第69話 勇者と魔王、その二
第二階層。
第三階層。
第四階層。
第五階層。
勇者達は少しずつ階層を登って行く。
しかし、どの階層にも、そこを守護する魔物はいない。代わりに、第一階層と同じく大量の血と僅に残った肉片だけがあった。
第六階層。
第七階層。
第八階層。
第九階層。
そして、第十階層。
「グモリアの牙よ」
「グモリアもか……」
グリモア。
七つの蛇の頭とライオンの胴体を持つ魔物。七つある口から、炎や酸を吐き攻撃してくる。グリモアは魔王城攻略の大きな障害となるはずだった魔物だ。
「この分だと、十一階層も……」
「そうだな……」
「もしかしたら、その上も……」
「……」
魔王城の最上階、十二階層。そこに魔王はいる。
勇者達は此処に来るまで全くダメージを受けていない。本来なら喜ぶべきことだが、笑っている者は誰もいない。皆の表情はとても険しい。
人間が一番怖いもの。それは『未知』だ。
理解できない現象が起きた時、人はその理由を探ろうとする。ある者はオカルトに原因を求め、またある者は科学的に答えを求める。
人が『未知』なる事象を解き明かしたいと思うのは、ただ単に好奇心を刺激されるからだけではない。人間は『未知』という恐怖を取り除こうと、答えを求めるのだ。
それは、勇者達とて例外ではない。
階層を登る度に、勇者達は魔王城の魔物を蹂躙した者の正体を探ろうとしたが、全く手掛かりが掴めなかった。痕跡を辿る魔法を使っても、上手くいかなかったのだ。まるで、痕跡を辿る魔法を妨害する魔法が掛かっているかのように。
「一体、何者なんだ?」
未知なる存在に、勇者達の表情は一層こわばった。
ゾワッ。
突然、その場にいた者全員に悪寒が走った。まるで猛吹雪の中に放りこまれたように、全身が凍りつく。
(なんだ?この魔力は!?)
勇者達が感じた悪寒は、魔力によるものだった。猛者そろいの勇者達を竦めてしまう程の禍々しく、底が見えない量の魔力。
「何……この魔力?」
「なんと、禍々しい……」
「この魔力……魔王か?」
魔女の言葉に皆が目を見開く。だが、勇者は別の意見を述べた。
「いや、そうとは限らない。階層を守護する魔物を殺している奴かもしれない」
「その可能性もあるでござるな。しかし、今まで魔力なんて感じなかったでござるよ?それが何故、急に?」
忍者の疑問に魔女が応える。
「考えられるのは二つ。一つ目は、この魔力の持ち主は、今まで自身の魔力を隠していたが、それを止め、魔力を解き放った」
「二つ目は?」
「『転移魔法』じゃ」
転移魔法という言葉を聞いて、忍者はピンと来る。
「なるほど、今までは別の場所にいた魔力の主が今、此処に転移したという訳でござるな」
勇者と共に冷静に状況を分析する魔女と忍者。
一見すると、彼らも勇者と同じ程、冷静に見える。しかし、両者とも額から大量の汗を流していた。自分の中の恐怖を押し殺しているのが、よく分かる。
彼等は、まだ自分の感情をしっかりとコントロール出来ている。しかし、他の者は違った。
「うっ」
魔法使いが口を押えて膝をついた。その体はガタガタと小刻みに震えている。
「だ、だ、大丈夫……か?」
大柄の男が魔法使いに声を掛ける。しかし、魔法使いに駆け寄ろうとしても体が思うように動かない。
「フシャー」
猫人が全身の体毛を逆立てながら、唸り声を上げている。猫の特徴と人の特徴を持つ猫人。彼は普段、とても紳士的で人間らしい。だが、感情が高ぶると猫としての側面が強く出てしまう。
禍々しく強大な魔力を感じ、皆冷静さを失いかけていた。
「『スピリット・クール』を」
勇者は魔女に精神を安定化させる魔法『スピリット・クール』の使用を頼んだ。
「……分かった」
魔女は自身を含む全員に対して『スピリット・クール』を発動させた。混乱と恐怖に捕らわれていた勇者の仲間達は皆、普段の精神状態に戻る。
「……ごめんなさい。取り乱して」
「……いや」
冷静になった魔法使いが皆に謝罪する。しかし、それを攻める者は誰もいない。多かれ少なかれ他の皆も同じ状態だったのだから。
「……行こう」
それだけ言うと、勇者は先頭に立ち、歩き始めた。
階層を守る魔物達を殺した『未知なる者』の正体も、今感じている禍々しい魔力の持ち主のことも、両者が同一の存在なのかも何も分からない。
だが、それでも彼らは進まなくてはならない。
勇者の後に皆が続く。禍々しい魔力は未だに感じる。しかし、それに怯える者はもう誰もいなかった。
第十一階層。
この階層を守るのは『ブイカ』という魔物だ。魔王の次に強いとされ、マオウ国では魔王に次いで、第二位の地位にいる。
その十一階層も、他の階層と同じく血の海となっていた。それは、まるで『此処を守っていた魔物も他の階層の魔物と大差ない』そう言っているかのようだった。
最上階に続く階段を勇者達は登って行く。先程から感じている魔力は、階層を登れば登る程強くなっていく。勇者達は確信する。この魔力の主は間違いなく、最上階にいると。
そして、誰も声に出さなかったが、皆が同じことを考えていた。
(一階層から十一階層の魔物は全て殺されていた。となると、最上階にいる魔王も?)
ドクン、ドクン。
勇者達の心臓が高鳴っていく。『スピリット・クール』の効果はまだ続いているが、それでも心臓の高鳴りは普段よりも大きい。
「……ここだな」
最上階に到達した勇者達の前に巨大な扉が現れた。
その扉には様々な魔物が人間を喰い、踏みつけている絵が描かれている。絵の一番上には魔王がいて、下の様子を愉しそうに眺めていた。
「……結界が張ってあるな」
扉には、結界が張ってあった。もし不用意に触れれば、通常の人間なら、あっという間に消し炭と化す。結界は一見すると分からないように偽装されていたが、勇者は一目で扉に結界が張っていることを見抜いた。
「ワシに任せろ」
魔女が前に出る。魔女は扉に触れるか触れないかのギリギリの位置で手を翳した。
『レリース』
魔女が呪文を唱える。するとパンと音を立て、扉に張ってあった結界が消えた。
結界が消えると、魔女の顔が途端に険しくなる。魔女の他には、猫人も魔女と同じ表情になっていた。
魔女が大声で叫ぶ。
「中から人間の血の匂いが……」
魔女の言葉が終わるのを待たずに勇者が動いた。勇者は結界が消えた扉に剣を振るう。扉に描かれた魔物と魔王に亀裂が入り、扉はゆっくりと崩れ落ちた。
扉の中の光景を直ぐに理解できる者はいなかった。
扉の中にいたのは、美しいエルフの女だった。
エルフは勇者達を見ると、微笑みを向けてきた。その微笑みを見た者は誰しも、その美しさに見惚れてしまうだろうと思わせる程、その微笑みは綺麗だった。
しかし、勇者達は誰一人としてエルフを見てはいなかった。勇者達が見ているのは、エルフの隣にいる魔物だ。
勇者達の目線の先にいたのは『巨大なトカゲ』だった。
その巨大なトカゲは、全身が黒く二本足で立っていた。胴体からは無数の触手が生えており、巨大な頭部に見合う口からは何本もの牙が見えた。
そして、その巨大な口からは人間の下半身がはみ出ていた。
初めて見る異様な姿の魔物に、皆思わず動きを止める。冷静な勇者でさえ、一瞬思考が止まってしまった。
黒く巨大なトカゲは、咥えていた人間を一飲みにした。
「この鳥籠は……」
口を開いたのは黒く巨大なトカゲの隣にいたエルフだった。その言葉に『はっ』とした勇者達の止まっていた時間が再び動き始める。
黒く巨大なトカゲの近くには、大きな鳥籠が転がっていた。
人間なら十人は入りそうな大きな鳥籠。だが、鳥籠の中には何も入っていない。そう見える。エルフは、何も入っていない鳥籠を指差した。
「どうやら、特殊な魔法道具の様です。一見すると何も入っていないように見えますが……」
エルフは、そこで言葉を止める。すると黒く巨大なトカゲから生えている無数の触手の内の一本動き出した。触手は、空の鳥籠の中に入っていく。
「うわああああああ!」
どこからともなく、悲鳴が聞こえた。黒く巨大なトカゲの触手がゆっくりと引き抜かれる。
「あっ!」
魔法使いが、驚きの声を上げる。鳥籠から引き抜かれた触手には、一人の人間が巻き付いていた。
「外からは分かりませんが、この鳥籠の中には異空間が広がっています。中の異空間はとても広く、今この中には人間が何千体も入っています」
「ひいいいいいい!」
触手に巻き付いている人が怯え、悲鳴を上げる。
「こんな魔法道具あるとは、知りませんでした。面白いです。この世界にも私の知らないことは、まだまだあるようですね。ああ、失礼。自己紹介がまだでした」
黒く巨大なトカゲが勇者達に視線を向けた。
「……ッ!」
勇者達は咄嗟に武器を構える。そんな勇者達を無視して、エルフはさらに言葉を続けた。
「初めまして、勇者様。私の名前は『スー』と言います」
エルフは何故か、自分ではなく黒く巨大なトカゲを示しながら、そう言った。
「勇者様以外の方々は短い間となりますが、どうぞよろしくお願いします」
エルフが言い終わると、黒く巨大なトカゲが口を開けた。触手は捕えた人間を開いた口へと運んで行く。
何が起きているのかは分からなかった。エルフのことも黒く巨大なトカゲのことも魔王が今どこにいるのかも、勇者達は何も分からない。
だが、一つだけ確信したことがある。
黒く巨大なトカゲは人間を喰った。そして、今、新たな人間を喰おうとしている。
ならば、目の前にいる黒く巨大なトカゲは勇者達の『敵』だ!
「やめろ!」
大柄の男が今にも喰われようとしている人間を助けようと一歩前に出る。その横を旋風が駆け抜けた。
いつの間にか、勇者は黒く巨大なトカゲの目と鼻の先にいた。
「ハァアアアアア!!」
勇者は、目にも止まらぬ速さの斬撃を黒く巨大なトカゲに向けて放った。
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