仕事時々ファンタジー(長編版)

NEO

第1話 始まりは爆撃から

『いっくよ~、頭引っ込めてな!!』

 ジェットエンジンの轟音と共に、前方の森林が文字通り爆発して吹っ飛んだ。それに巻き込まれて散っていく、ゴブリンやオークの大軍……ああ、両方とも人形の魔物な。とんでもなく見てくれは悪い。この手のゲームなんてやる人には、お馴染みだろう。比較的イージーだ……単体ならな。

「こら、やり過ぎだ!!」

 俺は無線に向かって怒鳴った。辺りの轟音で、こうでもしないと相手に届かない。

『あーあー、無線不調。よく聞こえないであります!!』

 ……このやろ!!


 さてここで質問。異世界といったら、何を想像するだろうか?

 まあ、オーソドックスなところで剣を振って魔法を使って、なんかこう魔王的ものを倒して……な感じだろう。間違っても機関銃を振り回し、F-15Eストライク・イーグルが航空支援に来たりする世界はなかなか想像しがたいと思う。しかし、この世界がそこだ。


「さてと……」

 時刻は深夜、オフィスには俺以外はいない。ハナキンなんていう言葉なんざとっくに廃れているが、それでも金曜日は皆遊びたいようで、上司や同僚の退社時間も気持ち早い。

 俺は時間つぶしに社用のパソコンでこっそり遊んでいたゲームをやめ、ギシギシうるさい椅子から立ち上がった。

 二三時五七分。定刻だ。俺はオフィスから出て廊下を歩き、同じフロアにある今は使われていない部屋に入る。毎度の事だが、この埃っぽさはどうにかならんかね。安物とはいえ、スーツが真っ白になるのは勘弁だ。

 今や、倉庫という名のゴミ捨て場と化したこの部屋には先客がいた。

「おう、来た来た」

 真っ先に声を掛けてきたのは、第1営業部の荒木大悟。かなりゴツい体格で、夜闇で見たら子供が泣くレベルの容姿をしているが、実は気は優しくて力持ち。おまけに猫好きである。そのギャップが素敵と、一定のファン層がいるらしい。どうでもいいが……。

「一分遅刻。相変わらずね」

 いい歳こいてきっちりロングヘアを金髪にしていらっしゃる、このちょっぴりキツいお姐さんは荒井美咲。総務課のお局様である。彼女に睨まれたら会社にいられなくなると、もっぱらの評判だ。くわばらくわばら……。

「まぁまぁ、いいじゃないですか」

 やたらのんびりしているこの娘は、三井美貴。庶務課のアイドルだ。赤毛をショートに切り。まあ、美人である。

 ……ああ、俺か? 俺は三木大介。社内のネットセキュリティを担当している。だから、一般社員は接続出来ないゲームも、ファイヤーウォールに「穴」を空けてやりたい放題。内緒だぞ?

「さて、皆の衆。いざ、出陣!!」

 俺たちは部屋の隅にある、ボロボロの掃除用具入れを開けた……。


 事の始まりは、もう半年くらい経つだろうか。俺がたまたま残業をしていて、この部屋に入った時だった。

「ったく、なんで使いもしないゴミ部屋掃除なんだよ……」

 なぜか、各部署で暇人もとい、有志を募ってこの部屋を掃除する事となり、集まったのがこの三名。いや、俺を入れれば四名か。まあ、そんなわけで掃除していたのだが……。

「なぁ、このボロ掃除道具入れ。なんでここにあるんだ? 一応は元オフィスだぞ。学校の教室じゃあるまいし……」

 それは、明らかに異質なものだった。全てがそうとは言わないが、おおよそこんなものがオフィスに置いてあるのは珍しいだろう。しかも、相当年季が入っている。

「さぁね。そんなのどうでもいいから、サッサと済ませましょう!!」

 この時は自己紹介もしていない。怖そうな金髪のお姐さんがガンガン掃除機を掛けていく中、絶対腹筋六つに割れてる系の男が重いものをバリバリ運び、癒やし系美人さんが拭き掃除をしている。……やる事ねぇな。俺。

 そう思った俺は、例の掃除用具入れがどうしても気になった。そっとドアを開けてみようとしたのだが、拉げているのかまるで開かない。……よし、その勝負受けた!!

 俺が全力でそのドアを開けた瞬間、室内を白い光が覆い……。


「……どこだ?」

 手に掃除機を持ったままの金髪の姐が、呆けたように当たりを見回している。まあ、俺も他の面子も似たようなものだ。

 辺りは一面真っ白。どういう仕掛けなのか、壁自体が発光しているようで、居心地がいいような悪いような不思議な空間。そうとしか言いようがない。

 辺りをきょろきょろしていると、部屋の一部が開きなんかちっこい男がやってきた。

「いやー、すまんすまん。今日は『客人』が多くてな。さて、まず絶対信じてもらえないが、ここはお前さんたちの世界と異世界との中継点みたいなものだ。……いや、だから、なぜ掃除機で吸おうとする!!」

 さすが、姐さん。そして、さすが吸引力が落ちないダイ○ン!! オッサンの顔が吸われて歪んでるぜ。

「ふむ、ゴミではないようだな」

 姐さん、冷静過ぎて惚れそうだ。全く。

「ワシも長くやっているが、掃除されそうになったのは初めてだな。さて、いきなりの選択だ。綺麗さっぱりここの事を忘れて日常を過ごすか? それとも、まあ異世界とでも言っておくか、そこでちょろっと遊んでみるか?」

 ……いかんな。ゲームやりすぎたか。

「ふむ。まあ、たまには息抜きも必要か……」

「異世界、面白そうですねぇ」

 それぞれ言葉は違うが、満更ではない様子の女性陣。

 いいのか、そんな簡単に納得して!?

「おい、どうする?」

 俺は隣のシックスパック(推定)に声をかけた。

「まあ、暇つぶしとストレス発散にはいいんじゃないか? 体を動かしたいしな」

 ほう、こいつも乗り気か。なら、俺は……。

「やれやれ、それって休日出勤手当出るの?」

 これが、四人の意志が決まった瞬間だった。


 白い部屋から最初にぶっ飛ばされたのは、まるで年末のアメ横みたいな場所だった。

「ここは、初心者の街だ。古今東西あらゆる時代や世界から武器・防具が集まっている。お前さんたちの時代だと……この辺りが馴染みがあるだろう」

 例のちっこいオッサンからはぐれないように歩くと、そこは確かに「俺たちの時代の」現代兵器のエリアだった。

「なんで普通に戦車なんか置いてあるんだ?」

 ……レオパルト2A6、M1A2……うぉ、陸自が誇る最新の10式まで!?

「ちなみに、ここにある物はすべて初回は無料だ。まあ、初期装備ってやつだな」

 いくらなんだって、初期装備に主力戦車はないだろ。120ミリ砲でスライムを吹き飛ばすって? いやまあ、昔そんなRPGがあった気がするが……。

「俺、あんまり知識ないんだよね……」

 体に似合わず弱気な事を言うシックスパックだったが、女性陣の適応は非常に早かった。金髪姐さんがデザート・イーグルを構えると、怖いくらいめっちゃ様になる。ああ、これは恐らく世界最強の拳銃だ。見た目も威力もかなりえげつない。

「よし、あんたのは適当に見繕ってやろう」

 このガタイだ、やっぱり軽機関銃持でも持たせてラ○ボーだな。それと……。

「見違えちまったな……」

 さすがにスーツや会社の制服では防御力なさそうだし、なにより雰囲気がイマイチということで、とにかく全身一揃えしたのだが……姐さんの手にはデザート・イーグルに、まるで杖のように背負っているのは、巨大な対物ライフルのM82バレット。一番破壊余力のあるライフルを聞かれたので紹介したのだが、一体何を撃つ気だ? その他、手榴弾やらなにやらまで、もはや一揃えの立派なコマンドだ。どこからそんな力が出てくるのか分からないが、そうとう重いはずだ。

 一方、可愛いお姉さんは、やっぱり可愛く? グロック18Cがメイン。コイツは連射モードがある拳銃だが、振動が凄すぎて弾丸ばらまき装置になるので、普通は単発がベターだ。

 シックスパック野郎などまんま戦争映画の登場人物だし、俺は控え目にサブマシンガンのMP5とベレッタで特殊部隊風にしてみました。

 ああ、MP5ってのはドイツが開発したサブマシンガン。とにかく拳銃弾をばらまくだけ……、という従来のサブマシンガンに一石を投じた傑作銃だ。100メートル以内なら狙撃銃並という精度を誇る。使う弾薬と互換性があるベレッタという、これまた有名な拳銃をサブウェポンに選んだのはセオリー通りだ。

 さて、身支度を調えたところで、なにしろこの重量装備だ。贅沢だが乗り物も欲しいなということで、探しに繰り出す。

 異世界の定番は馬車であるが、何せこの格好だ。ミスマッチもいいところなので、それなりの物を選ぶ。

 さすがに戦車はない。動かせるかそんなもん。中型免許(8トン限定)で扱えそうなところで、ハンヴィを選んだ。ジープの後継、よく戦争報道で出てくるゴツいあの四輪駆動車だ。なあ、俺たちマジで戦争にでも行くのか? 誰かに聞きたいくらいの装備である。


「おっといかん。最初に職業を決めておく事を忘れておった。シンプルに、剣士、戦士、魔法使い、回復士なのだが、希望は?」

 忘れていたチビオヤジが聞いてきた。今さらかい!!

「そうね、魔法使いで」

「私も」

 ……可愛いお姉さんはともかく、バレット背負った魔法使いって……多分、下手な魔法より効くぞ?

「面倒だから、俺も魔法使いで」

 この装備をみて、もはや職業なんてどうでもいいだろう。名刺の肩書きみたいなもんだ。

「じゃあ、俺も魔法使い……」

『お前がか!!』

 姐さんと二人の息が見事に合った。可愛い姉さんはニコニコ笑っているだけだった。


 というわけで、現在に時刻は戻る。

 森に住み着いた魔物退治という依頼だったが、ど派手な航空支援でその森ごと吹っ飛んじまった。ああ、航空支援ってのは地上部隊を航空機で援護する事だが……これでは支援ではなく主役だ。

 結局、俺たちは依頼主から、報酬どころか違約金すら取られそうになったのだった。まあ、何とか宥めて契約時の半額は貰ったがな。

 俺たちのような異世界者は、基本的には「冒険者」と呼ばれる、各地を流れる職業になるらしい。まあ、会社があるので遠出はなかなかできないが、初心者の街を起点としてあちこちの村や街には行っている。これから記していくのはその記録。面白くないかもしれないが、まあ、付き合ってくれ。

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