第2話 イケメン配達員は突然に。

 「迷惑メールだったら承知しない」と言いながら開けていると、「わーこわい」と成が両手を口元に当てて大げさに怖がっている。コノヤロウ。

 通知を開いた瞬間、私の目に入ってきた言葉に力が抜け、がっくりと頭が垂れる。


「何よ、どうしたのよ結愛。あ、アタシにも通知……と。あらっ」

「だぁあああああ! “LAST TIME”ハズレたぁあああ!」


 成の「あらー……ご愁傷様だったわね」という憐れむ言葉を聞きながら、私は隣の部屋のベッドに走り込んでダイブを決めた時だった。


“ピンポーン”


「え? 誰だろう」


 寝室の時計を見ると夜の11時を過ぎたところ。この時間帯に来る友達や知り合いなんて、誰もいない。


「結愛は寝てて。アタシ出るわ」


 すかさず立ち上がった成に、隙を感じさせないものがあって、さすが時間は経っていても空手を経験してただけあるなと感じた。


 少しして、成が無表情のまま戻ってきた。

 小包を持って。


「……驚いたわ、あの配達屋さんすっごくイケメンだった。誰似かしら……」

「へ? って、その荷物、成宛? 何なに?」

「さぁ……。アタシめったに通販しないし」


 成が小包を開けて、品物の正体がこの世に現れたのと同時に私はすかさずそれを奪い取った。


「きゃああ! こっこっここれは“LAST TIME”じゃない! うっそ、成も応募してたの!? って、成ってロールプレイングゲーム好きじゃなくない?」

「まぁ、ね。嫌いじゃないわ。大人気ソフトみたいだし、気になって。さっき当選通知来たばかりだったけど……にしてもあのイケメンの配達屋さん、こんな夜遅くまで働いて……! 苦労しすぎじゃない? ねぇ、ちょっと結愛聞いてるの?」


 成が私の身体を揺さぶってくるけど、私はもう“LAST TIME”に夢中。


「聞いてる、超聞いてる! ってわぁああ……!! 特別プログラム仕様の……!! いいなぁ、いーぃなぁ」


 欲しかった“LAST TIME”のパッケージを成が取ろうとするけれど、喉から手が出る程欲しかったゲームだったものだから思わず身をかわす。


「……ちょっと。結愛、先にアタシがやるわよ。せっかくだし?」

「え゛ーー!!」

「ほら、もう遅いんだし。早く寝ないと肌に悪いわよ」


 あ。成がバスタオルを用意し始めてる。今から入浴とみた。

 それから、部屋に取り残された私と“LAST TIME”。思わず手にとってパッケージを食い入るように見つめる。


 ずるい。

 ずるいぞおまえ。私の方がすっごくすっごく欲しかったのに……!


 ……ま、まぁー……? 減るもんじゃないし、最初の部分くらいは見たって……。

 ね?


 私は震える手でパッケージからソフトを取り出すと、ひらりと手紙のようなものが落ちてきた。


「ん? 何だろ」


 “特別プログラムのご当選、おめでとうございます。初めてプレイする方へ。ディスクを入れる前に、ディスクの表面に指定された部分に、指を置いてください”


「ふむふむ、指……ここに、か」


 ディスクの表面には人差し指の先が丁度重なるくらいの大きさの、鏡のように光る部分があった。その部分へそっと指を置く。


「っ!」


 指先にピリッときた。静電気かと思って少し離してみると、私の指紋が綺麗に浮かび上がっているのが見えた。


「おー、何だろ、不思議な感じ」


 ディスクを本体のトレイに入れて鼻唄を歌っていると、真っ黒い画面に白い文字で“はじめまして”と浮かび上がってきた。


 決定ボタンを押して先へ進める。


“ご当選、おめでとうございます、藤谷 結愛さま”


「おー。凄いなこのプログラムって」


 現代の日本のゲーム機ってそこまで発展してるんだとしみじみ思った。個人情報扱うってとこがもう、リアルすぎる。


 ただちょっと、ご当選っていう言葉が心苦しいかも。当たったのは成ね。成。


“これから、世界を救うため一緒に来て欲しい――”


 あれ?


 何だか妙に頭に声が響くなと思ったその時。視界がぐらついて、次第に光り輝き出す。


 カッ――――!!


 あまりの眩しさに思わず目を瞑った。


 え!? 何!?


 目の前が何が何だかわからなくなった時、遠くの方で私の名前を呼ぶ成の声だけがぼんやりと聞こえた気がした。


・・・


「ユア!」


 誰? 成にしては声が格好良すぎるんだけど――。


「ユ、ア!」


 頬にぺしぺしと小さく衝撃がきたものだから思わず焦点を合わせた。


「へ……へえ!?」


 意識がはっきりしたかと思えば、真っ暗な空間に不自然に地面から浮いた白く光った扉と、白い毛並みをした猫……のぬいぐるみのような生き物が私の目の前にいた。


「待ってたぜ、ユア!」

「わ!? ぬいぐるみが……しゃべ……った!?」


 倒れようとした私だったけれど、少し気が遠くなっただけで終わってしまった。


「ぬいぐるみとは何だ、神に向かって。残念だなユア。この世界では気絶はイベントじゃない限り一瞬で終わってしまう。なにせ、ゲームの世界だからな」


 可愛い見た目であるのに低くてイケてる声で話す猫のぬいぐるみは瞬きをしたり、小首をかしげたりして私を見てくる。


 可愛い……。可愛いけど、え、神!? 訳わかんない!


「あの、これって夢?」

「再び残念だなユア。これは夢じゃない。立派な“LAST TIME”の世界だ」

「ど、どどっ、どういうこと?」


 混乱して成を探そうとしても、この世界には私とこのぬいぐるみのようなものしかいない。


「この世界は邪悪な存在が時を歪めてしまっているせいで、時空が大変なことになってるんだ。それをユアに救って欲しい」


「えっと、ねー……。ちょっとよく状況が飲み込めないんだけど、一応訂正しておくと、当たったのは私じゃなくて千歳 成哉っていう人で……」


「ん? には全く異常ないみたいだ。とりあえず! 善は急げだ。冒険に出かけようじゃないか! あ! ちなみにオレはジャスティス。ジャスって呼んでくれ」


 私の話なんてそっちのけでどんどん話を進められていくんですが。


「あ、そうだ」

 全長30センチ程の身体に見えるジャスは、背中に生えた小さな羽を羽ばたかせて私の額まで浮き上がってくると、こつんと額をあててきた。


「……よし。ユアのデータ、もらったぜ」

「なっ、どういうこと?」

「この世界でのユアの仲間になるキャラクターは、ユアのもつ記憶で決まるようになってる。準備完了だ」

「ほえー……なんかすごい」

「凄いだろう。何せオレは神だからな。じゃ、行くか」


 ジャスのペースに無理やりのせられているのは何だか気に食わないけれど、でもゲームはゲームだし。しかも本格的に楽しめるなんて。なんとなく面白そうかも。


「我はジャスティス! これよりユアを、勇者として任命する!」

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