第3話
大崎良成第1第2集配営業部 課長兼、部長は、体調が悪かった。
…
……
熱い。 熱だ。
昨日の夜中から、おかしかった。
突然、ぞくぞくとしたかと思うと、ふるえが止まらなくなり、そのうちに頭が痛く、熱くなって…止まらなかった。
原因はわからない。次の日にはなおるかな?と、楽観的なことを考えていたが見事はずれた。いままでの、疲れがでたのだろうか。
自分が思っている以上に、これは悪そうだった。
「部長…具合、大丈夫ですか?」
「だいじょうぶよ~ん…。」
「号令 お願いします。!」
「わかった ぁ~ん…。」
( 暗 転 )
「――で、あるからして、台風の季節は、去ったが、まだまだ予断はならない天候の厳しさが、うかがえる。熱かったり、寒かったりが、大変だが、個個の配達を、丁寧に、気をくばって、がんばってほしい。以上――。」
「部長、おつかれさま。大丈夫でした?」
「大丈夫じゃなかったけど、大丈夫よぉ~ん。…」
「部長 無理してよかったんですか?」
第2集配営業部 課長代理 中野が、さっきから、熱の影響で、とうとう変異飢餓到達してしまった、おかま言葉満載になる大崎部長を心配して、声をかける。
「大丈夫よ!休むわけにはいかないわ!…今日は約束があったのよ。」
「はぁ…。」
そうよ。休めないわ。
だから、無理して職場に来たのよ!
だって、今日は、
佐藤信二君との、はじめてのデートを約束した日だったんですもの。!!!!
――第2便の荷が、エレベーターから、あがってくる。
「あれ、今日、持ってきたのは、佐藤君じゃないですね。」
ぶっっっっ !!!
中野の一言で、飲んでいた茶を噴出しそうになった。
「な…なぜ、そこで、佐藤君なの?」
「え、だって、好きなんじゃないですか?」
「―― へ っ…?」
「だって、このあいだ、部長、佐藤君に勃起してましたし。」
ぶっっっっっっ !!!!!
中野――――!!!!!
「ちがうわよ。佐藤君は、ちがうわよ。!うぶな子よ。勃起も佐藤君でじゃないのよ。!!!朝から純粋な“聖”なる海がぁぁ!。ああ…熱がぁぁ…。」
「部長!しっかりしてください。!!ごめんなさい。からかいすぎたかなぁ…。なんか、ほんとうに――」
「佐藤君 ほんとうに、呼んできたほうがいいんじゃないか?」
区分け部隊も参戦してた。――
「あのー…郵便部の人? 佐藤君呼んでもらえます?」
第2便の荷を、もってきた1F郵便部の人に、区分け部隊のひとりが、まじに、真剣に、たずねてみる。
佐藤信二君じゃないと、熱が出て、おかま言葉になった部長の暴走が止められなくなった…。と、危惧したのか。しないのか。は、わからなかったが。
「みんな!!何やってるのぉ!そんなこといったら…そんなこと言ったらぁぁ…!
ぼくが、佐藤信二君 好きなこと、“ばればれ”になっちゃうじゃないのぉぉぉ!」
熱でまいった大崎良成 課長兼、部長の大声が4F全フロアに響き渡り、部長…そのことまでは、熱のため…自分じゃあわからずじまいで、ぜーはーしていた。
―― …すでに、ばればれですぜ。――部長。
1F郵便部にて。
机に向かい、消印を連打で押している佐藤信二がいた。
「佐藤さん、おつかれ!」
「ああ、矢部さん。――次は、どこいったらいいかな。」
「そうですね。特別室で、書留管理やってもらえますか?」
「わかった。」
「じゃあ、俺、コールセンターの伝票取りにいってきまーす。」
「いってらっしゃい。矢部さん。」
…4Fか。
いきたかったのは、やまやまだったけど、矢部さんの指示だもの。
がんばろう!
だって、今日 夕方まで、がんばったら…課長とデートなんだ。
どこにいこうか。
このあいだ言っていた牛丼屋かなぁ。…ああ、なんか、街をいっしょに歩けるだけで嬉しいんだ。銀座マリオンとか行ってみたいなぁ。そこで、何も買わずとも、こんなのいいね。って、話すだけでもいいんだ。
特別室にはいり、仕事にかかりながら…ふと、夕方の思いに、思い巡らす青年であった。
そうこうしているうちに、4Fから帰ってきた矢部が、特別室の戸をたたく。
なんだかわからないので、矢部を入室させ、話をきいてみた。
「矢部さん。? どうしたの。」
「佐藤さん。なんか…4Fで、やたら、佐藤君の事 呼んでて“上に来られない?”って声かけられたんだけど…。」
「え、なんで?何か用事かなぁ。」
「さぁ。」
…なんだろう??
「大崎課長に、なにかあったの?」
「大崎部長。いましたよ。普通に――」
「そう。」
「でもねー…なんか。元気なかったなぁ。」
――え? !!
「お茶のみながら、なんだか、うなだれてましたよ…。」
…どうして?
「そう。どうしてかな。」
言い知れぬ不安が、青年を、襲った。
今日の一大イベントのことを、自分はとても楽しみにしていた。
だけど…大崎課長は?
昨日今日で、自分と連絡が、とれなかった間、何か家族ごとで、急用ができたのかも知れない。と、考えた。
心に暗雲が立ち込めて…今日の予定のことを、あまり考えなくしようとする青年が、そこにいた。
…お前に逢いたい。
…あなたに、あいたい。
――昼過ぎ 14時32分。
第3便の荷のときに、4Fに行ってみたけれど、大崎課長には逢えなかった。
デスクは、離席中で、どこへいったかも、周りの人は知らなそうだった。
落ち込んだ俺は、集配の誰にも課長のことを聞けないまま、4Fのフロアをあとにした。
終わりの就業時刻まであと、2時間半。
今日の予定は、どうなるんだろうか…?
大崎課長。
互いに、自宅の電話番号も知らないし、職場だけでの交流しかしなかった。でも、それだけで、充分いいと思っていた。
―――大人としての、互いの、プライベートの確立のためには。
だけど、まさか、そんなに、こんなに、
すれ違いになったときのことを、予期して、それを考えつきもしなかったんだけど…。
…何か緊急なことが、あったのなら――
俺は、がまんできるんです。
次の機会…
――ダン!!!!
佐藤信二が、大崎のことを考え事をしながら郵便部へ下りる為に待っていたエレベーターの前の扉が、ばん。と開いた瞬間――
大崎良成自体が、そこにいて。――偶然、佐藤信二の腕の中へ倒れこんだ。
目の前の、真実を疑った。
「大崎課長!大崎課長!! しっかりして。!!!誰か―― 助けて。大崎課長が、!!!」
待って。何があったの? どうして、倒れちゃうの?
何故に、苦しそうなの?
「課長!課長!! どうしたんですか。 しっかりして。」
「うう…佐藤。ごめん。…熱 出た。」
「…え、熱?」
「うん。身体、重くて… さっき総務に用事あっていってたけど、やっぱきつかった。」
「熱?具合が悪かったの? そんな… 無理して!。課長――!」
佐藤信二の助けを求める声をききつけた4Fの皆が、集まる。
すぐに、このフロアの隅のソファへ、皆で、大崎を運び込んでから、いっせいに寝かせ、介抱させる。まわりの皆から、佐藤信二に、
“しばらく、いてくれないか。”と、集配の人たちに頼まれた。
…あのね。
大崎部長にとって佐藤君って、なんだか…心のオアシスみたいに、なってるみたいだよ。
めがね君の弟みたいで、かわいいんだろうね。
1Fの矢部ちゃんに、内線で、ことの次第を話しておくから、
しばらく、ここに、いてくれるかな?―――
ん… ん。――
「あ…佐藤。 俺 どうしていたの?――」
さきほど、無意識のまま、本人に水を飲ませ、佐藤信二の肩で、うなだれて、そのまま気を失っていた大崎良成が、瞳を開け、隣で見つめる青年に、ぼやん…と、しながら問う。
青年のほうは青年のほうで、安心した動機で、泣き出しそうになるのを、必死でこらえ、
大崎の左手の手を握った。
「熱があります。39度は、いってると思いますよ。課長…」
「うん。たぶん。家に、体温計ないんだ。」
「無理したんですか?」
「うん。仕事休みたくなかったし…、それに、お前との約束―― はたしたかった。」
「課長。…でも、こんなに、体調がひどかったら。」
「今夜のデートは?」
「え。」
「俺 中止なんて嫌だよぉぉーーー!!!」
…課長 ?
「…だって、俺 楽しみにしてたんだ。おまえと歩けるのをな。はぁ…はぁ…
イタリアントマトとか、いけるのぉ。 ! は…はぁ、
ケーキいっしょに食べたい。っって、ずーっと、ずーっと、ずーっと思ってた。
俺が、ケーキに萌えるの、自分で、びっくりしたんだぁっ!!!」
…はぁ はぁ… はぁ っ… はぁ…
子供のように、熱であえぎながら、泣きながら、大崎が、高熱と、相成ってか、不安定に大声でさけぶ――
「それなのに…! 熱が出たからって、あの、ね。
…自宅で、
はぁ、はぁ… ひとりで、ひとりぼっちで、
寝なきゃいけないのかよぉぉ。――
嫌だよぉ。! ひとりなんて―――!!!
お前が好きなのに。お前とたくさん、はなしたかったのに。
めいいっぱい、いろんなこと知りたかった。今日が楽しみだった!
だって、“好きだから”――― !!!!!!」
わぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!!
気を張っていた分 精神の弦がのびたようになって、大崎が、死ぬほどに、泣き出した。
大きな声で。 4Fのフロアは、おそらく全体に聞こえているだろう…。
これから配達に行く部下も、区分けでがんばっている人たちも…
皆 課長 兼、部長が、好きだから…
切ない泣き声に、どうしていいか…わからないかも知れない。
「課長。泣かないで。―― ごめんなさい。落ち着いてください。…
今日は“実行”しましょう。 デート。ホテルのスィート、とったらいいでしょう。
そこで、俺 看病します。明日ふたりとも休暇ですよね。ルームディナーとって、おいしいもの食べましょう。」
「 ふ… グスッ… ホテル…? 考えつかなかった。
俺 デートっていっても、何にも思いつかなくって。ごはん食べることと、話すことしか、わかんなんかった。計画とか、たてたことないんだ。 …だってさ…… 」
――こんなに、好きになったの。! おまえが、はじめてだし…。
デートなんてはじめてなんだよ。この年で。
そこは、声にならなかった。
ただ 佐藤信二という青年のやさしい声と、これからのディナーの予定が、うれしかった。
子供みたいに、久々に泣いてしまったのも、自分でも意外で、新鮮だった。
あとは、延々と、泣いてしまっていた。
自分でも、どうして泣いてしまうのかわからないが…、静かに肩を貸してくれた、この隣にいる青年の存在が、まぶしすぎたからだろう。と、思った。
… フッ… ウウ… ! う…
…課長?
俺 泣き虫だ。ごめんな。――
うん…
ほんとに、ごめん。
――何かに、がまん しすぎたのかも知れませんね。…
そうかなぁ…。
うん。きっと、そうです。
この、泣き虫 なおる?
なおる。
青年の肩にうなだれ、あまえてみる…たくましい男のもうひとつの顔――
互いの髪の嗅ぐおしい香りを感じながら…
頬をよせて、皆に見えないように、二人、口付けをした。―――
業務時間終了前の、ラスト4便 下から荷があがってくる。
それと同じくして、これから集配に向う業務部隊も、きちんと整備確認して、大崎の号令を待っていた。
「夕方 この銀座管内は、あらゆる人という人で、ごったがえして、交通の程も大変だろう。これから夜の忙しい街なみへ向う君たちに、安全と健康を祈って、私 大崎からの願いを込めたい。以上――」
「では、第3集部長 後 夜の業務、兼務になりますが、お願いします。」
大崎は、17時上がりなので、夜の部隊を、第3集部長へ引きついで、終了時間を迎えたのだった。
――17時を越えた。
4Fの集配部隊の一部も、1Fの矢部さんたちと、その一部も、
“がんばれよ。”と、見送ってくれた。――
二人して3Fの更衣室で着替えて、この東京銀座郵便局を、あとにした。
プライベートにて、はじめて通用口から出て、歩いた二人。
歩いてみる。
銀座の町並み…誰も皆 知らない沢山の人波の中
ゆらゆらとして、きれいだった。
「課長…タクシー乗りましょう。場所は、もう予約したんです。」
「どこ、いくの?…」
「―― 銀座グランドホテル。!」
「わー… うそぉ。 老舗じゃないか。」
「ここで、ゆったりするといいですよ。」
「部屋のお風呂とか…わ…魅力的なんだろうなぁ。」
「それは、無理。でも、部屋で、体、拭いてあげますね。」
「うん。頼む…」
大崎の熱は、まだ下がらない。
うつろながら、互いにプライベートを終えたこの時間に、近くで歩けることが、よっぽどうれしかったのだろう。
つかまえたタクシーの中で、とろんとして…無口な、やわらかい大崎が、彼の手を握りながら…青年とともに、外の喧騒にて行き交う景色を楽しんでいた。
――グランドホテルの階は、上階。書斎付のツインルームをとった。
節約して、普通のダブルルームでもよかったけれど、大崎良成との大事な時間を過ごす、この空間は、お金をかけてでも、あまく、大事に過ごしたいと願ったからだ。
そう…
楽しみにしていたのは、大崎だけではない。
佐藤信二も、また、あこがれの上司との“語らいのひととき”を、楽しみにしていたのだから…―――
「わぁ… 高かったんじゃない?」
「はい。ちょっと、ふんぱつしました。どうしても広いところがよかったから。」
広さは大きなマンションの1LDKぐらいの広さ。
ベッドは、クイーンサイズではなかろうか。というぐらいの大きさ。
ブラウン調のシックな色合いの重ねたシルクが、寝室の上品なリボンのような空間を奏でている。書斎は、近代調のデスクで、光沢があり、美しい。
こんなところで、俺が、ノートパソコンを開いて、考えにふけることができたら、どんなにか素敵だろう。
…最高の夜だ。 佐藤―― ありがとう。
「さぁ…大崎さん、寝てください。まずは、横になって。大の字になってていいから。
ごはん、何、頼みます?ここのレストラン、何でも出来そう。あ、メニューあるかなぁ。? あは…とりあえず珈琲を注文してみますね。」
鏡台の上においてあった、ホテルのメニューをみながら、佐藤がそなえつけの電話内線をまわしてみている。
――綺麗な珈琲カップで、お前と、珈琲か…。素敵だなぁ。
うれしそうに、受話器をにぎる青年のあどけない横顔をみながら…気がつけば、大崎は、落ちるようにベッドの海に沈み、その瞳を閉じていた。
…大崎さん? 寝ちゃったの?
返答はなかった。
憩いの空間に、青年がいてくれることへの贈り物に安心したのか。その寝息をたて、静かに眠っている。
「起こしちゃ、悪いね…。」
かけてあった大崎の眼鏡をはずしてみる。 睫毛の長い、端麗な顔立ち。
どうしてあなたは、眼鏡というなのユーモアをかけて、いつもがんばっているんですか?大崎課長――?
あなたが、いるから…俺 がんばれること、たくさんありました。
きっとみんなも、そうだと思います。
きっと、たくさんの大切なことをかかえて、無理してたんだね。
つらい時は、俺 何でも助けます。
だから… 泣かないでね。
彼の頬に、ひとつ…口付けをおとした。
彼のほうも、眠りながら、気がつけば、右目から、美しい涙をひとつ…こぼしていた。
…好きだよ。――
大崎が目を開ける。…
「寝てた?…」
「はい。」
「そうか。」
「ルームサービスの珈琲が、もうすぐきますからね。」
「ありがとう。珈琲 好きだよ。」
「はい。」
「おなか、すいたな。…部屋では、何が頼めるの?」
「まだ、チェックしてないけど、手数料を払えば、たいていのものが、頼めるみたい…。 何かとりましょうか。」
「うん。僕、雑炊みたいなのが食べたい…。君は? お肉とか食べてもいいよ。僕、払う。」
「あ、いえ…。課長。全部 僕持ちでクレジットで、払うようにしたんです。予約したの僕だし…。」
「そうなの? 男として…悪いし、申し訳ないな。」
「次のチャンスは、課長が、ごちそうしてください。それで、満足です。」
「ごめんね。おんぶにだっこだね。」
「いいえ… 今日は、大崎さんの心ごと、看病するって決めたんです。これぐらいさせてください。」
「ありがとう。じゃあ…今度また、こんな風に過ごそう。そのときは、僕がね。」
「はい。」
ルームサービスの珈琲が届いたのは、それから5分後のことであった。
食事のほうも、その後ふわふわの、蟹たまご雑炊に、やわらかなビーフシチューと、パンを頼み。素敵なディナーを終えた。
お互いに、雑炊とお肉を交換し合いながら食べるディナー…。
いごこちがよくて、楽しいひとときだった。
ディナーの皿を、ルームサービスに片付けてもらってから、ふたりきり…
夜の余韻を浮かべては、少し無言で…静かな時間が二人をつつんだ。
やがて、具合の悪い大崎は、「横になる。」と、ひとり、ベッドの中へ。頭を冷やすための、「氷がいりますか?」と、たずねたが、今は、眠るほうがいいとの、大崎の返事だった。
ひとり残された佐藤は、ホテルの中の無機質なテレビジョンを見て、刻刻とした時間を過ごしていた。
熱い… あ、 ああ… 熱い――
助けて――
“ はっ――!! ”
熱にうなされ、気を失っていた大崎が目を覚ました。
ずいぶんな時間が、経ったのだろうか。見れば、自分は、裸にされていた。
…佐藤君 …
肉体の大切なところを、やわらかな、ブラウンのシーツで、そっと隠してくれていた事が、なんとなく気恥ずかしくて、ありがたかった。
「あ、大崎さん…。」
お湯をはった洗面器を持ってきた青年が、声をかける。
「…脱がしちゃったの?」
「ごめんなさい。身体拭いてあげたくて…。 ――寒かったですか?」
「いや。…逆に熱かったから、気持ちよかったよ。…」
「ごめんなさい。裸になんかして。」
「うれしいな…。佐藤君に、僕の大切なところ…大事にしてもらって。」
「課長の、ばか!汗、拭いてあげたかったんですよ。!」
「ごめんごめん。 背中…拭いてくれる?」
「はい。」
そういうと、大崎は体を起こし、佐藤につかまりながら、上体を起こす。
引き締まった肉体。褐色の男の色――
“何度見ても…素敵だな…。”
「ん?どうした?」
「あ…いえ、課長がかっこいいから。…あの、背中、拭きますね。」
「うん。」
―― 課長? 課長の肉体がたくましいのは、どうしてですか?
「ん?あのね。僕、昔からよく走ってたんだ。」
「ああ…走ってますね。」
「うん。すぐ、ごみ箱 蹴っ飛ばしちゃうけどね。あのね…。なんでかな。そのうち単車で走る男の人が、かっこいい。と思うようになったんだ。風と格闘しながら走るだろ?あれが、いいなぁって…思うようになってさ。大人になりかけのころ、すぐに、自動二輪の大きいのを免許とったんだ。そのうち大手に就職してね。」
「課長が、大手に?スーツ着てたんですか?」
「うん。営業畑を回って、事務もこなしてたよ。契約をとるのって、結構、大変なんだ。商談の会議は緊張してね。冷たい感じが、たまんなかった…。」
「じゃあ…長い間、商社で働いて…。」
「うん。十年は、がんばったんだよ。丸の内の乱立するビル街を歩いている時、ふと…郵便配達員さんのバイクと、すれ違ったんだ。…そのとき、子供の頃から、走る俺を思い出してね。大手は、もったいなかったけど、辞めたんだ。現在 なんか…有意義な俺がいるんだ。仲間もやさしいし、あたたかい。何より…」
―― トクン…。
…お前がいる。
課長。――
ふいに、引き寄せ、抱きしめる。正面を向かせ、瞳で愛しい。と、言ってみる。
「背中は、もういいよ。ありがとう…」
あごと、あごを、くっつけて…下唇だけの接吻。
やがて…おでこをくっつけ、鼻先で、会話してみる。
「僕のこと…好き?」
「はい。」
「僕も君のこと…好きだよ。」
「はい。」
「あとは、僕、自分で拭いてみるから、君…、シャワーあびておいで。」
「え…でも、身体、だるくないですか?…」
「いいから。」
そういうと、大崎は、やさしく佐藤の手をとり、淑女のように扱うと、手の甲に口付けをした。
「いっておいで…。」
ユニットルームは、思いのほか…広く、美しかった。
お決まりの、洋式トイレ。洗面所。シャワールームが、ひとつなのだが照明があざやかで、そろえられた洗顔用品。オードトワレ。たくさんのリネンタオルの完備。
今から脱ぎにかかる、佐藤という青年の身体を、色鮮やかに、妖しく浮かばせて…。
これからの“夜”余韻の創造をかきたてているようであった。
――いつもより、熱いシャワーをあびて、青年が、強い雨音のようなお湯をあびながら、己の手のひらの、ボディシャンプーに、愛を感じ取りながら、念を入れて洗う。
うなじに。胸に。カモシカのような、長い脚に。そして、
茂みの少しだけ深い、その恥部も。
己の手のひらから、すでに甘美なものを感じてしまっているのは…、ここが特別なツインの空間だからだろうか。
広きベッドで青年を待っている、あの人のもとへ行く時が、ゆらめいて…
キュッ…
シャワーのコックを閉じる音を感じて、バスローブをまとう青年がいる。
鏡を見れば、バスローブとの境目からのぞく、白い肌の映りが、青年自身をも、驚かせるような、鮮やかな色香を浮かび上がらせていた。
…俺、こんな表情 してたっけ。
鏡に映る、素顔の無垢な青年の美しさに。
飾られた“香”のブリザーブドフラワーも、青く“素敵だよ。”と、言っているようだった。
ユニットルームを出れば、まだ、明るい部屋のはずなのに、暗がりになっている部屋のツインルーム。
…大崎さんが、消しちゃったのかな?
気がつけば、さみしくてつけてあったTVの音声もなくなり、暗闇の中に浮かびくる、ロウソクの灯火のような照明に切り替わっている。
鏡台の隅を、見やれば…サービスで置いてあったのだろうか。
小さなシャンデリアのような照明があって、これにも、点火されていた。
「大崎さん…?」
「出た?」
「はい。」
「照明、変えちゃったの。?」
「うん。ロマンチックだろ。」
おずおずと、青年は、大崎に近づいて見る。
たくましい…鍛え上げられた肉体が、今は泣いているように、静んでいる様にも感じた。
“静んでいるのは、熱のせいですか? それとも…俺たちの知らない仕事の荒波に、疲れているのですか? 無意識に流れ出た、右目からの涙が、忘れられなかった。今日のお昼、気がぬけて、わんわん泣いていた貴方も、忘れられなかった。きっと、俺より長く生きてきた分、多くのつらいことを、この人は知っているのかも知れない…。”
切なく見つめ、指先で彼の胸に、触れようとした一瞬――
腕をとられて、引き倒され、抱きしめられた。
「は… 大崎さん。」
「待っていたよ。」
抱きすくめられ… 動けなくなって… キスをひとつ。
触れる接吻のそこが、あたたかく… 恋人たちのはじめての夜の余韻を紡いでいた。
―――大崎の大きな掌により、青年のバスローブがほどかれる。
“ああ…―― はだか、に!…… ”
その事実を、彼の、現在或る灼熱の温度と、熱波の吐息と、
褐色の鍛え上げられた肉体で感じ、青年は、恥ずかしさで、ふるえる…。――
背中の襟から、バスローブがつかまれ、荒々しく野獣のように、男から、引き剥ぎ取られてゆくのを、青年は、ただ、抵抗できないでいた。
――乱されたまま、抱かれ、うつぶせにされ、
男の腕の中へ組み敷かれる…――
青年の右太ももから、男が大きな手のひらで、なであげてゆく。
その肌の感触を確認したく、男が、その柔肌を求め、これからの肉体の接合と、体位とを確認したく、身体の感覚を、知り尽くそうとする。
――尻は、何処だ?
手にふれれば…そこは、やわらかかった。 青年は甘美な悲鳴をあげていた。
どこまでも、感じやすくて… 君――
手のひらの動きだけで、あえぎ、感じ行く君。そんな君に助長され、己の欲望も高まる大崎――
この男の“もの”。肉棒とともに、ねじり…扱い、青年のやわらかな、その秘所である、尻の位置を確認しはじめる。
――嗚呼―っ ああ…!! 待って。まってぇ… 大崎さ…ん。!!
「今夜、そうさせてくれないか?。――ひとつになりたい。 今夜じゃなければ、嫌だ。君が…! 君が、ほしい。」
大崎は、青年の腰をつかみ、その白いうなじに口付けをしながら…
ゆっくりと、その青年の秘めた秘所を探し…探して、大崎という名の肉棒をまさぐりつきながら、柔らかな到達点を探し当てる。
つぼみのような秘所 君の… “まだ、見たことが、ないよ。”
強く入り込みたい。―――
――ああー … っ…
「“此処”かい?」
「 …あっ ――う、 う… んーー っ…!」
「だめやん。そんな、感じた声、出したら。」
「や… ぁぁ … んん―ー 」
「したいんだよ。――佐藤信二。…好きだ。」
嗚呼――――― ん… !!!!!!
「や…ぁぁ… ぁぁ ぁ… ん ん… グスン… 」
「泣かないで、いいじゃないか…。」
「…ヒック… だって ぇ … ふ、 ぅ…ぅ… 」
「俺と、ひとつに、なるの。嫌?――」
入る。入っていく。… 青年が泣きながら…男の欲望を受け入れてゆく。
男が、困り果てながら…目の前の美しい青年を抱いてゆく。
たくましき、男の、黒い情熱が、肉体の固さとなってはいってゆく。
じっくりした脈打ちがひとつと、青年に突き上げ、性を律動させながら…紡いだ一言が、
突いていく程に、熱をおびる情熱がひとつ…。
ビクン!ビクン!っと、相成った情熱の血脈と共に、青年の肉体に、たくましい男の人生と相成った楔(くさび)を、打ち込んでいった。
「だめ…、だめ…ぇ、や、 ぁぁ! … あ… ん 」
「痛い…か?――」
「 ヒック… す こし… 痛い。 」
「無理もない。“はじめて”だからな。 …痛かろう。」
「 ヒック… 大 崎、さ…ん。お熱、だいじょう ぶ…?」
「僕の、ふらふらなのは、平気よ。…嗚呼―― それより、君が、泣いてしまうから… 俺、そっちが、不安。」
「 ヒック… 不 安… なの? … 」
「うん。きらわれたくないもん…。」
「…きらったり…しない よ…。 」
「… ほんとう。 ありがとう。… 」
肉体の結合のまま、腰だけを、動かし…、脈打つ音をたてながら、愛を紡ぐ。
好きよ…。
あああああああー…ん……大崎さんがぁ、大崎さんが、好きだ―――
青年は、もう抵抗をしなかった。
敬愛する男の肉棒を感じながら、身体 全身を、汗まみれになって
動いて、ふるえて、ゆすられて… 泣いて――
その吐息と、ため息までも、感じ取りながら… やがて――!!!
うっ――― !!!!
…流し込まれた。
大崎の愛 溢れる思いが、そそがれて、
透明な小水は、おそらくは、青年の内部で、溶けて、消えるのだろう…。
彼の中の熱と、温度と、愛の痛みを、わかちあいながら。――
「… 大 崎、さ…ん…――」
「――好きよ。…」
…結ばれたんやね。
荒い吐息を漏らしながら、青年が、泣きながら上司の名を呼ぶ――
男もまた、青年の色香にまいり、そこを結合しながら、腰を振り、円を描きながら、秘部に感じさせる。
…好きよ。佐藤信二。
「嗚呼…佐藤、このままが、いい―― つながっていよう…。」
「や、ぁぁ…ん。」
「つながっていたいもん。」
「…だめ。 …だ、め。……」
――どうして ダメなん?
恥部がつながったまま、そこを脈打ち、感じ取らせ…
青年の秘部に、強みを増して、打って…少しだけ愛を流し込む。
止まらんよ。
こんなに、すごいんやもん。
俺とお前――
な…朝まで、こうしよう。
はじめてや…信二。
二人 はじめての夜だから、ずっとつながっていたい。
俺、おかしくなるぐらいおまえが、すきで、すきで、たまらない。
他人なのに、そんな香りがしないんだ。お前とは――
好きだよ。 俺の宝物…
眠らない夜の中 結ばれた恋人たちが、互い 絆を感じ愛の中で――
木の葉となって、ロンドを踊る。
愛しの君へ。
口付けという手紙を書くよ。
東京銀座郵便局というところで、出会った 僕と君――
ここで生きる僕と君が、また一日という名の時間の中で
絆 深めて。
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