第3話 ユニコーンを喰う
ペルム国の辺境は多くの魔物が生息し、人間は住処を奪われている。しかし、ペルム国中央は高レベルの冒険者が数多く住んでいる上に、魔物除けの高度な魔法が掛けられているため、魔物が寄りつくことはない。
そんなペルム国の中央にあるのが中央円卓議会だ。
予算、防衛、法律……。ペルム国の重要な政策はここで決められる。中央議員円卓議会のメンバーは五十人。この五十人が実質的に今のペルム国の支配者だ。
「それでは、次の議題に移ります」
司会役の議員が会議を先に進める。次の議題が今回の会議、最大の事案だ。
次の議題は『巨大トカゲ』についてだ。
「では、資料をご覧ください」
司会役が促すと、議会のメンバーは手元の資料に目を通す。
「この『巨大トカゲ』は今から一か月前、デボン村に現れました。デボン村は、その時ゴブリンに襲われていましたが、突然『巨大トカゲ』が何もない空間から現れました。『巨大トカゲ』はゴブリンの軍団を蹴散らし、リーダーゴブリンを殺害すると、どこかに去って行きました」
資料を見て唸る議員、見入る議員、何を考えているのか分からない議員。反応は様々だ。
「では、次のページをご覧ください」
議員達がページをめくるのを確認し、司会役が説明を続ける。
「『巨大トカゲ』が再び目撃されたのは、それから一週間後。場所はシルル荒野です」
デボン村からの報告で結成された『巨大トカゲ』調査隊。彼らが『巨大トカゲ』を発見した時、『巨大トカゲ』はかなり弱っていた。調査隊がもっと近寄ろうとした時、なんと空からドラゴンが現れたのだ。彼らは隠れ、様子を見守った。その近くにはゴブリンもいたが、幸いなことに調査隊もゴブリンも互いの存在に気付くことはなかった。
「『巨大トカゲ』はドラゴンとそのまま戦闘に突入。最初はドラゴンが優勢でしたが、その後形成が逆転。『巨大トカゲ』がドラゴンを倒しました」
「おおっ」
議員の何人かが、興奮気味に声を漏らす。
「『巨大トカゲ』は倒したドラゴンを食べ尽くし、荒野を去りました。『巨大トカゲ』は引き続き調査隊に見張らせています」
司会役の議員は資料を置くと、目線を資料から他の議員達に移す。
「以上で報告は終わりです。何かご意見はありますか?」
一人の議員が手を上げ、発言する。
「資料には『巨大トカゲ』には、ゴブリンの武器もドラゴンの炎も全く効かなかったとあるが、誠か?」
「はい」
「この『巨大トカゲ』はドラゴンの首を折ったと書いてあるが、これも誠か?」
「はい、調査隊は間違いなくドラゴンの首が折れた音がしたのを聞いています」
「雲の高さから落とされて、生きていたというのも?」
「はい、全て真実です」
「信じられん」
議会がざわめき、あちこちから声が聞こえる。
「ドラゴンと言えば、高レベルの冒険者が何十人も不眠不休で攻撃し続けてやっと倒せるのだぞ。それをたった一匹で……」
「ドラゴンに匹敵。いや、それ以上の力ということか……」
「一体、どこから来たというのか……」
「魔物の専門家達は?何と言っている?」
「ドラゴンの亜種、もしくは突然変異ではないかと言っていますが、情報が少なすぎて何も分からないそうです」
「使えん奴らだ。来年は予算を減らすか」
「どこから来たのかも問題だが、今は『巨大トカゲ』をどうするかを話し合おうではないか」
「ううむ」
議員達は沈黙する。
「殺すべきだろう」
沈黙を破るように一人の議員が力強く発言する。何人かの議員はその発言に頷き、何人かの議員は首を横に振る。そして、残りの議員達は他の議員の反応を見ている。
「あまりに危険すぎる。被害が出る前に殺すべきだ」
発言した議員は力強く拳を握った。この中年議員の名前はガリウムという。ガリウムは元冒険者で、数々の強力な魔物を退治してきた。その功績を湛えられ、中央円卓議会のメンバーに選ばれたのだ。民衆の支持も高く、議会での発言力も高い。引退したとはいえ、冒険者の力は衰えを知らず、現役の高レベル冒険者と比べても未だに遜色はない。
「待たれよ、ガリウム殿」
「何かな?ラプタ殿」
ガリウムを制するようにラプタという議員が立ち上がる。ラプタはガリウムとは対照的に円卓議会の中では比較的若く、線の細い議員だ。親はかつて円卓議会で高い力を持っていた議員で、ラプタは二世議員となる。穏健派で、武闘派のガリウムとは意見がよく対立していた。
「その『巨大トカゲ』、まだ危険と決まったわけではない」
議員達の目が一斉にラプタに向く。ラプタは皆に聞かせる様に声を大きくする。
「『巨大トカゲ』はデボン村では村人を襲っていたゴブリンを蹴散らし、シルル荒野では人類の脅威であるドラゴンを倒している」
「だがら?」
「『巨大トカゲ』は魔物達と敵対関係にあるということ、つまり……」
「人類の味方になるやもしれぬと?」
「そうだ」
「笑止!」
ガリウムがラプタの意見を一笑に付す。
「貴君は『巨大トカゲ』をペットにでもしようと言うのか?」
「そこまでは言ってはおらぬ。しかし『巨大トカゲ』の生態も分からぬうちに殺してしまうのはあまりにも早計だと言っているのだ」
ラプタが円卓を両手で叩く。
「今はまだ様子を見るべき、そうは思わぬか?皆様方!」
ラプタは議員達を見渡す。議員達はラプタから目を逸らし、考え込む。あるいは考える振りをする。
「甘い!」
ガリウムが円卓を叩く。その衝撃は全ての議員を揺らした。
「その間に被害が出たらどうするつもりだ?奴が人間を襲う可能性だってあるのだぞ!」
「まだ襲うと決まったわけではない!」
「馬鹿者!襲ってからでは遅いのだ!」
ガリウムとラプタの議論は、その後二時間以上続いた。しかし、意見はいつまでも平行線のまま、結局まとまることはなかった。
人間達が不毛な会議を続けていた時、ティラノサウルスはある草原にいた。
「グレゴラ(逃げろ)!」
一本角の馬が叫ぶ。その声を聴き、他の馬達に戦慄が走る。
馬の名前はユニコーン。性格は温和で争いを好まない平和主義の魔物だ。人間とも対立しておらず、ユニコーンと共に暮らしている村もある程だ。
ここオルドビス草原にはユニコーンの他にも、翼の生えた馬ペガサス。上半身が人間で下半身が馬のケンタウロス。様々な馬型の魔物が住んでいる。皆性格は温和で静かに暮らしていた。
そんな彼らの平穏が今、脅かされている。
この草原にはユニコーン達の敵もいる。人狼、ワーウルフと呼ばれる種族だ。鋭い爪でユニコーンの皮膚を裂き、鋭い牙で肉を食い千切る。人狼はユニコーン達の最大の敵だ。
しかし、人狼らの足はユニコーンほど速くはない。最高時速八十キロにもなるスピードに人狼は付いてこられないのだ。よっぽどのことがない限り、ユニコーンは人狼から逃げ切ることが出来る。
だが、今度の敵は人狼とは比べ物にならない程の脅威だった。
「モラパネブライア、リライケム(早く走れ、追いつかれるぞ)!」
ユニコーン達の群れが何かから逃げている。時速はすでに彼らのトップスピードの時速八十キロに達していた。それにも関わらず、相手との距離がグングン縮まっていく。
「グオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!」
雄叫びを上げながら、巨大なトカゲがユニコーンの群れに迫ってくる。
「グギャアア!」
一頭のユニコーンが巨大トカゲに捕まった。巨大な口がガッチリとユニコーンを咥えて離さない。
「リバ(くそ)!」
他の仲間が、捕まった仲間を助けようとする。しかし、それを別のユニコーンが阻んだ。
「ルノ(よせ)」
仲間を止めたユニコーンは悲しそうにうつむく。
「ムイ、ヤテリモシカレ(もう、間に合わん)」
巨大トカゲは仲間を咥えたまま左右に振る。巨大な牙が突き刺さったユニコーンはもう動かない。動かなくなったユニコーンを巨大トカゲは地面に置く。そして、口と脚を使って、器用にユニコーンの角を折った。
「バルト(おのれ)!」
ユニコーンは自信の角に誇りを持っている。それを折るなど、とても許せるものではない。ユニコーンの一頭が仲間の制止を振り切り、巨大トカゲに向かっていった。
ティラノサウルスがこの草原に来てから、もう何日も経つ。
ドラゴンを倒した後、ティラノサウルスは自分とほぼ同じ大きさのドラゴンを何日も掛けて食べ尽くした。飢え死に寸前だったティラノサウルスはドラゴンの肉で命を繋ぐことが出来た。
ドラゴンを食べ尽くしたティラノサウルスは、再び移動を開始した。何日も何日も歩いてこの草原に辿りついた。
この草原はティラノサウルスにとって、とても魅力的な餌場だった。
獲物は小さかったが、どれも足が遅く、簡単に捕まえることが出来た。特にティラノサウルスが気に入ったのは角の生えた動物だ。
この動物は捕まえやすい上に、とても美味かった。喉に刺さるといけないので、角を折らなくてはならないのが少々面倒だったが、それさえ済ませれば後は簡単だ。獲物は小さいので、いちいち肉を食い千切って食べる必要はない。豪快に一頭丸呑みにする。柔らかい肉が喉を通る感触が最高だ。
この草原に来てから、ティラノサウルスは数えきれない程のユニコーンを平らげた。
今日もティラノサウルスはユニコーンを捕まえた。いつものように角を折り、喰おうとした時だった。別のユニコーンが彼に向かって来た。
『ラッキー』
まさか、獲物が向こうから来るとは思っていなかった彼は、意気揚々と待ち構える。
その時だ。ユニコーンの角が突然光った。光はバチバチと音を立て始める。角に電気が帯電し、激しい音と光を発したのだ。
ユニコーンが使う雷の魔法。普段は温和な彼らが本気で怒って時に使う魔法だ。まともに当たれば、普通の人間ならひとたまりもない。
「ジャイム(喰らえ)!」
雷がユニコーンの角から放たれる。電撃が巨大トカゲの体を駆け巡った。
『?』
しかし、電撃を受けたティラノサウルスは何が起きたのか分からないと言ったようにキョトンとしていた。
「ヘイリアイ(化物め)!」
ユニコーンが無念の叫び声を上げる。次の瞬間、ユニコーンはティラノサウルスの巨大な口の中に納まっていた。
『ふう、お腹いっぱい』
今日はたくさん食べた。食欲を満たすと次は睡眠欲が湧いてくる。彼は自信の欲望に従い、その場に横たわった。ここに眠っている彼に危害を加える者はいない。彼は安心にて眠る。
彼の体は、この世界に来てから確実に変化していた。
彼はユニコーンのことを足の遅い生物だと思っている。だが、それは違う。
ユニコーンの走る速さは八十キロ。とてもティラノサウルスが追い付ける速度ではない。しかし、彼は簡単にユニコーンに追いついて見せた。
ドラゴンとの戦いでは、彼は雲の高さから落とされた。当然、ティラノサウルスがそんな高さから落とされ、生きていられるはずがない。にも関わらず彼は傷一つ負うことはなかった。
ティラノサウルスの肉体は、この世界に来てから生物の常識を超える範囲で強化されていた。
「グーグー」
ティラノサウルスの巨大な寝息が草原に響く。その寝息が聞こえている間だけが、草原に住む生物が安心していられる時間だった。
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