第2話 ドラゴンとの戦い
『見たことのない、魔物?』
『はい、その通りです』
『それで、俺にどうしろと?』
デボンの森、人間が決して立ち入ることのできないこの森は魔物達の住処となっている。魔物はそれぞれのテリトリーを持っている。もし、互いのテリトリーを勝手に犯した場合には、戦争になる危険もある。そのため、相手のテリトリーに入る際には、最上級の礼儀をとらなければならない。
今、ゴブリン達がある魔物のテリトリーの中にいた。目的は、そこにいる魔物にあることを頼むためだ。
『是非、我々の仇を取っていただきたい!』
『仇?』
『我々の仲間が奴に殺されました』
『それは、気の毒だった。それで、何故俺に頼む?』
ゴブリンが他の魔物に何かを頼むことは、ほとんどない。人間に仲間を殺されたとしても自分達で復讐を果たす者達だ。このように頼み込んできたのは初めてのことだ。
『我々では、無理だからです!』
ゴブリン達は悔しさに身を震わせ、涙を流している。魔物は目を見開く。ゴブリン達のこんな姿は初めて見た。
『それほどの相手か?』
『それほどの相手です』
魔物は目を細め、口の端を上げる。
『なるほど、興味が出てきた』
『では、引き受けてくださるのですか?』
『人間、五十人で手を打とう』
『直ぐに用意いたします!』
『決まりだな』
魔物は立ち上がる。体の大きさは、ティラノサウルスとほぼ互角。体には口には鋭い牙がそろい、体からは巨大な翼が生えていた。
ドラゴン。伝説級の魔物だ。
『お腹すいた……』
若いティラノサウルスがこの世界に来てから、一週間になる。彼はその間、まだ何も食べていなかった。
あの小さな生物達から何とか逃げ出した彼だったが、走る内にいつの間にか荒野にいた。歩いても、歩いても続く荒野。動物どころか植物もほとんどない。歩く途中で見つけた小さな川で、何とか水分だけは確保していたが、それも限界だ。
遂に彼は動けなくなった。その場に寝そべり、目を閉じる。
『俺、死ぬのかな……』
彼は『死』を知っている。目を閉じたまま、二度と起きなくなった仲間を何頭も見てきたからだ。自分もいずれ、ああなるのだろう。それは、本能的に察していた。
『嫌だな、怖いな』
死を恐れながら、彼は眠りにつこうとしていた。その時、空から何かが聞こえた。
バサバサ。
翼が羽ばたく音がする。彼は目を開け、空を見上げた。
空から、自分とほぼ同じ大きさの生物が降ってきた。地面が揺れ、ドンと凄まじい音が辺りに響く。
それは、またしても彼の知らない生物だった。
「テイラ、エルクルシムレア(ほう、本当に初めて見る生物だ)」
ドラゴンは、自分と同じ大きさはある生物を見る。これが、ゴブリン達が行っていた巨大トカゲか。確かに、こんな魔物は今まで見たことがない。
「レイ、ジョリチ(おい、お前)!」
ドラゴンは巨大トカゲに話し掛ける。
「ロチミレイタ(どこから来た)?クロミバリタ(種族名は)?」
しかし、いくら尋ねても返事はない。ゴブリンの言う通り言葉は通じないようだ。倒す前に正体を知りたかったが言葉が通じない以上、それは難しいだろう。
「クライシラル、コピライジェ(仕方ない、依頼を果たそう)」
巨大な翼をはためかせドラゴンは、猛然と巨大トカゲに襲い掛かった。
『なんだ、このトカゲ?』
ティラノサウルスの目の前に突如として、翼の生えたトカゲが降ってきた。顔つきなどは自分達と似ていなくもないが、翼の生えた仲間は見たことがない
「テイラ、エルクルシムレア」
翼の生えたトカゲは、何か鳴いている。自分が戦った二本足の生物の鳴き声と同じものだ。
「レイ、ジョリチ!」
翼の生えたトカゲは、何か話し掛けているような様子だ。
「ロチミレイタ、ロミバリタ」
しかし、やはり意味は分からない。
「クライシラル、コピライジェ」
翼の生えたトカゲは独り言のように鳴くと、若いティラノサウルスに突然襲い掛かってきた。
ドラゴンは巨大トカゲの首に噛みつくと、鋭い牙を首に突き立てた。
『ん?』
しかし、ドラゴンは違和感を覚える。いつもなら、牙が食い込む感覚がある。しかし、今回は手ごたえがまったくない。牙が通っていないのだ。
『ほう』
ドラゴンは驚いたが、さほどショックは受けていない。これもゴブリンから聞いていた通りだ。ゴブリン達は自分達の武器が全く効かなかったと言っていた。半信半疑だったが、今なら信じることが出来る。こいつの固さは尋常ではない。
ドラゴンも話を聞いていなかったら、ゴブリン達と同様にショックを受けていただろう。しかし、知ってさえいれば対策は立てられる。
ドラゴンは、強引に巨大トカゲを倒した。そして、上から何度も噛みつき巨大トカゲの頭を地面に叩きつける。
「キュー」
巨大トカゲが鳴いた。ドラゴンに鳴き声の意味は分からなかったが、怯えていることは理解できた。
『命乞いをしても無駄だ』
この戦いは、遠くからゴブリン達に見られている。巨大トカゲが息絶える所を見たいのだという。ドラゴンはそれを許可した。
ゴブリン達の依頼は、巨大トカゲの抹殺だ。既に前払いとして報酬も貰っている。報酬を受け取った以上、約束は必ず守る。
『お前には何の恨みもないが、悪く思うな!』
何度も頭を地面に叩きつけられた巨大トカゲは、ぐったりとして動かなくなる。傷をつけることはできなくても、衝撃は効くようだ。
ドラゴンは、最後の仕上げに移る。
『うおおおおおおおお!』
ドラゴンは牙と爪のついた足で、巨大トカゲの体をガッチリと掴む。そして、そのまま空高く舞い上がった。
ドラゴンは巨大トカゲを持ったまま、ぐんぐん上昇する。雲の高さまでドラゴンと巨大トカゲは到達した。
「タリア(じゃあな)」
ドラゴンは掴んでいた巨大トカゲの体を離した。
翼を持たない巨大トカゲは、猛烈な速さで落ちていく。そして、そのまま地面に叩きつけられた。ドラゴンが降ってきた時以上の凄まじい音が響き、激しい土煙が舞う。
「ポイヤ(やった)!」
ゴブリン達が歓喜の声を上げる。ドラゴンもゴブリン達も誰もが、巨大トカゲの死を確信した。
ドラゴンが地面に降りる。地面に叩きつけられた巨大トカゲは動かない。原型が留まっていることには驚きだが、さすがにあの高さから落ちたら生きてはいまい。
巨大トカゲの死体は、ゴブリンに引き渡す約束になっている。ドラゴンは巨大トカゲに爪を掛けた。
ピクリと一瞬、巨大トカゲの小さな手が動いたように感じた。
「リイヤ(まさか)?」
ドラゴンはとっさに巨大トカゲから離れる。
「グオ」
小さな鳴き声と共に、巨大トカゲがゆっくりと立ち上がった。
ドラゴンは目の前の光景に、目を見開く。
『何故生きている?』
あの高さから落ちて生きていられるわけがない。
実はこの時、巨大トカゲの意識はまだ完全に戻ってはいなかった。攻撃するなら今が最大のチャンスだったが、混乱と驚愕で動けないドラゴンは絶好のチャンスを見送ってしまう。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!」
巨大トカゲが咆哮を上げる。今、彼の意識は完全に覚醒した。
翼の生えたトカゲに、若いティラノサウルスは突然襲われた。首に噛みつかれ、倒された。そして、何度も地面に叩きつけられる。
『痛い、痛い、痛い!』
若いティラノサウルスは、恐怖に怯える。
「キュー」
ティラノサウルスは、降伏の鳴き声を出す。ティラノサウルス同士の争いなら、どちらかが降伏すれば決着がつく。争いが怖かった若いティラノサウルスは、いつも戦いになる前に降伏していた。今回も、降伏さえすれば相手は諦めると思っていた。
しかし、今度の相手はティラノサウルスではない。いくら降伏の鳴き声を出しても、相手は一向に攻撃をやめなかった。
若いティラノサウルスの意識が次第に遠いていく。やがて、ティラノサウルスは完全に動けなくなった。動けなくなったティラノサウルスを翼の生えたトカゲは、持ち上げる。 そして、そのまま上に連れて行かれた。
地面がどんどん遠ざかり、ものが小さくなっていく。白い煙がたくさんある場所に連れてこられると、翼の生えたトカゲは彼を離した。
彼の体は重力に引っ張られ、地面に落ちていく。
『俺、死ぬのかな?』
この高さから落ちたら、確実に死ぬだろう。
『死ぬのかな?』
ティラノサウルスの体が地面に落ちていく。
『死ぬ?』
猛烈な速さで、落ちていく。
『……いやだ』
地面が近づく。
『いやだ』
地面が目前に迫る。
『嫌だ!』
地面に落ちる。
『死にたくない!』
真っ暗な闇に彼は落ちる。
真っ暗な暗闇の中で、彼は思う。
そうだ。死んだら全てなくなる。いなくなる。真っ暗。何もない。何も感じない。
見ることも、聞くことも、鳴くことも、食べることも、飲むことも、歩くことも、走ることも、匂うことも、味わうことも、喜ぶことも、怒ることも、怖がることも、悲しむことも、悔しがることも、希望を持つことも、絶望することも、傷つくことも、傷つけられることも、戦うことも、逃げ出すことも、風を感じることも、雨に打たれることも、陽ざしにさらされることも、熱いと感じることも、寒いと感じることも、夜眠ることも、周りを見張ることも、星を見ることも……。
生きることも。
何もできなくなる。
当たり前のことに、彼は気付いた。
若いティラノサウルスの中で何かが弾ける。
彼がこの世界に出てきてから、五年が経っている。しかし、彼はまだ生まれていなかった。存在しているだけだった。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!」
咆哮と共に彼の目が覚める。
彼は今、ようやく生まれた。
咆哮を上げティラノサウルスは、猛然とドラゴンに襲い掛かった。その気迫と殺気は、先程までと同じ生物だとはとても思えない。
「クオ(うお)!」
ティラノサウルスの気迫にドラゴンがたじろぐ。
「ハリメルシ、オイコビリラ(嘘だろ、何故死んでない)?」
「グルオオオオオオオオオオオオ!」
考える暇も与えず、ティラノサウルスがドラゴンの目前に迫る。ドラゴンは慌てて空に逃げようとした。しかし、完全に空に逃げ切る前にティラノサウルスに足を噛まれた。
「ギァ!」
あまりの痛みに、ドラゴンが悲鳴を上がる。
「ロミア(離せ)!ロミア(離せ)!」
ドラゴンは噛まれていない方の足で、ティラノサウルスの頭を蹴る。だが、ティラノサウルスは離さない。
「グオオオオオオオオ!!!!!!!」
ティラノサウルスは、大きく体を振り下ろした。ティラノサウルスに足を噛まれたままのドラゴンが地面に叩きつけられる。
「グハ!」
叩きつけられた衝撃で、ドラゴンの息が止まり、体が動かなくなる。ティラノサウルスは、それを見逃さなかった。ドラゴンの足から口を離すと、今度はドラゴンの首に狙いを定める。
「リバ(くそ)!」
ティラノサウルスの牙が首に届くよりも、一瞬早くドラゴンの呪縛が解けた。ティラノサウルスの牙をギリギリで躱す。ドラゴンは再び距離を取ろうとしたが、足に受けたダメージのせいで思うように動けなかった。空に逃げる時間もない。
「ヤテリモシカレ(間に合わん)!」
逃げることが出来ないなら、攻撃するしかない。
「ラレティア(仕方ない)」
ドラゴンは、大きく口を開いた。すると、ドラゴンの口の中から巨大な炎が噴き出される。巨大な炎がティラノサウルスに襲い掛かる。この炎は普通の炎ではない。この炎は魔法によって作られたものであり、普通の炎では燃やすことが出来ないものまで、ありとあらゆるものを燃やす。
このドラゴンが使える最大の魔法だ。この魔法は体力を大幅に使うため、魔法を使用後は強烈な疲労感が襲ってくる。そのため、滅多なことでは使うことはなかった。
しかし、その分この魔法の威力は絶大だ。この魔法を受けて生き残って者はいない。生物であろうと魔物であろうと魂ごと燃やされてしまうからだ。その炎をティラノサウルスは、まともに受けた。これで、ドラゴンの勝利は決まったかに見えた。
だが、
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
炎の中から、怒声と共にティラノサウルスが現れた。その体は、火傷すらしていない。
「キプリ(馬鹿な)!」
物質だけでなく魂すら燃やす究極の炎が通じてない。ドラゴンは目の前の光景が信じられなかった。
「グルアアアアアアア!」
「ガハッ!」
呆けているドラゴンに、ティラノサウルスの牙が首に食い込んだ。ドラゴンがいくら暴れても、振りほどくことが出来ない。
「キプリ(馬鹿な)!キプリ(馬鹿な)!キプリ(馬鹿な)!キプリ(馬鹿な)!キプリ(馬鹿な)!」
ドラゴンの牙はティラノサウルスに全く通らなかった。しかし、ティラノサウルスの牙はドラゴンの首にあっさりと食い込んだ。そのことが、ドラゴンには信じられなかった。
「テラシクミラ(なんて力だ)!」
ティラノサウルスの牙が徐々にドラゴンの首に沈んでいく。ミシ、ミシとドラゴンの首が嫌な音を立てる。
「コポラ、レヌ(まさか、死ぬ)?シべミクレ(この俺が)?」
ドラゴンはここで初めて、死の恐怖を感じた。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ドラゴンは、必死に暴れる。しかし、ティラノサウルスの牙は外れない。
ティラノサウルスは決して、離さなかった。
食べるためではない。怒りでも、復讐でもない。彼はただ死にたくなかった。ここで離したら、ドラゴンは必ず反撃してくる。そうしたら、今度は死んでしまうかもしれない。
戦うのは、怖い。だが、死ぬのはもっと怖い。
ならば、戦うしかない。死にたくなければ戦うしかない。ティラノサウルスは顎に渾身の力を込めた。
ゴキ。
何かが折れる音が、遠くで戦いを見ていたゴブリンにも届いた。その音を聞いたティラノサウルスはドラゴンの首から牙を外す。ドラゴンの体がドサリと地面に落ちた。
それっきり、ドラゴンが動くことは二度となかった。
勝った?
ティラノサウルスは目を見開く。彼は五年の生涯で初めて勝利した。
『勝った、勝った、勝った、勝った、勝った、勝った、勝った、勝った』
ティラノサウルスは喜びに体を震わす。はじめての勝利に、そして生きている喜びに。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
ティラノサウルスは雄叫びを上げる。歓喜の咆哮は何処までも響き渡った。
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