第2話 ドラゴンと30ミリと12.7ミリと……

 「異世界」とこちらを行き来するようになって、もう半年近くになっただろう。少なくとも、俺は休みの度に何かのテーマパークに行くような気分だ。

 いつものように異世界に飛んだ俺たちは、四人とも肩書き魔法使いという編成で街道を行く。運転手は決まって俺。自然に決まったルールだ。

「で、今日は何だって?」

 初心者の街の外れにある依頼斡旋所で、つい先ほど受けた依頼を聞いた。俺はハンビーの暖機運転をしていたので、聞いていなかったのだ。

「ああ、ルクスとかいう村からだ。畑を荒らす魔物退治だと」

 助手席の荒木が依頼書を見ながら言った。

「ランクは?」

 静かに姐さんがラ○ボーに聞いた。

「Fだな。まあ、ストレッチくらいにはなるだろう」

 一番下の難易度だ。大した事はないはず。いい加減、もう少しランクを上げもいいだろうが、まあ、バカンスみたいなものだ。

「ルクスか。山を越えた先だ」

 姐が後部座席から言ってきた。結構な距離だな……。

「夜が来る前に到着したい。飛ばすぜ!!」

 ゴーっという凄まじい轟音を轟かせ、俺が操るハンヴィは街道を突き進んでいった。


 村に到着すると、ハンスと名乗る爺様……じゃなかった、村長が畑を案内してくれた。

「こりゃ酷いな」

 広大な畑のほとんどはズタボロだった。

「……許せん」

「酷い……」

 女性陣がそれぞれ呟く。

「野生動物ではないな。足跡を見てくれ」

 ラ○ボー荒木が意外と繊細な観察眼を見せる。それは、明らかに人のようなものだった。

「……一人や二人じゃねぇな。少なくとも、十以上だ」

 明らかに、足のサイズの違うものばかり集めてこれだ。実際は、もっと多いだろう。やれやれ、骨が折れそうだ……。

「足跡はそっちの森の方から来て、真っ直ぐ帰っているな。どれ、仕掛けしておくか……」

 こうして、俺たちの作戦は開始されたのだった。


 天候晴れ。上弦の月が照らす畑に、突然爆音が響いた。昼の間に仕掛けたクレイモア対人地雷だ。ぎゃあぎゃあ悲鳴が上がる中、俺の暗視ゴーグルには無数の「人影」が映っていた。

「チッ、ゴブリンだ。気を付けろ!!」

 前の依頼でも登場したが、ゴブリンとは醜悪な姿をした人形の魔物。多数で暮らし、ずる賢く始末に悪い。

 俺は無線で全員に知らせる。それと同時に、荒木の軽機関銃が凄まじい勢いで銃弾を吐き出し始めた。拳銃弾を使う俺のサブマシンガンでは、まだ遠すぎる。

『別方向からも多数接近中!!』

 三井から無線が入った。姐さんとともに、ここが見渡せる千五百メートルほど離れた場所で、監視兼狙撃のためにずっと待機していたのだ。

「了解した。撃てるか?」

 辺りをざっと見ると、森の至る所からゴブリンが溢れ出してきている。こりゃFランの仕事じゃねぇぞ!!

 俺はスタングレネードを取り出し、ありったけぶちまけた。これは、爆発と共に派手な閃光と音を出す手榴弾で、殺傷力はないが相手の行動を一時止める効果がある。

 案の定、ゴブリン共の動きが止まった。その間に、シュルシュルシュルという風切り音と共にゴブリン一体の頭が吹っ飛び、後追いで雷のような発射音が届いた。そう、これが重機関銃弾を使う凶悪な狙撃ライフル、M82「バレット」の破壊力だ。姐さんが放つ銃弾により、次々にゴブリンたちは倒されて行くが、とにかく数が多い!!

 一方、荒木の方もひたすら撃ちまくっているが、倒しても倒しても次々に現れて来る。状況は圧倒的に不利だった。とても、四人で扱える数ではない。俺は無線のチャンネルを変えた。

「おい、鈴木。来てるか?」

 この半年間で「こっちの世界」で知り合った友人は多い。無線の相手は鈴木敦子。空自でF-2を飛ばしている生粋の戦闘機乗りだ。

 こっちでは、F-15Eストライク・イーグルを駆り、そこら中を爆撃しまくっている。前回の依頼で森を吹っ飛ばしたのもアイツだ。

『あいさ。来てるよ!!』

 すぐに応答が来た。よし!!

「航空支援要請。座標は……」

 全く、いつの間にか俺も様になったもんだ。そして、懲りない俺。やれやれ。

「了解。五分で着く。ドデカいやついくよ!!」

 ちょっと興味がある奴ならF-15イーグルは知っているだろう。デビューして相当経つのに、いまだ空戦で撃墜された事がないという空の王者である。それの爆撃改装版がストライク・イーグルだ。ちょっとした爆撃機並の爆弾やミサイルを搭載可能という、恐ろしい機体である。

 そして、まさに五分きっかりにジェットエンジン音が聞こえ、森は火の海に包まれた。

『うっひょー、気持ちいい!!』

 ……大丈夫か。こいつ?

「おう、サンキュ!!」

 ともあれ、ゴブリン共の勢いは一気に落ちた。これならイケる!!

『じゃーねぇ、また用事があったら呼んでねぇ』

 ジェットエンジン音は去っていった。俺は無線のチャンネルを元に戻す。これで、安い報酬はさらに半分になった。向こうも仕事だ。呼んだら報酬を半分分ける。そういう約束をしている。

 ああ、ちなみにだが、昔ならいざ知らず、今の暗視装置はとても性能がいい。強烈な光を見ても、自動的にフィルターされて目がやられたり、壊れるような事はない。

「相変わらず、えげつないというか何というか……」

 ラ○ボーが苦笑いしている。恐らく、女性陣もそうだろう。

「助かったんだからいいだろう。仕上げ行くぞ!!」

 俺たちは、残されたゴブリンに向けて、突撃を仕掛けた。ここに来て、ようやく俺のMP-5を使う時が来た。接近戦ならこれほど頼りになる相棒はない。

 バックアップで、遠くから姐さんが撃ち込む凶悪な12.7ミリ弾の支援を受けながら、残らずゴブリンを殲滅した時には、空はうっすらと明るくなっていた。

 両眼タイプの暗視装置を上げ、隣の荒木とグーで挨拶を交わす。これで、畑はもう大丈夫だろう。そう思っていたのだが……


「ああ、森が死んでしまった……」

 ……そこまで守れるか!!

「俺たちが引き受けたのは『畑を荒らす魔物退治』だ。森を守る事は契約に入っていない」

 悪徳金融みたいな事を言っているが、お人好しではこの世界では生きて行けない。貰うものを貰わねば……。

「……二度と来るな!!」

 村長……ジジイに金が入った袋を投げつけられ、それを拾うと、俺たちは早々に村を後にした。のんびりしている場合ではない。早く帰らないと月曜日の出勤時間に遅れてしまう。こちらの時間の流れと、俺たちの世界の時間の流れはほぼ同じなので、今は土曜日の朝だ。ここから初心者の街に移動し、装備を預り屋に預けて……。帰るのは日曜日の昼だろう。あまり時間の余裕はない。

「さて、ぶっ飛ばすぞ!!」

 とはいえ、クソ重い車体はさほどの速度が出ない。轟音だけは立派だがな。

 こうして、一つのクエストは終わった。後ろめたさはない。契約は契約だ。


「はぁ、刺激が足らんな」

 サーバやら何やらを相手にする仕事は、とかく暇との戦いになる。さすがに居眠りこそ出来ないが、明日は祝日。今夜も「あっち」に行く手はずになっている。

 とまあ、こんな時に限って愛するサーバちゃんがトラブルを起こすのだ。

「ああ、ハードディスクか。さっそく、メーカーに……」

 当たり前の事だがRAID-5なので、ディスクの1本が飛んだところでデータに害はないし、システムが止まる心配もない。故障したハードディスクを代えて終わりだ。

 ああRAIDってのはそのままレイドと読み、ケツの数字はまあ方式みたいなものだ。

 普通のパソコンはおおよそハードディスクが一台だと思うが、サーバは止まらない事が前提である。そこで、ハードディスクを複数台繋ぎ、一台くらいぶっ壊れても止まらないようにしている。壊れたハードディスクは交換して終わりだ。

 メーカーに連絡して1時間後、さっそくCEが飛んできて五分で作業完了。伝票にサインして終わりだ。ああ、CEっていうのは、確かカスタマーエンジニアの略だったか。いつ壊れるか分からない顧客のサーバに、ひたすら目を光らせて待機する過酷な仕事だ。二四時間三六五日システムは止まらないのだからな。俺じゃ務まらん。


 さて、定時を過ぎた。同僚や上司が三々五々帰宅していく中で、俺は相変わらずゲームに興じていた。

 ひとしきり終わると、時刻は二三時四七分。少し早いが、たまには一番乗りしてやろう。

 例のゴミ部屋に行くと……すでに全員揃っていた。

「遅い」

 荒井の姐がぼそりと言った。

 スマホを取り出して見ると、零時十七分。あれ?

「俺の時計……止まってやがる」

 さすが「ローメックス」。これだから偽ブランドは!!

「さて、行くぞ!!」

 遅れてきたくせに音頭をとり、俺は掃除用具入れのドアを開けた。


「今回は混成か」

 受けた依頼がハードなので、俺たちともう一組のパーティーと合同となった。相棒の組は戦車隊だ。各国様々な最新鋭戦車が、俺たちのハンヴィの後に付いて来る。受けた依頼は「村の裏山に住み着いたドラゴンの駆除」だ。ランクは最上級のA。もちろん、しこたま爆弾やらミサイルを積み込んだ鈴木のストライク・イーグルも現場上空に先行しているはずだ。

『対象発見。おっと!!』

 無線にザーという音が混ざったが、すぐに復帰した。

『なんか、口から変なもの吐いてきたけど、とりあえず避けた。あとどのくらい?』

 なぜか、鈴木の声は楽しげだ。

「多分あと30分くらいか。戦車隊を連れているから、ちと時間が掛かる」

 昔の戦車は鈍足だったが、現代の戦車はかなり速い。こんな整備された道路なら時速七〇キロは出る。あの巨体が七〇キロだぞ? 迫力満点だ。

 特に問題はなく現場の山に到着した。ここからはひたすら山登りだが……問題が起きた。山道が狭すぎて、戦車の巨体が通れないのである。これが、戦車の弱点の一つだ。重く大きすぎる故に、場所を選ぶのである。そのまま山を登るにしても、のり面は険しい崖。とても登れないだろう。

 先頭車の車長でありリーダの男が両手で✕印を作った。なにしに来たんだ、お前らは。

 ともあれ、戦車が動けないようなら、俺たちだけでやるしかない。

「鈴木、一発かましてやれ!!」

『待ってました!!』

 山の上の方で爆音が聞こえた。

『さすがに頑丈だねぇ。全部使ったけど、まだピンピンしているわ』

 ……嘘だろ? ストライク・イーグルといえば、世界最強の戦闘攻撃機って言われているんだぞ。一斉投弾で生きているとは。

「撤退するか?」

 俺は皆に聞いたが、やる気満々のようである。誰一人帰るとは言わなかった。

「さすがに死ぬかもな!!」

 俺はアクセルを踏み込んだ。ハンヴィは轟音を立てながら隘路を抜けて行く。この道幅では、戦車は難しかっただろう。

「なぁ、ドラゴンってどう倒すんだ?」

 今さらながら、皆に聞いてみた。

「なんか、こう伝説の剣っぽいもので倒すのが普通ですよねぇ」

 三井がのんびり言ってきたが、そんなものはない。

「私の12.7ミリで頭をぶち抜くとか……」

 姐さんが無茶をいう。確かにバレットはM2重機関銃と同じ弾丸を使うが、近くに狙撃ポイントはない。かといって、軽機関銃の弾丸が効くとは思えないし、俺のサブマシンガンや三井の拳銃など論外だ。さて、どうしたものか……。

『ねぇ、私の友人でロングボウ・アパッチ乗っているのがいるけど、呼んどく? ってか、もう呼んだ』

 鈴木の声が飛んできた。アパッチというのは、世界でも有数の性能を持つ攻撃ヘリだ。ロングンボウとなれば最新型。そんなものまであるのか、この世界は……。

 「あの映画」で印象的に流れたクラシック音楽はないが、バタバタとローター音を響かせながら、木立の間にそのいかにも凶悪そうな姿をちらりと見せる。陸上部隊に取ってはまさしく悪魔の存在だ。

『こちら本田明美。聞こえますか?』

 聞き慣れない声。恐らくアパッチの操縦者だろう。

「ああ、聞こえる。まさか、攻撃ヘリとは……」

 さすがに驚き、俺は無線で返した。

『初心者の街には何でもありますよ。ヘルファイヤー満載で来ました。航空支援に当たります!!』

 また力強い言葉を。ヘルファイヤーとは、対戦車ミサイルだ。かなり強力なやつである。

 そのまま山道を登ることしばし。その現場はすぐに分かった。鈴木の集中爆撃で木々がなぎ倒され、焼け焦げた地面にドラゴンがいたのだから……。

「行くぞ!!」

 俺たちはハンヴィから飛び出し、一斉に射撃を開始した。これで倒そうと思ってはいない。アパッチだを有効に使う!!

「本田、頭部に30ミリ!!」

『はい!!』

 ダララララと極悪な破壊力を持つガトリング砲が発射され、ドラゴンは怒りの咆吼を上げた。

 なにしろ、現用戦車の上面装甲をぶち抜くための武装だ。半端な破壊力ではない。

「よし、突っこむぞ。って、姐さん!?」

 姐さんはバレットを腰だめに構え、ガンガン撃ちまくっていた。それはそんな風に撃つ銃じゃない。よく反動で吹っ飛ばないものだ。

 まあ、いい。気を取り直して、俺たちはドラゴンに接近していく、そこに、ミサイルが飛んできた。気を逸らすつもりだったのだろう。実際、攻撃はアパッチに向いた。こちらを先にと思ったようだ。口から吐き出された強烈な火炎をサッと避け、アパッチはミサイルを二発発射した。

 その間にかなりの位置まで接近したが、俺のサブマシンガンではまるで役に立たず、マッチョ荒木の機関銃では軽く鱗が剥がれる程度、三井の剣銃弾などなんの役にも立たない。しかし、この人の12.7ミリは違った。

「おねんねしてなさい。坊や」

 バレットのゼロ距離射撃なんて初めて見た。分厚い鱗と皮膚をぶち抜き、どこかの内臓にヒットしたようだ。ドラゴンの体がぐらりと倒れる。

「待避待避!!」

 倒れ込むドラゴンの下敷きにならないよう、俺たちは慌てて避難した。全く、無茶しやがる!!

 こうして、様々な人の手を借りながらも、俺たちは初ドラゴン退治に成功したのだった。さすがランクAの依頼は違うぜ……。

 こうして、異世界生活のロマンであるドラゴン退治は終わった。まあ、変にリアルで雰囲気はイマイチだったがな。

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