第7話 追われる者達
今から数百年。一匹の魔物によって、人間が滅びかけたことがある。
村を滅ぼし、町を滅ぼし、国を滅ぼしながら、その魔物は人間を喰らい続けた。
時は経ち、人間はその魔物を魔封じの壺に封印することに成功する。魔物を封じた壺は、聖なる土地に築かれた神殿に納められることになった。
しかし、年月と共に聖なる土地の力も弱まっていった。そのため、魔物を封じた壺は別の地に移されることとなった。
魔封じの壺を乗せた馬車が、雨の森の中を進む。
その馬車の周りを馬に乗った高レベルの冒険者達が囲んでいる。馬車の直ぐ近くに十人、馬車から少し離れた場所に、周囲を魔法で見張る者が三人とそれを守る者が三人の計九人。馬車の中に三人。全部で二十二人の護衛体制だ。
馬車の直ぐ近くにいた一人の男が、自分の耳に手を当てて「ライトテレパシー」と呪文を唱えた。ライトテレパシーは半径百メートル以内にいる者と会話ができる通信魔法だ。何百キロと離れた場所にいる者と通信できる「ヘビィーテレパシー」という魔法もあるが、こちらは魔力の消費が激しいので、近くにいる者と会話だけなら、ライトテラパシーで十分だ。
彼がライトテレパシーを発動して直ぐ、周囲を見張っていた三人の人間の頭の中で声がした。
『ポーラ、ミレイ、ライク。周囲に異常は?』
『ありません』
『ないよ』
『ないぜ』
三者三様の返答に、護衛隊長を任せられることになったジョンは思わず苦笑する。
ポーラ、ミレイ、ライクの三人には自分の周囲を探知できる魔法「サーチ」を使ってもらっている。普通の冒険者が「サーチ」によって探知できる範囲は、百から二百メートル程度。しかしポーラ、ミレイ、ライクの三人の「サーチ」は半径一キロ以上の範囲を把握することが出来る。三人は、探知のスペシャリストだ。
『了解、引き続き周囲を見張れ』
『分かりました』
『うん』
『ラジャー!』
ジョンは、ライトテレパシー解除すると「ふう」と息を吐いた。
「どうしたジョン?」
仲間の一人、モレクがジョンに声を掛ける。
「いや、なんでもない」
ジョンは首を振る。そんなジョンを見て、モレクは彼の肩を叩いた。
「あんまり気張るなよ。目的地までは、まだ遠いんだからな」
「ああ、そうだな」
魔物と戦うことを職業としている冒険者は主に二つに分けられる。魔物を狩るタイプの冒険者と魔物から依頼者を守るタイプの冒険者だ。
前者は、懸賞金を掛けられた魔物を倒すことで得られる報奨金や、魔物の体を材料にして武器や宝石を作る店に魔物を売ることで生計を立てている。一方後者は、依頼者を護衛することで報酬を得ている。護衛任務は長期契約と短期契約があり、村の護衛などは長期契約で結ばれることが多い。
護衛対象は金持ちや物を運搬する大企業であることが多いため、魔物を狩るよりも護衛任務の方が、収入が高い傾向にある。
しかし、駆け出しの冒険者やレベルの低い冒険者に護衛を依頼したいとい思う金持ちや大企業は滅多にいない。駆け出しの冒険者やレベルの低い冒険者にくる護衛の依頼は、高レベルの冒険者を雇うことが出来なかった者達であることが多い。当然、受け取れる報酬も低くなってしまう。
彼らが、高い報酬で護衛の仕事をしたいというのであれば、強い魔物を倒してレベルを上げ、高レベルの冒険者になるしかない。
人類を滅ぼしかけた魔物を封じた壺。
それを乗せた馬車の護衛を依頼された彼らは当然、全員が名の知れた高レベルの冒険者達ばかりだ。無事に仕事を終えた彼らに支払われる報酬の額は、一般人が一生働いたとしても得ることは敵わないだろう。
護衛のリーダーを任されることになったジョンは、何度もこのような仕事を経験しているベテランだ。彼は、その才能と経験で何度も危険な依頼を成功させている。
ジョンは普段、五人の仲間と一緒に仕事をしている。しかし、今回の仕事はその危険度から複数のパーティーと組んで行われることとなった。
個性が強い冒険者達。有事の際にキチンとした連携が捕れるだろうか?ジョンにはそれが不安だった。
「あーあ、それにしても雨止まないな」
ジョンの近くにいた、レイルという男が馬の上で背伸びをしながら愚痴る。
「転移魔法が使えたらなぁ。一っ跳びで目的地に行けるのになぁ」
「仕方ないでしょ」
レイルの愚痴にミラという冒険者が、口を出す。
「転移魔法は危険なんだから」
物質を目的の場所まで、一瞬で移動させることが出来る転移魔法。とても、便利だが転移魔法にはいくつかのリスクがある。
まず、転移魔法には莫大な魔力が必要となるため、個人で行うことが出来ない。
普通は、十人ほどの魔術師が魔力を増大させる魔法陣の中心に移動させたい物を置いて、やっと発動することが出来る。さらに、転移魔法はとても扱いが難しく、たとえ発動に成功したとしても、移動先で壊れていたりすることは珍しくない。
人間に対しても、転移魔法は発動させることはできるが、内臓が外に飛び出ている状態で転移されていたり、精神が壊れてしまっていたり、移動先に現れず行方衣不明になってしまったりといった事故が起きてしまっているため、現在では人間に対する転移魔法は禁止されている。
「転移して、万が一壺が壊れたら大変でしょ?」
「分かってるよ」
「本当かしら?」
レイルもミラも、ジョンの普段の仕事仲間だ。ぶつぶつ文句を言うレイルに、ミラがくどくど注意する。いつもの光景だ。そんな二人を仲裁するのはジョンの役目だ。
ジョンは、パンパンと手を叩く。
「ほらほら、仕事中だぞ。油断するな!」
護衛開始から、今まで特に問題は起きていない。しかし、油断は禁物だ。全てが上手くいっていると思った時にこそ、危険はやって来るのだから。
「隊長、7時の方向に動く巨大な物体を感知しました」
ポーラから、ライトテレパシーでジョンに連絡が入る。ジョンは即座に返答した。
「距離は?」
「990……いえ、985。少しずつこちらに近づいています」
「正体は?」
「不明です」
「不明?」
「今まで見たことがない形です」
「ミレイとライクはどうだ?」
「私も分からない」
「俺もだ。生命反応を感じるから動物か魔物には違いないと思うが……」
ジョンは考える。周囲を探知できる「サーチ」の魔法だが、実際に見えている訳ではない。物の形や大きさや生命反応の有無が、大まかに知れる程度だ。そのため、探索者は探知した物が何なのかを経験から判別する。
(ポーラもミレイもライクも分からないと言っている。近づいてきているのが魔物だとしたら、今までに彼らが遭遇したことのない魔物だということになるな)
ポーラ、ミレイ、ライクはそれぞれジョンとは違うパーティーのメンバーだ。違うパーティーの三人が遭遇したことのない魔物。ジョンは護衛メンバー全員にライトテレパシーを使った。
「現在、我々の後方から正体不明の物体が近づいてきている。これより、正体不明の物体を魔物と仮定。振り切るためスピードを上げる。全員馬車の近くまで集まれ!」
ジョンの指示で馬車がスピードを上げる。同時に馬車の周囲を探索していた者達も馬車の近くまでやって来た。
馬車を引いている馬とジョン達が乗っている馬は普通の馬ではない。品種交配を繰り返した特別なもので、人間によく慣れ長時間トップスピードを維持することが出来る。さらに馬がつけているハミや鞍には馬の身体能力を上げる魔法が掛けてあった。
「ポーラ、魔物の位置は?」
「現在、950、960。遠ざかっていきます」
ポーラの報告にジョンはほっと、一息を付く。
「よし、このまま一気に引き離……」
「待ってください!」
ジョンが全員に指示を出そうとした時、ポーラが大声を上げた。
「距離、920、850、790!どんどん近づいてきます!」
「もっと、スピードを上げろ!」
「これ以上は無理だ!」
「魔物との距離、500!」
「もう、追いつかれるぞ!」
ジョンとは別のパーティメンバーの若者が剣を抜く。『夜明けの火』のリーダー、サイカだ。
「隊長。交戦の許可を!」
「駄目だ!」
ジョンはサイカの提案を却下する。
「荷物を無事届けることが、我らの使命だ!」
「そんなことを言っても、もう追いつかれるぞ!」
「距離、390!」
ポーラの声が二人の間に割って入る。
「私達は戦うぞ!『夜明けの火』は私について来い」
サイカは馬を反転させ、後ろに戻る。それに続いて他の『夜明けの火』のメンバー五人も追ってきている魔物の元に向かった。その中には探索者のライクもいる。
「馬鹿、戻れ!」
ジョンは叫ぶが、『夜明けの火』は戻らない。
「ジョン、もう無理だ。諦めろ!」
モレクが『夜明けの火』を止めようとしたジョンを制止する。
「ここは、彼らに任せるしかない」
「くっ」
ジョンは前を向く。他のパーティーの独断。ジョンが恐れていたことが起きてしまった。
「ポーラ、魔物との距離は?」
「距離、510。魔物は現在、『夜明けの火』と交戦中……あっ」
ポーラの最後の一言にジョンの背筋が凍った。聞きたくない。しかし、聞かないわけにはいかなかった。
「どうした。ポーラ」
「……」
「答えろ!ポーラ!」
「……」
「く、ミレイ!何があった」
「……消えた」
「何?」
「『夜明けの火』の生命反応全て消失。魔物との距離、450」
馬鹿な。ジョンは呆然とする。『夜明けの火』のサイカは、倒せば十年は遊んで暮らせるほどの懸賞金を掛けられたイティを倒したほどの猛者だ。他のメンバーも彼に負けない程の戦闘能力を有している。
それが、わずか二分にも満たない時間で全滅した。
「魔物との距離、380!」
大きなショックを受けたポーラの代わりに、ミレイが魔物との位置を伝える。
「どうする?ジョン!」
(このままでは、確実に追いつかれる。だが、相手は『夜明けの火』を倒した魔物だ。戦闘になったとして、勝てるかどうか……)
「距離、320!」
ジョンが考えている間にも、魔物との距離は縮まっていく。ジョンは護衛メンバーに指示を出した。
「レイル、ミルクイ、レギナス。魔物の姿が確認でき次第、対象に拘束魔法を掛けろ!」
「「「了解!」」」
「魔物との距離、290」
ミレイが魔物との距離を告げるが、その必要はもうない。こちらに近づいて来る小さな地響きが、ジョン達の耳に届き始めていたからだ。
「距離、250」
少しずつ大きくなる足音が、を護衛メンバー達の緊張を高める。
「距離、220、190……」
足音は大きくなっているが、森の木々が邪魔で相手の姿はまだ見えない。
「距離、160、120……」
巨大な地響きに混じり、木が倒れる音も聞こえてくる。森の向こう側で巨大な何か近づいて来るのが見えてきた。
「距離、90、60、30!」
その時点でミレイは、カウントを止めた。はっきりと相手の姿が見えたからだ。
巨大な体と巨大な口、強靭な足と長く、太い尾。
それは、二本足で走る巨大なトカゲだった。
今、冒険者の間で話題になっている魔物がいる。
ゴブリンを蹴散らし、ドラゴンを倒し、人狼二千匹を皆殺しにした正体不明の魔物。
「こいつ、まさか……」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ティラノサウルス。
この世界の者達には『巨大トカゲ』と呼ばれているその魔物は、雨音を打ち消すほどの大きな咆哮を上げた。
(まさか、追ってきていたのが巨大トカゲだったとは!)
「拘束魔法開始!」
ジョンの合図と共に、レイル、ミルクイ、レギナスの三人の冒険者がティラノサウルスに拘束系の魔法を掛ける。
「リステイクトチェーン!」
「ゾーングラビティ!」
「フリーズアイス!」
空中から現れた鎖がティラノサウルスを縛り、ティラノサウルスの頭上から見えない力が降り注ぎ、ティラノサウルスの足が氷漬けとなった。
ティラノサウルスの動きが止まる。それを確認したジョンは、大声で叫んだ。
「よし、今の内に距離を……」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」
ティラノサウルスは巨大な咆哮に、思わずジョンは振り向いた。
「な?」
ジョンは信じられない光景を目撃する。それは、拘束魔法を破壊してこちらに迫るティラノサウルスの姿だった。
ティラノサウルスを拘束していた鎖が、千切れ消滅する。
頭上から降り注いでいた力は、ティラノサウルスが移動したことにより解除された。
ティラノサウルスの足の氷は砕かれた。
「くそ!化物め!」
ジョンは思わず叫ぶ。拘束魔法の持続時間は種類によって、数秒から数週間と大きく差がある。レイル、ミルクイ、レギナスの三人が放った拘束魔法は最低でも一週間以上、相手を拘束できる強力なものだった。しかし、ティラノサウルスはそんな強力な拘束魔法をあっさりと破壊した。
(依頼は必ず達成する!)
拘束魔法が効かない以上、もう直接攻撃するしかない。
「全員、攻撃開始!」
ジョンの指示で全員が一斉に魔法を放つ。
「ライトボルト!」「ファイヤーボルケーノ!」「ロックインパクト!」「リップツリー!」「デスポイズン!」「ダークパープル!」「クイックスピアー!」「カバーサンド!」
雷が、炎が、岩が、樹が、毒が、闇が、槍が、砂が、ティラノサウルスに放たれる。ティラノサウルスは、その攻撃を全て正面から受け続けた。しかし、ティラノサウルスは止まらない。
馬車にティラノサウルスが目前まで迫った時、突然ティラノサウルスが跳んだ。
「何!?」
ジョンが目を見開く。
人狼との戦いでも見せた跳躍。今回はあの時よりもさらに高くティラノサウルスは跳んだ。
高く、高く飛び跳ねたティラノサウルスは、ジョン達護衛メンバーを飛び越え、馬車の上に着地した。
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