メモリーズ ~記憶の道標~ (全10話) ❁完結❁

満月 愛ミ

第1話 新しいゲームソフトはパッケージ開けるところからもうたまらないよね。

「お願いいぃい! 当たって!」


 出勤前、風水で縁起のいいとされる場所と方向にスマートフォンを置いて思い切り手を合わせて当たれ当たれと呪文のように言葉に出して念じる私。

 これは、最近始めた習慣だったりする。


「なんかもう、結愛ゆあのその儀式って祈祷師かなにかにしか見えないんだけど」


 ため息をつきながら部屋の観葉植物に小さなピンクのジョウロで水をあげているのはなる。凛とした瞳を細くして私を見ている。柔らかめの輪郭をしていて、オレンジをベースにしたメイクが似合う。

 因みに観葉植物は、成が経営する花屋さんから譲ってもらったもの。


「だって限定プレミアム品なんだよー! 欲しいじゃん!」

「だからその、目を閉じて色んな方向に力強く念じてる姿を言ってんの」


 成は美少女アニメに出てくるような女の子の声に憧れているらしいけど、残念なことに声は生まれ持った低い音階であるから見た目とのギャップが半端ない。


「いい! もうそれでもいい! 私は“LAST TIME”を当てる!」

「あらそう」


 成の整った見た目からの言葉遣いはどうにか違和感はないけれど、そんな成の性別は正真正銘の男で、本名が“千歳 成哉ちとせ なるや”なんだから、仕方がない。


 そんな成とは社会人になってから、生活費を少しでも安くするために一緒に住んでいる。


 とは言え、今季発売されるロールプレイングゲームソフト、“LAST TIME”。大人気ブランドから発売されるというだけでなく、その数少ない限定版には特別プログラムが導入されているとかで、それが発売前に当たるっていうのだから応募しない方がどうかしてる。


「って、あぁ! もうこんな時間! 行かなきゃっ」


 願うだけ願った後、時間に驚いて私は急いで足元もままならないまま家を飛び出した。


・・・


「まったく! 藤谷さん、この文章じゃ伝わり方が足りないわけ。何でそれくらい分かんないかなぁ。だからゆとりは困るのよねぇ」


 浮いた話もないまま社会人となった私。縁あって念願の大手会社に晴れて就職できた23という歳ではあったものの。


 私の目の前に書類の束を扇のようにバサバサと広げて突きつけてきたのは私の部署の上司の賀川園美かがわ そのみ。彼女は39歳で独身。過去に多くの男性に騙されたとかで、「賀川さんって男性運全くないわよねぇ」という噂がある。

 そんなお局様方の一人だ。


「はい......すみません......」

「は? すみませんっていいう言葉、もう何回も聞いてるんだけど。さっさと改善してくれない?」

「はい......」


 “彼女の部下になると被害者はいない”とも言われているくらい彼女は恐ろしい。


 私が学生生活の頃から憧れていた社会人生活って。

 自分の好きな仕事をこなして、上司とも上手につきあって仲良くなって、お客様には感謝されて。

 彼氏もいて、お互い支え合えるような温かい関係を築いていく。うん、サイコー!


 そう、思っていたのに。


「これはまだ!? 今日中にしておいてよね!」


 これが現実だったなんて。


 あと。


「結愛、またこんなところにマヨネーズ置いてる。ちゃんと冷蔵庫に入れないと」


 年上で、背が高くてイケメンというスペックを武器にいちいち苛つかせてきてた元カレの岡本博之おかもと ひろゆき。マヨネーズの件は仕方ないとしても。


「ほら結愛、ブラジャーはこうやってたたんでおかないと型くずれしちゃうよ」


 洋服まで管理されたくないです! ってか収納まで見るとか姑かァ!

 最初は私のこと、「小さくて可愛い結愛に癒やされるんだ。なんでも許せちゃうよ」って頭に手をぽんぽんしながら言ってたくせにあの言葉は一体どこに消えたァ!


 いっちいち口出ししてくるから数ヶ月で別れたけど。他の部署の先輩でよかった。



「こんのォオオオオ!」

「ちょっと待って! 結愛少しくらい手加減して……あ゛ぁっ!!」


 仕事が終わった後は成にゲームに付き合ってもらうのも私の習慣。ちなみに格闘もの。

 部屋の中では私と成のコントローラーのカチャカチャという音が響く。成の操作するキャラクターは私の手によってこれでもかというくらい連続攻撃を受け、ボロボロになっていた。


“YOU WIN!!”


「いっえーい!」

「キーッ! リアルでの格闘だったら負けないのにっ!」


 成がコントローラーを近くのクッションに投げて嘆く。


「まったく、一体いつの栄光よそれ。あ、成が空手やってたのって小学生の頃だし大過去ね」

「うるっさいわね。代わりにどんな相手でもアタシの生まれ持った美貌で黙らせてやるわよ」


 前髪をかき上げてドヤ顔。純粋に腹が立つのは、男なのに何でそんな美人なんだっていう、そんなところ。


 私が成へ「あ、そう」と言い終わったその時。目の前のテーブルに置いていた私のスマートフォンから、通知音が鳴りだした。


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