#3

 右曲君は事務所の前のドアの前でその声を聞いたらしい。

「お兄さん、助けてください」

「え、待って、誰誰」

「私は、私です」

「君の、名前は?」

「矢呑瑞季です」

「何歳?」

「九歳です」

「九歳か………」

 ここで右曲君は一呼吸おいて、こう続けたらしい。

「僕は君のことが見えない。これは、正しいことかい?」

 すると中空から、こう返ってきたそうだ。

「それは正しいです。私は、『姿を失くしてしまった』。しかし、ここに居る。声だけになっても、ここに居るんです」

「大丈夫、君は居るよ。この僕をちゃんと驚かせてみせたじゃあないか。───瑞季ちゃんは依頼に来たんだね」

「そうです。依頼内容は───」

「ああ待って、僕は情報収集のための助手さ。依頼の内容を聞くのは探偵である先生のお仕事だよ」

 さあ、入って。と。

 こうして始まった姿無き少女の依頼は、問題なく遂行されたわけだ。

 椛公園からの帰り道、右曲君はこんなことを言った。

「僕も動揺してたとはいえ、年齢を聞いたのは失敗でしたね」

 それは明らかな失敗だ。女性に年齢を尋ねるなんて普段の君らしくないだろう。

「仕方がないと思うのですけれど、姿が無いと、どんな人かが分からないんですよ、つまり僕は彼女の話から彼女のイメージを作り出したかったんですね、話をするために」

 イメージ───、ね。

 もしかすると少女は九歳なんかではなかったかもしれないね。

「もっと年を取ってるかもしれないと、簡単に言えばそういうことですね」

 まあそうだね、姿が見えないのだから嘘はついてもバレない───やめようか。少女を嘘つき呼ばわりするのは可哀想だ。

「そうですね、やめましょう、もしかしたらそこで聞いているかもしれませんしね」

 私は苦笑せざるを得なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る