第72話 勇者と魔王、その五
「ユウ、おい、ユウ!」
「はっ!」
揺すられ、勇者は目覚める。目を覚ますと、隣にいる大柄の男が勇者の肩に手を置いていた。
「何、寝てるんだよ。今日の主役が」
「主役?」
「おい、寝ぼけんなよ」
「……?」
勇者は首を左右に動かし、周りを見る。今、勇者は椅子に座っていた。それにも関わらず、勇者の目線は地上から五メートルほどの高さにある。
勇者は、『パラクラ』という、形は馬に似た巨大な哺乳類の背中に乗っていた。
パラクラの背には椅子が取り付けられており、その椅子に勇者と大柄の男。そして、魔法使いが乗っていた。勇者は後ろを振り向く。後ろにもパラクラが二頭いた。二頭のパラクラは勇者が乗っているパラクラの後を並んで付いて来る。
他の仲間は後のパラクラにそれぞれ乗っていた。勇者達が乗るパラクラは、町の真中を悠然と歩いている。
「勇者様あああ!」
「ありがとおおお!」
「こっち向いてえええ!」
大勢の人間が勇者達を見ていた。
家から出て、勇者の名前を呼ぶ者や少しでも高い位置から勇者達を見ようと、木や家の屋根に登っている者、勇者達をもっと近くで見ようと飛び出し、憲兵に止められている者もいる。
様々な人間が彼らを称えていた。
「これは?」
困惑した勇者の口から声が漏れる。
「どうしたの?ユウ?」
「まだ寝ぼけてんのかよ?」
魔法使いは心配そうに、大柄の男はからかう様に勇者に声を掛ける。勇者は頭を抱えた。
(これは一体?俺達は、魔王を倒そうと城に乗り込んだ……そして……)
勇者は顔を上げ、大柄の男に問う。
「あの『黒いトカゲ』はどうした?それと、あの『エルフの女』は?」
勇者は叫ぶ。そんな勇者を見て、魔法使いと大柄の男は顔を見合わせた。
「何言ってるんだ。あの『黒くてでかいトカゲ』はお前が倒したじゃないか」
「俺が……倒した?」
「そうだよ、ユウ。あのトカゲはお前が倒したんだ」
勇者は魔法使いを見る。魔法使いはコクンと頷き、大柄の男の言葉を肯定した。
「俺が?……うっ!」
突然、ズキンと鋭い頭痛が勇者を襲った。そして、頭の中に映像が再生される。
『攻撃開始!』
勇者の号令と共に仲間達が一斉に黒く巨大なトカゲに攻撃を仕掛けた。勇者達が動くと、黒く巨大なトカゲが口を開いた。
「グ……」
「させるか!『レッド・バリゲード!』」
黒く巨大なトカゲが魔法を発動させる前に、魔女が魔法を発動させた。魔女が発動させた魔法が部屋中に広がる。それによって、黒く巨大なトカゲが発動させようとしていた魔法は不発となった。
「残念だったな。『魔法の無力化』はさせんよ」
黒く巨大なトカゲを見て、魔女がニヤリト笑う。
「……」
黒く巨大なトカゲが魔女を見る。すると、黒く巨大なトカゲの胴体で蠢いていた触手の一本が凄まじい勢いで魔女に向かって伸びた。
「ふっ!」
勇者の剣がまたしても、魔女を守る。
「ブルー・ファイア!」
すかさず、魔女が魔法を放つ。青白い火球が黒く巨大なトカゲに迫る。
「グオ」
黒く巨大なトカゲが魔法を発動する。発動させた魔法は『リフレクションバリア』。魔法を反射させる魔法だ。
魔女が放った青白い火球が、黒く巨大なトカゲが発動した『リフレクションバリア』に命中する。これで魔法は反射され、火球は放った魔女自身に向かうはずだった。
「フッ」
だが、魔女は不敵に笑う。この後に何が起きるのかを知っているからだ。
パリン。
魔女が放った青白い火球が命中した瞬間、『リフレクションバリア』は粉々となった。
『リフレクションバリア』を砕いた青白い火球はそのままの勢いで、黒く巨大なトカゲに向かっていく。
「……!」
黒く巨大なトカゲは、左に避けようとするが、間に合わない。青白い火球は黒く巨大なトカゲに直撃し、その胴体を大きく抉った。
ドン。と大きな音を立てて黒く巨大なトカゲが倒れる。
「かっかっかっ!どうじゃ、ワシの開発した魔法『ブルー・ファイア』の味は?」
魔女は、地面に倒れている黒く巨大なトカゲを見て笑う。
「『ブルー・ファイア』は防御系の魔法では防ぐことは出来ん。強さに関わらずな……おっと」
倒れたトカゲの体から、黒い煙が上がり始めた。漆黒の煙は、魔女の魔法によって抉られた箇所に集まっていく。
「再生するつもりか。だが、甘い!」
『ノン・リバイバル!』
魔女の隣にいた魔法使いが、すかさず黒く巨大なトカゲに魔法を掛けた。魔法を掛けられた瞬間、抉れている箇所に集まっていた黒い煙が一気に霧散した。
ノン・リバイバルは、『再生、治癒を阻害する魔法』だ。この魔法に掛かった生物は、魔法の効果が切れるまで、傷付いた箇所を再生することが出来ない。
さらに、この魔法はその生物が本来持っている再生能力だけではなく、魔法による治癒も阻害してしまう。魔法による回復を望むのならば、この魔法の効果が切れるまで待つしかない。
回復能力に頼っている魔物にとっては、天敵ともいえる魔法だ
「目標、『ノン・リバイバル』に掛かったわ。再生阻害時間、およそ五分!」
魔法使いが叫ぶ。仲間達は一斉に「了解」と応えた。黒く巨大なトカゲは今から約五分間、再生することが出来ない。
「グオ……」
倒れている黒く巨大なトカゲが低い声で鳴いた。すると、黒く巨大なトカゲの体からビー玉程の黒い玉が無数に飛び出す。黒い玉はバラバラと辺りに散らばった。
散らばった黒い玉は、急速にその姿を変えていく。
「ケケケケケ!」
「クケケケケ!」
小さな黒い玉は、翼と巨大なトカゲの頭部を持つ奇妙な魔物となった。その姿は倒れているトカゲと同じく、闇の様に黒い。
「グオ!」
「ケケケケケ」
トカゲが再び鳴くと、黒い魔物達は一斉に勇者達に襲い掛かった。
「手下を生んだか。だが、こんな奴らワシの魔法で……」
「失礼、レディ」
魔女の前に、猫人が現れた。猫人は、魔女と飛んで来る黒い魔物との間に立つ。
「こんな者達、我らで十分です。レディは魔力の節約を」
「フン」
魔女は発動させかけていた魔法を停止させる。猫人は満足そうに笑うと、指の先から爪を伸ばした。
『風爪!』
猫人の体が消えた。同時にキンという音が辺りに響く。消えてから一秒も経たない内に猫人は再び姿を現した。
「ケケッ!」
一瞬、猫人を見失った黒い魔物達だったが、姿を現した猫人を見付けると一斉に襲い掛かった。
「動かない方がよいぞ?」
猫人は小さな子供を諭すような口調で黒い魔物達に警告する。だが、黒い魔物達は止まらない。その牙が、その爪が、猫人を引き裂こうとする。
だが、突然黒い魔物達が動きを止めた。
「ケケケ?」
「ケケケ?」
黒い魔物達は、自分に何が起きたのか分からず困惑する。
「だから、動かない方が良いと言ったのだよ?」
ズルリと黒い魔物達の首が大きくズレた。ズレた首がボトリと地面に落ちる。首を失った胴体はそのままバタンと倒れた。
「見事で御座るな。では、拙者も……」
猫人の戦いを見ていた忍者が黒い魔物に向かっていく。黒い魔物は不気味な声を上げながら、忍者に襲い掛かった。
『忍法、分身の術!』
突然、忍者が十人に増えた。
「ケケケ!?」
目の前で十人に増えた忍者に面喰った黒い魔物達は一瞬、動きを止めた。強かな忍者は、敵の隙を見逃さない。
『忍法、鎌鼬!』
十人の忍者が同時に叫ぶと、十本のつむじ風が同時に発生した。
つむじ風の中心には前足が鎌となっている鼬がおり、つむじ風に引き寄せられる黒い魔物達をバラバラに切り刻んでいった。
勇者達は黒い魔物達を苦にすることもなく、次々と倒していく。
二分も経たない内に、勇者達は部屋にいた全ての黒い魔物を倒した。黒い魔物達を全て始末すると、魔女は再び、黒く巨大なトカゲに向けて魔法を発動しようとする。
「ブルー・ファ……」
魔女が魔法を放とうとする前に、黒く巨大なトカゲは触手を重ね合せ、前に突き出した。防御系の魔法では魔女の魔法は防げない。なので、触手で防御して体へのダメージを防ごうとしている様だった。
だが、黒く巨大なトカゲが防御のために突き出した触手は全て切られ、地面に落ちた。
黒いトカゲが左右に視線を向ける。そこには、大柄の男と勇者がいた。彼らが黒く巨大なトカゲの触手を切り落としたのだ。
「今だ!やれ!」
勇者が叫ぶ。魔女は大きく頷き、魔法を放った。
「ブルー・ファイア!」
青白い炎が黒く巨大なトカゲに向かっていく。防御魔法は使えず、触手を切り落とされた黒く巨大なトカゲに防御する手段はない。
バン。
黒く巨大なトカゲの頭部に魔女の魔法が命中した。黒く巨大なトカゲの頭部が跡形もなく吹き飛ぶ。
「よし、一気にトドメを……」
そう叫んだ勇者に向かって、火球が飛んで来た。
「ふっ!」
勇者が剣を振るうと、その火球は跡形もなく消え去った。勇者は火球が飛んで来た方向を見る。そこには、掌をこちらに向けているエルフがいた。
「かっかっか!やっとエルフを戦いに参戦させてきたか!だが、もう遅い!『ソード・
ストロング!』」
魔女が魔法を唱えると、勇者の剣が輝き始めた。
「ボディ・ストロング!」
続いて魔法使いが魔法を唱える。すると、勇者の体が輝き始めた。
魔女と魔法使いの魔法によって、勇者の剣と肉体が大幅に強化された。
「あのエルフはワシらに任せて、お主はあのトカゲを討て」
魔女がニカッと笑う。魔法使いはニコリと微笑んだ。
「分かった」
勇者が黒く巨大なトカゲに向かって行く。頭を吹き飛ばされてもまだ、黒く巨大なトカゲは生きていた。新たに触手を生やし、勇者に振るう。
襲い掛かってくる触手を切り落としながら、勇者は黒く巨大なトカゲの俄然に迫った。
「はあああああああああああああ!」
勇者は目にも止まらぬ早さで、黒く巨大なトカゲの体を切り裂いていく。黒く巨大なトカゲの体は、まるでサイコロステーキの様に細かくなっていった。
一分も経たない内に、黒く巨大なトカゲの体は何万もの無数の肉片となる。
肉片となった黒く巨大な魔物に向けて勇者は剣を向ける。
勇者は、魔法が得意ではない。回復魔法は使えないず、強化魔法も使うことはできない。勇者が使うことが出来る魔法はただ一つだけだ。その魔法も一度使ってしまえば、一カ月は使うことが出来ないという重過ぎるリスクがある。
だが、その威力は絶大だ。
勇者は仲間達を見る。
「うりゃああ!」
大柄の男がエルフに剣を振るった。エルフは「ぐふっ」という声を上げて、その場に倒れる。エルフが倒れたのを見て、勇者は叫んだ。
「皆!離れろ!」
勇者の叫びに全員が反応した。仲間達は素早くその場から離れる。
「結界を!」
「「オリルバリア!」」
魔女と魔法使いが同時に呪文を唱えた。最高レベルの防御魔法『オリルバリア』。それが二重に勇者の仲間達、そして、多くの人々が捕らわれている鳥籠を包んだ。
オリルバリアの発動を確認し、勇者は叫ぶ。
「エクスティンクション・ボルト!」
勇者の剣から、目もくらむような雷撃が放たれた。
雷撃は部屋中に広がっていく。雷撃を受けた黒く巨大なトカゲの肉片が、次々と蒸発していく。雷撃はさらに、黒い魔物達、そして、エルフの死体も蒸発させた。
雷撃は僅か十秒程で、黒く巨大なトカゲとその配下の死体を消し去ってしまった。
「終わった……のか?」
大柄の男が魔法使いに問う。魔法使いは慌てて部屋中に索敵魔法を巡らせた。
「この部屋の中に、私達と鳥籠の中に閉じ込められている人達以外の反応は……ない」
「確かか?」
「ええ、間違いない」
「……ということは?」
「あのトカゲは間違いなく死んだわ」
「……魔王はあのトカゲに倒された。そのトカゲをワシらは倒した」
「……ということは」
「終わった。ということじゃ」
「……そうか」
沈黙が続く。だが、勇者達の間に徐々に笑みが広がっていった。やがて、皆の顔が満面の笑顔となる。
「「ヤッター!!!」」
仲間達がお互いを抱きしめ合う。魔女も魔法使いも猫人も忍者も、その他の者も男女関係なく近くにいる者と抱きしめ合い、喜びを分かち合う。
「よっと!」
大柄の男が勇者を肩車した。一瞬戸惑った勇者だったが、やがて笑顔となり剣を高く突き上げた。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
勇者は勝鬨を上げる。仲間もそれに続いた。
魔王城の最上階で、勇者達の喜びの咆哮はいつまでも続いた。
「ああ、そうだったな」
勇者は顔を上げ、大柄の男と魔法使いを見る。
「俺達は勝ったんだったな」
勇者の顔にやっと笑みができた。
「そうだぜ、やっと目を覚ましたか」
大柄の男が笑う。魔法使いもニコリと笑った。
「ビックリしたわよ。もう」
「ああ、すまない」
黒いトカゲとの戦闘の後、勇者達は鳥籠に捕えられていた人間達を解放した。
鳥籠の中からは、外の様子を見ることが出来たため、鳥籠の中に捕えられていた人間達は、魔王が黒いトカゲにやられる所も、その黒いトカゲを勇者達が倒す場面も見ていた。彼らの証言によって、魔王は死んだと断定された。
勇者達は、国を救った英雄として国王から表彰され、莫大な富を与えられた。さらに、勇者とその仲間には、貴族の位が与えられ、勇者達は貴族となった。
今は、魔王討伐祝いの凱旋パレードの真っ最中だ。これから勇者達はパラクラに乗って、全国を回り、国民からの祝福を受ける。
そうか、終わったんだ。
勇者はバラクラから身を乗り出し、自分達を祝福してくれる国民に手を振った。
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