第11話 首輪1
ケイティ砂漠。ペルム国とセキタン国のちょうど国境に存在している広大な砂漠。そのケイティ砂漠を六頭のラクダが歩いている。その上には乗っている者達は激しい日差しを避けるため、極力肌を露出しないように長袖、長ズボンの服を身に纏いフードを深く被っていた。彼らは商人であり、現在ある『商品』運んでいる。
「おら!しっかりと歩け!」
ラクダに乗っている一人の男が、『商品』に向かって怒鳴る。怒鳴られた『商品』は怯え、何度も謝る。彼らが運んでいる。否、歩かせている商品。それは、人間に姿が近い魔物だ。
ドワーク八体、ゴブリン六体、シープマン三体、リザードマン三体。皆手足を鎖で繋がれており、何日もその状態で歩かされている。
人間との争いに負けた者、冒険者に捕えられた者。彼らはこれからペルム国の隣国であるセキタン王国に連れていかれ、そこで『奴隷』として売買されることになる。
「ご主人様……」
「なんだ?」
一人の女性が奴隷商人のリーダーの元に近づくと、小さく囁いた。
「彼らの体力は、既に限界に近いです。この辺で休ませても……」
「ああ?お前、まさか俺に文句を言ってるんじゃいよな?」
「い、いいえ。決してそのような……」
「『ロック』」
商人のリーダーが呪文を唱えると、突然女性が苦しみ出した。ラクダから落ち、地面をのた打ち回る。彼女が苦しんでいる原因は、首にはめられている首輪だった。男が呪文を唱えるのと同時に、首輪は縮み彼女の首を絞めつけた。
「『リリース』」
奴隷商人のリーダーが再び呪文を唱えと、首は元の大きさに戻り彼女を解放した。
「ゴホ、ゴホ」
激しく咳き込む女性を男はラクダの上から見下ろす。
「余計なことを言うんじゃねぇ!お前は、自分の仕事をしていればいいんだよ!分かったか!」
「……は、い」
女性は小さく頷くと、弱々しくラクダに乗った。
「ちっ、無駄な時間掛けさせるな」
「……はい、申し訳ございませんでした」
一行は、また歩き始めた。目指すのは、セキタン国。だが、その前に彼らには立ち寄るべき場所があった。
「さっさと、オアシスまで行かないといけないんだからな」
ケイティ砂漠は広大な砂漠だが、所々にオアシスが存在する。しかし、奴隷商人達が立ち寄ろうとしているのは普通のオアシスではない。ペルム国にいくつかある聖なる場所の内の一つ。そのオアシスは『ホーリーオアシス』と呼ばれている。
そこの水は万病に効くとされ、どんな病でもどんな傷でも立ち所に治し、さらには魔法による呪術を打ち消す効果まであると言われている。
『ホーリーオアシス』の場所を知っている人間は少ない。『ホーリーオアシス』の水は、目玉が飛び出るほどの高い金額で取引されるが、市場に出回っているもののほとんどが偽物である。実際に『ホーリーオアシス』に行ったと話す者も多いが、大半が嘘であるため、本当に『ホーリーオアシス』が存在するのか疑っている者も多い。
奴隷商人のリーダーは仕事の際、偶然その地図を手にすることが出来た。
「頭、その地図本物なんですかい?」
「信用のおける客から貰ったものだ。まず間違いないだろう」
「しかし、頭。ホーリーオアシスにはデスプラントっていう化物の樹があるらしいですぜ」
デスプラント、旅人を喰うとされる魔樹。デスプラントを恐れる部下に、商人のリーダーは笑った。
「はははっ、心配するな。化物ならこっちにもいる」
奴隷商人のリーダーは、先程の女性を見る。ラクダから落ちた時、女性のフードは外れ、その顔が露わになっていた。目、鼻、口、そして美しい金髪。綺麗で整った容姿は、多くの者を惹きつける。しかし、その顔には人間とは大きく違う特徴があった。
長く尖った耳。それは、ある種族の特徴だ。
「なぁ、ナノ」
「……はい」
ナノと呼ばれたエルフの女性は、小さく頷いた。
ナノと奴隷として売られる魔物達の首には特別な首輪がはめられている。
『リストリクションカラー』と呼ばれる魔法を込められた首輪で、主に奴隷や囚人に対して使用される。
この首輪をはめた者とはめられた者は主従の契約で結ばれる。首輪は三つの条件のいずれかを満たした場合、締まり奴隷を苦しめる。
一、首輪をはめられた者が首輪をはめた者に危害を加えた場合。
二、首輪をはめた者が『ロック』という呪文を唱えた場合。『リリース』と唱えれば、解除される。
三、首輪をはめた者が死んだ場合。首輪をはめた者が死んでしまえば締まる首輪を解除できるものがいなくなるため、自然と奴隷は道連れとなる。
ナノに首輪をはめたのは奴隷商人のリーダーで、ナノは彼の元に売られてから、もう五年以上も働かされている。
奴隷商人のリーダーは、傲慢で自信家。他人を傷つけることなどなんとも思っていない男で、常に自分の欲望のためだけに行動している男だった。男はナノをよく殴り、ことあるごとに首輪の効果を発動させた。
首輪は、遠くからでも発動することが出来るため、逃げ出すことも、彼に背くことも出来なかった。彼女の他にも奴隷はいるが、ちょっとしたことで短気な彼の怒りを買い、殺される奴隷が後を絶たない。
ナノが幸運にも殺されなかったのは、探知魔法に優れていたのと人語が話せたためだ。人間と魔物、両方の言葉を話せる彼女は魔物との通訳として今日まで生かされていた。
だが、それもいつまで続くか分からない。奴隷商人のリーダーは、奴隷を殺すと直ぐに別の奴隷を買うような男だ。仮に、ナノより優れた探知能力を持ち、人語と魔物の言葉両方を話せる奴隷を買ったのなら、ナノにもう価値はなくなり彼女の命は危なくなる。
いつ、殺されるか分からない恐怖に怯えながらナノは生きている。
「地図だともう見えてもいいんだが……。おい、ナノ!オアシスはまだなのか?」
「は、はい……まだ……いえ、探知しました!」
「遅いんだよ!もっと早く見付けろ!」
「も、申し訳ございません」
「行くぞ!」
怒鳴りながら、商人のリーダーは先を行く。しばらく歩くと、目視でもオアシスが見えてきた。
「見つけたぞ!『ホーリーオアシス』だ!」
「やったぜ!」
奴隷商人達は、一斉にラクダを走らせようとする。その時、ナノが大声で叫んだ。
「止まって下さい!」
ナノの大声に全員が止まる。
「オアシスに何かいます!」
「何かって、何だ?ちゃんと説明しろ!」
ナノはオアシスを凝視する。エルフの眼はかなり遠くまで見ることが出来る。普通に生活している時は視力をセーブしているが、その気になれば十キロ以上先の物も見ることが出来る。
「うっ」
オアシスの光景を見たナノは、強烈な吐き気を催す。
「おい、何が見えたんだ!早く説明しろ!」
ナノは吐き気を必死に堪え、何とか口を開く。
「た……食べられています」
「ああっ!?」
「さ、サンドワームが食べられています!」
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