異世界で置物社長やってます。

くーのすけ

異世界で置物社長やってます。

 突然だが、僕はこれから異世界へと旅立つ。


 言うまでもないだろうが、異世界は過酷だ。今の僕が居る世界、すなわち現実界とは、環境も、生物も、理も何もかもが違う。

 だからこそ、異世界に臨む前には入念な準備が必要なのだ。

 何が起きても対応できるように、心身を引き締める。姿見の前に立ち、ピシッと装備を固める。


「シャルル」

『ハイ』

「どうかな。見た感じ問題はない?」

『肩に埃がついておりマス。取って差し上げたいところデスが、なにぶんワタシにはお手々がありませんノデ』

「いや、いいよ。ありがとう。肩なら自分で取れる」


 頼れる相棒による厳しいチェックも忘れない。

 PCにインストールされている人工知能『シャルル』から言われたとおり、肩についていた埃をつまんで取る。それを何の気なしに中空に落とせば、床に舞い落ちるより素早く駆け付けてきた猫型掃除機に口から回収される。ちなみに、猫ちゃんはそのまま駆けて部屋から出ていった。忙しない。


「んじゃ、行ってくるよ」

『ハイ。行ってらっしゃいマセ』


 シャルルに背中を押され(実際に押されたわけではない。比喩だ)、もりもりとやる気が湧いてくる(気がする)。

 ネクタイピン型の定点間ワームホール生成機を起動させると、目の前の空間に円形の歪みが生じる。その歪みの中心には、この自室ではない、また別の部屋の景色。


『ア。お土産待ってマス』


 ワームホールを潜る直前、シャルルから謎の要望をいただいた気がする。なにやら毎回この要望をいただくが、人工知能が喜ぶお土産とは何なんだといつも頭を悩ませる羽目になる。変なことは言わんで欲しい。


「時間通り……いえ、若干遅刻ですね。12秒ほど」


 ワームホールが閉じる様子を見ながら、お土産何にしようなんて思案する僕の耳に、あまりにも細かいことを指摘する声が届く。

 見れば、明るい金髪の絶世の美女。何故かビジネススーツを着ていて、耳が長く尖っていることを考慮してなおその美貌に鼻の下が伸びそうになる。


「鼻の下、伸びてますよ」

「おっと」


 伸びていたらしい。失敬。


「12秒なんて誤差範囲だよ。四捨五入したら0だ。ごめんなさい」

「ワケわからない計算を披露されましたが、素直に謝ったので許しましょう。謝るだけで良いのですけどね」


 流れるような弁明と謝罪で事なきを得る。

 許しとともに呆れきった目線とため息をいただいたが、大好物なのでよしとしよう。ありがとうございます。


「とにかく、もうすぐ会議の時間です。会議室に急ぎましょう」

「ああ、うん。わかった」


 先を歩くエルフの秘書、ルリアのあとを追う。

 しかしすぐに足を止めたルリアは、ふいに僕の方をちらと見て、口を開く。


「社長。そのスーツ、新しく用意したのですか?」

「あ、気付いちゃった?」

「…………イマイチですね」

「……あっ、そう……ですか」


 その口から飛び出してきたのは、僕の戦闘装備――おニューのビジネススーツ――に対する酷評であったけども。


   ◇ ◇ ◇


 地球の科学は進歩し、世の中は非常に便利になった。

 なかでも一般人に関係する大きな変化と言えば、旅行関係――つまり、移動方法の変化だろう。


 その昔、車や飛行機や電車、はたまたロケットで移動していた時代に、『転移門発生装置』が開発された。これにより、、瞬間移動が可能になる。

 とはいえ、開発されたそれは非常に巨大な装置が必要で、あらゆるコストがかかり、尚且つ設置した装置間でしか移動できない。各国一つずつ大きな空港に設置するのが関の山だったそうな。おまけに、日本からヨーロッパとか、そういう長距離の移動をするなら飛行機より安いかもねって程のハイコストっぷり。お世辞にも『一般大衆向け』とは言いがたいものであった。


 だが、そんな転移門発生装置の存在によって大きく進歩した分野があった。宇宙開発だ。

 今までは帰る手段や燃料や物資の問題で頓挫していた宇宙開発が、この装置を搭載した宇宙船の開発により急激に進歩した。

 宇宙が地球人にとって身近なものとなった瞬間だ。

 今となっては、発見した地球型惑星には環境を整えたコロニーと転移門発生装置が置かれ、かなり高額なれども一般人にも払えなくはない金額で宇宙へと旅行ができるようになっている。


 と、ここで、この装置が開発・一般向けに開放されたときにあちらこちらで取り上げられた問題を一つ挙げよう。

 すなわち、『転移途中に転移門が閉じたら、一体どこに放り出されるのか』である。実際のところ、転移門に入って出口から出るまで、かかる時間はレイコンマ数秒から長くても数秒だけ。その間に装置に致命的なバグが生じ転移門が閉じる可能性は、限りなく低いだろう。


 だが、完全な0じゃあない。


 0じゃないなら心配になるし問い合わせたいというのが人間というもの。だが、この僕が覚えている通りだと、装置を開発したNFA社の回答は『そのような問題は起こらないよう、細心の注意を払っている』という百点満点で一辺倒なものだったはずだ。


 なので、僕からその問題に対する答えを言及させて貰おう。


 問:転移途中で門が閉じたら、中にいる人たちはどこへ行くのですか。

 答:異世界へ行く。


 少なくとも、《《僕の経験上は》、だけどね。


 今でも鮮明に覚えている。

 あのときはまだ高校2年生だった。宇宙に設置された3つめの転移門に、物資を乗せた船で宇宙飛行士や惑星開発の技師たちが向かおうとしていた。

 そんななか、とんでもない倍率を誇る『一般参加枠』、いわゆる観光枠のチケットを運良く手に入れた僕も、同じ船に乗り込んでいたのだ。


 そして、悲劇が起こる。


 宇宙への距離となると、如何な転移門といえど移動には数秒かかってしまう。その移動の間に、(噂によると)出口にあたる転移門に小遊星がぶつかって壊れてしまったそうだ。そして出口を失った僕らの宇宙船は、数分間の不自然な転移(船の中は阿鼻驚嘆だった。僕も恐怖でうんこを漏らした)を続け、突然大自然の中に投げ出された。

 今時なかなかお目にかかれない大きな森に不時着した僕らの船は、木々がクッションになったおかげで大破はしなかった。


 明らかな異常事態。おろおろする僕含めた一般参加枠の搭乗者たち。だが、訓練を積んでいたのか、宇宙飛行士や技師たちの対応は迅速であった。

 何があるかわからない宇宙の旅である。何かが起きて転移門が壊れたときの対応策として、船に積み込んでいた物資の中には組み立て式の転移門発生装置があったのだ。出口をお国の装置に設定すれば、あっという間に帰れるという寸法だ。


 あれよあれよという間に組み上がっていく装置。やった、帰れる、なんだ問題なんてなかったんだ。そんな安心感が僕の胸中を満たすと、尻の不快感が急に気になってくる。


 まだ組み立てには時間がかかりそうだし、どこかでお尻とパンツを洗ってこよう。これだけ自然があるんだし、どこかに川くらいあるだろう。

 そう思った僕は、タオルと替えのパンツを一枚ずつ引っ掴んで団体から離れてしまった。アホなことに、まだみんな余裕が無さそうだという理由から、周りの人に一言も告げずに。




 川を見つけるのに時間がかかったものの、ちゃんと尻を洗い、汚れたパンツを埋め、すっきりとした気持ちでみんなの元へと帰った僕を待っていたのは、不時着した宇宙船の残骸と、完成した転移門発生装置と、人っ子一人いない風景と、もう残存電気が無くなっている装置用の緊急バッテリーのみであった。

 理解するのに時間がかかったが、どうやら僕の存在は完全に忘れられ、転移門の接続と共にみんなはすぐ帰ってしまったらしい。


 僕は泣いた。高校生にもなって、大きな声を上げて泣いた。こんなことってないじゃん、と思った。誰を恨めばいいのかわからないので、とりあえず勝手に漏れたうんこを恨んだ。


「……――――」


 そんな僕の耳に届く、鈴を転がしたような綺麗な声。生憎、何を言われたのかはわからなかったけれど。


 しゃくりあげながらもその声の方向を向くと、弓に矢をつがえ、完全に僕のドタマにその先を向け、凄んでいる絶世の美女。


「……――――」


 その美女が、もう一度言葉を発する。何を言われたのか、やっぱりわからない。

 ただ、思った。

 え、泣いてるヤツにそんなもの向けるか普通? と。


   ◇ ◇ ◇


「なんですか? 私の顔に何かついてます?」

「いや、美人だなぁって見とれてただけ」

「はぁ。ありがとうございます」


 いつの間にか肩を並べて歩いていた隣の美人秘書をちらと見ると、すぐにばれる。相変わらず、野性的な鋭さだ。

 ちなみにだが、この程度のおべっか(というか事実美人だと思っているが)はもはや日常茶飯事で、ありがとうと返す彼女の頬に赤みが差す気配はこれっぽっちもない。初めて美人だと褒めたときすら今と反応は変わらなかった。脈ナシだ。しかし、これもこれでアリ。


 しかしなぁ、と思う。

 まさか、初対面で僕の眉間に矢を穿とうとしていた女性が、今や僕の右腕たる秘書だ。世の中何が起きるかわからないね。

 そんなことルリア本人に言ったら、「それを社長が言わないでください」とでも返されるのだろうが。

 ……うんこ漏らしてみんなに置いてかれてベソかいていた僕が、まさかの異世界で社長をやっているんだもんな。


   ◇ ◇ ◇


「――――!」

「あ? あ? えっ、なに?」


 眉間に突き付けられる鋭いやじりに、涙と共に血の気も引く。

 なにやら相手さんも切羽詰まった様子で、今にもその矢は彼女の手から離れ、僕の頭に小さな風穴を開けてしまいそうだ。

 とはいえ、そんな彼女の言葉がまったくわからない。わからないから、何とも答えられないし、行動にも起こせない。


「あ、あ、そうだ!」


 と、ここではたと気付いた僕は、おもむろに懐に手を伸ばす――瞬間、僕の頬の薄皮一枚をこそぎ取りながら、弓から放たれた矢が通り過ぎて行った。見事な弓の腕前だ。


「ちっ、ちち、違う違う! これ、携帯! 便利なヤツ! いろいろできる! 武器じゃない!」


 顔面蒼白になっていることを自覚しながら、僕は身振り手振り(というかあたふたした動き)を混ぜながら、目の前で警戒の色を一段と濃くした美女に、懐から取り出した携帯電話のことを説明する。今や電話機能などおまけで、あらゆるデジタルガジェットがこれ一つに収められていると言っても過言ではない携帯電話。僕がこの状況でこれを取り出したのには、もちろん理由がある。


「えっと、『ドーラ』。言語解読」

『解読に必要なサンプルが少なすぎマス。モウ少し会話を重ね、サンプル数を増やしてくだサイ』

「――――!!」

「ひぃっ!?」


 僕の手に収まる小さな板が突然しゃべり出したことに驚いたのだろう。美女は二本目の矢を弓につがえ、再び僕に突き付ける。


「ちょちょ、ちょっと待って! くださいっ!」


 両手を頭よりも上にあげ、完全に降伏の姿勢をとる僕。


「何が起きているのか、僕にもわからないんです。ええ、えーっと……」

「――――」


 おろおろと戸惑う僕。無意味だとわかっていても語りかけ続けるのは、『シャルル』よりも機能は劣るが容量が小さいため携帯にもインストール可能な人工知能、『ドーラ』が未知の言語を解読するため、言語のサンプルを集める必要があるからだ。

 早い話、この美女にもっと喋ってほしいのだ。


「――――。――――――?」


 僕が両手を上にあげたことで、とりあえず矢を向けるのはやめたらしい美女。だが相変わらず僕から視線をそらさないし、弓には矢がつがえられたままだが。

 そんな美女はなにやら喋りながら、宇宙船の残骸を指差し、僕になにがしかを問うたようだった。


「ああ、ええと、あれは僕らが乗ってきた船で。何でかわからないんですけど、この森に不時着したみたいで。本当は宇宙まで転移できる予定だったんですけど……」

「――――」

「あへっ。あふ? えーっと……」


 困った。普通に喋られたらいよいよ何て言っているのかわからない。


「――――」

「あはは。こんにちは」

「――――」

「まあ、ぼちぼちってとこですかね」

「……――――」

「いえいえ、そんなことないですよ」


 おっとまずい。適当な返事を繰り返していたら、またもや美女の表情が穏やかでなくなってきたぞ。

 そりゃそうだ。意味わからん言葉をへらへらと笑いながら喋ってたら、ムカつくわな。僕もムカつく。

 と、そのとき。


『状況と表情から言語の意味を予測。音とアクセントから言語の規則性を把握。ソレらを組み合わせ、この言語の解読を完了しまシタ。解読データを脳へ送信。インストールしマス』

「うおっ!?」

「!?」


 突然手に持っていた携帯電話から『ドーラ』の声が聞こえるもんだから、露骨に驚いてしまった。美女も肩を跳ねさせて驚く。彼女が驚いたらどうなるか? そう、もちろん。矢の先端が僕に向く。


「……一体、なんなのですか。さっきからニヤニヤと気持ち悪く笑うわ、意味の分からない言葉を話すわ、変な道具が急に喋るわ……」


 そして驚き。あっという間にインストールされた解析データのお陰で、彼女の言葉が理解できるようになった。

 しかし、この感覚は酷く気持ちが悪い。何かが自分に起きた感じも無しに、今までわからなかった言語がいきなりわかるようになる。自分が急に賢くなった感じ、と言えば聞こえはいいが……。


「いい加減、射殺いころしてもいいでしょうか。森の民としては、あまり無益な殺生はしたくありませんが……」

「わわっ、待って下さい! 僕は怪しいもんじゃありません!」

「ひっ!」

「ひょえっ!?」


 そうこうしているうちに物騒な発想に行き付きかけていた美女に弁明するため、僕はさっそく解読した彼女の言語で喋る。が、逆効果だったのだろう。急にぺらぺらと喋り出した僕に驚いた美女は、思わずといった様子で弦から指を放してしまった。

 幸いなことに狙い通り真っ直ぐ僕の眉間に飛んできたので、弾道を予測して掴んで止めることは出来たが……。


「なっ……! あ、あなた、私たちの言葉を喋れたのですか!?」

「あ、あぶっ、危なっ! 刺さってない? ないよね!?」

「質問に答えなさい!」

「はひっ! い、今です! 今喋れるようになりました!!」

「ふざけないで下さい!」

「ふざけてないよっ!?」


 とんだ押し問答だ、と思った。


「……まぁ、喋れるにこしたことはないので、いいです。とにかく、あれは何なのですか?」

「あ、あれは宇宙船です」

「ウチューセン?」

「はい。僕らは宇宙に転移する途中、転移門のトラブルでここに不時着したみたいで……あれ、そもそも、ここはどこなんですか?」


 言語が通じて話せる相手が出来て、少しだけ心に余裕ができたのだろう。今更になってそんな疑問を持つ。

 前提として、現代に理解不能な『未知の言語』が存在すること事態がおかしい。

 今時オーソドックスもしくはちょっとマイナーな程度の言語情報だったら、そこらに安価で売っている。何ならば、ネットに海賊版すら転がってるくらいだ。僕だって当然それらの言語情報はインストールしてる。それなのに、目の前の美女の言葉は理解できず、1から解析する必要に駆られた。

 つまりはそこから考えられる可能性は、2つ。1つは、ここが言語情報も解析されていない未開発――すなわち、どマイナーな土地である可能性。そして残る1つ……。


 ちらと、僕は目の前にいる美女の、ある一点。耳を見る。

 そこを見たうえでどう考えても、残る1つの可能性の方が、圧倒的に確率が高い。


 つまり、ここが元居た僕の地球――もしくは世界――と異なる土地である可能性。


 そして、奇しくもその可能性は、


「……? ここは、我らの土地ですが」


 彼女の口から、すぐに証明されてしまった。


「……マジすか」


   ◇ ◇ ◇


「製品を売り出して周辺の民の暮らしが豊かになったのは良いのですが、動力である純粋魔力の供給が追い付いていません。やはり、魔力転換炉の増設が必要です!」

「だが、物資と人手が足りん。希少金属や魔石など、新しい魔力転換炉を造るのに必要なこれらは、どう集める?」

「そんなの、獣人らに任せましょう。どうせアイツらは頭脳面では役に立ちませんから。へーこら体を動かして働くのがお似合いです」

「お? なんだ嬢ちゃん。オレら獣人に喧嘩売ってんのか? 安売りしてんだったら買うぞ、コラ」

「あぁん? 特売セール中ですが?」


 巨大な円卓を囲む会議中。

 僕の目の前で、従業員代表らの議論がヒートアップしていく。とりわけ、獣人族代表と妖精族代表の熱がすごい。というか、もはや喧嘩だ。


「ま、まぁまぁ。ちょっと落ち着いて……」

「社長はすっこんでろぃ!」

「はい」


 ちなみに社長の僕はこんな扱い。

 あれあれ。呼び名と扱いが合っていないヨ。


 僕がしゅんと縮こまったあたりで、パン、と大きく柏手を打つ音が響く。


「そこまでです。喧嘩は後にして、今は会議の進行を優先しましょう。現実問題として供給が追い付いていない魔力をどうにかする。社長、何か案はありますか?」


 発言の主は僕の秘書、ルリアだ。

 何故か僕の仲裁には全く耳を貸さなかった二人も、ルリアの鶴の一声で不承不承ながら矛を収める。うん、毎度のことながら、納得いかない。


「案って言ってもなあ。新しい転換炉を造るのは、現実的じゃないってことだろ?」

「はい」

「じゃあ……なんかこう、みんなから貰った魔力を溜めこんでおく、電池みたいのを造る……ってのは?」

「魔力を溜めこんでおく装置ですか……。悪くない案だとは思うのですが、可能なのですか? 常識として、魔力とは溜めこめるものではなく、常に空気中に放出され、魔素へと還元されるものですが」


 魔力を込められる金属なんかも存在するが、込めたとしても一時的なもので、すぐに空気中に溶けてしまうらしい。


「うーん。いきなり実用化は難しいか。じゃあほら、魔力が多いエルフや妖精が家々を回って魔力をわけていく、とか」


 へへへ、と笑いながらそんな案を口にした僕に、秘書から冷え冷えとした眼差し。


「つまりはあれですか。私たちエルフにその『デンチ』とやらになれと。エルフなど魔力を供給する機械であると。……とんだ人道もあったものですね」

妖精わたしたちもですよ。面倒ですし」


 ぼっこぼこに非難された。しゅん。

 そのとき、すっとひとつ手が挙がる。見れば、人間族代表の好青年。


「既存の魔力転換炉を改良……というのは不可能なのですか?」

「正直、それが最も現実的ですね。1から造るよりは物資も人手も必要ないでしょうし。……というわけで」

「はい?」


 ぐりん、と彼の意見を聞き入れた秘書ルリアが僕の顔を見る。怖い。


「社長は、魔力転換炉の転換効率を上昇させる改良案を考えてください。毎度のことですが、内部構造、必要な物資、費用、その他もろもろ詳細に」

「えっ。無理無理ムリムリ。毎回言ってるけどさ、僕はいつもいつでもいつだって最善ベストを尽くしてるんだよ。つまり、今ある転換炉が考えられる最高の型。そんなパッと最善ベストを超える改良なんて出来ないって」

「無理でもなんでもやるんです。会社存続の危機ですよ」


 んなワケあるか。と思ったが、何言っても聞き入れてもらえなさそうなので、ため息交じりに「はいはい」と了承した。

 ところでこれ、社長の仕事じゃなくない? どっちかっていうと技師とか研究員の仕事じゃない?


 毎度毎度の疑問をぐっと胸に秘める僕を余所に、会議は滞りなく進んでいく。僕の発言など無しに。


 あれ。僕、ここに居る意味ある?


   ◇ ◇ ◇


 どうやら僕の住んでいた世界と、現在いる世界は違うらしい。というか、その可能性が高い。という話を切々と美女に語ることしばらく。

 半信半疑、という様子だが、『ルリア』と名乗った美女は僕を殺害リストから外し、己が住む集落へと案内してくれた。

 嘘など簡単に見分けられる。そう言った彼女は、少なくとも僕が嘘を言っていないことは信じてくれた。つまり、本当に異世界人か、自分が異世界人だと本心から思い込んでいる狂人か……、とのこと。とにかく、害意は無さそうだし、弱そうなのでいいでしょう、だそうだ。

 会話の節々に織り込まれる毒舌は、彼女の持ち味なのだろうか。嫌いじゃないぜ。


 風当りは友好的ではなくとも、ルリアがつれてきたという付加価値のお陰で集落へと入れた僕は、信じられない光景を目にした。


「なん……っじゃこりゃあ」

「どうしました?」


 目に入るのは、木、土、鉄、のみ。

 電気は? 火薬は? ガスは? なんだこれは。どんな開拓地だ。それにしたって酷すぎるだろう。


「あのー、ルリアさん? ここはその……文明の利器を使っちゃいけない宗教とか、そういうのあります?」

「文明の利器……ですか。いえ、特には。自然とともに歩むという文化はありますが、閉鎖的だったのは遥か昔です。エルフでもいまどき町にも行くことはありますし、便利そうだと思ったものはこの集落にも取り入れていますよ」

「……さいですか」


 つまりは、この集落をこの世界の文明レベルと捉えてもいい、ということ。


「あ、でも。家々まで木材で作っているのはこの集落ならではですよ。町はもっとゴツゴツしているといいますか。レンガとか、石造りの建物が大多数です」


 そんな追加情報いらんし、大して変わらないよ、と思った。


 早くも『何としてでも元の世界に帰る』という目標が頓挫したと思った。

 この世界で何とか燃料を手に入れ、転移門が起動できるほどの電力をつくれれば、森に放置してきた転移門であるいは……と思ったのだが。

 この感じからすれば、未発達も未発達。そんな強力なバッテリーなど作れそうもない……。


 だが、彼女の家で厄介になってみれば、灯りはあるし、ちゃんと料理だって火が通っている。いったいどうやったのだと訊ねると「魔法ですが」とのこと。ファンタジックに素晴らしい回答だ。


「じゃあ、魔法がつかえない人とかはいないの?」

「いますよ。魔法が全く使えない、ないしは使えても非常に力が弱い者も」

「そういう人はどうやって生活を?」

「魔石があります。このランタンなどは、魔石を燃料として光の魔法を発現しているんです」


 そう言ってルリアは戸棚の上に置いてあったランタンを光らせて見せてから、拳大よりやや小さめの石を取り出した。魔石。彼女はそう言った。これが燃料? この石から、光エネルギーが作られるってことか……?

 いったいどんな仕組みなのか気になった僕は、持ってきた荷物からツールボックスを取り出し、ランタンを分解した。ちなみに勝手にやったので、「そういうのは家主に断わってからやってください」とルリアに怒られた。そりゃそうだ。


 とにかく、分解をしてみて、なんとなく構造は理解できた。これでも機械いじりは得意な方だ。要は、魔石から放出される万能エネルギー(ルリアは魔力と呼んでいた。人体にも備わっているらしい)を回収し、光や熱や電気エネルギーに変換することで魔法として発現させているみたいだ。

 しかしこの発光素子と呼ぶべき、魔法を発現させる機器。これがなかなか面白い。極小の鉄筒に包まれたものを開けば、これまた小さな魔方陣の描かれたスクロール。こんなんで魔法が発現できるのか。


 現代日本にある機械とは全く異なる構造。シンプルで、部品も少なく、だが何よりも……。


「気が済みましたか?」

「……無駄が多い」

「はい?」


 無駄が多すぎる。

 なにやら配線もごちゃごちゃしているし、触れれば熱い。純粋な光エネルギーが作られてない証だ。魔法なのに。ルリアに訊けば、取り出したサイズの魔石だったら数十時間で食いつぶすらしい。魔石は結構高価なもので、「だから、魔法を使える者からしたら割に合わないのです」とのこと。

 発光素子は魔法を使えない僕には弄れないが……そこ以外なら、あるいは。


「ルリアさん」

「呼び捨てで構いませんよ」

「じゃあルリア。こういう機械の部品が売っている町はこの近くにありますか?」

「キカイ? 魔道具のことですか? であれば、はい。ありますよ」

「その町に連れて行ってくれませんか?」


 エネルギーがあり、機械がある。ならば、転移門を復旧させることができるかもしれない。そのためにも、この世界でできることをもっと知る必要がある。

 普段だったら女の子、それも美女のことなど呼び捨てに出来ないマスター童貞の俺だが、そんなこと気にしてられない。


「……なぜですか?」


 だが、当のルリアの反応は思わしくない。

 首を傾げ、無表情でこちらを見つめる。

 どどどどうしよう。普通に説明して伝わるかな。

 というか、彼女的には俺に優しくするメリットがないもんな。ってかすでに十分すぎるほど良くしてもらってるし……。


「な、なんでって……、えーっと……」

「……まあ、いいですよ」

「はん?」


 どう説明すべきが言い淀んでいたら、あっさりOKが出た。なんなん?


「面白そうですし、案内します。この集落は退屈ですし、あなたのような不穏分子は良い刺激なんです。明日は早くから出て町に行きます。そろそろ寝ましょう」

「あ、は、はい」


 面と向かって不穏分子呼ばわりされたけど、良い印象ってことでいいのだろうか。

 とにかく、大事になるようなことはなさそう。ルリアが思ったよりも腕白な性格だったのが幸いだったのかな。


「ちなみに、明日は村長宅から馬車をかっぱらいます。ばれたくないので、日が昇って皆が起きる前に出ますよ」

「はい。…………はい?」

「じゃ、おやすみなさい」


 ごめん嘘。大事になるかも。




 どの世界でも、何にしても先立つものは金である。

 でも僕はこの世界の貨幣を持っていない。であれば、働くか、何かを売るかして手に入れるしかない。

 ということで、ルリアに頼んで放置していた宇宙船へ向かい、もう必要ない上に高く売れそうな物を適当に拝借し、金へと換えることにした。

 さあ町へ出発だ、というとき、「残りは置いていくのですか?」というルリアからの疑問。そりゃ持てないしね、と答えたところ、「そうですか、勿体ないですね」と残念そうに言っていた。このときは、どういう意味だろう、とよくわからなかったけど。


 予想通りの発展具合だった主に石造りの町には特にツッコミはいれず、必要なものだけを買えるだけ買い込み、エルフの集落へと戻る。ぶっちゃけかなり高額になった宇宙船部品の売値のおかげで町でも暮らせそうだったのだが、「興味があるので私の近くでやってください」と美女に頼まれたら、えへへわかったぁってなるよ。僕は悪くない。不便だとかそういうとこは後回しだ。

 ものは試しと、まずはルリア宅のランタンを改造する。これは難なく成功。小指の爪ほどの魔石で同出力・同時間の発光を可能にした。この時点で、ルリアは僕が得体のしれない技術がある世界の住人、つまり異世界人であると認めたらしい。いや、そもそもまだ認めてなかったんかいって話だ。




「この集落の北に、放置された館があります。そこならばもっと好き勝手しても文句も言われないし、あなたも楽になるかと」


 ルリアにそんな提案をされたのは、僕が腕試しとばかりに適当な家電をこの世界のロジックで造り出したころだった。日々増えていく謎の物体に、僕は集落のエルフたちから「錬金術師」やら「呪術師」と、噂される際のニュアンス的に良い意味ではない言葉で呼ばれつつあるときだった。


「私は、あなたが造り出すものに興味があります。あなたが寝る間も惜しんで機械とやらを弄っている理由には、のっぴきならない事情があるのでしょう? だとすれば、この集落はあなたの障害になりうる。……私は、あなたを応援したい」


 とのこと。

 正直、集落の人々の冷たい目線にだいぶ参っていた僕は、彼女からの提案を快く受け入れた。彼女もついてきてくれるっていうしね。

 ちなみに、「あなたを応援したい」発言からそういうことなんだろと思った僕はルリアに告り、見事玉砕した。「すいません、そういう意味じゃないです」と真顔で言われたら、「あっはい」ってなる。

 とにかく、僕の拠点は森に放置された謎の館に移った。


 次に改造を施したのは、携帯電話のバッテリーだ。そう、ついに『電源』というものに着手したのだ。ほぼ一から造り出すような改造が必要で、これはすんなりとはいかなかった。だが、そこは気合と根性。僕はルリアにフられたフラストレーションもすべてぶつけ、ついにバッテリーを造り出した。久しぶりに電源の入った携帯電話を見ながら、ようやくこれで帰れる、そう思ったものだ。




 と、ここで事故が起こる。


「嘘……だろ……?」


 大きな新バッテリーをよいしょと担いで、森の中に放置していた転移門の元へと馳せ参じた僕の目の前に広がる、一面の緑。あの輝くような金属光沢は? どこにもない。風化した? そんな馬鹿な、まだ数か月しか経っていないぞ。


「野盗の仕業です。私のような素人目に見ても高く売れそうなものばかりでした。これだけ日にちが経てば、無くなるのは道理かと……」


 項垂れる僕に、ルリアからの死体蹴り。いや、言い淀むような間があった。彼女なりに優しい言葉をかけようとしたのかもしれない。結果として悲しいくらいの事実を突きつけるだけの鋭利な言葉だったけど。ははぁんなるほど、だから「勿体ない」ね。なるほどなるほど。


「詰んだ……」


 その言葉は、僕の口から自然に漏れていた。

 売られた転移門の所在を調べるか? いや、あんな意味不明なものをそのままそっくり置いておくとは思えない。今頃部品にばらされてるか、最悪なら素材に還元されてる。じゃあ、転移門を自作する? それこそ馬鹿だ。転移門の構造なんて国の超機密事項トップシークレット。僕みたいなちょっと機械弄りが得意な一学生が造れるもんじゃない。


 涙すら出ないほど打ちひしがれて、憔悴しきってため息を吐く僕に、ルリアは珍しくおろおろと戸惑っている様子だった。


「あ、あの……。そ、そうだ。あの機械は一体なんだったのですか? そんなに大切なもの……だったんですよね」

「そうだね」


 近場にあった木の幹を背に、僕は座り込む。

 とてもじゃないが立ってられなかった。もう帰ることは出来ない。そう思ったのだから。


「あれは転移門だ。僕の世界に繋がってた。あれを起動さえできれば、僕は元の世界に帰れたはずなんだ……!」


 くそっ! 喋ってたら現実を直視するしかなくて、涙も出てくるわ、口からは後悔やら何やら、よくわからない感情を含んだ声が漏れるわ。

 みっともない。ルリアに泣く姿を見せるのは、これで二回目だった。


「転移門……そ、それくらいなら……」

「それくらいって……! よくもそんなこと言えるな!? あれはとてもじゃないが造れない! もう僕は帰れないんだぞ!!」

「いえ、似たようなもので、転移魔法がこの世界にあります。あなたが解析をして機械とやらにすれば、もしかして、と……」


 ……なんと。

 訊けば、魔法の使用に必要な魔方陣はルリアが知っているとのこと。

 なんてこった。そのあと、八つ当たりして大きな声を出したことを死ぬほど謝った。





「『ドーラ』。元の世界の、僕の部屋……いや、転移に誤差があったら大変だし、家の近くの公園にしとこう。あそこの座標を教えてくれ」

『E109:2275:6518:4デス』

「……よし。これでうまく作動すれば、僕は元の世界に帰れる……はず」

「わくわくですね」


 正確にはドキドキかな。主に恐怖の方で。


「ふぅー……。よし、起動!」


 ちゃんと起動するか。起動してもちゃんと帰れるか。また変な場所に転移させられないか。そんな諸々の不安を吹き飛ばすため、わざと大きな声で起動などと叫ぶ僕。叫んだあと、ちょっと恥ずかしくなった。

 とにかく、正面をさしていた懐中電灯型の転移門発生装置を起動させると、問題なく、ワームホールとも呼ぶべき転移門が発現した。穴の向こうには、歪んでいて見にくいが、よく知る公園のような景色。


「う、嘘……本当に帰れそうだぞ!?」

「おめでとうございます」


 相変わらず心がこもっていないようで、だが案外慈愛に満ちたような、ルリアからの賛辞。ありがとう。君のお陰だよ。僕は素直にそう返せた。


「いえ。私の方こそ、ありがとうございました」

「……?」


 なんで僕が礼を言われたんだ? と、このときはよくわからなかった。


「また、会えますかね?」

「……どうだろ。ねえ、『ドーラ』、この世界のこの場所の座標も記憶できる?」

『ハイ。可能デス』

「どうやら、できそうだ」


 僕は笑った。


「ならば、またお会いできる日を楽しみにしています」


 ルリアも笑う。あまり表情に出さない彼女の、飛び切りの笑顔だった。


「うん。……それじゃあ、またね」

「はい。また」


 さようならじゃなくて、またね。僕らはそう言って、元の世界へと帰った。

 開いたワームホールに足を踏み入れれば、それだけで無事に元の世界に帰れた。

 それがどうにも嬉しくて、どうしようもないほど悲しくて寂しかったのを、今でも鮮明に覚えている。


   ◇ ◇ ◇


「じゃあ、今日のところはここまでにしましょう。社長はさっさと魔力転換炉の改良案を出してくださいね」

「はいはい……」


 事は、ルリアが会議を締めようとしているときに起きた。


「た、大変です! 会社に武装した侵入者が! 社長を出せ、と言ってます!」


 えぇ? 僕?

 なんでだよ?


「呼ばれてますよ、社長」

「行ってらっしゃいませぇ~」


 ちょっと待てよ君たち。一応社員で、僕が社長だろ?

 もうちょっとさぁ、心配したりとか、そういうの必要じゃないの。

 武装してるんだってよ。絶対穏やかな要件じゃないじゃん。


「はいはい。心配です。早く行ってきてください」


 ルリアさん……。




「はよ頭を出さんかいぉお!? 死に晒すか!? おぉ!?」

「僕が一応社長ですよ。出てきたので、社員を離してください。困ってるじゃないですか」

「おぉぉおおん!?」


 抉りこむようにメンチ切ってくるわこの人ら、なんなん。

 えぐい角度からのメンチに必死に対応していた女性社員を逃がし、なるほど確かに武装している4人の侵入者と対峙する。

 近接職っぽいのが3人、魔法使いっぽいのが1人。みんな男。華がねぇな~。

 逃げていく女性社員を一瞥し、チッと舌打ちをする男。率先してメンチ切っていただけあって、一番いかつい。4人のリーダーだろうか。


「おぉん、あんちゃんが噂のシャッチョさんかいな!? あんちゃんが売り出してる商品のせいでなぁ、うちの商会の商品が時代遅れ言われて売れなくなっちまったんよ! どう責任取ってくれるんやぁぁああん!?」

「責任って……」


 え、どうすればいいの?


「すいませんでした」


 とりあえず謝っとこ。


「ごめんで済むかいな!?」


 ダメだったっぽい。

 ああもう、面倒くさいな。ってか僕悪くないでしょ。


「じゃあ、手の打ちようがないんで帰ってください。僕らの商品が最先端で、あんたの商会の商品が時代遅れなのは事実なんでしょ。悔しかったら怒鳴り込んでくる前に自分の商品を売る努力をしなよ」


 ふぅやれやれ、という仕草と共にそう言い放てば、ビキビキィと男らのこめかみに血管が浮く。どうやらプッツン来たらしい。嘘だろ、僕正論しか言ってなくない?


「正論を言われると、得てして人はイラつくものなんですよ、社長」


 はるか後方から隠れて観戦しているルリアの助言。ちらと見れば、会議に参加していた社員代表らも僕と侵入者のやり取りを観察している。

 なんでそんな遠くにいるの。見てわかるでしょ、僕ピンチじゃん。


「あんちゃん、素直に謝りゃぁ許してやろうかと思ってたんだがのぉぉお?」


 えぇ、嘘。謝ったけど許してくれなかったじゃん。


「どうやら死にたいらしいから、手伝ってやりゃぁあ! 死に晒せよぁ!!」


 叫んで、腰に下げていた斧を振りかぶる侵入者リーダー。見れば、後ろの取り巻きたちも各々の武器を取り出している。

 いやいや、武器くらい取り上げとけよ何やってんだうちの社員たちは。

 ……しかし、遅いなぁ。


「よっと」

「ほ?」


 振り下ろされる斧の刃を素手でキャッチする。侵入者リーダーは目をぱちくりとしばたたかせている。何だ、力に自信でもあったのかな。

 でも、残念。


「んなぁ!?」


 ぎゅっと力を籠めれば、それだけで僕に掴まれていた斧はめきめきと耳障りな音を立てて潰れた。脆い。安い量産品だな、さては。


「満足しました?」

「しし、死ねぇ!!」


 にっこりと問いかける僕に、魔法使いから放たれた火炎の魔術が迫る。

 ぶっちゃけ、現代のである僕からすれば、この程度の火は別に防がなくてもなんとでもなるけど、一応……。と、左腕にはめていた腕時計をいじり、起動。魔力障壁を展開する。


「腕時計型の障壁発現装置【カルディア】です。好評発売中!」


 宣伝も忘れない。社長の鑑だね。

 あれ、これは広報部の仕事か。


 とにかく、リーダーの斧を素手で粉砕したことと、魔法も難なく防いだせいですっかり牙を抜かれた様子の侵入者たち。


「ルリア、ガル、スゥ。締め出しといて」

「はい」

「おう」

「はぁい」


 もう抵抗する気もなさそうだったので、秘書、獣人族代表、妖精族代表に締め出しといてもらう。武闘派三人衆だ。


「なな、な、何なんだあの男は!? 人間族だろ!? どうなってる!」


 よいしょと獣人族代表――ガルに担がれた男が喚いている。

 その男からの言葉を苦笑交じりに聞いたガルは、頬を掻き掻き、


「悪いなぁ。あの人はうちの社長なんだが……まあ、我が社一番の武闘派だ。なんでも、身体の半分以上を機械……つまり魔道具に改造しているらしい」

「ば、化物じゃねぇかよぉ!?」

「そうだな、化物だ」


 おいそこ、うんうんと頷いているんじゃないよ。ルリアまで。


「つまるところ、あの人は人間族っていうか、機械族って感じ。新しい種族なのよ。常識で見てたら痛い目見るわよ」


 妖精族代表――スゥまで僕をぼろくそに言う。何が機械族だ。現代では僕みたいな人間が一般的だぞ。全身生身よりもよっぽど健康的だい。


「僕もあなたと同じ種族だとは思われたくないですね……。申し訳ないですが」

「泣くぞ」


 いつの間に僕の隣に並んだ人間族代表の青年――シャウトまでそんな失礼なことを言う。僕は君に親近感を覚えていたんだけどね。悲しい。しゅん。




「何やら異常事態もありましたが、見事社長がその敏腕で解決してくださいました。はい、拍手」


 わー、ぱちぱち。

 一応会議室までみんなで戻ってきて、改めてルリアの締めの挨拶である。

 君たちもう少しめんどくさいって感情を隠しながら拍手してよ。おいそこ、「敏腕ってか腕尽くでしょ」とか言わない。


「それでは、本日の会議はここまでにします。社長。改良案は明後日までにしてください」


 はぇ!? 期限短くない!?


「仕方ありません。会社存続の危機ですよ。危機感を持って下さい」


 んなワケあるか。と思ったが、仕方ない。

 僕は置物社長で、実質的な会社の権限は全てルリアが握っているのだから。


「はいはい……」


 僕は仕方なく、その要求を聞き入れた。


   ◇ ◇ ◇


 異世界から帰ってすぐは大変だった。どうやって生きていたのかだの、どうやって帰ってこれたのかだの。記者が来るわ来るわ。一躍時の人になっちゃった。

 ちなみに、どうやら転移門が途中で誤差動を起こしたこと、そして不時着をし、不注意で民間搭乗員を一人、見知らぬ土地に置き去りにしてしまったことは、あっという間に世間に知れ渡り、激しく糾弾されたらしい。

 家に帰ると、とっくに死んでると思われていた僕の葬儀は終わってた。家族からはゾンビだと思われた。んな、非科学的な。

 問題を起こしたせいで、転移門発生装置の開発や使用も一時中止。開発担当のNFA社はひとまず国民の信頼回復に努めた。稼働再開には、3年ほどの年月を要した。


 ちなみにだが、どうやって帰ってきた、いままでどこに居たのか、という記者や親族からの質問には、「妖精に助けられて、魔法で帰ってこれたの(はぁと)」と答えておいた。

 そのお陰で、あっという間に事情聴取から解放され、自宅でゆっくりと療養することを勧められた。そりゃそうだ。計画通りよ。妖精をエルフに変えれば事実っていうのがまた業が深いところだな。




 そんなこんなで、5年の月日が流れた。


 高校生だった僕も大学4年となり、就活の時期。

 ぶっちゃけ、今時わざわざ人間の手が直接必要になるような職業など、ほとんどない。発達したロボット技術が台頭し、人の手から職というものを奪い取った。らしい。昔の話だ。

 現に働いてない人なんてそこらにゴロゴロいる。食って寝て機械に奉仕してもらって。多くを望まなければ、国からの生活支援だけで今の世は生きていける。

 就活をしてるのも、僕の友好関係のなかじゃ、僕くらいしか居ない。


 じゃあなんで就活するのかって?

 なんとなくだ。

 職に就いていないやつに、「まぁやっぱり健全な生活には労働が重要っていうか? 人間たるもの機械に奉仕されてるだけなのは屈辱的っていうか? ま、そんな感じかな?」とドヤ顔しながら説教したい。それだけ。


 ただ、結果は芳しくない。只今20連敗中。

 そりゃそうだ。そもそも人の手を借りたい企業そのものの絶対数が少ない。となれば、就職希望のやつらはその少ない企業になだれ込む。そうすれば、結果は火を見るより明らか。ジャムる。

 あまりにも大人数の中で、おまけに一瞬の中で、頭一つ跳びぬけた輝きを示せる者。過去も今もきっと未来も、勝ち抜けるヤツっていうのはきっとそういうヤツだけだ。

 自己をPRする力が足りないんだろうなぁ。そこまで自分に自信あるわけじゃないし。僕の良いところって、いったいなんなんだろ。


 そんな根元的な悩みに打ちのめされてたからだろうか。ふと、思った。

 あの子ルリア、元気かなぁ。

 忘れたことはなかったけど、どうしようもなく、会いたくなった。


 余談だが、この世界と異世界の技術の粋を集めて僕の造った転移門発生装置……いや、定点間ワームホール生成機と呼ぶべきだろうか。門っぽくないし。

 とにかく、あれは現代からしてもオーバーテクノロジー。つまりオーパーツと呼ぶべき代物だ。

 この世界の転移門発生装置といえば、巨大なリングに膜を張るように転移門を発生させるのが一般的……というか、そのやり方しか発明されていない。僕が造ったワームホール生成機のように、何もない空間に直接穴を開けるようなものは存在しない。

 両者の違いのなんたるかというと、必要になる大きさの違いだ。前者はリングの中を人が潜って転移するという仕組み上、最低でも人が一人潜れる大きさが必要になる。しかし、後者は装置の中を直接人が通るわけではないから、機器自体は可能な限り小型化できる。

 言及されたりするのは怖いし、原理もこの世界からしたら意味不明だろうから秘匿しているが、僕が造ったワームホール生成機は時代を動かしかねないものだと思う。僕は事なかれ主義のプロだ。自分から問題を起こそうなどとは考えない。


 そのワームホール発生装置は、僕の自室に昔のまま保管してある。では、なぜルリアのいる世界に遊びにでも行かなかったのかと言うと、簡単な話。魔石の供給魔力不足――早い話が電池切れだ。突貫工事で造り上げたものだからか大喰らいだったようで、そこそこ大きな魔石を使ったのに、一回の使用で食いつぶしてしまった。

 僕の住む世界に魔石なんていうステキ物質は存在しない。そもそも魔力って何だという話だ。

 つまるところ、魔石がないため、装置が動かせないのだ。魔石さえあれば、なんとでもなるのだろうが……。


「あ。あるわ」


 ぽつりと、思わず口から漏れた。


 5年前の携帯電話に使っていたバッテリー。あれは魔石を使ったものだ。使わなくなってからもずっと引き出しにしまってある。通常であれば常時魔力を放出し続けるため『消費期限』がある魔石だが、バッテリーに組み込む際、魔力の自然放出を抑えるよう仕組んだ。うまくいってれば、まだ使えるだろう。

 ただ――小さい。グリーンピースくらいの大きさしかない。これじゃ転移など夢のまた夢だろう。


 万事休す……なんてことは、ない。

 やってやる。あのときは限られた資材と工具と環境でワームホール生成機を造ったんだ。今僕がいる世界は何だ? 機械技術がはるかに発達した現代だ。あのときよりも圧倒的に恵まれた環境がそろってる。やらずに諦めるなんて馬鹿げてる。

 魔石は一粒。チャンスは一回。テストプレイなんてできない。ぶっつけ本番だ。

 ……いいね。燃えるじゃん。






「……やった……! 来れた。やったぞ!!」


 かくして、僕は定点間ワームホール生成機を改良し、魔力消費を極限まで抑えた型を造り出すことに成功した。僕が今立っている世界は良く知った現実世界じゃない。空気が違う。身体が違うと叫んでる。

 あの館だ。僕とルリアで実験と検証を繰り返した、あの館に僕は居る。

 やればできるじゃん。すごい奴だ、僕は。


 ……ただなんか、うるさい。

 ここは放置された館だったはず。周りには鬱蒼とした森しかなかった。

 こんなにがやがやとしてなかったはず……だが……。


「うっそだろ……。なんで、町ができてんだ……?」


 館を中心としたかのような、雑多な町が窓の外には広がっていた。

 というか、館自体もなんか綺麗になってる? 全然ホコリも落ちてない。


「えっ、どど、どうなってるんだ? いやでも、5年経ってるもんな……でもなんで、こんなとこに町が?」


 でもでもでもでもと混乱する僕。

 そんな僕の耳に、慣れ親しんだような、でも新鮮なような、聞きたかった声が届く。


「……お帰りなさい」


 ルリアだった。彼女は、まだここに居て、僕を覚えてくれていた。


「お久しぶりです」


 ぺこりと挨拶をするルリア。これはこれは、丁寧に。


「あのさ、ルリアさん? なんでこんなに活気づいてるわけ?」


 僕の頭のなかを占領する疑問だ。対するルリアは、実に簡単な問いだとばかりにあっけらかんと答えた。


「あなたが置いて行ったレイゾウコやらセンプウキやらセンタクキやらを、複製して商品にして売り出しました。がっぽがっぽです。げへへってやつです」


 指で円を作りながら乏しい表情でげへへというルリア。


「そんな私が持つ技術が気になって、商会が動きました。商会が動けば、お金が動きます。お金が動けば、人が動きます。人が動けば、町ができます」


 ね、簡単でしょう? とばかりに説明を終えたルリア。

 うん、つまり……


「ルリアは僕が置いて行った家電で一財産築いたと?」

「はい」

「それがもとで、今ではこんな大きな町が出来たと?」

「はい。複製も私一人じゃ間に合わなくなったので、共同作業者も雇っているくらいです」

「……すごいな。立派な事業主だ。いや、もはや会社って言ってもいいのかな?」


 カイシャ、ですか? ルリアは可愛らしく小首を傾げた。


「そう。僕の世界じゃ、こんな風に営利を目的とした一大計画を立ち上げて、それに向かっていく団体を会社って呼んでるんだ」

「なるほど。ならば、これは会社ですね」

「で、ルリアはその長。社長ってことだ」

「はい?」


 ん? なんか納得でき無さそうにルリアが眉を顰めたぞ。


「長と言うならば、私ではないでしょう?」

「え、じゃあ誰よ?」

「あなたです」

「は?」


 ええ? 僕?

 なんでだよ。会社の立ち上げに関わってないぞ。


「私に出来るのは、あくまであなたが造り出した製品の複製や、他の作業員への指示が関の山です。知識も技術もないので、新しい商品を作り出すことは出来ません。……なので、あなたが長で、私は補佐。それが丁度いいでしょう」


 いや、社長って普通は商品開発とか担当しない気がするけど。

 なにやら勢いで僕が社長になりかけたときだった。


「おうい、エルフのねーちゃんや。指示貰えねえとどう動いたらわからねえって他のヤツらが……誰だ? あんちゃん」


 あんたが誰だよ。ふっさふさの犬耳なんて生やしやがって。


「これは狼の耳だ。凛々しさが違うだろうが。間違えんな」

「ガル。こちら、私が以前より話していた、商品の開発者ご本人です。こちらはガル。狼の獣人で、作業員たちのリーダーみたいな立場です」

「おお、あんたがエルフのねーちゃんがいつも言ってた、『本当のトップ』ってヤツか? ほぉん。こんなやつなんか」

「こんなやつなんです。社長です」


 なんで二人にこんなやつ呼ばわりされにゃいかんのじゃ。なんか流れで社長にされたし。


「まあとにかく、ねーちゃんは話が済んだら来てくれよな。ちょっち休憩って言っとくからよ。社長も、今後ともよろしくな」


 そう言って、手をヒラヒラと振りながらガルは去って行った。


「……聞いての通り、トップの席は空いています。私は最初から、一番上の立場にはあなたがなるべきだと考えていました」


 どうやら、行き当たりばったりの意見ではなかったらしい。

 ぐぬぬと言いくるめられた僕に、とりあえず一緒に働くメンバーに顔を見せに行こうと歩き出すルリア。

 ついて歩く僕に、ついと彼女が目を向ける。


「……これまた、おかしな格好をしていますね。それは?」


 これはスーツだ。僕は答えた。

 僕の世界じゃ、この動きにくそうな服装が戦闘着なんだ。

 会社に所属するメンバーは、みんなこれを着るんだぜ。


 正確には着ているスーツはリクルートスーツで、ビジネススーツとは違うのだが、僕は適当ぶっこいてはぐらかした。


「なるほど。同じ組織に属する証明となるのですね。私たちの会社にも取り入れましょう。男女のサンプルを今度持ってきてください」


 早くも社長であるはずの僕を顎で使うルリア。毒舌鬼畜美人秘書って感じ? ぞくぞくするね。


「ほら、早く行きましょう。私は本当の開発者じゃないって、誰も信じてくれなかったんですよ。でも、これで信じてもらえます。社長自身が新しい商品を造って証明するのですから」


 だからそれ、社長の仕事じゃなくない?


 僕のなけなしの抗議だが、どこか嬉しそうな秘書ルリアの横顔に、僕はその言葉をぐっと飲み込んだ。


「はいはい」


 仕方ないなあ、と思う。惚れたもんの負けだ。




 こうして僕は、何故か異世界で社長をすることになった。

 形だけの社長で、秘書が黒幕で、仕事は商品開発だけれども。

 それでもどうにも、心は躍るもんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界で置物社長やってます。 くーのすけ @kit1210

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ