第4話 人狼を喰う
人狼とは、人間と狼が合わさったような魔物だ。狼のような牙に高い身体能力。そして、人間のような高い知能を持つ。かつては人間に化けることも出来たが、時の流れと共に次第にその能力は失われていった。今では人間に化けることが出来る人狼は一握りとなっている。
この日、オルドビス草原に住んでいる人狼達が皆一か所に集まっていた。
『また仲間が死んだ』
ある人狼の言葉に、他の人狼達がざわつく。
『死因は?』
『人間の家畜を襲ったために、冒険者に殺されたようだ』
『またか……』
『これで何匹目だ?』
話を聞き、一匹の人狼が膝を叩く。
『愚か者共が!人間の家畜に手を出してはならんと、あれ程言っておるのに』
『よほど、腹が減っていたのだろう……』
『くそ!』
人狼達は悔しそうに、歯ぎしりをする。
『全部あのトカゲのせいだ!』
一匹の人狼の発言に皆が頷いた。
そのトカゲは、突如現れた。巨大な体に巨大な口、そこから見える巨大な歯。人狼達が今までに見たことがない魔物だった。
巨大トカゲは、オルトビス草原に住む魔物を手当たり次第食べた。特にユニコーンがお気に入りで、よく捕まえては丸呑みにしていた。結果、オルトビス草原のユニコーンは全滅寸前にお追い詰められることになる。何とか生き残ったユニコーンのほとんどはオルトビス草原から逃げることを決意し、新天地に旅立った。ペガサスやケンタウロスなどの他の魔物も巨大トカゲを恐れて、オルトビス草原から逃げ出す者が続出している。
人狼達はユニコーンなどのエサとなる魔物がいなくなってしまったため、飢えに苦しむこととなる。ある者はそのまま飢え死にし、ある者は人間の家畜を襲ってしまったため殺されてしまった。
『あのトカゲのせいで、俺達が食う物がなくなった!』
『あのトカゲを殺そう!』
『そうだ、殺そう!』
『そうだ、そうだ!』
数匹の人狼が立ち上がり、大きく吠えた。すると、他の人狼達も彼らに同意し始める。あちこちで、『巨大トカゲを殺せ』という声が上がっていく。
湧き上がる人狼達。その時、一匹の人狼が静かに発言した。
『待て』
『何だ?ローエン』
『あのトカゲと戦うのは、私は反対だ』
沸き立っていた人狼達の熱が急速に冷める。人狼達はローエンという名の年老いた人狼に冷ややかな視線を浴びせた。
『なんだと?』
『臆したかローエン!』
『この腰抜けが!』
人狼達はローエンに一斉に罵声を浴びせ始めた。ローエンは何も反論せず、静かに目を閉じる。
『静まれ!』
低く、雄々しい声に騒いでいた人狼達が全員黙る。
『オオロウ殿……』
白銀のオオロウ。ゴブリンなどの他の魔物や人間との戦いを何度も潜り抜けてきた歴戦の猛者。鍛え抜かれた肉体に付いている無数の傷は多くの人狼を惹きつけ、尊敬の眼差しを集めている。
『ローエン殿、聞かせてくれ。貴殿は何故、あのトカゲと戦うのに反対なのか?』
それまで、閉じられていたローエンの目がゆっくりと開いく。
『それは、あのトカゲに関してある話を聞いたからだ』
『どんな話だ?』
『うむ、聞いた話によるとあのトカゲはドラゴンを倒したらしい』
『まさか?』
人狼達が目を丸くして驚く。
『ドラゴンを?』
『本当なのか?』
ドラゴンと言えば、伝説の魔物だ。そのドラゴンをあのトカゲは倒したというのか?人狼達は強い衝撃を受けた。
『その話は誠か?』
『ああ、どうやら本当らしい』
『……ううむ』
今度はオオロウが静かに目を閉じる。この中でドラゴンの恐ろしさを一番知っているのは間違いなく彼だった。にわかには信じられない話だが、ローエンの仕入れてくる情報はいつも正確で、外したことはこれまでに一度もない。
『分かっただろう?何故、私が反対したのか』
『……』
ローエンを臆病者扱いする人狼は、もう誰もいなかった。ドラゴンを倒したということはあのトカゲの力は、それ以上の力を持っていることになる。そんな者に自分達は挑もうとしていたのか。人狼達は背筋を寒くした。
『では、貴殿はどうしたらいいと思う?』
オオロウの問いにローエンの口がゆっくりと開く。
『私は……』
「グオオオオオオオオオオオオオ!」
「ギャアアアア!」
グシュ。
肉と骨が潰れた感覚が口の中でした。ティラノサウルスは仕留めた獲物をそのまま飲み混む。今食べたのは四本足の生き物だ。下半身は、彼が好きな頭に一本角を生やした動物と同じものだが、上半身は彼が前に戦った二本足で立つ生物に似ている。味は一本角の動物に及ばないがそれでもかなりの美味だった。しかし……。
『ここの獲物も少なくなったな』
最近、獲物がめっきり少なくなった。今でも一日に数匹は捕れるのだが、彼の胃袋を満たすには少し足りなくなってきている。
『そろそろ、移動した方がいいかな』
ここにいても、獲物が増えることはないだろう。彼は引っ越しを考え始めていた。
『ん?』
彼の耳が、かすかな音を拾った。音は少しずつ大きくなっていく。
『こっちに近づいている』
彼は音のする方向を向く。黒い何かがこちらに近づいて来るのが見えた。
「ワオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」
「「ワオオオオオオオオオオオオオオオオン!」」
人狼の群れは遠吠えを上げながら、草原を進んでいた。群れの中には、オルドビス草原に生息している人狼だけではなく、他の場所に生息している人狼も混じっている。
「リググリア(済まないな)」
「ロトヤムラ、オリア(気にするな、兄弟)!」
「デミラム、カオコ(そうだぜ、水臭い)」
オオロウの隣にいるのは、キンロとギンロ。オオロウの弟達だ。
若い時苦楽を共にした彼らは絆で結ばれている。成長し、それぞれの縄張りを持つようになってからは会うことも少なくなったが、兄弟の誰かに何かあればすぐに駆けつけ、互いに助け合っていた。
今回、巨大トカゲ討伐に当たってオオロウはキンロとギンロに援軍を要請した。オオロウ軍八百、キンロ軍七百、ギンロ軍五百。人狼の軍は合わせて二千匹にまで膨らんでいた。
「ピオリアテムラヤ。ヲウムロイア(今度の敵はかなり危険だ。注意してくれ)」
「オオ、クオバリムラオリアネムリアルジャピアリアレプタイアフロウミルア(はは、我ら兄弟に掛かればそんなトカゲ恐れるに足らず)」
「オリクラムヌレウィアイテイア。ピリアレプタイアモプリブリア(兄貴の言う通りだ。そんなトカゲ、俺がひき肉にしてやる)!」
キンロとギンロは大笑いする。二匹には巨大トカゲがドラゴンを倒したことは伝えてある。しかし、ドラゴンと戦ったことのない二匹の危機感は薄い。オオロウはそんな二匹に不安を覚えたが、援軍に来てくれた二匹に強く言うことはできなかった。
「オオロウガム(オオロウ様)!」
「ドキムラキ(どうした)?」
「ゼンリテイア、オオレプタリアボリテイ(前方に、巨大トカゲを発見しました)!」
「!!」
オオロウ。そしてキンロとギンロが前方を見る。そこには巨大なトカゲがいた。
「フデリア、オオレピタリア(あれが、巨大トカゲか)」
「ゴモリテアシ(でかい)」
キンロとギンロが巨大トカゲの大きさに驚く。部下の人狼にも動揺が広がっている。
巨大トカゲは動かずに、こちらをじっと見ていた。それがより一層不気味さを際立たせている。
「ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン」
突然、オオロウが遠吠えを上げた。巨大トカゲに動揺していた人狼達の注意が巨大トカゲからオオロウに向く。
「テイルホオレアレジンロ、イゼゴオレテリア(我ら誇り高き人狼、いざ戦いに赴かん)!」
群れ全体に響き渡る高らかな遠吠えは、人狼達の不安を吹き飛ばした。
「イゼロエエエエエエエ(行くぞオオオオオオオ)!!!!!!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
人狼達の咆哮はオルドビス草原の大地を揺らした。
人狼の群れはオオロウ軍、キンロ軍、ギンロ軍の三つに分かれ、三方から巨大トカゲを取り囲んだ。その間も巨大トカゲは動かない。陣形が整うとオオロウ、キンロ、ギンロの三匹はそれぞれ自分の部下に命令を下した。
「コピリエルロエツ(肉体強化開始)」
「「コピリエルロ(肉体強化)」」
人狼達は一斉に自身に肉体強化の魔法を掛けた。これにより一時的に人狼達の筋力が向上する。力、スピード、牙の貫通力、爪の切れ味。その全てが上昇する。
全ての人狼の肉体強化が終わると、それを見届けたオオロウが号令を下す。
「カカエエエエエエエエエ(掛かれエエエエエエエエエエエエエエエエエ)!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
オオロウの号令を合図にオオロウ軍、キンロ軍、ギンロ軍が三方向から一斉に巨大トカゲに襲い掛かった。
人狼の群れが三方向から、ティラノサウルスに迫る。どこにも逃げ場はない。だが、ティラノサウルスは動かなかった。三方向から迫る人狼達を見渡している。その間に人狼の群れが目と鼻の先にまで来ていた。最初にティラノサウルスへ辿りつこうとしていたのはギンロの軍だ。
「アサコレムドリエア(わが軍が一番乗りだ)!」
群れの中心にいるギンロが笑う。その時、突如としてティラノサウルスが動いた。オオロウ軍、キンロ軍を無視してギンロ軍に視線を固定する。
「オポビエオウデ、ヌキア(怯むな、進め)!」
ギンロがオオロウに負けない程の咆哮を上げる。その咆哮を聞いたギンロの部下達に力が宿る。
「グオオオオオオオオオオオオオ!」
「ワオオオオオオオオオオオオン!」
ティラノサウルスと人狼軍の咆哮がぶつかり合う。両者の距離は数メートルまで近づいていた。ティラノサウルスと人狼が今まさに激突しようとした時だ。
ギンロ軍の先頭にいた人狼達の目の前から突然、ティラノサウルスが消えた。
「ユニ(何)!」
人狼達は突然消えたティラノサウルスを探す。すると背後からドンという凄まじい音が聞こえた。人狼達は慌てて振り返る。
その光景を見た人狼達は絶叫した。
「ギンロガム(ギンロ様)!」
今ままで、目の前にいたはずのティラノサウルスがそこにいた。その口からは、ギンロの下半身がはみ出ていた。
人狼と激突する寸前、ティラノサウルスは突然跳ねた。そしてそのまま、ギンロの目の前に着地した。その足下には数匹の人狼が潰されている。
「キプリ(馬鹿な)!」
あまりの出来事にギンロが唖然とする。生まれる一瞬の意識の空白。その瞬間をティラノサウルスは見逃さない。
ティラノサウルスの巨大な牙が、強化したギンロの体に突き刺さった。何が起きたのか分からないまま、ギンロの意識は消えた。
呆然とする人狼達。それを尻目にティラノサウルスは息絶えた人狼を飲み込んだ。
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