仕事出来ませんよ?」

 三井がニコニコ笑顔で言う。まあ、そりゃそうだが……。

「あのなぁ、そういう事は大事な時に取っておけ!!」

 全く、いきなりビビったぜ。

「大事な時ですか? まあ、いいです。その時がきたら、ちゃんとしますので」

 ちゃんと?? まあ、いいか。

 こうして何をするでもなく、俺と三井の時間は過ぎていった。


 当然ながら、こっちにお盆渋滞なんてものはない。俺の操るハンヴィは、ひたすら快調に街道を走っていた。

 今回の作戦はこうだ。まず鈴木の「準備攻撃」で魔王の住む迷宮だか洞窟だったかを叩き、泡食った魔王が出てきたらそれはもうこっちのもの。一気にありったけ弾薬を叩き込む!! もし出てこないなら、迷宮だか洞窟だかに攻め込んで叩きのめす。

 手間を考えれば前者が楽だが、ロマンを求めたら後者だ。ただの洞窟の奥にひっそり住む魔王など、正直あまり見たくない。

 魔王が住まう場所までは陸路で行けるが、ざっと片道二日というところだ。お盆休みにはちょうどいいアトラクションである。

「よし、今日はこの辺りで野営するか」

 地図を確認して、俺はハンヴィを止めた。空はまだ明るいが、慣れないテント設営などを考慮したのだ。最悪休み中に帰れなかったら……後出し有給で。怒られるけど。

 やはり、慣れないテント作りは手間が掛かった。いってぇ。テントのロープを留めるペグを地面に打っていたら、金槌で思いっきり左手の親指を打っちまった!! この作業、インドア派には辛いぜ。

「あらら、痛そうですね。私がちゃちゃっとやっちゃいますので、その辺にいて下さい」

 俺を押しのけるようにして、三井が恐ろしく慣れた手つきでテントを設営していく。キャンプ教室? で指導員でも出来るんじゃないか?

「私の別名って「野生児」なんですよ。森の中で一ヶ月くらいなら楽に暮らせます」

 三井はニッコリ笑った。

 ……うむ、恐ろしい奴め。

 他の連中の準備も終わり、俺たちは最初の夜を迎えた。持ち回りで見張りを行う事になり、一番手は俺だった。

「やべ、寝そうになった……」

 たき火のパチパチ言う音を聞いていた俺は、危うく撃沈するところだった。

「あの、隣いいですか?」

 テントの一つがもそもそ動き、三井が這い出してきた。

「休まなくていいのか?」

 一応聞いたが、彼女は無言で頷いた。そして、俺の隣に座って沈黙。何かこう、ケツがムズムズする。

「あ、あの、悩んだのです。終わってからの方がいいかと……でも、万一の事があれば、死んでも死にきれません。この半年間、私はあなたを見ていました。お願いです。お付き合いして下さい」

 三井が赤面しながら、か細い声でそう言った

「……マジ?」

 俺の口から飛び出したのは、まずそれだった。まあ、あとは野暮だから言わないぞ。


「あー、こりゃ洞窟コースか」

 山の奥深く。問題の魔王の拠点は迷宮ではなく、単なる洞窟に住み着いただけのようだった。青白い肌でそれっぽい格好をしているが、俺が飛ばしているドローンに気が付かないくらい鈍い。

「……魔物もいないな。予想外だ」

 偵察のバディである姐さんが、双眼鏡で辺りを見回しながら呟いた。

 はっきり言ってチョロそうだが、どんな隠し球を持っているか分からない。俺たちは洞窟から離れた地点にある待機ポイントに戻った。

「よし、予定通りいこう。鈴木、やれ!!」

 俺は無線で上空の鈴木に言った。

『あいよ、唸れ漆黒のバンカーバスター!!』

 なんか厨二っぽい事を叫びながら、鈴木はかなりマニアックな爆弾を投下したようだ。GBU-28「バンカーバスター」。地下施設破壊に特化した特殊な爆弾である。

 生粋の爆撃機を除けば、韓国が運用しているF-15Kとストライク・イーグルしか運用出来る機体がないという、通常の地面なら三十メートルはぶち抜く代物だ。

 ちょっと離れた所で轟音が響き、俺たちは素早く行動を開始した。洞窟まで三分。一気に斜面を登って洞窟前に来たが、中から誰かが出てくる様子はない。

「……あれ?」

 濛々と砂煙は上がっているが、中に誰かいる気配はない。警戒しながら砂煙が収まるのを待つ。そして……。

「あー……」

 それしか言えなかった。鈴木が投弾したバンカーバスターは不発弾だった。

 しかし、それが間が悪かった魔王にとって悲劇だった。総重量四万八千ポンドもあるクソ重い爆弾は、地面も魔王の体も「貫通」してしまっていた。

「……これ、俺たちじゃなくて、鈴木の戦果だよな?」

 誰も答えるものはいなかった。虚しさだけが、その場に残ったのだった。


 街に帰れば魔王を倒したパーティーということで、一目置かれる存在になってしまった。銃弾一発も撃ってないけどな。

 このままでは不本意なので、またあの魔王が再生したら再戦するつもりでいる。聞いた話しでは、一ヶ月くらい経つと再び元通りになるらしい。特に悪さをするわけでもないが、かなり強い存在。挑戦者求む。それが、この世界の魔王らしい。

 一ヶ月か。長いような短いような……。まあ、いいか。

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