第13話 穴場のファミレス
応募要項。
応募資格。
審査の流れ。
応募方法。
アイドル。
オーディション。
女子高生の片手よりも少し大きな画面には、私に馴染みのない言葉ばかりが並んでいる。私のスマートフォンよりも光が強く感じて、目を細めた。
「これ、応募しといたから。」
学校を中心にして、私達の自宅がある住宅街方面とその正反対に最寄り駅があり、ここの生徒は帰りの時間になるときれいに二分される。それとは違う方角に大きな幹線道路が通っているのだが、このような理由で道路沿いのファミレスは私達の穴場スポットになっている。
クリームソーダの注文を託してトイレに行っている間に、美玲の前には得体の知れない虹色の液体が君臨していた。
しかしそれにも増して、美玲が言っていることの方が訳が分からない。結果的に私はこの壮大なツッコミどころをスルーする形となった。
「え?」
「奈緒はさ、ダンスしてるときが一番いい顔してるよ。」
スマホの画面が暗くなった。
「いや、え?どういうこと?」
「騙されたと思って、行くだけ行ってみなって。」
犬か何かの動物を追い払うときのように、手をブラブラさせている。ストローに口を近づけて“虹”を吸い込みながら、ビー玉のように丸くきれいな目は下がっていく水面をじっと見ている。
「…美玲、アイドルになるの?」
言いたいことは分かってきた。しかし確認をしておく必要がある。遠くから手を振って近づいてくる人の顔がよく見えないとき、こちらが手を振り返すのを躊躇するように。
「奈緒がアイドルになるの。」
とりあえず、私の理解に間違いはなかった。
「何の冗談?今こういうのが流行ってるの?」
ヘラヘラしてスマホを渡す私に対して、美玲がようやく目を合わせた。ふざけているような目ではなかった。
「私は奈緒のダンスが見たいの。でも学校じゃもう踊らないんでしょ。だったら別の場所で踊ってもらえるところはないかな、って考えてたの。」
この空間の中で一番気になるはずの虹色の液体には目もくれず、美鈴は私の目だけをじっと見ている。そのまっすぐな瞳に見つめられると、彼女の世界に引きずり込まされそうになる。
「それでね。ダンス教室とか、サークル?みたいなのも探してみたんだけど、なんか違ったの。そこでやっと分かったのね。私は奈緒に踊ってほしいだけじゃなくて、奈緒が踊ってるのを私が見ていたくて、それでそのダンスをやっぱり皆にも見てほしいんだって。」
ずーっとこちらを見つめ続ける瞳から、私は目をそらすことができなかった。このままでは本当に吸い込まれてしまいそうだった。
「で、でもさ、」
何とか返さないと、という思いが声を絞り出した。
「写真とか、色々必要みたいだよ?」
応募にはそれぞれ、指定に応じた写真が必要だと書かれていた。ただ条件は年齢制限とそれくらいのもので、それ以外、その応募を不可とする理由が見つけられなかった。
「えーと…“すまし顔”だって。それってどんな写真よ?」
無理やり笑みを作りながら、そーっと美玲の顔を伺う。画面の上からすっとスマホを取り上げ、慣れた手つきで画面に触れる。
「これ。」
私が美玲の家に初めて行ったとき、豪華な食卓に圧倒された後、それに見合うように無理やり居住まいを正している姿。つんとした表情をしている。
「…これ、すまし顔って言うの?なんか感じ悪い…。」
苦笑いを浮かべる私の前で、美鈴のスマホに入っている私の写真ショーが繰り広げられ始めた。
「と、これ。」
今度は制服の写真。美玲に名前を呼ばれて振り返るところをふいに撮られている。あっけにとられたような顔。いつの日かの部活帰りのあぜ道が、私の後ろに広がっている。
「これは?」
「“全身が写った写真”。」
スマホを触りながら、当然でしょ?という表情で答える。
「いやそれって普通、正面から撮ったやつじゃ…」
私のコメントを遮るように、スマホが上から振り下ろされる。
「最後がこれ!」
それはちょっとだけ懐かしい、動物園での写真だった。
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