第14話
「なんでそうなっちゃうのかねえ」
せっちゃんのおばちゃんは、テレビを見ながら独り言を言っている。
「なんだってあんな小さな子を殺さないかんのだろうかねえ」
ワイドショーにいちいち合いの手を入れる。
「ああ、やっぱり。私もすぐに離婚すると思っとったんだわあ」
おばちゃんは芸能ネタになると、どんなことも自分の予想どおりだった、ということにしてしまう。
「おばちゃん、何でも知っているんだな」
僕は、テレビに話しかけているおばちゃんと母とが重なって、母に話しかけるように言葉を投げた。
「あらいやだ。聞いとった?」
おばちゃんは恥ずかしそうに言う。
「あはは、聞こえちゃうよ」
「私さあ、毎日これ見とるでしょう?いやでも詳しくなっちゃうんだわ。だから、男と女のことは大体わかるわね」
おばちゃんは、得意そうに言った。
「僕に彼女がいるかどうかもわかる?」
「あんたは彼女なんておらんでしょう。おばちゃんじゃなくたってわかるわ」
おばちゃんはそう言うと、またテレビに相槌を打ちはじめる。
「僕は出世するかな?」
一度誰かに聞いてみたかった。そして、正直な感想を言って欲しかった。営業では成績を出せず、接待では大食いネタと裸ネタでお笑い芸人として振る舞うことしかできない。それで笑わせられるのはほんの少しの間で、みんなが飽きると僕の存在価値はなくなった。
それでも部長に認めてもらおうと、部長が好きなファイヤーという芸を体得した。簡単だと思った。こんなことで、取引先の重役もうちの会社の部長も店の女の子も喜んでもらえるなんて楽すぎると思った。部長は腹を抱えて笑い、重役は女の子たちの反応を見て楽しんだ。女の子たちは、眉毛をへの字に寄せ、恥ずかしそうな困ったような顔をして百円ライターでアンダーヘアに火をつける僕を見て大笑いした。僕はアンダーヘアを燃やしまくった。ファイヤーをやれるのは、社内でも僕しかいなかった。僕の時代が来たとまで思った。三日連続で接待のときは、アンダーヘアが燃え尽き、わき毛も燃やした。取り引き先の人が好むと好まざるとに関わらず脱いで燃やした。会社の女性社員がいても裸になり、脂肪でぶよぶよのお腹を出し、性器を晒した。自分の存在価値が欲しかった。会社でのあだなは「ファイヤー」になった。けれど、僕の時代はそう長くは続かなかった。部長が接待に使うのは、いつも決まったスナックで、店の女の子は僕のファイヤーにうんざりするようになっていた。火傷でオロナインが手放せなかった。
「あんた、出世したいの?そんなふうに見えんけどねえ」
おばちゃんは意外という顔をして、僕をまじまじと見た。
「出世したいって訳じゃないんだけど……」
僕は口ごもった。
「ほんならいいがね。そんなこと気にして生きとったってしょうがないわ」
おばちゃんは、テレビを見るのをやめ、椅子から立ち上がった。
「年取ったらみんな一緒だわ。偉そうにしとったって、会社から離れたら誰も相手になんかしてくれんでねえ」
おばちゃんはテーブルを回りながら話す。テーブルの醤油さしが集められ、蓋が一つまた一つと順番に開けられてゆく。
「私の旦那もそうだったわ。家になんて全然おらんくてさ、仕事ばかりしとってさ、偉かったのかどうかも知らんかったけど、最後はひとりだったわね。入院したって、誰も見舞いになんか来んかったわ」
おばちゃんの両手に抱えられた一升瓶から、集めた醤油さしに次々と醤油が注がれてゆく。
「子供たちからもさ、相手にされんくてさ、可哀想だったわ。家族はさ、出世なんてしてくれんでもいいんだわ。それなりに、働いてさ、それなりに仲良く暮らしていられればそれでいいんだわ」
おばちゃんは醤油さしをテーブルに戻すと、再び椅子に腰をおろしテレビに向かった。
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