地上最弱の女王様

宇部 松清

序 それを見たキツネの子が語ったこと

 濃紺の空にぽっかりと穴が開いたような満月の夜のことでございます。


 長く厳しい冬が近付いて来ていることを予感させる、きりりと冷えたその空には、無数の星達が瞬いておりました。

 夜空に浮かぶ満月と星達を除くほとんどが深い闇の色に染められたその空間をぼんやりと見上げておりますと、もう一つだけほの白く光るものがございます。


 それはふわりと宙に浮かんだ、空に向かって真っすぐに伸びる細い柱。


 柱――と申しあげましたが、それは下へ行くにつれてなだらかに細く尖っており、どちらかといえば円錐形に近い形をしておりました。

 遠目で見れば、それはまさしく濃紺の夜空に浮かぶ一本の『氷柱つらら』でございましょう。


 御覧の通り、外灯なんてものは一本も無い山奥のことですから、辺りを照らすのはその満月と星の灯りだけなのでございます。

 足元の小石すら見えないような深い深い闇の世界の中、それは誰の力も借りず、静かに光っておりました。


 それはきっと、新しい『命』を産む『光』。

 たくさんの『命』と引き換えにもたらされる『光』。


 ――おめでとうございまする。どうぞ御無事で。

 ――御成功をお祈り申し上げておりまする。

 ――天の上から。天の、そのまた上の上から。

 ――お祈り申し上げておりまする。


 一つの月と無数の星達から降り注ぐ微かな光よりも、ずっとずっと密やかなその『声』達を最後に、『氷柱』は下方からはらはらと崩れて参りました。


 少しずつ、また少しずつ光を失い。

 解けるように、そして、ゆらゆらと闇に混ざるように。


 そして世界は、再び月と星達だけが静かに光る闇夜に沈んだのでございます。

 

 ふわり。

 ふわり。

 

 それは自らの力で飛んでいるのか、それとも、折から吹いて来た風に漂っているのか、傍目には判断がつきませぬが、ふわりふわりと右へ左へぎこちなく舞うものがありました。


 それは、蒲公英たんぽぽの綿毛の様でもあり、

 白い小鳥の羽毛の様でもあります。


 頼りなさげにほの白く光りながら右へ左へと揺れた後、やがて、飛び方を学んだのか、徐々に振れ幅は狭くなり、そして前へ前へと進んでいきました。

 

 ――ありがとう。頑張る。


 闇夜に消えた『彼ら』の最期に、その声が届いたのかどうかは、存じ上げませぬ。



 ――と、初めてを見たキツネの子が、僕に教えてくれたのである。


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