第10話 二種の怪物

『どう……して……』

『俺だ……俺だ……俺だ……俺だ……俺だ……俺だ……俺だ……俺だ。彼女に血を吸ってもらうのは、俺だああああああああ!』

『俺だ!俺が血を吸ってもらうんだああああ』

『私よ!血を吸っていただくのは、ワタシヨオオオオオオ』

『お……前……が……や……った……のか』

『僕は何もしてないよ。僕の近くにいると、こうなっちゃう人間がいるんだ』


「これが、隠者の森で発見された護衛隊長であるジョン=レモンドの記録です」

 司会役の男が机の上に置いてある石を軽く指で二回触れる。すると、壁に映し出された映像が消えた。

 ペルム国中央円卓議会。今、ここで緊急の会議が行われている。

「次は、護衛メンバーの一人であるミラ=トーラスの記憶です」

 司会役の男が先程とは違う石を軽く叩く。すると壁に別の映像が映し出された。

『デッドボイス』、死体が生前見た映像や音声を自分も見たいり、聞いたりすることが出来る魔法。映像や音声は死ぬまでの一時間程度を抽出することが可能で、レコードストーンと呼ばれる石に映像を記録させれば、他人にも見せることが出来る。

「映像は、これで以上です」

 全ての石の記録を見ると、議員の一人がポツリと漏らした。

「……最悪の事態になった」

 かつて、人間を滅ぼしかけた吸血鬼。その封印が解けてしまった。その事実に、誰もが顔を曇らせる。

「だから、早く殺しておけばよかったのだ!」

 元冒険者のガリウムが机を叩く。

「あの巨大トカゲをもっと早く殺しておけば、こんなことにはならなかったのだ!」

 ガリウムは、巨大トカゲが現れた当初から人間に害を与える前に殺すべきだと、主張していた。しかし、ラプタという議員がそれに反対したため、議会は、巨大トカゲを『殺すべき』という意見と『まだ様子を見るべき』と意見の二つに分かれ、大討論となった。

 最終的に中央議員円卓会議のメンバー五十人の内、『殺すべき』という意見が二十三人、『まだ様子を見るべき』と言う者が二十七人という結果となり、巨大トカゲの退治は見送られることになった。

 司会役の男はガリウムの意見を聞き、ラプタを見る。

「ラプタ殿、何かご意見はございますか?」

「……」

 ラプタは黙る。ラプタはガリウムの意見に反対する際、巨大トカゲは他の魔物達と敵対している可能性があり、人類の味方になるかもしれないと主張していた。魔物に対する切り札を確保できるかもしれないという彼の考えは、一部の議員達にも受け入れられた。だが、巨大トカゲが吸血鬼の封印を解いてしまったことで一転、彼の立場は一気に悪くなる。

「何とか、言ったらどうなんだ!ラプタ殿!」

「落ち着かれよ、ガリウム殿」

 司会役の男が、ガリウムを制すると、一人の女性議員に意見を求めた。。

「巨大トカゲについて、何か分かった事は?ロロフス殿?」

 ロロフスは、かつて魔物調査班という場所に在籍しており、そこでの数々の功績によって中央円卓議会のメンバーに選ばれた。その経験から彼女は、新たに創設された巨大トカゲ解析班の責任者に抜擢されていた。

「まだ、何も……」

「何も?解析班は、随分のんびり屋なのですな」

 別の議員の嫌味に、ロロフスは席を立ち激しく怒鳴る。

「私達は、必死にやっております。解析班の皆は寝る間も惜しんで、必死に巨大トカゲの解析を……」

「結果が出さなければ、意味はない!」

 その言葉に、ロロフスは黙る。正論、どんなに頑張ったとしても結果を出さなければ意味はないのだ。ロロフスは唇を噛んで悔しがり、席に座った。

「巨大トカゲよりも、今は吸血鬼をどうするかの方が先決だろう」

 ニクスという議員の発言によって、場の空気が巨大トカゲから吸血鬼へと移る。


 吸血鬼は既に村を一つ壊滅させていた。村人は全員血を一滴残らず吸い取られており、その犠牲者は五百人超えていた。


「早くしないと、此処も危ないぞ」

「それは、まだ大丈夫でしょう。此処には魔物除けの高度な魔法が掛けてあります。それに吸血鬼の封印が解けたとの報告を受けたと同時に、聖なる結界も発動させています。吸血鬼といえども、そう簡単には入ってはこれないでしょう」

(ふん)

 ガリウムは心の中で毒づく。辺境の村が魔物に襲われた時などの対処は遅いくせに、自分達の身が危ないと知ると、とたんに行動が迅速になりやがる。まぁ、此処にいる時点で自分も同類だが。

「しかし、だからといって放っておくわけにもいくまい」

「吸血鬼は、今どこに?」

「デボン村を壊滅させた後の消息は不明です」

「くそ、一刻も早く見付けなければ!」

「もし、見つけたとして吸血鬼どうにかできるのか?」

「……再び、封印するしかあるまい」

「どうやって?」

「前に吸血鬼を封印した方法と同じやり方を採るしかないだろう」

「つまり、人海戦術か」

「しかし、人海戦術となるとペルム国の人間だけでは足りぬぞ」

「各国にも、援軍を頼まねばならぬ」

「それは、まずい。もし、吸血鬼の封印が解けたことが他の国に知れたら……」

「非難されるばかりか、援助金が打ち切られる可能性がある」


 世界中の人間を喰らい続けていた吸血鬼。このままでは人類が滅びかねないに状況に、それまで争っていた各国の人間達は一時的に争いをやめ、吸血鬼討伐のために手を組んだ。吸血鬼討伐のために用意された人間は兵士、冒険者合わせて一千万人を超え、吸血鬼に対する攻撃は昼夜を問わず行われた。多くの犠牲者を出したが、連日行われた攻撃に、さしもの吸血鬼も力を使い果たす。そして、吸血鬼が弱った所を高名な術者が魔封じの壺に封印することに成功した。

 だが、ここで問題が生じた。どの国が封印した吸血鬼を保管するのかということである。

 封印した吸血鬼を持つということは、爆弾を抱えるのと同じことだ。もし、吸血鬼の封印が解けてしまえば、真っ先に襲われるのは吸血鬼を保管している国だからだ。

 議論の末、吸血鬼を封印した壺は、聖なる土地が数多くあるペルム国に置かれることになった。しかし、ペルム国もタダで吸血鬼を保管することを受け入れたわけではない。吸血鬼封印のための維持費として各国に援助金を要請した。他国は、自国の危険と援助金の額を天秤に掛けた末、ペルム国の要請を全面的に飲んだ。


「援助金の打ち切りは、まずい。何とか、この国の戦力だけで吸血鬼を封印せねば」

「何を馬鹿なことを!何百万、何千万……いや、それ以上命が危険に晒されているのだぞ!」

「馬鹿なことを言っているのは貴殿だ。援助金は、この国の国家予算の一割を占めているのだぞ!もし打ち切られれば、ペルム国の経済に大打撃だ」

「経済よりも命の方が大切であろうが!」

「例え、吸血鬼を封印できたとしてもこの国の経済が崩壊したら、飢え死にする者が多く出る。そうなれば、意味はない!」

「そもそも、何故吸血鬼を封印した壺の護衛がたった二十二人しかいなかったのだ?」

「吸血鬼のことは国民には、秘匿しているのだ。大人数での護衛だと目立ってしまうだろう。それよりは、少数精鋭の護衛の方がよいと皆で決めたではないか」

「私は、その会議には出席しておらぬ」

「いない方が、悪いのだあろう」

「セキタン国を訪問していたのだ!会議に出席できるわけがなかろうが!」

「まぁ、落ち着いてくだされ」

「いっそ、国民に全てを知らせていても良かったのでは?」

「人類を滅ぼしかけた吸血鬼がこの国にいると知れば、他国へ逃げる者が大勢出てくるだろうが、そんなことも分からぬのか!」

「何だと!」


 怒号が飛び交う会議は深夜まで続いたが結局、吸血鬼をどうするのかという具体的な案が出ることはなかった。


「全く、無意味な会議であった」

 馬車に揺られながら、議会の進行役をしていた男がぼやく。ほとんどの者が自分の保身しか考えておらず、相手の足を引っ張る事しか考えていない。まともに考えているのは、ガリウム、ラプタ、ロロフスの三人ぐらいだろう。それぞれの考えは異なっているが、この三人は国民のことを考えているように見える。

「到着しました。ご主人様」

 馬車が巨大な門をくぐり、豪邸の前で止まる。家の扉が開かれ、たくさんのメイドが男を出迎えた。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

「ああ」

 男はスーツをメイドに預けると、そのまま寝室の扉を開けた。

「しばらく休む。風呂の準備が出来たら呼びに来い」

「かしこまりました」

 メイドは、一礼して仕事に戻って行く。男は寝室の扉を閉めると、真ん中にある大きなベッドに横になった。

「まったく、どいつもこいつも」

 一人しかいない部屋の中で男は、小さな声で呟く。誰に向けたわけでもない完全な独り言だった。当然、返事などあるはずがない。


「大変そうだね」


 あるはずのない返事に、男はベッドから跳び上がった。慌てて、声のした方を向く。誰もいなかったはずの窓の近くに、誰かが立っていた。男を恐怖が襲う。

「だ、誰だ?」

 男は侵入者の顔を見ようとするが、暗くてよく見えない。

「まぁ、まぁ。そう怯えないでよ」

 侵入者の声は高く、男の声には聞こえない。

(まさか、女か?)

 女。それも、少女のような声だ。

「実は、君に聞きたいことがあってね」

 女はベッドに一歩近づく。男は助けを呼ぼうと、大きく口を開けた。

「だ、だれ……か……」

 声が出ない。いくら、助けを呼ぼうとしてもそれは声にならなかった。暗闇の中で女が笑う気配がする。その時、月を隠していた雲が動いた。月明かりが窓から部屋の中に入り、女の姿を映す。そこにいたのは、漆黒のドレスを身に纏った少女だった。


 美しい。


 少女の姿を見た瞬間、男は雷に撃たれたような衝撃を受ける。一瞬にして恐怖が消え、幸福感が胸を満たした。

「あ、貴方様は、まさか……」

「聞きたいことがあるのだけど、いいかな?」

 少女が口を開く。男は転がるようにベッドから降りて、少女の前に跪いた。

「は、はい。なんで御座いましょう?」

 男はまるで、長年少女に仕えている従者のような態度をとる。

「君は、中央円卓議会で進行役をしているね?」

「は、は、はい!そ、その通りで御座います!」

 少女の問いに、男は何度も頷く。

「今日の会議の内容が知りたいんだ。教えてくれるかな?」

「も、もちろんで御座います。よ、喜んで!」

(ああ、この方のお役に立てる!なんて、幸せなんだ)

 自分は人間を裏切っている。そんな罪悪感など全く抱かず、男は今日の議会の内容を全て少女に話した。


「くっくっく」

 男の話を聞き終わると、少女は楽しそうに笑った。

(ああ、笑った顔もお美しい)

 男は、少女の笑った顔を高価な宝石を見るような目で食い入るように見つめる。

「少しは、進歩しているかと思ったけど、何百年経っても人間は変わらないね」

 そういうと、少女はまた笑い出した。

「まっ、全くその通りで御座います。議会の人間は皆、自分のことばかりで……」

 男が少女に同意すると、少女は退屈そうな目で男を見た。

「それは、君も同じだろう?」

 男は気まずそうに黙る。男が持っている豪華な家の維持費、従者とメイドの給料、さらに最近買った奴隷の購入費用も全ては国民の税金だ。飢えに苦しみ、魔物に襲われる恐怖の怯えている国民も数多くいる中で、ペルム国中央円卓議会に所属する議員の多くがこうした贅沢な暮らしを送っている。

「ま、別にいいんだけどね」

 黒い少女は、人間の社会などに興味はない。今、彼女の興味を引いているのはただ一匹の生物だ。

「ところで、『彼』の情報はもうないの?」

「彼?彼とは……?」

 誰のことを指しているのか分からず混乱する男を見て、少女はニヤリと笑う。


「彼だよ、彼。僕の腕を喰った彼さ」


 少女の言葉に男は一匹の魔物を思い浮かべる。

「『巨大トカゲ』のことでしょうか?」

 男が『巨大トカゲ』の名を口にすると、少女は、ふぅと息を吐いた。

「君達、名前のセンスがないよ。もう少し、マシな名前を付けて上げたらどうだい?例えば、『暴虐の王』とか『華麗なる暴君』とかさ」

「も、申し訳ございません」

「で、他に何か知っていることは?」

「申し訳ありません。会議で出たこと以上のことは何も……」

「ふぅん。じゃあ、一番彼に詳しい人間は?」

「で、でしたら一人います!」

 男は頭の中に浮かんだ女性議員の名前を、少女に告げた。

「分かった。ありがとう」

 少女が礼を言うのと同時に黒い球体が現れ、少女の体を包んだ。黒い球体の中で少女は手を振っている。

「また来るよ」

 黒い球体が消えると、その中にいた少女も煙のように消えた。


 コンコンと扉をノックする音がする。

「ご主人様、お風呂の準備が出来ました」

 メイドの声を聞いて男は、はっとなる。男は両膝を折り、まるで何かに跪いているような恰好をしていた。

(お、俺は今まで何を?)

 男は思い出そうとするが、まるで頭に黒い霧でも掛かっているかのように思い出せない。

「ご主人様?どうかなさいましたか?」

 主人の返事がないことに扉の向こうにいるメイドが不振がる。

「な、なんでもない。すぐに行く」

 男は、メイドに聞こえる様に大声で叫んだ。

(疲れているのかな?)

 記憶がないことを疲労のせいだと強引に解釈して、男は寝室を出た。


『巨大トカゲ』解析班の総責任者であり、中央円卓議会議員であるロロフス=パラサが行方不明になったのは、それから数日後のことである。



 ケイティ砂漠には、恐ろしい二種類の怪物がいる。


「うああああああ」

 今、旅人が怪物の餌食となった。

 デザートワーム。砂の中に潜むミミズのような姿をしている巨大な魔物だ。普段は砂の中に潜み獲物をじっと待つ。人間や動物が砂の上を歩くと、円状の口を大きく開け、砂ごと獲物を飲み込んでしまう。獲物を飲み込むと再び砂の中に潜り、次の獲物を待つ。

 旅人を飲み込んだデザートワームが再び砂の中に潜る。デザートワームは一度獲物を喰えば、数か月は何も喰わなくても平気だが、今回はそんなに待たなくてもいいようだ。デザートワームは再びこちらに近づいて来る足音を探知した。

 ズシン、ズシンと響く足音からすると、相当大きな生物の様だ。デザートワームは獲物が自分の上を通るのを待つ。

 ズシン、ズシン、ズシン、今だ!

 砂の中から大きな口を開け、デザートワームは獲物に襲い掛かった。


 砂漠に生息するもう一種類の恐ろしい怪物は、植物だ。

「は、離せ!」

 長旅で疲れ、砂漠のオアシスで喉を潤していた旅人が襲われた。オアシスの傍に生えていた樹のツタが突然伸びて、旅人に巻き付いたのだ。

 ツタは、旅人を持ち上げ樹の一番上に運んで行く。樹の頭上には、大きな穴が開いており、中には何でも溶かす酸がたっぷりと入っている。

「や、やめろおお!」

 樹は頭上に開いた穴に、旅人を落とす。酸のプールの中に落ちた旅人は、肉も骨も身に着けていた衣服もあっという間に溶かされた。

 デスプラント。砂漠のオアシスに生息する植物で、水を飲みにやって来る生物を餌食にする。旅人を消化したデスプラントはツタを縮めて、再び次の獲物を待つ。


 デスプラントが獲物を待っていると、砂漠の向こうから何かが飛んで来た。

 クネクネと空中で動いているそれは、真っ直ぐデスプラントに向かって飛んでくる。近づくにつれて、それの形ははっきりしていった。巨大な体に円状の口。ミミズの方に長い体。普段は土の中にいるはずのデザートワームが空を飛んでいる。デザートワームに羽はない。また、空を飛べる魔法も使えない。

 デザートワームは飛んでいるのではない。巨大な力で放り投げられたのだ。

 巨大な力で放り投げられたデザートワームは、オアシスの主であるデスプラントに激突した。ぶつかった衝撃で、デスプラントの中にある酸が漏れ、デザートワームに掛かる。

「ギエエエエエエエエエエエエエ」

 酸を浴びたデザートワームが悲鳴を上げる。痛みで暴れるデザートワームは、オアシスに生えているデスプラント以外の植物をなぎ倒していく。

 やがて、デザートワームが飛んで来た方向から巨大な生物が現れた。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 ティラノサウルス。

 自分を襲ってきたデザートワームを凄まじい力で投げ飛ばした怪物は、暴れるデザートワームとデスプラントを見ると、砂漠の砂が振動で大きく動くほどの巨大な咆哮を上げた。

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