第70話 勇者と魔王、その三

 此処はどこ?

 此処は私の家だ。


 僕(私)は誰?

 お前に名前はない。お前はこれから『勇者』となるのだ。


 ユウシャって何?

 魔王を倒し、皆を救う者のことだ。


 マオウ?

 この国を支配している魔物の名前だ。お前は魔王を倒すために生まれた。


 貴方は誰?

 私は……。



「ハァアアアアア!!」

 勇者は、目にも止まらぬ速さの斬撃を黒く巨大なトカゲに叩きこんだ。


 ブシュ。


 勇者の斬撃によって、黒く巨大なトカゲの触手が何本も切断された。触手に捕らわれていた人間が地面に落ちる。

「ひいいい!」

 地面に落ちた男は恐怖のあまり、震えている。勇者は男の襟を掴むと後ろに跳んだ。

「ひゃあ!」

 男が短い悲鳴を上げる。勇者は一度のジャンプで、仲間がいる場所まで後退した。

「……」

 黒く巨大なトカゲは切断された触手を見ている。切断された触手はウネウネとまるでミミズのように動いていた。

 黒く巨大なトカゲは切断された触手の断面同士を合わせた。ジューとまるで肉が焼けるような音を立てながら、切断された触手がくっ付いていく。

 黒く巨大なトカゲの触手は数秒で完全に再生した。

(大した再生力だ)

 だが、あれくらいの再生力で勇者は驚かない。もっと凄い再生能力を持っている魔物は他に何匹もいる。

「凄い斬撃ですね。素晴らしい」

 パチパチと、どこからともなく拍手が聞こえた。拍手がする方を見ると、エルフが笑顔で勇者に拍手を送っていた。

「お前、いや、お前ら何者だ!?」

 大柄の男が、エルフに剣を向ける。

「貴様が隣のトカゲを使役しているのか?」

 大柄の男の言葉を聞いたエルフは、クスリと笑った。

「いいえ、私は……」

「そなた、人形だな?」

 エルフが何か言う前に魔女が言葉を発した。

「ユウ。そして、他の皆も聞け。あのエルフは、生きた人形じゃ」

「生きた人形?どういうことだ?」

 大柄の男が魔女に尋ねる。

「あのエルフ。恐らく脳に何かを埋め込まれ、操られておる」

「脳に!?」

「そうじゃ、そして、エルフを生きた人形にして、操っている者こそ……」

 魔女は黒く巨大なトカゲを指差す。

「お前じゃ。お前がエルフを生きた人形にして、操っておる!」

 勇者の仲間達が、まさかという表情で黒く巨大なトカゲを見る。

「あいつがエルフを操っている?」

「そうじゃ、間違いない」

 魔女の目は確信に満ちていた。

「おぬし、言葉が話せぬな?」

 魔女は黒く巨大なトカゲに話し掛ける。

「……」

 だが、返事はない。言葉を発しない黒く巨大なトカゲを見て、魔女はニヤリと笑った。

「やはり、間違いないようじゃな。このトカゲは言葉を発することが出来ぬ。じゃから、自分の代わりに、このエルフに自分の考えとを話させておるんじゃ、このエルフは言わば、『通訳機』といった所かの?」


 しばしの沈黙の後、再びエルフが拍手を始めた。


「素晴らしい!!初見でそこまで見抜いたのは貴方が初めてです」

「お褒めにあずかり、光栄じゃな」

 魔女が皮肉っぽく笑う。

「ちなみに、どうして分かったのですか?魔法を使った様子はありませんでしたが……」

「そんなもの、そのエルフがお前のことを自分のことのように自己紹介した時にピンときたわい」

「優れた観察力ですね」

「これでも伊達に数百年、生きておらん」

 黒く巨大なトカゲは、魔女をじっと見る。まるで、珍獣を見るかのように。

「貴方の肉体は不味そうですが、その知識は役に立ちそうです」

 黒く巨大なトカゲの無数の触手全てが、勇者達の方を向いた。その内の一本が、目にも止まらぬ速さで魔女に向かって伸びる。


 キン。


 いつの間にか、魔女の目の前に勇者がいた。勇者は剣を振るい、触手から魔女を守った。

「助かったわい。礼を言うぞ」

「気にすることはない。仲間……だからな」

 勇者は敵を見据える。


 敵は二体。

『スー』と名乗った黒く巨大なトカゲ。そして、その横にいる『スー』の人形となっているエルフ。黒く巨大なトカゲは、莫大な魔力を保有。エルフの魔力は……こちらの魔法使いより、やや劣る。


(だが、あのエルフも戦いに介入してくるとなると、少々厄介だな)

 魔力の量から考え、あのエルフは魔法を行使して戦うタイプのエルフだろう。魔法を使ってくる敵には、こちらも魔法で対抗するのがセオリーだ。

だが、あのトカゲ相手に戦力を分断するのは得策ではない。それほど、あのトカゲの力は強大だ。

どうするかと勇者が考えていると、意外なことが起きた。エルフがスッと後ろに下がったのである。

「御安心ください。このエルフは戦いません」

 まるで、勇者の心を読んだかのようにエルフが口を開いた。

 このエルフは、黒く巨大なトカゲの考えを伝える『翻訳機』。下手に戦線に出して、死んでしまったら元も子もない。それを避けるため、戦わせないのだろう。

 しかし、これは勇者達にとってもチャンスである。

 もちろん、エルフが途中で参戦してくることも考えられるが、少なくとも戦いの序盤で戦いに加わってくることはないだろう。


 スーと勇者達の間に張り詰めそうな緊張感が生まれる。その緊張の糸が切れそうになった時、勇者が口を開いた。

「戦う前に、いくつか聞いておきたいことがある」

「……何でしょう?」

「貴様、魔王の配下……ではないな」

「はい、違います」

「この城にいた魔王の配下を殺したのは、お前か?」

「はい、私です」

「これまでに、人間を何人喰った?」

「数えていません」

「……では、最後の質問だ」

「どうぞ」


「魔王はどこだ?」


 その質問をした時、勇者の目には黒く巨大なトカゲの口の端が僅かに上がった様に見えた。



―――魔王城、勇者達が到着する二日前―――


「クックック、ユウシャメ、ニコンヲキデノノノチビニシル!(くっくっく、勇者め、今日を貴様の命日にしてやる!)」


 バチバチ。


 勇者抹殺に目の奥を燃やしていた魔王の背後に突如、黒い球体が現れた。

 異変に気付き、振り向いた魔王は黒い球体の中から、一本の触手が自分に向かってくるのを見た。


 ドサッ。


 王の右腕が切断され、ボトリと地面に落ちる。

「グオオオオオ!」

 絶叫を上げながらも、魔王は後方に飛び、黒い球体から距離を取る。

 黒い触手から飛び出した触手が、切断された魔王の右腕を拾い上げる。触手が魔王の右腕を拾うと、黒い球体がパンと弾けた。


 黒い球体が弾けると、其処にスーとナノが立っていた。


「キ、キデノラ!(き、貴様ら!)」

 魔王は何が起きたのか分からず、困惑する。

(何故、此奴らが?此奴らは、俺の分身に……)

 魔王の分身はスーと激しい戦いを繰り広げた後、殺された。魔王の分身は、スーを殺すことは出来なかったが、動けなくなる程の致命傷を与えたはずだ。

「キデノラガオイロモイニオポ?(貴様らが何故此処にいる?)」

 魔王は吠える様に叫ぶ。それに答えたのはスーの隣にいたナノだ。

「タクカンナモココオヨ。ミマルカガム(簡単なことですよ。魔王様)」

 スーは、触手で拾い上げた魔王の右腕を口の中に放り込むと、ゴクンと飲み込む。

「ココッミヨテポトコオ(辿って来たからです)」

「ココッミヨテダト?(辿って来ただと?)」

「ハッ、ヨポハミエノブンツレニマーキングマートラヲボエクレイトネ?ミクレネクモニテンイシルタカニ(はい、貴方は自分の分身にマーキングをさせましたね?私の国に転移するために)」

「!!」

 魔王が目を見開く。あの使者が魔王の分身であることも、スーの国に軍を転移させて、攻め込もうとしていたことも全て気付かれている。


「ヨポノブンツレガオコバルマートラ。ソクレヲグルニヴォルボエクノモリタ。サトノマートラハマオウクモトミクレネクモヲツガエロロト。デトリア、ソクヲココッミロモイテンイボエクノモリタ。トロモイノコエイコロ、オノエオトラ(貴方の分身が付けたマーキング。それを逆に利用させていただきました。あのマーキングはマオウ国と私の国とを繋いでいます。ですので、それを辿り此処に転移させていただきました。突然の来訪、お許しください)」


 ナノは魔王に対して、優雅に腰を折る。

「モルク、テコガブンツレニキデノガブンツレガモオイオトサトノウゾガハ(もしや、我が分身に貴様がやられているあの映像は……)」

「ハッ、グリコリアコオ(はい、幻覚です)」

(くそ!)

 魔王が分身を通して見た映像はこうだ。

 まず、分身体が吐いた火球により、スーの体が半分吹き飛ぶ。だが、その後すぐに反撃され、魔王の分身体は切り刻まれた。

 分身体の映像はそこまでだったが、映像が途切れる直前、スーが倒れるのを魔王は見た。

 だが、それは幻覚だったのだ。恐らく、分身体が火球を放った辺りから分身体はスーの幻覚に掛けられていた。

 その偽の映像を見た魔王は、勝利を確信し、油断する。結果、自分の周りの警護をおろそかにしてしまった。もし、あの時、スーが自分の分身体に圧勝していたら、魔王は警戒し、周囲の防御を固めていただろう。

(だが、待てよ……)

 そこで、ふと魔王は疑問に思う。それにしては、スーが現れるタイミングが絶妙過ぎる。

 スーが現れたのは魔王がまさに、一人になったその時だ。何故、こうもタイミングよく……。そこまで考えると魔王は、はっと気づいた。

「リイヤ、キデノ!(まさか、貴様!)」

 スーの隣にいたナノがフッと笑う。


「ハッ、ミクレハ『ヨポトレテオリコケシ』ヲコロロロト(はい、私は『貴方と同じ景色』を見ています)」


 魔王の体と分身体は極々細い見えない糸のようなもので繋がっている。スーは魔王の分身体を触媒にして、その見えない糸を辿り、魔王の目を乗っ取ったのだ。魔王に何の違和感を持たれることもなく。

 魔王の目に映った景色、それをスーも見ていたのだ。遥か遠い国から。

(奴に絶好のチャンスを与えたのは、俺自身ということか!)

 自身の間抜けさに、魔王は激しい怒りを覚える。


「サク(さて)」


 スーが一歩近づくと、魔王は一歩下がった。

「コルミトラナシテジョミトエイコオヨ。ダト、サツガハシクラシクロタ(怖がらなくて大丈夫ですよ。まだ、殺しはしません)」

 怯える子供を安心させるような口調で、ナノは魔王に話し掛ける。

「ヨポハ、ミクレノクモニヨイテソラ。テイオナミトナシデクルタ(貴方は、私の国に来てもらいます。抵抗なさらないで下さいね)」

 どこまでも優しい声でナノは話す。だが、その優しい言葉は、どこまでも魔王を子供扱いしていた。

 そのことが、魔王の逆鱗に触れた。

「モエクオフ!(なめるなよ!)」

 魔王は「フン」と右腕に力を込める。すると、切断された腕から、新しい腕が生えてきた。魔王は新しく生えてきた腕を動かす。新しく生えてきた腕は元からあった腕と変わらない動きをした。

「ホドルナ(なるほど)」

 ナノはニコリと笑う。傍に居たスーの口の端も上がった。

「ヨポノシジツガボツウモラ((貴方の正体が分かりました)」

 ナノの言葉に魔王の眉根が上がる。


「ヨポ、スライムコオイロ(貴方、スライムですね)」

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