第21話 ファン投票
未来ある物語が始まる。FORTEのデビュー曲発表が決まった。正確にはデビュー曲の公開時期が発表された。
それともう一つ。アイドルグループにおける重大なポイントがファン投票で決められることが伝えられた。それはパフォーマンスの立ち位置だ。現在アイドルグループの楽曲において、ただ横並びで立ちながら歌うということは少なく、フォーメーションを変えながらのダンスに歌が加えられるものが王道だ。
今までFORTEは、中央に鳥海結衣と石川真由、その脇に大山希美と日下みなみ、一番外側に高橋奈緒と馬場絵里というような形が一般的だった。フォーメーションの移動で左右が入れ替わることはあっても、中央から外側への順序は一度も変わっていない。だからこそこれが、FORTE内での暗黙の序列となっていた。
そうした思惑を裏切る展開であっただけに、ファンはどよめいた。どよめきとともに、これまで見守ってきたこちら側の姿勢が正されるように感じた。ただテレビを観るように傍観するのではない。メンバー個人に投票するということは、自分自身もそこに参加する必要があるということだ。
誰か一人を選ぶ。
その選択が少なくとも、その曲でのメンバーの待遇に影響する。それがデビュー曲となるのだから、これからの立場にも大きく影響していくだろう。誰かを応援するということは、それだけ大きな責任を背負うことでもある。その一方で、未熟なものが完成へと向かっていくその道に、自分の足跡を少なからずつけることができる。これが未完成なものを見守ることの最大の魅力でもあった。
一人につき一票限り。これが今回のルールだった。投票券はネット上で登録しているアカウント一つにつき、一票が与えられる。権利が与えられているのは、身分を完全に証明できる情報まで登録されたプレミア会員にだけなので、重複して投票することはできない。ただ純粋に頑張ってほしい、本気で応援したいと思うメンバーにだけしか投票することはできない。
今までで表舞台と呼べるところに立ったのは、活動開始直後のドールスターズフェスと、お披露目会のみ。それ以外でファンの前に現れたのは、全てネット上の配信映像だけだった。SOPRANO系列でありながら、テレビなどの主要メディアでの露出が全くと言っていいほどない。それほど騒がれるようなアイドルにはなっていないからこそ、登録アカウントという囲われた空間でのみ交流することができるVIPのような感覚は、既に入り込んでしまった者を決して逃がさなかった。
投票期間はあっという間に過ぎてしまった。たとえどんなことが起きようと、高橋奈緒に必ず1票が入っているということを私は知っている。
私は結果発表を心待ちにしていた。どこか慣れない感じだと思っていたのだが、何かを待つということが限りなく久しぶりだからだと後になって気付いた。待つということは、期待するということでもある。未来に起きるイベントに対しての「こうなるだろう」「こうなってほしい」「こうしたい」という期待は、希望という言葉に言い換えることもできる。最近、朝の目覚めが良くなっているのは、きっと気のせいではない。
- 金曜夜8時放送『オン・ステージ』に生出演決定!!
いまやテレビで放送される音楽専門番組は数えるほどになってしまった。かつてはゴールデンタイムの番組欄は、音楽番組で埋め尽くされていた時代もあったが、インターネットで楽曲をいくらでも聞くことができるようになった現在、あえてテレビで見ようとする人が少なくなってきたのだろう。
それでも最近盛り返し始めていたのは、音楽番組のアイドル化によってだった。今まで現場で接しながら応援してきたアイドルが、テレビに出演するまでになる。その成長過程を共有しようと、応援する人達がテレビのリモコンを手にした。
音楽番組の全盛期から現在のアイドル時代までを眺めてきた数少ない番組の一つが、『オン・ステージ』だった。新しい音楽番組はアイドル重視か、楽曲重視のコア層を中心とした両極端に分かれていた。しかしこの番組では、勢いのあるアーティストが新旧ジャンル問わず出演する。音楽アーティストの旬をいち早くチェックするのであれば、とりあえずこの番組を見ておけば間違いないというほどの権威でもあった。時代を経ても制作陣も大きく変化していないらしく、そのセンスは折り紙つきだ。
そんな番組に出演するというだけで、ファンにとっては飛び上がるほどのことだった。しかし今回は訳が違った。なぜならFORTEにはまだ、発表している楽曲がないのだ。
番組の性質上、お披露目会のようにSOPRANOの曲を借りるなどということは許されない。つまりパフォーマンスする楽曲といえば一曲しかない。まだ誰も名も知らない、デビュー曲だ。
一体どんな曲なのか。それより投票結果はどうなったのか。こんな形が初めてのテレビ出演になるなんて、夢にも思わなかった。全身の力が抜けたようになり、しばらく椅子から立ち上がることができなかった。
「FORTEがテレビか…」
息を吐くようにして思わず口ずさんでしまった言葉に、顔が熱くなった。我に返ると、手のひらの中の小さな画面の時計が、気付けば夜の11:00を示している。慌てて周りを見回すと、客はいつの間にか私だけになっており、カウンターの奥で食器と食器が軽くぶつかり合う音が聞こえている。すっかり冷たくなったホットコーヒーを流し込むと、眺めていたスマートフォンをポケットにしまい、そそくさと逃げるように喫茶店を後にした
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