第33話 VSマネージャー

 世の中に良いことと悪いことの二つがあるとしたら、それはもしかしたら良いことであったのかもしれない。新しい風を取り入れることでグループに刺激を与えてくれることもあるだろう。

 けれど私にはどうしてもそうは思えなかった。

 なぜかは分からないのだけれど、私は確かにそれを嫌がっていた。


 この間のライブを見ても、FORTEに多くのファンがついてきてくれているようになったことが分かるし、一人ひとりの歌やダンスのスキルにもしっかりとした成長が見て取れる。

 アイドル活動の枠にとらわれず、雑誌のモデルやテレビドラマ、バラエティ番組など、メンバーそれぞれの長所を生かして、他分野でもお仕事をもらえるようになってきた。

 その矢先だった。

 今が一番良いときなのに、なぜここで違った変化を求めるのだろう。

 疑問に思ったのと同時に、本当はその答えもぼんやりと頭には浮かんでいた。


 ビジネス。


 今回のことだけでなく、日に日に感じるようになっていったのは、運営がそうした側面をあからさまに重視し始めていたことだった。

 今回のメンバー募集に少なからず嫌な感じがしたのは、そうした流れの中での象徴的な出来事であったからだろう。






 発表のあった収録は私たちが驚いているシーンを撮って終わった。

 発表前にそれ以外の企画をすべて取り終えていたのは、私達がどのように反応するかを運営はお見通しだったということだ。

 告げられた内容などほとんど頭に入らず、状況をよく呑み込むことができていないままで撮影は終了した。

 本当に何も知らされていなかったのだから、それは本気の驚きだった。さぞや新鮮な映像が撮れたことだろう。




「どうして今なんですか?」


 収録後、いち早く状況を理解した真由が先頭に立ち、本山マネージャーのところへ押しかけていた。

 私達FORTEに限らず、SOPRANO系列のグループは全て、少なからず本山さんの息がかかっている。いわばここまでの巨大アイドルグループを立ち上げた創業者であり、育て上げた実業家であり、属するアイドルたちにとっては偉大な父親のような存在だった。


「何も“今決めた”というわけじゃないよ。もともと想定していたことだから。」


 主語のない問いかけにつぶさに答えたのは、私達のこうした行動さえも、この人には想定の範囲内であるということを示していた。


「そうじゃありません。せっかく多くの人に知ってもらえるようになって、「さあこれから」というときに、どうしてグループの雰囲気を変えてしまうようなことをするんですか。」


 口調こそ淡々とはしているが、真由の両肩はこわばり、首筋におかしな力が入って前のめりになっていた。


「順調な時ほど、変わらなきゃいけないんだ。」




 初めのうちは周りの大人の言われたとおりにしているだけだった。右も左も分からないまま業界に入ってきた子しかいなかったのだから、そうすることしかできなかった。

 そんな私達も時間をかけて少しずつ変わっていった。

 それぞれ個人のお仕事ももらえるようになっていくにつれて、様々な人に会い、たくさんのものを見たり聞いたりして、自然とメンバーの中にも自分の意見というものが育っていくようになった。

 特にFORTEの中でも売れっ子になっていた真由の成長は、ほかのメンバーに比べても分かりやすかった。


「順調だからこそ、FORTEはこのまま、今の仕事に集中するべきだと思います。」


「そんなに嫌なのか、後輩が入ってくるのが。」


「そうじゃありません!」


 張り上げた声が、狭い会議室に冷たく響いた。


「何が不満なんだよ。」


 本山マネージャーは、ゆっくりと腕を組んで問いかける。精一杯ぶつかっていく真由とは対照的に、その様子には余裕すら感じる。


「ビジネス」


 二人に向けられていた注目がこちらに向いたことに気付き、自分の声が漏れてしまっていたことが分かった。

 決して意見しようなどと思っていたわけではなく、そうした意思よりも先に声帯の方が動いてしまったようだった。


「ん?」


 覗き込むようにするマネージャーの目は、小さな子供でもおちょくっているようだった。


「ビジネス、とか」


 おぼつかない言葉をできる限り並べていくのだけれど、しっかりとしたメッセージにはまるでなる気がしなかった。それでもそれを発することに、全く意味がないとは思わなかった。


「なんか、あんまり分かんないけど。そういうの、私は嫌です。」


 意思が無かったとはいえ、私が自分の意見を言うなどということ自体、それが初めてだったかもしれない。

 その場にいた全員は黙っていた。メンバーはそれぞれ、静かに自分の気持ちに向き合おうとしていたのかもしれない。


「私も、そうです。」


 真由は優しく私の方に目をやった。

 その表情に合わせるようにして、さっきまでよりも柔らかく、言葉を続けた。


「2年間積み重ねてきたことがようやく実り始めて、順調にお仕事が決まっているときだというのは本山さんも分かっているはずです。そんな時だからこそ、今回のことは無理やり話題づくりをしようとしてるようで。そういう打算的な動きは、ファンの人たちにすぐ見破られてしまうと思うんです。そう思われたら最後。FORTEに対する信頼が揺らいでしまうかもしれません。」


“まいったな”というように頭をかく本山マネージャーは、困っているようでもあり、一方でそんな状況を楽しんでいるように見えなくもなかった。


「でも」


 落ち着きかけた嵐の後の水面に、儚くも確かな滴が一滴落ちるようにして、かすかなつぶやきが空気を震わせる。

 口を開いたのは、それまで真剣な目をしてじっと聞いていた馬場ちゃんだった。


「私は、新メンバーは良いことだと思った。」


 2年という短い時間ではあったが、馬場ちゃんにもどこか大人らしさを感じるようになっていた。あどけない少女という感じだったオーディションの時とは、まるで別人のように見える。

 あか抜けた印象を受けるようになったのは、髪型のせいかメイクのせいか。もしかするとそれは見た目だけではなく、いわゆるオーラのようなものなのかもしれず、メンバーの中で最もお仕事の場数を踏んでいるということもあるのかもしれない。

 ときおり見せる表情や言葉の端々に、地に足の着いた大人といった雰囲気を醸し出すことがあった。気軽に頭をなでてあげていたあの頃が、今では遠く懐かしく思える。


「どうして?」


 まだ少女らしさの残るみなみが、無邪気に尋ねる。


「真由ちゃんの言うように、FORTEが安定してきたっていうのは確かだよ。だからこのままがいいっていうのも分かる。でもアイドルはFORTEだけじゃないから。それどころか、アイドルじゃないタレントさんや、それ以外の分野の人達とだって、競争していかないといけない。落ち着いてきたからって様子を見てるうちに、すぐにお仕事なんて取られちゃうんじゃないかな。」


 熱くなると言葉が詰まってしまうところは昔と変わらない。スムーズではないながらも熱のこもったそれを、後ろから結衣がフォローした。


「私も馬場ちゃんとおんなじ。安定するのとマンネリ化するのって、似てるよね。無理やりにでも何かを変えていく必要はあるんじゃない。」


 誰に反論するでもなく、ずっとそのとき話している人の味方をするような優しい目で見つめていた希美が、その目を今度は本山マネージャーに向ける。


「本山さんは、どういうつもりで新メンバーを募集しようとしてるんですか?」


 すっかりのけ者にされてしまっていた本山マネージャーが、“やれやれ”という表情をしている。


「馬場と鳥海の言ったことも、確かに俺の考えと同じだよ。でもそれが絶対正しいとは言ってない。もしかしたら石川と高橋の言うことの方が、ファンにとっては正しいことなのかもしれない。そんなのは、俺だってやってみないと分からない。」


 そう口にしながら、メンバーそれぞれを見回す。一拍だけおいてから、また両腕をぐっと組みなおした。


「だったら、やってみよう。」


「・・・やるって、何を?」


「そこまで言うのならファンが求めているのは何なのか、聞いてみるしかないだろう。」


「どういうことですか?アンケート、みたいな?」


 “そんなつまらないことを俺がやるか?”という顔。


「そうだな。いってみればサバイバル。もちろん新メンバー候補生も含めて、な。勝ったメンバーが次のシングルの中心になる。それからそのシングルに付随する活動展開まで口を出していいことにしよう。そこで新メンバーを参加させるもさせないも自由だ。」


 決して強い口調で放たれたわけではない。それが意味することの力に圧されてしまっていた。


「“ファンが求めること”をやりたいんだろ?」


 少しだけ外側に垂れ下がった両目は、一見優しい表情を作り出しているようにも見える。しかしそこにははっきりと、意地悪くこちらを試そうとしている意図が伺える。




 そしてこうしたやり取りまでも商品にされてしまうのが、私達のいる業界である。

 いつの間にか撮影されていた映像はネット配信され、その一部始終がしっかりと映し出されていた。これが現代のエンターテインメントであり、FORTEの、さらにいえば本山マネージャーのやり方だった。

 メンバーの言動は全て、紛れもなくノンフィクションだった。台本があったわけでもなんでもない。それにもかかわらず、今思えばあの会議室にはしっかりと撮影隊が控えており、それを意に介することもなく、私達は正直な意見を忌憚なくぶつけていた。

 その翌日に配信された動画を前にして、私達はまだまだこの人の手のひらの上で転がされ続けているのだなと、悔しさに唇をかみしめていた。

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