第10話

私は、両親も亡くなり兄弟姉妹もいません。

父は自分が小学校5年生の時に、脳内出血の一回目の発作を起こして

都内の病院に緊急入院しました。

医師は、助かったとしても必ず十年前後に二回目の発作が有り、その時

は命の保証は出来ないと言いました。

病院はどこもかしこも何故か暗くて、病室かと思って降りて行った階が

霊安室だったりしました。そこは薄明るいので間違えたんですが、天井

近くに窓があったためでした。白いシーツを掛けられたご遺体が安置さ

れていましたが、ああ霊安室だったんだと思っただけでした。同行して

くれてた、親同士が同僚だった友達のお母さんには、随分怖い思いをさ

せてしまいました。


幸い、この時は父は奇跡的に助かって、その後結構長い療養をしたので

すが、本人が今で言うところの「臨死体験」をしたらしく、こんな事を

言っていました。


気が付けば底知れない穴に落ちそうになっていたそうです。上からは白

髪の老婆が黙って覗き込んでいたといいます。草の生えた穴の縁に必死

でしがみ付いていたものの、やがてずるずると落下してしまい、とうと

う穴の底に落ちて、そこには鬼がいたんだそうです。

父は彼らに質問をしてみたと言います。

「人間と鬼はどこが違うのか?」

すると彼らはこう答えたとの事です。

「鬼は喰わない、生殖しない」と。

地獄だったのか、どうだか分かりませんが鬼に質問を挑むなんて、結構

ユニークな父だと今更ながら思います。


その後医者の見立て通り、9年後の私の二十歳の誕生日の日に父は二度

目の脳内出血の発作を起こし、今度は意識不明のまま帰っては来ません

でした。自分は見舞いだけで大学の後期が始まるのでそのまま下宿へ戻

りましたが、途中過換気のようになってタクシーの中でも窓を開けて欲

しくなるほどの発作を起こし、暫らくは下宿で寝込んでいましたので

その後の様子は母に聞いただけですが、当時の火葬場ではまだ隠亡さん

がいて、ベテランの方だった様で、父の遺骨を見て「この方は生前どこ

そこが悪かったようです」と病変部を言い当てた上、さらに「この方は

これまでのお命でした」と宣言されたそうです。長い経験で分かるんだ

ろうという話でしたが、皆驚いたそうです。まだ、55歳だったのに寿命

だったんでしょう。あの鬼達に再会してなきゃいいけど…と思います。




 



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