第6話
「せっちゃん」は母と同年代のおばちゃんが一人でやっている小さな店で、そこだけが取り残されたように昭和だった。その古い小さな定食屋に、僕たちはよく行った。安いし、男の二人暮しでは作らないようなおかずが食べられるし、たまにおかずを一品おまけしてくれるのが気に入っていた。それに母くらいの年頃の店のおばちゃんが少し心配だった。僕たちが店に行くと、おばちゃんはそれはもう嬉しそうな顔をするのだ。
僕がさんま定食、兄が鶏南蛮定食を食べているところに、キララさんが入って来た。黒のジャージの上下に赤いナイキを履いた彼女は、部活帰りの女子高生のようだった。僕たちを見つけると、挨拶することもなく僕の隣にどさりと座った。
「君たちもここに来るんだ」
彼女は、壁のメニューを見渡しながら言った。
「何食べているの?」
「さんま定食」
「おいしい?」
キララさんは、まだ壁のメニューを見ている。
「ええ」
僕たちの会話に兄は参加せず、黙々と鶏南蛮を食べた。
「私、それ昨日食べたんだよね」
「じゃ、聞かなくたっていいじゃないですか」
「君がおいしく思ったかを知りたかったんだよ」
そう言うと、キララさんはサラダうどんをオーダーして、僕の方に顔を向けた。厨房で、「はあい」というおばちゃんの声が小さく聞こえていた。
「ねえ、君が弟君だったよね?」
「ええ」
「やっぱりね」
「どういう意味ですか?」
「ううん。この間、『兄に相談する』って言ってたじゃない。それ思い出したの」
「ああ。あのことですか」
僕は、左手に御飯茶わんを持って、さんまの内臓を食べようかと箸を躊躇わせていた。
「『兄』って言うの珍しいなっと思って」
「そうですか?」
「普通さ、男の子って『アニキ』って言うのかなって思ってた」
「僕はそういうタイプじゃないと思うんですよ」
「へえ、じゃどういうタイプなの」
「もっと、紳士的な感じ」
キララさんは顔だけで笑った。兄の皿はきれいになくなり、仕上げにみそ汁を口に流し込んでいた。
僕たちは、すっかり食べ終わったけれど、何故かキララさんが食べ終わるの待った。テレビから流れて来る増税や若年化する犯罪のニュースについていちいちコメントをして、まるで三人兄弟のように言い合った。時々口をはさむ兄は、小さな声でニュースを解説した。自分が喋るとき以外は、聞いているのかどうかわからいくらいにキララさんは相槌を打ち、うどんを啜ってはテレビを眺めていた。彼女が食べ終わって店の外に出ると、外はすっかり暗くなっていた。擦りガラスがはまった引き戸を閉めると、湿った空気が体に張りつき、星が揺らいで見えた。
「私、コンビニに行くから、じゃあね」
そう言うと、躊躇いもなく僕たちを置き去りにして、彼女は坂道を駅の方に下りていった。
「俺たち、キララさんが食べ終わるのを待っていたんだよな?」
「ああ」
当然、一緒にマンションまで歩くのだと思っていた僕たちは、呆気にとられ、彼女の背中が小さくなるのを見送った。
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