第3話 伝説の剣はジャベリン?

 異世界でドラゴンを倒そうがなにしようが、こちらでは普通のしがない会社員なわけで、今日もサーバちゃんのお守りである。

 俺が普段仕事をしているのは七階のオフィスだが、持ち回りで最上階にあるサーバ室での監視という仕事がある。

 サーバ室の主は、整然と並んだ黒いラックに収められたサーバたち。常に室温は二十度前後に保たれている。夏はパラダイスだが、冬はキツい。

 「冷風」での二十度と「温風」での二十度はまるで違う。巨大な冷蔵庫みたいなものだ。サーバ様は膨大な熱を出すくせに、非常に熱に弱いのだ。

「はぁ、ゲームも飽きたな……」

 交代までは三十分以上ある。ここにあるサーバは約百五十台だが、こういうときに限って壊れない。まあ、俺が暇なのはいい事だが……はぁ、やれやれ。

 暇なので、うちのパーティーの面子に社内メールしたりしたが、特に返信はなかった。まあ、文面が「へい、暇してる?」じゃ返す気にもならんか。

 そんなこんなで交代を済ませてオフィスに戻ると、ちょうど三井が蛍光灯交換に来ていた。脚立を上り、フラフラと作業する様は何とも危ないが、俺たちのルールで決めた事がある。こちらの世界では、赤の他人で通すこと。何かとややこしい事になるからな。

 三井は危なっかしく作業を終え、俺の背後を通り様にさりげなく軽く肩を叩き、オフィスから出ていった。まあ、このくらいのルール違反はいいか。

「さて、仕事しますかね」

 俺はノーパソに向かい、溜まりまくったどーでもいい作業日報を書き始めたのだった。


 時々思う。「初期装備」がストライク・イーグルだの、ロングボウ・アパッチってのはどうかと……。なんかこう、いきなり最強装備だぞ? 開始早々、王様からロ○の装備一式を渡されたようなものだぞ? この例えが分からない世代はすまん。まあ、ここはそういう世界だと言えばそれまでだが。

 ある魔物のハーレムは空爆による殺戮の炎に晒され、辛くも逃げ出した魔物をアパッチが片付けていく。俺たちも残党狩りの真っ最中だ。あえて承知で俺の指示通り、三井がグロックをフルオートで乱射する。ビビって敵が動きを止めたところで、姐さんのデザートイーグルが火を噴き、ラ○ボーの機関銃がなぎ払う。俺はといえば、辺りの索敵で忙しい。

「いたぞ、あっちだ!!」

 こうして、ご近所様を悩ませていた魔物の巣は、ものの2時間で壊滅したのだった。


「もう一つくらい簡単な依頼をこなせるな。まだ土曜日の午前中だ」

 依頼斡旋所のFラン依頼を見ながら、俺はポツリと呟いた。商隊の警護など、時間が掛かる依頼は連休でもなければ出来ない。そうなると、必然的にサクッと倒せば終わりの魔物退治になるわけだが……。

「これなんてどうだ?」

 姐さんが指差したのは、「コボルト退治」の依頼だった。場所は隣の村である。

 コボルトというのは二足歩行する犬だと思って欲しい。徒党を組んで悪さをするため、ゴブリン同様嫌われ者の一つだ。

「そうだな、場所も近いしいいか。報酬は安いがな」

 これが、とんでもない事態になるとは、当然知るよしもなかった。


 なにせ隣村だ。三十分もあれば到着する。ハンビーから下りると、早速村長が駆け寄ってきた。

「コボルトを退治して頂ける方々ですな。こちらへ」

 まあ、この格好を見て観光客とは思わんよな。俺たちは素朴な家へと案内された。家のちょっとした広さの部屋には、テーブル上に地図が置いてある。

「実は何度も依頼を出していて、コボルトの巣のようなものは分かっているのです。しかし、何回討伐してもすぐに元に戻ってしまって……」

 地図を見ると、村のすぐ裏山だ。こんな所から魔物が出てきたら、確かに迷惑千万だろう。ああ、コボルトっていのは二足歩行する犬のような魔物だ。ゴブリンほどではないが、やはり徒党を組んで行動し、ちょいちょい悪さをするのだ。

「分かった、この地図は借りていくぞ。早速出発する」

 こうして茶を飲む間も惜しんで、俺たちは村の裏山に向かったのだった。


 ある程度までは車で行けたが、山道は狭すぎて途中から歩きになった。運動不足のインドア派にはなかなかシンドイ。しかし、荒井の姐さんはゴッツイ武装のまま顔色一つ変えず歩いているし、ラ○ボー荒木も涼しい顔。まあ、コイツは当たり前か。そんなとき、これまた楽しげに歩く三井が隣にやってきた。

「あの、なにか持ちましょうか?」

 正直、装備をちょっと持って欲しい。しかし、ここは男のプライドってもんだ。

「ああ、大丈夫だ。お前さんこそ大丈夫か?」

 その返事の代わりに、三井は俺のバックパックを無理矢理引きずり剥がし、ダブルバックパックという、信じられない光景を見せてくれた。あの、それ一つで三十キロはあるんですけど……。

「私はあまり戦闘で活躍できません。中心となるあなたを疲れさせるわけにはいかなので、サポートすることにしたんですよ」

 ぺろりと下を出し、片目を閉じて見せる三井。くっそ、可愛いじゃないか。そして、情けないぞ、俺!!

 こうして、俺たちはひたすら山を登っていくのだった。


 コボルトの巣。そこは、ちょっとした洞窟だった。入り口に見張りらしきものはいない。極力音を立てないように接近すると、俺はストップの合図を出した。

 全員が止まり、それぞれの武器を準備した事を確認すると、俺はスタングレネードを取り出し、洞窟の中に抛りこんだ。

 派手な爆音と閃光が巻き起こる中、俺たちは一気に洞窟に突入した。中は松明の明かりで薄暗く照らされていたが……クソ、迂闊にも暗視装置を忘れちまった。昼だしかさばるしで、うっかり預け屋に置いてきてしまったのだ。

 まあ、ない物を言っても始まらない。薄明るい中、俺は目に付いたコボルトに単発モードでMP5のトリガーを引く。姐さんのゴッツイ拳銃や三井のグロックも好調にコボルトを倒し、ラ○ボーは機関銃ではなくサブウエポンの拳銃だ。狭い空間で機関銃は長すぎる。しかし、コイツが持つとベレッタがよく出来たオモチャに見えるな。

 コボルトたちは先ほどのスタングレネードがよほど効いたようで、頭を抱えながらうめいている。聴力良さそうだもんな。こいつら。

こうして、洞窟内のコボルトはあっという間に排除された。まだ居残りがいないか、洞窟内を隈無く調べていく。特に異常はなさそうだな……と思っていると、三井が人が通れそうな隙間を見つけた。覗いてみたが、中はボンヤリと明るいだけで、あまりよく見えない。つくづく、暗視装置を持ってくるべきだったと思った。

「しゃーない。とりあえず……」

 俺は手榴弾を中に放り込んだ。すると、ぎゃあぁぁぁ!!というコボルトの悲鳴が聞こえた。間違いない。この隙間が肝だ。

「荒木、この中を一掃射してくれ」

 俺の指示に応え、荒木は機関銃でドガガガガっと、隙間の中に向かって弾丸を送り出した。

「よし、突撃!!」

 俺を先頭に一同一気に突っこんでいく。よい子は真似しちゃいけない戦法だ。

 狭い隙間を抜けると、そこはちょっとした部屋のようになっていた。中央にほのかな光を放つ目玉焼きの黄身のような色をした球体があり、そこから次々とコボルトが「量産」されている。

 なるほど、これじゃ何回討伐したって湧いてくるわけだ。まずこの「黄身」を始末しないとキリがない。

「まずは、周りのコボルトを掃除するぞ。ある程度消したら、あの『黄身』を!!」

「馬鹿者、逆だ!!」

 姐さんが短く叫び、どこかで見たようにバレットを腰だめに構えて撃った。だから、そんな事したら、肩とか腰が……。これも、よい子は真似しちゃいけないことだ。

 すると、「黄身」の表面にヒビが入り、粉々に砕けた。光を失い、辺りは完全に闇に覆われる。ここにいるのは危険だ。

「退却!!」

 俺たちはダッシュで割れ目に向かい、松明の明かりがある洞窟に出た途端、壁を突き破って、なにかバカデカいものが出現した。

「うおっ、ドラゴン!?」

 恐らく、あの黄身野郎の最後っ屁だったのだろう。こんなもんどーするんだよ!!

「こんなの聞いてない!!」

 ラ○ボーが叫ぶが、俺だってそうだ!!

「フン!!」

 再び姐さんがバレットを撃つ。前にとどめ差したのはこれだったな。しかし、ドラゴンの種類が違うのか、全く効いた様子はない。

「撤退撤退!!」

 洞窟で張り合ったら航空支援が受けられない。バレットすら効かないのなら、人の助けを借りるしかないだろう。しかし、報酬は安い。割に合わねぇ。この仕事!!

 俺たちが転がるようにして洞窟から飛び出した途端、強烈な炎が吹き出してきた。ブレスってやつだな。あんなもん食らったらシャレにならん!!

 俺たちはそのまま山道を少し下った。

「あの、このまま洞窟を埋めちゃえば……」

 遠慮がちに三井が言ってきた。

「どうやって!! 爆薬なんざ持ってきてないぞ!?」

 強いて言うなら手榴弾があるが、そんなものであの洞窟を埋める事は出来ない。

「仕方ねぇ。斡旋所の力を借りよう。このままにしておけねぇしな……!!」

 鈴木に頼んでもいいのだが、あいつにばかり頼るのも問題だろう。クレームを出したかったしな。

 俺は無線のチャンネルを、斡旋所の非常連絡周波数に合わせた。

『はい、斡旋所。どうした?』

「コボルト退治の依頼を受けたら、ドラゴンが出やがったぞ。どうしてくれるんだ!!」

 とりあえず叫んでおいて、事の次第を説明する。

『了解した。近くにドラゴン退治専門のパーティーがいたはずだ。到着まで粘ってくれ』

 粘れって……!?

 そのとき、派手な音を立てて洞窟を破壊して、ドラゴンの首が外に出てきた。

「うぉぉ!?」

 無駄と知りつつ、俺はサブマシンガンを連射モードで撃ちまくる。皆一様に射撃しているが、無駄と知りつつ撃つ虚しさ……。

 手持ち弾丸などあっという間になくなった。俺は信号弾を打ち上げた。順番を間違えたが、これでその辺の連中には場所が分かったはずだ。

 すぐさま返しの信号弾が上がり、5人のパーティーが文字通り飛んできた。この世界は、あらゆる国、時代、「世界」からごっちゃに人が集まる。俺たちのような肩書きだけ魔法使いではない。本物だ。

「斡旋所から連絡を受けた。あれだな」

 なんだかゲームっぽい鎧を着込んだ男が聞いてきた。ドラゴンはまだ、完全には洞窟から出てきていない。

「ああ、あれだ」

 俺は指をさして、男に答えた。

「なるほど、ブラック・ドラゴンか。あれは並の武器では倒せん。待っていろ、5分で片付ける……」

 男が腰から剣……じゃねぇぞ。これ!?

「それ、ジャベリンじゃねぇか!!」

 米軍の最新鋭対戦車ミサイルだ。お値段は極めて高い。

 おいおい、その伝説の剣とか振りそうなゲームみたいな格好でそれかよ!!

「もう剣の時代は終わった!!」

 男はミサイルを担ぎ、そのまま発射した。ひっでぇ!!

 ミサイルは見事にドラゴンの首に命中し、大穴を空けた。

「フレア!!」

 そこに、いかにも魔法使いという感じの女性がさらに魔法で追い打ちをかけ……ドラゴンはゆっくりと倒れた。

 ……

「じゃあな。俺たちは先を急ぐので失礼する」

 そして、対戦車ミサイル一行は去っていった。

「……なあ、俺たちも買っておくか? 対戦車ミサイル」

 誰も何も言わない。異世界ロマンはミサイルで破壊されたのだった。

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