第12話 部活
便利すぎることにはそれなりのリスクがあるもので、部活もその一つなのだと私は学んだ。部活内にあるともだちの輪は、その中にいるときはとても便利だ。しかし抜けた後の反動はそれ以上に大きい。
みんな高校生なので、小学生のようにあからさまではない。けれども部活を辞めた人間は“部活をやめた”人間として扱われ続ける。確かに事実その通りで、間違っているわけではないのだけど、“部活を辞めた”というレッテルは私が思っていたよりも遥かに強いものだった。
辞めたという事実だけでなく、一つのことを続けられない奴、集団の中でうまくやれない奴、人として何処か欠けている奴、という意味が、いつも含まれているような気がした。
そういう目で、周りは私を見始めた。特に同じ部活だった子達に、それは顕著だった。紙っぺら一枚を出しただけ。ただその次の日から、いつか感じたことのある空気が私の周りを包み始めた。周りの人間はいつかのそれよりもずっと大人になっていたにも関わらず、弾かれた人間に対する目はあの時と同じだった。自分もあの時と同じように、やっぱり私はダメだなあと、自分を責めた。
そうして私はもとの場所に戻ってきた。
好きで部活を辞めたのに、こうなることもなんとなく分かっていたのに、それがまた学校に行くのに二の足を踏ませた。ワガママだっていうのは分かっているけれど、どうすれば学校へ行くようになるのかなんて、私に聞かれても分からない。分からないから苦しいんだ。苦しまずに学校へ通える人には、絶対に分からない。
スマホの画面が点灯する。LINEの通知音はオフにしている。
―またズル休みですかー???
汗を書いた白い生き物が右手(脚?)を挙げて迫ってくる。
―おーーーい
既読。
―おーい
既読。
―おい!!
既読。
白い生き物の色んなパターンが連投されている。私は頬杖をつきながら眺めている。頬のあたりがどうしようもなく緩んでしまう。ニヤニヤしているのが自分でも分かる。
―おはよー
茶色いクマで返すとすぐに着信音が鳴ったので、思わずワッと声が出た。
「何?」
「何じゃないでしょ!今日も来ないつもり?出席数は大丈夫なの!?授業はちゃんとついてこれてる?」
母親に説教を受けているようだった。可愛らしいお母さんだな、と思っていた。
「平気だよ、お母さん。」
「私はあなたのお母さんじゃありません!」
学校へ行く回数は減ったけど、昔と違ってちゃんと通学はしている。高校は問答無用で留年とかになっちゃうから。その辺はちゃんと考えているつもりだ。
それにあの頃とは決定的に違っていたことがある。
美玲は、梨花ちゃんとは違った。別に梨花ちゃんを悪く言うつもりはないし、あのときに彼女がそうしたのは、彼女自身にとっておそらく間違ったことではない。
本当なら今回だってそうだ。美玲は私に構う必要なんてなかった。他のダンス部の子達と一緒に、私なんて最初からいなかったように振る舞えばよかった。
でも美玲はそうしなかった。理由は分からない。分からないけれど、分からないままでもいいと思った。私のように学校に行かない人の気持ちを、美鈴もきっと分からないだろう。でもそれを分かろうとしてくれていることは、私にも分かった。それだけで十分だった。ただ美玲がいるだけで、私は一人じゃなかった。
「今日は学校来ないの?」
「うーん。行かないつもりだったけど、電話くれたから授業から行くー。」
本心だった。本当にさっきまでは休むつもりだった。
「もー!いつもいつも電話してあげられるわけじゃないんだからね!」
「はーい。」
「じゃあちゃんと来るんだよ。あと帰りのホームルームも出て。いつもみたいに授業終わったらそのまま帰らないこと。ちょっと話あるから!」
3年生になっても美玲とは同じクラスだった。でも授業自体はコースごとに行われるので、国公立大学を志望する美玲と、文系私立大学を目指すコースの私とでは受ける授業が全く違った。
コース名とは名ばかりで、美玲のコースはちゃんと未来を考えている人だが、私のコースは何も考えていない人がとりあえず選ぶコースだった。実際に半分以上の人は、まだ進路のことなんて考えていなかった。
ただそういう人達に限って、部活至上主義の人たちが多く、休み時間はとても居心地が悪い。だから学校へ行く日も、授業が始まる時間ギリギリに着くように登校し、授業が終わったらその足で学校を後にした。授業には出ているからそれぞれ欠席にはならない、という裏技である。
今日も私は慣れた足取りで裏技を決行しようとした。ただその途中で美玲に言われていたことを思い出し、慌ててホームルームの教室へ引き返す。階段のあたりが騒がしい。生徒達が無秩序にゾロゾロと流れ降りてきた。どうやら同じクラスと思しき人達だった。彼らは一瞬私の方に目をやるが、そこには何もなかったかのように、各々が向かう方角へ目を戻した。
しまったー!!
次から次へと流れてくる大群に流されないよう、大きめのコンクリートの柱の角で身を隠しながら冷や汗をかいていると、群れの中に咲く一輪の白い花を見つけた。
きれいだ。
遠目から見る美鈴に、私は見とれていた。
そう思ったのも束の間、その花はカッと赤くなると、群衆をかき分けるようにしてこちらへ近づいてきた。
こ、怖い。
「来いって、言ったでしょー!!」
薄暗い昇降口に、激しい雨音をかき消すような轟音が響いた。雷が落ちた、と誰かが言った。
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