第10話

初めてこのマンションで迎えた夏に、この行事は始まった。洗濯物を取り込もうとする兄が、遠くに見える小さな花火を発見したのだ。パソコンのスクリーンセイバーのようなそれは、小さくて迫力はなかったけれど、僕たちは洗濯物のことも忘れて眺めていた。

「昔みんなで花火大会を見に行ったよな?あれ、どこだっけ?」

「犬山のおばあちゃんちだよ」

小学生の頃の話を兄は口にした。母の実家に行ったときに観た木曽川の花火大会のことだった。祖父も祖母も一緒で、叔母や父も一緒だった。僕の記憶では、母の実家に父が一緒に行ったのは、この時と祖母の葬式の時だけだった。どういう事情でみんなが集まっていたのかは知らないけれど、子供だった僕はすごく楽しかった。次の夏、またみんなで花火大会を見に行くのではないかと期待したのだけれど、母も父もそんな様子は全くなかった。僕はそれ以来、花火を間近で見たことがない。きっと、兄も同じだ。

洗濯物を抱えて部屋に戻ると、窓を開け放したその中は小さな羽虫や蛾でいっぱいだった。兄は呆然と部屋の中を見て、何を思ったのか、掃除機で吸うという暴挙に出た。掃除機の先を羽虫や蛾に向けるのだが、いっこうにその数は減らなかった。それでも止めようとしないのを見て、兄が負けず嫌いなのを僕は知った。

誰にバカ呼ばわりされても、からかわれても、笑われても、そんなことには動じずに息を殺すように生きてきた兄は、ひょっとしたら、僕よりも何倍も負けず嫌いで、悔しい気持ちをいっぱい溜め込んでいるのではないかと思った。掃除機の先を虫たちに向ける兄の姿は、まるで羽虫を全部吸い取ることで、自分を馬鹿にしてきた人たちを、そして自分の過去を取り去ることができると思っているようだった。僕は、明かりを消せば虫は外に出て行くのじゃないだろうかと提案した。血走った目で掃除機を持ったまま、兄は僕を見つめた。

「今度からは、最初から電気を消そう」

憑き物が取れたように、兄は力なく言った。それから毎年花火大会の日は、ここが部屋の中だと虫たちに悟られることがないように、部屋の電気を消して観賞会をすることになった。

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