ティラノサウルス、異世界を喰う。
カエル
第一章
第1話 ゴブリンとの戦い
白亜紀後期。
人類が誕生する遥か昔。哺乳類がまだ脇役で、地球の支配者が恐竜だった頃、その生物は地上を闊歩していた。
ティラノサウルス。
恐竜に詳しくない者でも、一度はその名を聞いたことがあるだろう。世界で最も有名な恐竜はこの時代、最大級の捕食者として恐れられていた。
しかし、全てのティラノサウルスが無敵だったわけではない。
「グオーーーー」
「ガーーーーー」
今、二頭のオスのティラノサウルスが争おうとしている。理由はごく単純、メスの奪い合いだ。
一頭は、生まれてから五年程の経過している若いオス。もう一方は、生まれてから二十五年の高齢のオスだ。
二頭は睨み合い、大きく吠えて互いを威嚇する。自分の力を誇示し、相手の戦意を削ぐためだ。戦いの何割かは、戦意によって決まる。たとえ、力の差があったとしても相手より自分の戦意が勝っていれば、勝敗が逆転することは珍しくない。
この二頭のオスの体格は、ほぼ変わらいない。体力的に高齢のオスの方が不利なような気もするが、このオスは何度も戦いを経験してきたベテランだ。戦いになれば、どちらが勝つか分からない。
ボルテージは最高潮に達し、今まさに戦いが始まろうとした時、意外なことが起きた。
「キューーー」
若いオスが急に情けない鳴き声で鳴き、あっさりと降伏したのだ。この展開に周りで見ていた仲間も高齢のオスも呆気にとられていた。
実は、この若いオス。生まれてから一度も勝てたことがないのである。
このオスは、生まれた時から臆病な性格だった。
子供の頃は兄弟に苛められ、大人に成長してからもメスを巡る争いでは、いつも負けていた。当然、群れでの順位は最下位。獲物を捕えても彼が食べる事が出来るのは、他の仲間が食べ終わってから。群れが移動する時は、いつも最後尾。常に他のティラノサウルスに気を遣わなければならず、子供のティラノサウルスにすら馬鹿にされていた。
この日も彼は、群れの最後尾を歩いていた。
最近、雨が降らない日が続いた結果、川の水はすっかり干上がってしまった。草食恐竜は水を求めて移動し、ティラノサウルスも草食恐竜を追って移動しなければならなくなったのだ。移動は長時間に及び、周りはすっかり暗くなった。
日が完全に沈んだところで、群れは本日の移動を終える。ティラノサウルス達は、その場に寝そべり、スヤスヤと眠り始めた。しかし、若いオスのティラノサウルスは、眠ることができない。彼は皆が寝ている間、周りを見張らなくてはならないのだ。
大人のティラノサウルスに、ほとんど敵はいない。しかし、子供のティラサウルスは別だ。力の弱い子供のティラノサウルスは、いとも簡単に他の肉食恐竜の餌食となる。
子供達を守るため、眠る時には周りを見張る者が必要となる。見張りは、群れの大人全員が交代で行うが、順位が最下位である彼が一番見張りの時間が長い。
彼は眠気を必死に堪え、周りを見張った。
見張りは辛い。しかし、彼には微かな楽しみがあった。彼は周囲を見張りながら、ふと空を見上げる。そこには満天の星が浮かんでいた。
彼は、星を見るのが大好きだった。
綺麗な星空を見ると、辛い日々を忘れさせてくれる。あそこに行きたくて、何度かジャンプしてみたが、届くことはなかった。
しかし、いくら星が綺麗でも朝になれば消えてしまう。そうなれば、また仲間に虐げられる毎日の始まりだ。そのことを思い出し、彼は気を落とす。
その時、空にあった星の一つが光った。
星の光は、あっという間に大きくなる。彼が仲間に知らせる間もなく、星は彼らのいる場所に落ちた。
その衝撃は凄まじく、辺り一帯をすべて吹き飛ばした。
ペルム国。
この国には、かつて多くの人間が住んでいた。しかし、今では多くの人間が魔物に殺され、住処を追われている。そして、また村が一つ魔物に襲われ、壊滅しようとしていた。
「グシャアアアア」
「キエエエエエエ」
「逃げろ!!!」
「うわあああああ」
「た、助けてくれ!」
村を襲っている魔物の名はゴブリン。姿は人間と似ている部分があるが、その力は段違いだ。並の人間がゴブリンを倒そうとすれば、武装した人間五人掛かりでやっと一匹倒す事が出来る。
生身の肉体でさえ、それ程の強さを誇るゴブリンが今、武装して村に攻めてきている。しかも、その数は村に住んでいる人間の倍近い。
通常、力のない村は冒険者と呼ばれる魔物と戦うことを職業としている者達を雇う。冒険者はレベルによって、その強さがランク分けされており、高レベルの冒険者の強さは、一般人とは天地の差がある。鍛え上げられた剣技、大地を揺るがす魔法。
高レベルの冒険者ならば、ゴブリンが何匹いたとしても倒すのは、さほど難しくはない。
しかし、高レベルの冒険者を雇うには高い金が要る。この村は貧しく、高レベルの冒険者を雇う事が出来なかったため、報酬が安い低レベルの冒険者しか雇えなかった。
雇った冒険者達はあっけなく殺され、村が壊滅するのは最早時間の問題だった。
「きゃあああ」
逃げ遅れた一人の女性がゴブリンに髪を掴まれた。女性の顔が恐怖に歪む。それを見たゴブリンは笑みを浮かべ、持っていた刀を振り上げる。その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
突然、辺りが暗くなり、雲も出ていないのに空中にバチバチと雷が鳴る。やがて、空中に巨大な黒い球が現れた。
あまりの光景に、刀を振り上げたゴブリンの手が止まる。ゴブリンは女性の髪を離した。
「ひいいいい」
女性は悲鳴を上げながら逃げるがゴブリンは、その女性を追わなかった。ゴブリンは黒い球に目を奪われている。他のゴブリンも同様だ。
黒い球は膨張をしていき、やがて巨大な音を立て弾けた。その衝撃で近くにいたゴブリン達が吹き飛ぶ。
吹き飛ばされたゴブリン達が立ち上がると、そこに黒い球はなかった。しかし、ゴブリンは黒い球がなくなってもなお、その場所を見続けていた。そこに、黒玉の代わりに別のものがいたからだ。
黒い球の代わりにそこにいたもの。それは、巨大なトカゲだった。
『ここは、どこだ?』
彼が最初に思ったことは、それだった。周りを見渡すが、周囲に彼の仲間はいない。夜だったはずなのに、何故か昼のように明るかった。そして、彼が一番疑問を抱いたのは目の前にいる二本足で立つ小さな生物だった。
『なんだ、こいつらは?』
初めて見る小さな生物に彼は動揺する。小さな生物は、彼をぐるりと取り囲んでいた。小さな生物はジリジリと彼に近寄ってくる。臆病な彼は、自分より小さいその生物に怯えた。
「ジョリチアクリシミレシ?」
「カカクミレ!」
小さい生物は、彼に向かって何か吠えている。しかし、彼にはその意味が分からない。
「クリシミレシコピアエイ、カカクミレ!!!」
小さな生物の一匹が彼に向かって大きく鳴いた。そして、小さな生物は彼との距離をさらに距離を詰める。彼の恐怖はピークに達した。
『来るなアアアアアアア!!!』
彼は、小さな生物に向かって大きく吠えた。
突然現れた巨大なトカゲにゴブリンは混乱した。このような魔物は見たことがない。ゴブリンは取りあえず、巨大トカゲを取り囲む。
「ジョリチアクリシミレシ(お前は何者だ)?」
「カカクミレ(答えよ)!」
ゴブリンは、巨大なトカゲに話し掛けた。魔物同士は種族が違っていたとしても話す事が出来る。完璧に意思疎通できるわけではないが、それでも知能が高い魔物同士なら、種族が違っていたとしても、ある程度のコミュニケーションが可能だ。しかし、何度ゴブリンが話し掛けても、巨大トカゲからの返事はない。
「クリシミレシコピアエイ、カカクミレ(何者かと聞いている、答えよ)!!!」
苛立った一匹のゴブリンが荒々しく、巨大トカゲに問う。その直後、巨大トカゲが吠えた。
「グオオオオオオオオオオオオオ!」
凄まじい咆哮。まるで天を切り裂くようなその咆哮に、多くのゴブリンが腰を抜かした。
「アアアア!」
その咆哮に怯えたゴブリンの一匹が、思わず巨大トカゲに向かって弓矢を放った。人間の武装を貫通する程の威力の矢が巨大トカゲに飛んで行く。
だが、巨大トカゲに当たった矢は、キンという音と共に弾かれた。
「キャ?」
ゴブリン達は驚く。この矢を受けて無傷だった生物はいなかったからだ。
「グアオオオオオアアアア」
矢を受けた巨大トカゲは、矢を放ったゴブリンに向かっていく。
「グレゴラ(逃げろ)!!」
ゴブリンの一匹が叫ぶ。だが、矢を放ったゴブリンは怯えて動けない。
バキ。
巨大トカゲの巨大な牙が、ゴブリンに突き刺さった。牙は、ゴブリンの武装を簡単に砕き、肉を切り裂き、骨を潰した。たった一噛みで、矢を放ったゴブリンは絶命した。
「ギャアアアア!!!」
「ジッラ(撃て)!」
他のゴブリンよりも豪華な武装をしたゴブリンが叫ぶ。ゴブリン群のリーダーだ。
リーダーの合図で、巨大トカゲに向けて一斉に矢が放たれた。しかし、矢は一本も巨大トカゲにかすり傷を負わせることすら、できなかった。
「ピリンバ、ケシア(ちくしょう、かかれ)!!」
リーダーのゴブリンが命令すると、ゴブリン達は弓矢を刀に持ち替え、巨大トカゲの足に切り掛かった。
「リバ、ミレシイ(くそ、なんて硬さだ)!!」
しかし、いくら刀を叩きつけても、傷一つ入らない。それどころか、刀の方が巨大トカゲを斬りつけるたびに、欠けていく。
「グアアアアア!!」
巨大トカゲが再び、雄叫びを上げる。同時に、巨大トカゲの尾がゴブリン達に襲い掛かった。
「ギャ!」
「グエ!」
尾の一撃を受けたゴブリン達は、その衝撃で吹き飛ばされる。尾の一撃はゴブリンの武装だけでなく、骨も砕いた。
「ミレグ(下がれ)!!!」
リーダーのゴブリンの合図でゴブリン達が下がった。ゴブリン達の顔は、人間を襲っていた時とは真逆の表情になっている。その時、巨大トカゲとリーダーのゴブリンの目が合った。
「グアアアアアア!」
巨大トカゲは他のゴブリンを無視して、真っ直ぐリーダーに向かう。
「ネイリイ(隊長)!)」
「ピリンバ、エレ(ちくしょう、こい)!!」
リーダーのゴブリンは剣を構える。このゴブリンの強さは、並みのゴブリンとは次元が違う。高レベルの冒険者でも手こずるその強さは、幼き頃より血のにじむような訓練を重ねた結果だ。その強さは、ゴブリン達の間でも伝説に……。
ベキ。
巨大トカゲは、リーダーのゴブリンにガッチリと牙を食い込ませた。豪華な武装は他のゴブリンの武装と同じく、あっさりと砕かれ、何の役にも立たなかった。
巨大トカゲは、リーダーのゴブリンを咥えたまま二回首を左右に振ると、勢いをつけてゴブリンを離した。リーダーのゴブリンの死体は、小石を投げた時のように遠くに飛んで行った。
「ネイリイ(隊長)!)」
「キキ、ワタル(ああ、そんな)!」
飛ばされたリーダーを見て、ゴブリン達の顔から血の気が引く。リーダーを投げ飛ばした巨大トカゲの鋭い眼光が、今度はゴブリン達を捉えた。
「ヒイイイイイ」
「ヘイリア(化物)!!」
「グレゴラアアア(逃げろおおお)!!!!!」
ゴブリン達は、蜘蛛の子を散らす様に一目散に逃げ出す。後には、巨大なオオトカゲと襲われていた人間達だけが残されていた。
巨大トカゲが、今度は人間達を見る。
「ひぃ」
人間達は、見たこともないその怪物に恐怖し、戦慄する。しかし、巨大トカゲは人間から視線を逸らすと、どこかへ走り去ってしまった。
巨大トカゲが走り去ると、そこには人間達だけが残った。
『怖かった、怖かった、怖かった』
若いオスのティラノサウルスは、脇目も振らずに走った。気が付いたら、知らない場所にいて、知らない生物に襲われた。その恐怖は尋常ではない。
『何だったんだ、一体……』
いきなり攻撃され、彼は恐怖のあまりパニックになった。攻撃されている間は、ほとんど本能で動いており、とりあえず自分を攻撃したもの、動くものを攻撃した。
しかし、いくら攻撃しても小さな生物は一向に減らなかった。そこで、一か八か群れのリーダーらしきものを攻撃した。彼の判断は正しかった。リーダーらしきものを倒した結果、小さな生物はやっと逃げてくれた。
他にも彼を襲ってきた小さな生物と似たものもいたので、警戒したが、こちらは襲ってはこなかった。しかし、いつ襲われるかも分からないので、慌てて逃げたのだ。
『はぁ、それにしても仲間は一体どこに行ったんだ?』
見知らぬ場所で、一頭だけでいるのは危険すぎる。例え、群れでの地位が最下位だとしても、一刻も早く仲間と合流しなければならない。
見知らぬ世界を若いティラノサウルスは走り続けた。
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