第9話 幸せ

赤いビニール生地の鞄

正面には人気のウサギがモチーフになっている可愛いキャラクターがプリントされている。


「こんなの子供っぽいから嫌だ!」


本当なら二日前は社会見学の予定だった。ユイの中学校では飲料メーカーの

工場見学だった。


社会見学には、ハンカチ、お菓子、お弁当、お小遣い1000円だけを持参する事になっている。


ユイは友達はあまり居ないが、大好きな飲料メーカーだったので、楽しみにしていた。親に駄々をこね、新しい鞄まで用意して貰っていた。


「お母さん、ユイ可愛い鞄が良い!」

「そうだね。お母さん買いに行けないからお父さんに頼んでみなさい?」


父があまり好きでは無かったユイ、母はそれに気づいていた

少しでもユイに父を好きになってもらおうと、必死に考えた策だった。


「あ…そっか、お母さん体調悪いもんね。分かった…」


結局ユイは父に話ができなかった。


「お父さん大嫌い!」

「お父さんウザいって」

「お父さん勝手に入って来ないで」


散々言った後だったので、鞄を買ってなど言えるハズも無かった。

父とはそれからあまり話していない。


「お父さんが仕事ばっかりしてるから、お母さん病気になっちゃった」


ユイは憎い父からプレゼントを貰うより、前にお母さんに買って貰ったボロボロの鞄を持って行く方が良かった。


数日後、父が仕事から帰って来た時の話だ。

「ユイ、ここに置いておくぞ」

父はボンっとソファーに腰を降ろし、真面目そうな見た目からは想像できない

可愛いラッピングされた袋を机に置いた。その後すっと立ち上がり、

ゆっくりと母が寝ている部屋に向かった。


「えっ!?何?モールにある鞄屋さんの袋だ」

「お母さんが言ってくれたのかな。」


すぐにバリバリと包装を破る


「わぁ……」


雑誌に載っていた人気のウサギのキャラクターがプリントされた鞄だった。

あまりに鞄が可愛いので、ユイは雑誌を切り抜いて壁に貼っていた。


「やった!これ欲しか…あ…」


父に聞こえるとマズイと思って、すぐに冷静なフリをした。

喜ぶ姿を父に見せたくなかった。

しかし子供ながらに、父は自分と仲直りしたいと思っている。

実はすごく苦労して買って来てくれたと分かっていた。


胸がムズムズした感じがあった


少しして、父がリビングに戻って来た。すぐにユイは大きな声で言った。


「こんなの子供っぽいから嫌だ!」




本当は嬉しいのに…どうして自分は本当の言葉が言えないのかな。

逆ばっかり…


家族や友達にありがとうって

最近いつ言ったっけ。


最後にお父さんと仲直りしたかった。


「…………お父さん」

ユイはラジオに引っかかった鞄を見て言った。


すぐに鞄を開けた。中には母が用意したお菓子、それは自分の大好きだったお菓子ばっかりだった。


「あ!お母さん準備してくれてたんだ!ポッキー!カロリーメイトのチョコ!プリ キュアのカード入りチョコ」


そして、ハンカチ、紙に包んだ1000円…が二つ


「あれ、2000円ある。」


紙を広げるユイ。そこには母の字で

「しっかり勉強してきなさい!」

と書いてあり、可愛い熊の絵が書いてあった。


「もう一つは…」


父からだった。


父らしい真面目な文字で


「いつも帰りが遅くてごめんな。1000円はお母さんや学校には内緒だぞ。」


と書いてあった。ユイはそれを見て泣いた。


「ううう…うう…グスッ」

全身の力が抜け、ユイは泣きながらその場にしゃがみこんだ


「お父さん…ありがとう」

「ユイこそごめんなさい」


鞄の一番下には、母が体調が悪い中一生懸命作ったであろうお弁当があった。


あの地震があった夜母はお弁当を作ってくれていたのだ。

キッチンにいたからユイの声も届かなかったのだ。


毎日が、この2人に支えられてばかりいた自分に気付いた。


ユイは幸せの本当の暖かさを理解できた気がした。


そしてもうそれは一生感じる事ができないと 確信した。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る