第34話 S・O・S
私たちの次のライブが決まった。
会場は先日の三千人ライブよりも小さい、千人も入らないホール。ホールの中では大きな部類に入るが、たとえ座席が端っこでも、ステージ上の人間の表情まで何とか認識することができる。それが大きな会場ではモニター画面を通さなければできない。静かなパフォーマンスであれば、息遣いまでも感じることができる距離感である。
“S・O・S”
ライブのタイトルは、アルファベット三文字に集約された。
“サバイバル(S)・オーディション(O)・ショー(S)”のイニシャルを取ったものであるが、どこか緊急事態を伝えるようなネーミングからは、今までのライブにはない緊張感が感じられる。
今回はただのライブではない。
ショーではあるから観客はもちろんいる。ただし彼らはそれをただ見に来るだけではなく、パフォーマンスを見ながら、観客がFORTEのメンバーそれぞれを審査するのだ。
最も評価されたメンバーは、自動的に次のシングル曲のセンターに抜擢される。それだけでなく、その曲自体あるいはそれに付随するFORTEの活動への発言権まで約束されている。つまりこのライブは、ショーでもあり、オーディションでもあった。
特に今回注目されているのは、新メンバーの加入についてである。
新曲が現行メンバーのままで発表されるのか、あるいは新メンバーを加入した新生FORTEのデビュー曲となるのか。
巨大アイドルグループSOPRANOを中心になって導いてきた本山マネージャーは、その中でも今最も勢いのあるグループの大きな転換点を、メンバー自身、そしてそれを支えるファンに託した。
“用意されたパフォーマンスをする”アイドルから、“パフォーマンスを作る”アイドルへ。
“見に行く”ライブから、“参加する”ライブへ。
SOPRANOグループとしては新しい取り組みではあったが、ネット配信から始まったFORTEにとって、こうした双方向のコミュニケーションを重視する動きは、比較的受け入れられやすかった。
FORTEの外でも、SOPRANOグループでは大きな動きが相次いでいた。アイドル全盛・群雄割拠となっている世相が、少なからずこの老舗グループの動きにも大きな影響を与えていた。
例の映像とともにFORTEのニュースが席巻する少し前のこと。SOPRANOグループにおいて、とある育成メンバーオーディションが行われていた。このオーディションは事前に告知されていた通り、“即戦力”を選出することを目的としていた。
通常、“育成メンバー”は正規メンバーとは異なり、あくまで“育成メンバー”という別枠内でレッスンなどをこなしていく。正規メンバーと行動を共にし、ライブやテレビ番組へ参加することもあるが、それはいわゆるお付きのメンバーとしての活動にすぎなかった。
メンバーであってメンバーじゃない。そうした不安定で厳しい立場であったためか、途中で諦めてしまう者が何人も続出した。しかしその反面、それを乗り越えて正規メンバーになった者の多くは、SOPRANOを背負って立つほどの主要メンバーになっているという事実もあった。
SOPRANOのトップメンバーである後藤愛。
今やアイドルの枠を超えて多分野で活躍をし続けているが、実は彼女が初期メンバーではなかったということは、ファンでないものにはあまり知られていない。
しかし今回の育成メンバーオーディションは、そうした下積みを前提としないものだった。選出されれば、半年以内のデビューを約束されている。
ほぼ完成に近づいてきたSOPRANOという作品に、自分が加わる夢を描きづらくなってきたためか、その人気に反してオーディション応募者は年々減少を続けてきていた。
それがまるで嘘であるかのように、今回の応募者数は歴代最高水準にまで跳ね上がる。
入り込む余地のない隙間のために数年苦しむことに気が進まなくても、決まれば即デビューできるとなれば、それは誰でも手を上げるというものだろう。
応募者総数約5万人。
国立競技場などの巨大スタジアムを埋め尽くしてしまうほどの若き少女達から選ばれたのは、たったの4人だった。
1万倍を超える倍率を乗り越えた精鋭達の加入は、メディアでも話題になった。人数が少ないということもあり、4人の名前と顔は数日の間に全国に知れ渡ることになる。正式なデビューも決まる前に、ある種の社会現象を呼び起こしていた。
松田紗季
今江未来
春日千秋
月島凛
即戦力というだけあり、まだ見ぬ彼女たちのパフォーマンスレベルは他の応募者に比べ、群を抜いていたという。
そして今ではその理由までも、多くのアイドルファンの知るところとなっている。
4人全員が、SOPRANOオーディションの落選経験者だった。
1度ならず2度以上、落選を経験してきたメンバーもいた。それでも何度も立ち上がり、次の可能性、さらに次の可能性へと手を伸ばし続けた。
「諦めろ」と言われたこともあるだろう。厳しい指摘を受けたこともあっただろう。汗だけでなく涙も流したであろうレッスンを続けてきたことは、ちょっとした歌とダンスを披露されればすぐに分かった。
かつての育成メンバーが乗り越えてきたものを、場所は違えどしっかりと乗り越えてきていたのが、この4人だった。
この即戦力たちが、どのような形で本当の“戦場”に出ていくのか。
彼女たちのシンデレラストーリーが、アイドルファン以外の人々にも浸透していたまさにその時期に、FORTEメンバーと運営側の衝突映像がネット配信されたのだった。
SOPRANOグループにとって、即戦力という未来への光を得る一方で、強く激しい暗雲も異なる方角から近づいていたのだ。
ネット上だけでなく、そのある種の衝撃映像はマスメディアでも大きく取り上げられることになった。ちょうど即戦力メンバーのニュースと入れ替わる形で例の映像が繰り返し流され、どこまでが本気でどこからがフィクションなのか、といった議論が様々な場所で繰り広げられた。
結果としてテレビのワイドショーやバラエティ番組は、SOPRANOグループ一色となってしまっていた。
そんな中、FORTEが唯一テレビで持つ冠番組の視聴率は言うまでもなく、今までのピークに達している。
いつも通りに始まるそれは、馬場絵里のいつも通りのMCとともに盛り上がり、緩やかなエンディングに近づいていく、…はずだった。
「はい!それでは次は新コーナーです。それでは…、えー、あ、これ? これ読むんですよね?」
「カンペ読みすぎでしょ!」
MCに慣れ始めてきた手前、久しぶりに見せるとぼけた様子に、メンバー達が微笑ましく突っ込みを入れる。
「すいません! ちょっとここに書いてあるのと違って。えー、では気を取り直して」
手元の台に置かれた資料と、自分の左手にあるモニターを見比べる。画面には彩られた番組名が表示され、無機質に見える部分もしっかりと華やかな装飾にが施されている。
いつもそこにあったはずのそれの、何かが違うような気がしたのは、彼女の勘が鋭いことの証明でもあった。
「こちらの画面をご覧ください!」
その場にいた多くの予想に反して、画面に表示されたのは映像ではなかった。
横一列に文字が並んでいるだけ。
ただその文字には、場を静まり返らせるには十分なほど、あまりにも強すぎる力が宿されていた。
“FORTE新メンバー候補生、今夜発表!!”
華やかな画面に浮かんだ文字は、スタジオから音を奪うとすぐにざわつきを生まれさせた。メンバーはもちろん、制作陣のほとんどが何も聞かされていなかった。
「え?なにこれ?」
「ちょっと待って、なんでスタッフさんもびっくりしてるの…。」
「どういうことー!」
制作側がメンバーと違って知っていたことは、画面に映像が流れた後の流れだった。
この回では番組の最後に、SOPRANOグループから初めてメンバーが乱入するドッキリが仕掛けられていた。
実は同じSOPRANOグループでありながら、育成期間にあった“ドールスターズフェス”のステージ以来、一度も本家メンバーと接する機会がなかった。
仲間のようで仲間ではなく、敵かと言えばそうでもない。
グループの中でもずっと異質な存在としてあり続けていたFORTEの歴史が今夜破られる。それだけで十分なサプライズであるはずだった。
そんな驚きを想定していた制作陣はモニターの文字を見て、呆気にとられてしまう。しかしその後の展開を思い返していたあるスタッフは、FORTE越しに見えているスクリーンに映し出された内容と、自分の頭の中にあるものを照らし合わせてみた。
そこで全てがつながった瞬間、そのスタッフは自分の右腕に目を向ける。見たことのない鳥肌が立っていた。
スタジオに乱入してくるメンバーとは、FORTEと同時にメディアを騒がしていた例の4人だった。
予定通りに4人がスタジオに入ってくる。
FORTEのメンバーは自分の意識をしっかり保っているのが精いっぱいで、何かを口にすることなど到底できない。
入ってきた当の4人でさえも呆然自失といった顔で、表情という表情がないような状態だった。
モニターに現れた「新メンバー候補生」という言葉。
スタジオに入ってきたデビューを前にした4人の即戦力アイドル。
つまりは、そういうことであった。
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