第18話
吉田美和子さんの教科書の隅やノートには、猫の絵がいっぱい描いてあったのだそうだ。兄と吉田美和子さんとで、その絵の猫をミーシャと名付けたのだそうだ。兄はミーシャの秘話を教えてくれた。
「だからミーシャっていう名前を聞いた時、夢じゃないかと思った。でも、俺はキララさんが吉田だっていう確証が持てなかった」
手に持っていた吉田美和子さんの写真を、兄はテーブルの上に置いた。
「ずっと探して来たのに、分からなかった。俺には自信があった。どれだけ歳を取っても吉田を見れば、絶対分かると自信があった。でも、キララさんが吉田なのか、そうじゃないのか全然分からなかった」
テーブルを見つめたままの兄は、驚くほど小さく見えた。何も言うことができなかった。目覚まし時計の秒針が等間隔に時を打つ。
「ショックだった」
兄の頬には涙が流れていた。兄はわかっていたに違いない。いつからキララさんの正体に気付いていたたのだろうか?予想外にミーシャに喜んだ兄。キララさんを泣かせた男を糾弾した兄。キララさんからのメールを吉田美和子さんからの手紙と同じように大事そうに眺めていた兄を思い出した。
兄はきっと、吉田美和子という女の子への気持ちを誰にも知られたくなくて、自分の気持ちの一番奥の誰にも触れられない部分に閉じ込めたのだ。そして、それを自分でも思い出せなくなればいいと思っていたのかもしれない。吉田美和子さんへの想いが閉じ込めた部分から出て来ないように、兄は心を閉ざし、誰からも触れられないように脂肪を増やしていったのだ。
兄はキララさんのことを、吉田美和子さんとして受け入れられるのだろうか?確信は持てていないのかもしれない。だとしたら、どうして彼女に聞かないのだろう?自分が閉じ込めた吉田美和子という女の子への想いを解凍することを躊躇う理由は何なのだろう?
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