第2話 光
一日に一度、日の光を浴びる。昼食と夕食をコンビニで買いだめするためだ。吸血鬼のような生活をしている自分も、この時だけは人間に戻ったような感覚になる。今日はもう日が暮れてしまった。いつにも増して吸血鬼であるはずなのに、ご飯がいつもより人間の食べ物の味がするのは不思議だ。もう何度も口にしているはずの、レンジでチンする塩焼きそば。いつもと同じはずなのに、今日は味がしっかりしている。味が変わっていないとすると、いつもと違うのは私の方だ。いつもと違うとすると、いつもよりお腹が空いているということだ。
昨日まで空いたと思っていたのはお腹ではなかった。空いていたのはお腹ではなく、時間だった。今日は時間が空かなかったから食べなかった。食べなかったからお腹が空いた。食事というのは、確かにこういうものだったのだ。
食べた後には眠くなる。これもどうやら今日だけは違って、むしろ頭が冴えてきた。それまで、お腹が空いてぼーっとしていたのかもしれない。冴えた頭でパソコンを開き、ずっと前からそう決めていたかのように動画をダウンロードする。“ドールスターズフェスLIVE”。ライブ映像がフルタイムで収録されたものだ。ホームページでは見つけられなかったけれど、実際の映像には残っているかもしれない。無料で手に入る動画コンテンツが有り余るほどある中で、動画を見るのにお金をかけるなんて馬鹿げている。数時間前までそう思っていた私が、遠い昔のように感じる。それ以外ではない“これ”が見たいときに、人は容易くお金を払うのだ。
会場内にひしめく色とりどりのサイリウム。リズムに乗って一斉に振れ始める赤青緑を、会場後ろから俯瞰して、舐めるようにメインステージへ向けられていく。それぞれのグループがステージ上へ順番に姿を現し、パフォーマンスを披露する。プログラム通りではあるが、彼女の姿が現れることはなかった。
そのうち画面から、この日最大の声援があがった。アイドルではないアーティストのライブでの声援とは少し違う。「ワー」とか「キャー」といった声よりもむしろ、はっきりと名前やメッセージを発する言葉が飛び交い、中には掛け声のようなものも含まれる。はたから見ると彼らはショーを見ているのではなく、応援しにきているかのようだ。まるで小学校の運動会のように。
SOPRANO
メインステージの背面に映し出された文字だけが、白色に光っている。暗闇だったステージにスポットライトが当たったとき、少女達が突然現れる。8人が横一列、等間隔で並んでいる。はっきりとした自信を身にまとったその姿は、パフォーマンスが始まるよりも前に一瞬で会場を惹き付けた。
圧巻の歌唱力で魅了したパフォーマンスが終わっても、SOPRANOはステージに残りMCを行っている。彼女たちはこのイベントの目玉でもあり、持ち時間も他のグループよりはるかに長い。どうやらこの後にもう一曲パフォーマンスをするようだ。
“これから華やかなお祭りが始まるよ!”
いかにもそう宣言されたような前奏が始まると、ステージはこれまでになく煌々と輝きだす。それと同時にステージ後ろの左右から、数え切れない数の少女たちが走り込んでくる。それぞれ最初からいたSOPRANOメンバーと同じように、“ちょっと幼い女の子”を思わせるフリフリのついたワンピースを着ているのだが、色が違っていた。前にいる8人と違う青や緑、紫といった色。一番前の赤と黄色をベースとした色が余計に華やかに見える。
ガタン。
机が突然音を立てて跳ね上がったのに驚いて、心臓の辺りが痛む。背もたれにふんぞり返った状態から急に身を乗り出したので、膝のあたりをぶつけたらしい。この衣装と彩り、前面にSOPRANO。今、13インチの画面の中であの記事の写真と同じことが起きているのだ。
この中に、彼女は間違いなくいる。登場シーンまでカーソルを戻し、映像を0.5倍速と通常の速度の間で行ったり来たりする。私は後藤愛だけを目で追っていた。彼女のファンと大きく違うのは、動作や表情には目もくれず、彼女の背後にだけ神経を研ぎ澄ましていることだ。瞬きもせず、そこに輝くはずの一筋の光を待ち望んでいる。こんな見方でこの動画を見ている人間は、私だけかもしれない。しかしそれが妙に心地よく感じた。
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