第24話 OPEN
「これから『OPEN』のリハーサルをやります。」
よく声の通る男性スタッフさんが、休憩中の少女たちに声をかける。
言葉にすぐに反応できなかったのは、それが意味することを理解できなかったからだ。
今日は前半にレッスンを行った後、後半にデビュー曲『OPEN』のパフォーマンステストを行う予定だった。
リハーサル、という言葉が何を意味しているのか、全く分かっていなかった。
「一人一人個別でテスト、って話だったと思うんですけど。」
最年長の石川が立ち上がって、スタッフのそばへ進む。
「ああ」と一言漏らしたスタッフさんは、何事もなかったかのように言葉をつづけた。
「投票結果が出たので、これからその立ち位置で一回通してもらいます。」
……
…え?
………
えーーー!
沈黙の一コマの後、黄色い悲鳴が狭い室内に響き渡る。
「今から立ち位置を発表しますので、呼ばれた順番でその位置についてください。」
「ちょ、ちょっと待ってください!急すぎませんか!?」
たじろぎながら苦笑いで物申す希美をちらりと一瞥し、スタッフ達はその手はずを淡々と整えていく。
こちらを向いた希美の顔はしっかりと歪んでいた。
「噓でしょ。」
パフォーマンステストがあるということだったので、ネット配信用にカメラが回されている。今思えばいつものレッスン配信時よりもスタッフさんが多いような気もする。
ざわざわしていたスタジオが、少しずつ静かになっていった。
「これは今までのパフォーマンスにおける評価ではありません。」
さっきまでとは少し声色を変えて話し始める。
無意識に立ち上がっていた少女達も、もといた場所にいそいそと座りなおした。
「順位が高かったからと言って、歌がいいとか、ダンスの質が高いとか、アイドルとしてのレベルが高いということを意味しているわけでは決してありません。」
体育座りの少女の真剣なまなざしが、6つきれいに並んでいる。
「いうなればこれは、」
順位をつけられることが初めてである私達に、ガイダンスをしてくれている。
結果に対する心構えのようなものらしかったが、気が気でないだけに、あまりうまく頭には入ってこない。
「応援したいと思ってくれた人の数が順位になっていると思ってください。だから順位が高かったからといって、パフォーマンスが認められたわけじゃありません。低かったからといって、ここからの可能性が否定されるわけでもありません。」
私の頭の中には美鈴のことが浮かんでいた。
強いものが勝つんじゃない。
それはアイドルの世界での、まさにこのことを言っていたのかもしれない。
「だからこそどんな結果であれ、これからも、これまで以上にレッスンに力を入れていってください。あなた達がすることは何も変わりません。」
少女達は静かにうなずいた。
「それでは、投票結果とともに立ち位置を発表します。1番、馬場絵里。」
発表しますと言ってから名前が呼ばれるまでの間には、隙間というものがなかった。背筋をただす暇もないままに、その瞬間が訪れた。
名前が呼ばれても、馬場ちゃんは動かない。これほど重要なものを聞き逃すはずがない。きっと驚きすぎて動けなかったに違いない。
「はい。馬場、位置について。」
両足を抱えたままうずくまる少女に、別のスタッフが近づいて声をかける。体を支えられながら、ゆっくりと立ち上がらせられる。
「2番、石川真由。」
そこから先も淡々と名前が呼ばれる。
どの呼びかけにも元気のいい返事が返ってきて、位置についた私たちはそのまま初めての、本当の意味でのパフォーマンスを行った。
それぞれの思いが渦巻く夢見心地な心境の中での“リハーサル”は、予想を遥かに超えてバラバラだった。
どのポジションに当たってもいいように、全てのパートが踊れるようになっていたはず。それなのにいざ実際に合わせてみると、全く話にならない。それはまるでメンバーそれぞれの心を表しているようでもあった。
ここまで酷いものは通常、当日中に良くはならない。経験上では確かにそうだ。少し時間をおいて少しずつ形になっていくことが一般的。
何度か繰り返しやり直していく中で、何かがいつもと違うことに気付き始めていった。
2度目よりも3度目。3度目よりも4度目のほうがはるかに良くなっている。
歌の音程やリズム、大きさや長さ、ダンスのふりのスケールや角度、テンポ、タイミング。
それぞれが一点に集約されていくようにまとまり始めているのが分かる。
なぜなのかは分からない。何をどう修正して、今の状態になっているのかをうまく説明することはできない。
けれども踊っている当事者たちだけでなく、おそらく端から見ている人達にも、それが徐々に良くなっていることを確かに実感できていた。
全てがゆっくり、一つの場所に吸い込まれていくようにまとまっていく。
その中心こそが、FORTEのセンターとなる場所だということも、本人以外は全員が気付き始めていた。
どうして、馬場ちゃんなんだろう。
真由や結衣がセンターになるのなら、すんなり受け入れられただろう。
呼ばれた自分の名前に返した返事とは裏腹に、メンバーの中には少なからず、同じような疑問が一瞬なりとも浮かんだのではないだろうか。
けれども些細なモヤモヤは、パフォーマンスを重ねるにつれて、すぐに目の前から消え去っていった。
いかにもか弱そうな一人の少女が先頭に立ち、一心不乱に前に突き進んでいくことで目の前の靄が取り払われていったからだった。
目の前を遮るドアを開け、日の光を浴びて前に進む力を手に入れる。
そんな歌詞にぴったりとはまるように、私達はいつの間にか、さっきまでよりもはるかに良く晴れた世界へと飛び込まされてしまっているのだった。
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