第42話 FINALステージ

 今までよりも一人だけ少ないパフォーマンスには、明らかに大事なものが欠けてしまった喪失感がある。見ている人たちからすれば、それはさらに顕著であったかもしれない。

 候補生を加えたことで昨日の人数がより多かっただけに、今日のステージにある余白が、なおさら大きく感じてしまう。

 ダンスが揃わなかったり、フォーメーションが崩れたり、大きなミスがあるわけではない。むしろ人数が少なくなっただけ揃えやすかったはず。

 それでも何かが足りていない。

 メンバーとメンバーの間に、隙間風が吹き抜けていく。




 昨日初めて披露された10人でのライブパフォーマンスは、想像以上の出来だった。何よりバランスが良かった。今までで一番良かったかもしれない。

 人数が少なければ、ぴったり揃えてきれいに見せるのは簡単だ。しかし統一感という威力を存分に発揮するためには、数が多いほどいい。多人数で揃えるのが難しいからこそ、実現された瞬間、すべてを超越した迫力というものがそこに生まれる。

 さらに人数の多さは、そうした見栄えだけでなく、パフォーマンスに深みももたらしていた。ぴったり揃っているようで、細かいところはそれぞれ異なる。チームワークの上に、メンバーの個性が加わるたび、グループならではの魅力が増幅されていく。


 本当は練習の時から気付いていたことだった。

 10人でのパフォーマンスは、圧倒的に今までのFORTEよりも良かった。

 昨日のライブが終わった後、自分が言ったことを撤回しづらいということを除けば、新メンバー加入を否定する理由は私の中に残っていなかった。


 本来S・O・Sのメインは後半のソロオーディション部分にある。

 初日前半のグループパフォーマンスは、見に来てくれる人達に向けられた、ある種の前座。

 観客向けに用意されたはずのそこに、私はすっかり魅了されてしまっていた。






 人数が少ないとはいえ、そこは選ばれた5人である。それなりのパフォーマンスを見せることはできたはず。

 それでもやはり、あからさまではないながらも、会場には物足りなさが見え隠れしている。


 最終日のソロパフォーマンスは、自己PR。

 一人当たり5分という短い時間の中であれば、何をやっても構わない。限られた条件の中でいかに自分自身をアピールできるかが鍵になる。


 昨日の順位をさかのぼる形で、一人ひとりが登壇していく。

 トップバッターの結衣が壇上に上がると、同時に音楽が鳴り始める。

 それに合わせてゆっくりとステップを踏み始めた。

 SOPRANOのダンスナンバー。

 頭部にはヘッドセットが付けられ、ダンスをしっかり踊りながら“生歌”で歌いあげる。時折かすかに混じる吐息が、“吹き替え”られていないことを示している。

 アイドルソングとしては激しい動きをするこの楽曲は、少し練習しただけでできるものではない。


 彼女も、自分が練習しているところを見られることを嫌がった。

 つっけんどんで不愛想に見られがち。高飛車っぽい性格に思われているからこそ、そういう見えないひたむきな部分まで想像できる人が、結衣のファンになっている。

 何でもできるクールな天才肌と思われやすいが、本当の姿は全く逆だ。

 そのギャップに気づかれてしまうと、彼女の魅力に敵うメンバーはいないかもしれない。


 音楽がフェードアウトしていく中、凛とした姿でステージの中央に立ち、結衣が真っすぐ前を向いている。


「FORTEがこれからどんな形になったとしても、私は私です。鳥海結衣を信じてくださる人は、投票をお願いします。その信頼を、私は絶対に裏切りません。」


 サバサバと、言葉少なに語った最後のあいさつには、息切れが混じっていた。

 それだけ激しく動きながら歌えば、そうなるのは当然なのだが、“汗をかかないアイドル”として知られる結衣だからこそ、感じさせるものがあった。




 照明がゆっくりと落とされると、活気のある音楽が流れ出す。

 おしゃれなビートを刻む曲が、次のメンバーへの入れ替わりの合図となった。

“何だ?”とあっけにとられた瞬間、ステージへ勢いよくスポットライトが当たる。

 観客席の目が、自然とその一点に集まった。

 すでにそこには、強いライトの光に負けず、大きな瞳をカッと開いた石川真由が待ち構えている。


 ドッと上がった歓声はまさしくカリスマのもの。

 鋭いまなざしのまま、ステージ後方から前方へと、自信みなぎる姿勢で歩みを進める。そうかと思えば今度は左右に、ステージ全体を闊歩している。

 そうして初めて何をし始めたのかに気づくことができた。

 真由が披露したのは、モデルウォーク。

 ホールの前方ステージだけを使ったモデルウォークなど前代未聞だったが、狭いステージをうまく使い、縦横無尽に足を運びながら、観客席にポーズと視線レスを送り続ける。

 そのたびに歓喜の声が上がると、歩いた後を美しさの残り香が追いかけていく様子が目に見えるようだ。

 その数分間だけ、同じステージに大人の空気が流れた。


 ステージを余すところなく歩きつくし、出てきた方とは逆側の脇へとはけていく。

 そのまま音楽が止んでしまうと、笑いを交えたような非難の声が上がった。


「えーー!?」


 まだ半分以上も持ち時間は残っている。


「終わりー!?」


 声が上がるのと同じタイミングで、消えたはずのライトがもう一度ステージを照らす。

 そこにはまたしても石川真由の姿。

 アイドルの必殺技、早着替えだった。


「おおー!!」


 真由は一つのストーリーをステージ上で演じた。ここまで一言も喋らずに。


「本当は色々と話すことを用意してきたのですが、結衣に言われてしまったことが、そのまま私の伝えたかったことだという気がしています。どんな形であってもFORTEはFORTE、私は私、まさにその通りだと思います。」


 ずっと客席を向いていた目が、少しだけ俯く。


「正直、私はアイドルになるつもりなんて、全然ありませんでした。」


 会場が、ざわめく。

 FORTEは“アイドルらしくないアイドル”として知られていた。しかしメンバー自身からこうした発言があったのは初めてのことだった。

 本気になってアイドルを目指している人達がたくさんいる以上、それは下手をすれば反感を買うことになりかねない。

 けれども真由は、そのまま淡々と続ける。


「私、もうハタチ過ぎですよ? 本当なら大学に行って、卒業して、着実で安定したお仕事をしているはずでした。小学生の頃の夢は、公務員でした。」


 それまでどうしたらいいか分からなかった客席が、そうしてもいいのだと教えられたように笑う。


「それが今、思っていたものとは真逆のところにいます。安定とはほど遠いところに、私は立っています。」


 一つ一つのフレーズごとに間が空き、その間に引き込まれるように、固唾をのんで次の言葉を待つ。


「最初はもちろん悩みました。私にできるわけない、とか、私でいいのか、とか。でも今はそうじゃありません。できるとかできないとか、良いとか悪いとかじゃない。こうしてアイドルとしてステージに立たせてもらっているという今だけが、本当の私の姿なんです。私は今の自分を肯定したい。私は今の自分を受け入れたい。もしこんな私でいいのなら、こんな私を受け入れてくれるという人がいるのであれば、それでも一緒に石川真由を応援してくれるという人がいるのであれば、投票をお願いします。」


 可憐さの中に鋭い知性を持つその眼は、そう言い終えると途端に、細く優しい形に変わった。


「誰に投票したとしても、FORTEの応援に来てくれたことに感謝しています。今日はどうもありがとうございました!」


 拍手と喝采。

 あたかもこれがクライマックスなのではないかと思える雰囲気が、その場を埋め尽くしている。

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