第4話

朝 目覚めて―― 洗面所へ。

鏡を見て、はっ…としたのは、俺の気のせいなのかな?

髪が少しだけのびた。

それは、ごく、あたりまえのことなんだけど、

なんとなく、俺の表情や、醸し出す雰囲気が違うのは、

大切な人と、濃密に、結ばれたから。だろうか――


 嗚呼― っ ああ… や ん… はぁ … ぁ ぅ… う んん…


浮かびくるのは、銀座という名の、夜の銀河の海のような調べ。

あでやかな空間での、恥部と恥部との語らいのシーン。

あえぎ声を出す自分…

抜き差しをする…欲望という名の、男の肉体の一部分。

“好きよ。”といいながら、キスをして、

濃密に、狂わんばかりに、犯す 大崎良成。


狂おしい…狂おしいほど すき。

今 この表情を、家の鏡でみても… 自分で恥ずかしいぐらいに、色めいていた。



ぶんぶんぶん…!!!

いけない。朝から想像してしまった。

こんなんじゃ仕事が、できないじゃないか。

今日は、一日 自分を、気をひきしめなくちゃ。

…自分の、ためにも。

…尊敬する、あの人のためにも。


              ◇


「――で、あるからして、クレームがはいるのは、それだけ私たち郵便事業のものに対して、期待と信頼が高いからだ。1件1件の顧客の顔を忘れずに。届けたはがき一枚の中に、どんな大切なものが込められているのか。それを、忘れずに――  以上。」

朝から集配業務を開始するにあたる大崎良成 課長兼、部長の号令があがる。この号令を、かわきりに、配達員は、外回りへ、業務を開始していくのである。


 このあいだの、熱は、下がった。

 下がっていないのは、

 仕事への奮起と気迫。そして、いとおしい宝石の

黒曜石への思いだろうか。

 … 佐藤信二。


――濃密だった。

すばらしい初夜だった。

忘れられない…お前の鼓動――


奪ってしまえば、男の“さかり”が、仕事をじゃまする。と、聞いたことがあったが、そんなことは、なかった。

むしろ、ピリリ…!とした、仕事への『奮い』が、4F郵便集配営業部に、好影響を与え、各自の緊張感と、パートナーシップが、団円されて、うまくまとめあげられているように、なっていった。

 ――デスクに戻る。

 紙パックのお茶を飲みながら…ひといきをつき。

 見上げた 青空 を、仰ぎ…感じていた。


あの、透明な青。 おまえみたいだ…。

 やわらかな横顔の面差し。

 少女めいた表情と、気遣いという名のやさしさが。

 青年という愛を感じ… 大崎の心を打っていた。


大型エレべーターの扉が開き、1F郵便部から、朝一番の荷が、あがってくる。

 “佐藤じゃないのか…”

申し訳なかったが、運んできてくれた郵便部の人を確認しながら「ご苦労さま。」といい、

少しだけ、がくんと、うなだれる大崎良成だった。

持ってこられた荷を確認しながら、気を振り切って、手際良く、周りにいた部下とともに、確認の作業にはいった。

 朝 一番の… おまえの声を―― ききたかったよ。


“ 課長…。 ”


「次の便で、奴は、ここに、来てくれるかな。」

心に湧いたさびしさを、ひとつ、祈りに込め、大崎部長は、次の仕事へと、目を運んだ。



一方 その頃。佐藤信二は、1F郵便部にて、ゆうパック荷分け作業の手伝いを淡々としていた。

朝一番 もうトラックが出なければならない時間がせまっている。時間事の荷物の割り振りなどがあって、そのトラックに積載するやり方もあり、むつかしい運転手さんとのやりとりの中で、搭載の手伝いもしていたのである。

「兄ちゃん、ありがと!助かったよ。」

「あ、いいえ。俺 向こうに戻りますね。」

「うん。またね。」

――さよならの言葉と、同時に、中年のゆうパック配達員さんから、“ぽん”と、お尻の方をたたかれた。


 …別に、気にする必要は、なかったのだが、

なんとなく、気恥ずかしくて、真っ赤になって

 うつむいてしまった。

 ふいに、見た… ガラス窓に映る自分の顔が、かわいかったのは、

 林檎になった自分のほっぺたと、

のびた髪のせいだろうか。

 

そんな感じで、あわてて、走り出した瞬間 

何かの配線につまづき、青年が、こけかけた瞬間だった――


「大丈夫かい?」

「竹下さん。」

銀色のスーツをまとい、いつも営業に廻る前に、郵便部の手伝いをしてくれる実年の男性だ。大崎より5歳は上かも知れない。低くバストーンの響くやさしい声に、佐藤も、この時は、びっくりした。

共に携えてがんばっている岡部さんも、隣にいる。

つまづき、バランスをくずしそうになった佐藤の上半身を、すっと…ささえ、こけないように、してくれていた。

「あ…ありがとうございます。竹下さん。ごめんなさい。」

「なんの。気をつけてね。ここ、たこ足配線あるから。」

「はい。」

この人たちは、日本郵政も関係或る人たちだ。

僕たちとは、また、違った役職の、奥まった知らない深いところを生きているのかも知れない。

青年は、深深と、頭を下げ、凛として、その眼差しを向けると、静かに歩き、郵便部の所先輩たちの指示をうかがうべく、奥のほうへ向った。


「いい子ですね。」

「ああ。」

「…―― 何か、“上質”な感じが致しましたが…。」

「うん。いまどき、めずらしい…品がね。」

顔をあげた瞬間の黒き瞳が、鮮やかに竹下達の思い出の中にはいる。

「お気に召しましたか…。」

「……否 無理だろう。 すでに、あれは…誰かのものだよ。」

「なるほど。」


長い年月を生きてきた男たちにしかしらないヒストリー。

業務という中で生きて社会を見てきた男たちは、いろいろな人材を見てきた。だから判る人格の品位。すれ違った中、

そんな中で見つけた一滴のクリスタル。

「さぁ、行こう。我々の仕事が、待っている。法務局の郵便事情も査察してみてもいい頃だ。」

「はい。!」

光の花と、すれ違い、男たちの戦場の場が新たに、あらわれたようだった。



「課長代理 安さん。次は、どこへ向ったらいいですか。」

「ああ、佐藤君!この課長席いてくれる? いまからFAXが、結構あらゆるところからあがってくるんだよ。到着確認の電話が必ずはいってくるから受け答えしてくれるかね。」

「わかりました!」

 …電話対応かぁ。

出来ない仕事ではないが、佐藤信二にとって、はじめての仕事であった。

課長代理さんの言うとおり。やはりコールセンターから内線でまわってきて、到着確認の電話がかかった。FAX送信時には、発信簿の記録などもあるので、このために大変なのだろう。あとは、企業の私書箱など、速達が、届いてないか?確認の電話など…いろいろな案件がかかってきて対応したが、どれも新鮮で、楽しい業務だった。

ひととおり、落ち着いたので、しばらく静かに座ってみる。整頓などしておいたほうがいいのかな?とも思ったが、大事な郵便課長席なので、なにかあっては、まずいから、佐藤は、机のものをさわるのを、極力さけた。


しばらく経って、矢部が、向こうの仕事を終えて、ここにきてくれた。

「矢部さん!」

「おぅ!おつかれ。佐藤君。安さんから言われて、次の荷の分4Fに佐藤君、行かせて。って頼まれたんだ。あと、もうちょっと経ったら、また運ばなきゃいけないから、今のうちに仕事、交代しておこう。」


 … え。4F。


佐藤の表情が、とまどった。

 嫌なわけでは、なかった。

 ただ……――

会えない。会っちゃいけない。

佐藤信二の心がはげしくゆれた。会ってしまえばどうなるのか。

自分は…自分の心は自重できるのか。べったりと甘えきってしまう自分が怖かった。

だから…!


「どしたの?佐藤君。」

「矢部さん。あのー…4F、代わりに行ってもらえませんか。」

「ん。別に、いいけど。」

「はい。ありがとうございます。他に、仕事したほうがいい部所は、ないですか?」

「うん。夜間カウンターのところ。ちょっと掃除してくれると、ありがたいんだけど。」

「掃除なら得意です。――俺、行ってきます。」

「はーい。」


  …おかしいなぁ。佐藤君…4Fで、何かあったのかな?

4Fでも、人気者のはずの佐藤が、集配営業部にいかないように、さけている。

のんびりした矢部でさえも、なんだか心配な気持ちにさせられた。


時間が過ぎた。 刻々と過ぎた。

第3便 第4便の夕方とともに、佐藤信二が、郵便部から荷と共に4Fまで、同行することはなかった。

郵便部と集配営業部 

近くて遠い…この郵便事業のこの中で

互いの思いは、交差され、かきけされてしまいそうになっていた。

 真剣なる思いがあった。

 ただ 真面目に、仕事への集中がしたかった。

 ただ それだけだった。

それは、どちらとも同じはずなのだが、何が どう…

そう、どうして、そうさせてしまうのだろう。




――1Fの郵便部に行ったら、ここで休憩していると聞いたから、乗り込んでみた。



 ――バン!!!

自分のロッカーの前で、コーヒーを飲んでいた佐藤信二を見つけた。!

俺の顔を見て、一瞬 たじろいだが、平静を取り戻して、コーヒーのボトルをロッカーにしまいこむ。

「なんですか?」

「なんですか?じゃないだろう? ――なんで、今日一日4Fに来なかった?」

「忙しかったんです。」

「うそ言え!お前、俺は、ちゃんと郵便課長代理に、佐藤君来させて。って言ってあったんだぞ。!なんで来ないんだ。」

「大きな声、出さないでください。」

「これが、だまってられるかぁ。!!」


…いったい、何が気にいらない。――

 何か言いたいようだったが、奴の態度は、憮然だった。

かたくなで、氷のようだ。

「仕事中ですから。――」

 冷たく、つきはなすように、ロッカーの鍵をかけ、その場を去ろうとする佐藤に、もう我慢できず、手が出た。

・・・は? 仕事中・・・。

そりゃそうだ。仕事中だ。意識しすぎなんじゃないのか?お前――


「仕事中?当たり前だ!!俺が公私混同するかぁーーっ!!」

「怒鳴らないでください。!」

「待て。!」

「なにするんっ――!!」

「仕置きしてやる。来い!!」

「やめてください。!はなして!」


奴の紺色の制服のズボンをつかみ、ひっぱりまわして、壁のほうへたたきつける。

ひるんだ瞬間―― 彼の顔をつかみ、強引に口付けを這わせる。

 ――ん、んーっ、ん、うーっ…

「いやぁぁー!!」

無理に引き離して、のがれる青年。

その抵抗にも、頭にきて、俺の中の修羅が呼び覚まされようとしていた。

「何が嫌かーぁぁ!ええーっ。!!」

再び、くちづけをして、頬に、うなじに、キスをする。

「やぁっ!」

「感じているじゃあないかぁぁ! …うん?」

佐藤の紺の上制服に、手をしのばせて、指先で乳首を愛撫して、感じさせる。

 

…あん、や…、や、や、ぁぁあ、あん…

はん!上玉じゃん。もっと声出せよ…。

 …や、や、やや、あああ、あ、………

 おいで!こっちや!!


再び 佐藤の身体を振り回し、ロッカーの扉の前に、背中ごとたたきつける。

「ああっ!…う、うう…」

佐藤の長い髪がなびく。頬に髪が乱れ、色っぽさをましていた。

「聞けよ…。」

ロッカーの扉のところに、佐藤信二の両手をつかせて、身体を句の字に折らせる。

制服のズボンのボタンとファスナーを一気にはずし、ズボンを、その下着ごと一気にひきおろした。


「いやぁぁーーーっっ!!!」


…へん。のがすかよ。

あいまみえた、かわいい尻を、なでまわしながら、

大崎良成が、己の制服のズボンをはずし、その肉棒を取り出しながら、勢いを増すための下準備をはじめる。

…ゆったりと、ゆれうごき、あそびながら、したたりだして…。


「はん。大きい声出してもいいけどさ。恥かくのはお前なんだぜ。もうすぐなぁ。帰宅のやつと、夜勤のやつが、交差してやってくるよ。そんとき、俺たちがSEXしてようが、みんな、“男”だ。冷静に着替えるよ。出刃が目じゃあないんだ。さぁ、味わうぜ。」


「いやぁ。大崎さん、こんなこと、いやぁぁ。やめてぇーっ!」


 ――やめない。ぜったいに。めちゃめちゃに犯してやる。



細いカモシカのような腰をつかみ、あてがうと、一気につらぬき!

腰をふりながら、挿入していった。


「あああああーーーーーっっっ!!!」


 はいる。はいる…。はいるよ。

一気に進入した長い“長さ”が、青年の内部を犯す。

何度もつきつけるピストンの動き。

やがて精液があふれ、内側で濡らしていっても、大崎の動きは止まることはなかった。

「お前も動かしたいか?腰。」

それに対し、泣き声しかあげなかった青年だった。――

腰をくねらせながら、弧を描き回転する動きを重ねる。


…あああ、いいな。最高だ。



「――失礼します。」

突如 男性更衣室に、集配の男性が、夜間勤務のためはいってきた。

その人は、突然の目の前に映った恋人同士の濃密な情交に、驚きながらも、すぐに、その場で、どういう状況か察知し、大崎という上司に、大いなる右手の敬礼をしてから、自らのロッカーへ足をむけた。


「安藤か?――」

「はい。!」

隊員たる返事で、大崎に返す。

「上官の大切な行為の最中だ。意味わかるな。――」

「はい。!他言無用の程 わきまえ。静かに歩き候。!上官の大事用他言べからず」

「よろしい。――着替えなさい。」

「はい。!」


 ―は っ… ぁぁ っ… あ…あ、ああ・・・・

 …静かに。声をおしころして。


大崎が、今度はやさしく重厚に声を出しながら、腰を小さくゆする…。 

止まらなくなった。彼の温度――

青年の方も、それは、おなじように感じるようになっていて、反射的に膝を動かし、腰をふる。

それは、青年の純粋の中で必死の抵抗でもあったのだが、それは、男のモノを喜ばす、

同化した愛の行為としか、うつらなくなっていた。


「安藤はね。元 自衛隊員だったんだ。上官への徹底命令の訓練をされている…。

おだやかでいいやつだよ。おまえのことは、はじめて見たみたいだな。佐藤君って存在はすでに、知っているよ。…他言をしないやつだし、守ろうとしてくれる奴だから、大丈夫だよ。」

「…はい。」

「やっと、すなおになったね。…なんでそんなに、意地はったの?…ん?」

「…好きすぎて ね。課長って…甘えそうになるのが、こわかった…の…」

「…そうなの。…君は、おんぶをせがってくる子じゃないのは、わかっているよ。…そういう人に、なりそう…だったの?」

「わからな…い。でも、好き すぎて。…あ、…あん、課長のことばかり、考えそうな自分が、怖かった…。だから、真剣に仕事のこ・・・と・・・、ああ、考えようとして。」

「…そうなの?僕も、君のこと、思い浮かべたりしたけど、指揮は高めているし、仕事は厳しくしたよ。…君が、もしも、ふわふわしていたら、その場で怒ったから、…安心して、僕のそばにね。来てもよかったんだよ。」

「はい。…ごめん…なさい…。…」

「素直な君が好きだよ…。」

「あ、ああー・・・んっ・・・大崎課長!」

「・・・なんか、かわいい。……」

「あ、あっ、あ、あ、ああ、あ…」

「切り、つけるね。」


――あ、あっ、あっ、ああ、あっ、あ、あ、あっ、――・・・・・・・・。



濃密な情交は、続けられていた。

3Fの男子更衣室には、ちらほらと、着替えのためにやってきた出勤してきたものが、増えて、部屋にはいってきたが、皆、静かに…その状態を見守っている感じだった。

大事な上官の宝物のような時間。

これだけは、守らねば。と、皆、おもっているにちがいない。――




さみしかった。

さみしかったんだ。佐藤信二。

昨晩の過ぎた夜 あれだけ、濃密に、はじめてひとつになれたのに。

銀座のグランドホテルで、あれだけ、すばらしい一夜を明かしたのに。

職場で、すれ違ったままなんて…。俺はさびしすぎたんだ。

ただ お前の声が聞きたい。でも、

それだけでも、お前としては、俺を意識するあまりに、仕事が飛んでしまいそうな気がしたんだな。

お前の力量なら、そんなことにはならなかったはずだ。

それでも…

それ以上に、俺を意識してしまっていたということか?


おまえは、俺が思う以上に、

俺を、愛しているのかもしれないな…。



「あああーーーーっっ!!」


大崎が弧を描いて腰を小刻みに振り、3度目の射精をはなった。

切りをつける。と、言っていたが、収まらないほどの、感度の良さと、肉体の情熱。甘美な酔い。に、一度 野にはなたれた男が、止められるものでもなかった。


痛みと別の甘美に、打ちのめされている青年を前に、男はようやく、気がつき、

開放するため、己の肉棒をはずした。


――あ、ああ・・・・


 青年は、そのままずるずると、ロッカーの扉の前にへたりこみ、そのまま、気をうしなって倒れた。


男は、頭の沸騰が、冷え始めたころ、ようやく、自分が仕出かしてしまった行為に、

気がつき始めた。


――レイプ。・・・・・・・


 大事なお前を犯した。

みんなの前で、ありったけの思いを込めながら…。


大崎は、せまく暗い更衣室のロッカー前で、倒れこんでいる青年の腰に、自分の持っているジャンパーをかけた。“乱暴して悪かった。”その思いを込めて。

 

 ――もう1時間は経過しただろうか。


青年の乱れた着衣を、なおしてあげてから、しばらく動かない君の身体を見守ってみる。

 ほかの隊員も、俺につき従えるように、数人のこって、俺のそばにいてくれた。


「好きなんだ…。狂おしいぐらいにな。

気がつけば、乱暴していた。今日はこいつに“拒絶”されたのか。と思ったんだよ。

“拒絶”じゃなかった。ただ、“真剣”に、まじめすぎただけなんだ。……仕事ができなくなるくらい、俺のことを考えそうだった。って言ってた。甘美な甘い声が、今は俺の胸を締め付けるよ…。佐藤。――止めたくても止められなかった。俺の中の辛らつな鬼がな。」


大崎が、青年の身体を静かに見下ろして、やがて、ジャンパーをかけ、横抱きにして連れて行く。


「4Fへ運ぶ。俺のそばに置く。」

他の隊員にそう、告げると、彼を抱き…3Fの廊下を、歩くのだった。


途中 営業の竹下と岡部が、通りかかった。

「なにごとかね!」

と、竹下は驚き、顔を青くしたが、やがて、何も言わない俺の様子を察知して、

「大切にしたまえ!」

と、告げて、通り過ぎていった。



 …信二。今から4Fに連れて行くな。

1Fに連れて行くと説明がややこしくなるから、またうるさい郵便部部長がいるしな。

4Fは、皆 俺の味方だから、大丈夫だよ。

俺の隣で眠っていてくれ。俺の大事な恋人――

佐藤信二。



4Fの集配営業部のフロアに行く。

はじめはフロアの皆が全員、横抱きにした佐藤信二を俺が、かかえてきていたんで、驚いていたが、すぐに、状況を察知し、皆 受け入れて、俺のデスクの隣の席に彼をおいた。


 ――俺はというと、

夕方いなかった分の事務連絡。机仕事をなんなくこなして、この4Fの集配営業部の状況下を見渡した。





                ◇






「ん… う…んん… 」

はた!!と、気がついて、びっくりした。

「あ… おはよう。」

見れば此処は4F郵便集配営業部 

もう、あたりは、夜――

どれくらい意識を失っていたのだろう。

ずいぶんな時間が経っていた。この時間のあわたただしい仕事の流れを感じとりながら

佐藤信二青年は、大崎のとなりの席で、眠っていた。

見れば…大崎のだと思うジャンパーが、体にかけてある。…

「あの…これ、ありがとうございます。」

「うん。」

「あの…なんで俺、4Fにいるんですか?」

「ここのほうが、めだたなくてよかろう?」

「めだちますよ!!」

ふと、周りを見渡せば、集配の区分け部隊の人がたくさん。

屈強そうな、男の人たちがいっぱいだ。

あまり出あったことのない人もいて、瞳があったら、“にこっ”と、かわされた

「大崎部長の弟さんですか?」

 …へ…?

「うん。まぁ、そんなとこ。」

「かわいいですね。」

「ありがとう。」


その瞬間 3Fでの、自分の…自分自身のあえぎ声を、思い出して、

もう…“どう、おもわれているんだろう。”なんて、考えたら、

なんかめちゃめちゃはずかしくて

どうしたらいいのかわからない。

課長の傍で…

自分の存在ってば、いったい。…。


「なんで、郵便部 連れていってくれなかったんですかぁ。」

「お姫様抱っこで、1Fには行けまい。説明、なんてするの?」

「お姫様抱っこされて、ここにきたんですかぁぁ?俺――」

「うん。」

「そんなぁぁぁー!!!」

「あのね。1Fには、うまく言っといた。もう君は、終業時刻に近かったし、休憩の分調整したら、ぎりぎりだいじょうぶだったから、もう心配しなくてもいいよ。今はプライベートで、ここにいるの。ここなら怒られないでしょ?」

「はぁぁぁ。……」

「僕 21時あがりなの。それ、済んだら、いっしょにラーメン食べ行こう。」

「はい。…いいですよ。」

 もう…

 課長のばか。

 ほっとした…

 ほっとした。

 いままでの意地っぱりは、なんだったんだろう。

 心地よい空間のなか。1Fの人の俺が、4Fの人の仲間内に、

もう…入れてもらっていて、笑顔がここちよかった。


「佐藤君、お茶どうぞ。」

「あ、ありがとうございます。」

区分けをしていたお兄さんみたいな人が、やさしく紙パックのお茶を持ってきてくれた。

「僕の佐藤君 (だから。)。」

「はい。部長。」

 ぶっ!

――お茶が、むせそうになった。

 課長のばか。

「おつかれさまでーす。」

「はい。おつかれさま。」

勤務を終えたゆうパックの方の配達員さんたちが、帰ってきた。

その中には、今朝の顔見知りのおじさんもいて、ちょっとはずかしかったのだが…


「あ…おつかれさまです。」

「あれ?今朝1Fに、いたおにいちゃん。どうしたの?」

「はい。ちょっとおじゃましてます。」

「ふ~ん。」

「誰?」

もうひとりの配達員が、たずねている。

「いや、今朝 トラックの積荷を運び込むのを手伝ってくれたおにいちゃんがいたからね。びっくりしてさ。」

「へー。」

「働きモンだよ。このおにいちゃん、若いのに気がきくし、地図もよく知ってるしさ、教えてもらったんだよ。いい停車の仕方とかさ。ゆうパックに、いっしょに乗せたいね。俺 独りじゃさみしいし…。この、おにいちゃん かわいいおしりしてるんだ。」


 ぶっっっっっーーーー!!!!

大崎みたいに、いきおいよく、茶を噴出す佐藤信二。

御満悦だけど、ちらりと見る大崎部長。

おしりという台詞で、全体が、氷のようにピキンと、張り詰めた4F集配営業部。



眠らない東京銀座郵便局。

飾らない仲間の語らいが、夜空を染め、レモン色に月を浮かべる。

恋人たちは、これから、語らいの海へ出かけるから、安心していっておいで。

大都会のこの…都会の森の中で。



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東京銀座郵便局物語 上郷和士 @kazusi3310

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