第5話 FORTEとSOPRANO
今回のお披露目会に先立って、オーディション当日の映像がネット上にアップされた。動画配信サイトのYouTubeにはSOPRANOのグループチャンネルが既にあり、初めはその一角に上げられていた。SOPRANO系列のアイドルグループは、新曲のMV(ミュージックビデオ)や個人PV(プロモーションビデオ)、ライブやテレビ番組の様子など、新しい動画が撮影されるとすぐにこのチャンネルに挙げられる。このチャンネルは完全に公開されており、インターネットに繋がる人からは誰でも観ることができるし、YouTubeのアカウントを持っている人はこのチャンネルを登録することで、更新情報をリアルタイムで知ることもできる。
全身に衝撃が走ったあの日、すぐにこのチャンネルに登録をした。しかしオーディションの映像以降、新しいグループの動画がアップされることはなかった。
FORTEの動画チャンネルは、SOPRANO本体のものとは別に作られていた。それ以外のSNSのアカウントも同じように、FORTE専用のものが作られた。アカウントができたという情報まではSOPRANOグループ全体のアカウントで通知されたが、それ以降、FORTEの情報がそこに流れることはなかった。そこでSOPRANOファン達はそれまで薄々感じていた疑念を、ようやく確信に変えた。
FORTEは、SOPRANOと全く別のものだ。
SOPRANOには地上波テレビで毎週放映される冠番組を持っていたが、FORTEが出演したことはない。オーディション実施の告知さえも、その番組で流れたことはなかった。FORTEのメンバーがSOPRANOに交じって公の場に姿を現したのは、どうやらあの“ドールスターズフェス”だけだったようだ。最初で最後の育成期間は、オーディション直後の1ヶ月間で終了した。たまたまその期間の彼女たちを、私は見つけることができたのだった。
秘密のベールに包まれた存在。これはこれで魅力的ではある。わからないことが多いからこそ、その見えない影の部分に興味をそそられる。知りたい、ということは人間の欲求の中でも強い部類の中にあることは確かだ。しかし包み隠されすぎてしまえば、たとえそれがダイヤモンドの原石であったとしても、何も価値を生むことはない。価値というものは、見つけられて初めて生まれるものだからである。
FORTEの活動はこの6ヶ月間、ネット上でのみ知らされてきた。
“フォルティッシモ”というネット配信番組だけが、彼女達の動く姿を目にすることができる唯一の手段だった。オーディションの映像から始まった番組は、バラエティ番組ならではのスタジオ企画やロケに始まり、テレビで映らないようなレッスン時の様子なども流すようになった。
メンバー6人の中に、芸能活動の経験がある子はいなかった。全員が素人。歌もダンスも、色々なことが求められるトークも、誰かに見せることを前提としたパフォーマンス全ては、彼女達にとって初めて体験するものだった。
ネット配信番組だからこそ、アイドルとして彼女達の初めては全て、数少ないファン達に届けられた。初めてのぎこちないダンス。初めての空回りするトーク。初めての表現力を求められる歌。初めてのアイドルの厳しさに直面したのは、恐らくこの瞬間だったろう。
良く配信されているのはダンスレッスンの動画だ。
「石川真由と鳥海結衣は合格点」
ネット上の“アイドル評論家”達はこう評する。
石川真由はメンバーの中で一番頭が回る、グループのブレーン的存在だ。少し茶色がかったロングの髪は、最年長であるということだけでなく、いかにも“お姉さん”的な存在感をかもしだす。メンバー同士でそれほど年齢の離れたグループではないが、このくらいの年齢では数年の差が、大きな人生経験の差となるのかもしれない。特に運動神経が良いというわけではなさそうだが、フリの覚えの早さや苦手な動きを克服する術に長けている彼女は、とてもクレバーなダンスをする。
メンバーの中で一番アイドルらしい存在。それが鳥海結衣だ。
クリっとした目と丸みを帯びた輪郭は、どことなく幼さを感じる。可愛らしい人形のように整った顔。あまり豊かとはいえない表情が、それをより際立たせている。執拗に髪をふりみだしたりせず、体の軸もぶれない。いかにもアイドルらしいきれいなダンスからは、汗の匂いを感じない。
ダンスレッスンの映像だけであれば、あとの3人は一目で素人と分かるものだった。
童顔だけれど高身長。スタイルの良い体から出る長い手足は、いかにも整った動きを繰り出しそうに見える。しかし大野希美はその恵まれたツールをうまく使いこなすことができなかった。不器用という言葉が似合ってしまうこの美人は、しかし馬鹿ではない。バラエティシーンで欠かせないのがこの人のキャラクターだ。場の空気を感じとる嗅覚に優れ、それを変える術を知っている。大野がいなければこのメンバーでバラエティは成り立たない。
日下みなみと馬場絵里は、ダンスレッスンで毎回のように居残りになる二人だ。
居残りレッスンの様子もしっかりと配信された。ダンスの酷さは二人とも同じくらいなのだが、それに対するリアクションが正反対であるところが面白い。
天真爛漫。一言で日下みなみを表するならこの言葉がぴったりだ。みなみのダンスにはリズムというものがない。リズムがなければ軸もない。海の底でワカメが揺られているような骨抜きダンスは、毎回のように注意の的となった。しかしそれでも彼女は楽しそうに踊り続けた。どれだけ叱られてもへこたれず、それほどレベルの変わらないダンスを繰り返し踊ることで、少しずつ身に付けていくのが彼女のやり方だった。
練習しているときはもちろん真剣だ。けれどもその合間や休憩の時間、彼女の笑顔が絶えることはない。どれだけ叱られ、居残った後でも失われない彼女のような性格は、実はグループがうまくいくために最も必要なものなのかもしれない。
馬場絵里の反応はそれと全く対照的だ。馬場は毎日のように泣いた。レッスンで居残りになったとき、歌で失敗したとき、バラエティ企画でうまく喋れなかったとき、決まったように涙を流した。そしてそのほとんどを、ファンは画面越しに目にしてきた。初めは気にかけてくれるファンも、これが毎回となるとうんざりしてくるのではないかと思っていた。時間を割いて応援しているのに、このざまは何だ、と。
しかし私の見方は全く間違っていた。彼女の魅力は涙ではなく、その先にあるものだったからだ。馬場はたしかに毎回泣いたが、日に日に涙の量は減っていった。じっくり見ていて初めて、それがよく分かった。居残りになる回数も、歌での失敗も、目に見えるように少なくなっていた。番組の企画で喋る回数も徐々に増えた。
彼女は画面を隔てた私達にあることを教えてくれた。確かにテレビに映らないようなアイドルの姿が、この配信でファンに届けられている。企画された番組だけでなく、その舞台裏や、ファンには見せないようなレッスン時の様子なども、ここでは目にすることができる。しかしどこまで手を広げても、彼女達の全てが届けられているわけではない。どれだけテレビで見られない涙が映し出されても、それは彼女が流した涙の全てでは決してないのだ。
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