第11話 ともだち

「え!?なんで!?」


 白く丸みを帯びたおしとやかそうな優しい顔と、艶があってきれいな黒髪が爆発している。いつもそのギャップに、本人よりもこっちがびっくりさせられる。


「いや、なんかやっぱり合わないかなーって。」


 ダンス部の子達はみんな早口だ。頭の回転が速くて元気な子が多い。美玲もその中のひとりだけど、彼女は“そうじゃない子”の話にもしっかりと耳を傾けてくれる。私のペースに合わせてくれる唯一の存在だった。


「合わないかなー…、じゃないよ!ちょっとしたもの躍らせたら、2年の中じゃ奈緒が断トツで一番じゃん。正直先輩たちを入れてもさ…」


“さ”の形で口が開いたまま、動きが止まる。人を惹きつける大きな目がまん丸に開いている。


「いや、それはやめておこう。」


 渋い顔で目をつむって、歌舞伎役者が見得を切るように手のひらをこちらに向ける。そんな彼女の一人コントみたいなやり取りが、私は好きだ。


「笑ってる場合じゃないから。冗談言うのやめてよね。」


「冗談じゃ、ないよ。」


 さっきの歌舞伎役者の顔が面白くて、ニヤニヤが止まらない。


「笑うなって。なんでそんなこと言いだすのよ。急に言われたって納得できないじゃん。」


 さっきより真剣な顔になったから、私のニヤニヤもようやく収まった。そんな風に真面目に向き合ってくれているのが、なんだか嬉しかった。


「さっき言ったとおりだよ。踊るのは好きだけど、みんなに見られるのはやっぱり苦手。」


 あのねえ、と美玲の説教が始まりかけたところでガラガラと扉が開く音がした。

 この学校では授業の始まりにチャイムが鳴らない。終わりの時間も鳴らないので、チャイムを聞くときは放送で何かの指示があるときだけだ。高校生らしく、自主的に判断して行動しなさいという校訓らしい。時計を見て次の行動を自分で決める。そういう学校らしさを薄めてくれる校風が、私には合っていたのかもしれない。

 目の前にいる可憐な少女はあからさまにムスッとした顔のまま、すぐ隣の席についた。その後もずっと、いつもより膨らんだように見える顔がこっちを向いているようだったが、私は視界の端でそれをとらえるだけで、顔は向けなかった。私は下を向きながら、ゆるんだ口元をずっと手で隠していた。






「ねーねー、本当に辞めちゃうの?」


 授業中とは違って、弱々しく愛らしい目が私に訴えている。


「うん。もう辞退届だしちゃったし。」


 歩きながら引いていた自転車のカタカタが一つになった。私の方だけが鳴っている。


「ばかぁ…。」


 美玲はとても明るくて皆と仲良くするのが得意な子だった。先輩にも可愛がられて、後輩にも慕われていた。ダンスもうまいし勉強もできる。それに、多分お家はお金持ち。非の打ち所がなく、私と真逆の位置にいる人だった。

 誰とでもうまくやることのできる美玲だから、私も最初は“誰でも”の中の一人だと思っていた。彼女はただずば抜けて優しい子だから、他の子たちと同じように、こんな私にも付き合ってくれているのだと思っていた。でもこのとき初めて、それはちょっと違ったのかもしれないと思った。


 一年以上一緒にいて、初めて美玲の泣くところを見た。学校ではどんなときも笑顔だった。だからこそ美玲にとって、私がちゃんと必要な存在だったのだと思うことができた。湧き上がってくるように嬉しくなった。


「やめてよー。なんで泣いてんのー?」


 しゃくりあげる美玲の横で、私は例によってニヤニヤしている。嬉しかった気持ちもそうだけど、そうしていなければこっちまでつられそうだったからでもある。


「…奈緒がいないなら、私もやめる。」


「なに言ってんの。」


「奈緒がいないダンス部なんてヤダもん。」


 いつもの頼りになる美玲はどこへ行ったのか。

 既にグシャグシャになった顔を私の胸に預けたまま、何か言うたびに目だけをこちらに向けてくる。そしてまた顔を伏せる。両手はしっかりと自転車のハンドルを握っているから、体だけこちらを向いているのがなんだか可愛い。何でもできる美玲が、幼い子供のように見えて愛らしかった。

 私は左手でなんとか自転車を支え、右手で彼女の頭を撫でていた。私のために泣いてくれたり、自分も辞めると言い始めたり、二人でダンス部をもう一個作ろうと提案したりする美玲の前で、私は確かに笑顔だったのだけど、両手が塞がっていたので口元を隠すことができなかった。


 私達は田んぼに囲まれているちょっとひらけた畦道の上、周りから丸見えの場所にいた。道をゆく人達は訝しげな顔をしていたが、大丈夫ですから、という私の会釈を目にして通り過ぎていった。

 今日のように部活が休みの日も、こうして美玲と一緒に帰っていた。少し長い間こうしていたので、すぐ上の空はいつの間にか夕焼けの気配を見せ、田んぼの水に反射したきれいなオレンジ色があたりを包もうとしていた。

 これからは部活がある日は一緒に帰れなくなるんだな、と思うと私の目のあたりも、何だか熱くなってきたようだった。


「ごめんね。でも、ありがとね。」


 全く異なるようで、二つでセットのようにも聞こえる言葉も一緒に、私もそっと美玲の肩を借りることにした。

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