第6話 旅立つ者達

 人狼との戦いの翌日、ティラノサウルスはオルトビス草原から去ることを決めた。


 ここには美味しい獲物がたくさんあったが、今はほとんどいない。名残惜しいがそろそろ出発するとしよう。行先は分からない。ただ、ここにいた角の生えた四本足の動物のような美味しい獲物がたくさんいる場所がいい。

『さて、行くか』

 新天地に期待を膨らませ、ティラノサウルスは旅立った。


 時を同じくして、ティラノサウルスと同じく新天地を目指す者達がいた。

「ローエンガム、フルリタムロタ?(ローエン様、大丈夫ですか?)」

「アア、フルリタムサカ(ああ、大丈夫だ)」

 山を登る人狼の群れ。群れはローエンと呼ばれる年老いた人狼をリーダーに、二十匹程で構成されている。息も絶え絶えとなり山を登る彼らの元に、オルトビス草原から吹く風が血の匂いを運んできた。

「ローエンガム、ロヨミテハムス(ローエン様、この臭いは)……」

「……ミシュド(行くぞ)」

 運ばれてきた血の匂いは、間違いなく仲間のものだった。しかし、ローエンと他の人狼達が足を止めることはなかった。

 ローエンは、あの日のことを思い出す。


『私は逃げるべきだと思う』


 その言葉に人狼達が揺れた。

『逃げるだと?』

『この地を捨てるというのか!』

 人狼達が騒ぎ出す。オオロウは静かにローエンに尋ねた。

『どこに逃げるというのだ?』

『あの山の向こう。その先だ』

『カンブリアの森か』

『そうだ』

 カンブリアの森。巨大な大木に覆われた森で、ここにしか住んでいない動物や魔物が多く生息しているとされる森。わずかながら人間も住んでいるとされている。

 古代文明が残した莫大な財宝がある。

 恐ろしい魔物がいて、何もかもを食べてしまう。

 など、様々な伝説がある。しかし、その全容は解明されていない。

『あの山を越える気か……』

 オルトビス草原とカンブリアの森は、ヒルナントと呼ばれる山脈で分断されている。ヒルナントの標高は九千メートル以上あり、ここを超えることは人狼の体力といえども極めて困難だった。

『私には、そちらの方が無謀に思えるが?』

『私は、そうは思わない。巨大トカゲと戦う方が無謀だ』

 ローエンとオオロウの意見は真っ二つに分かれた。

『どうしても、貴殿は行くべきだというのか?』

『ああ、ヒルナント山脈を越えることも命の危険があることには変わりない。だが、巨大トカゲと戦えば、我らは必ず皆殺しに遭うだろう』

『……』

 オオロウは腕を組んで考える。人狼達は黙ってオオロウが答えを出すのを待った。


『私は戦うべきだと思う』


 オオロウの出した答えに人狼達が『おお』とざわめく。

『もし、逃げ出した所で巨大トカゲがカンブリアの森まで来たらどうする?また逃げるのか?』

 オオロウの言うことは、もっともだった。巨大トカゲがカンブリアの森に来ないという保証はどこにもないのだ。

『……』

『それに私は、我らの力を結集すれば巨大トカゲを倒すことも可能だと考えている。ヒルナント山脈を越えるよりは、遥かに生き残る可能性は高い』

『……そうか』

 ローエンとオオロウ。両者の間にしばしの沈黙が訪れる。先に沈黙を破ったのはローエンの方だった。

『では戦うか、逃げるかは各々の判断に任せることにしよう。戦いたい者はオオロウ殿の元へ、逃げ出したい者は私の元へ。これで如何かな?オオロウ殿』

『いいだろう』

 オオロウがローエンの意見に頷いたことで、人狼達の意見はまとまった。戦いたい者はオオロウの元へ、逃げたい者はローエンの元へ移動する。


 結果、ほとんどの人狼はオオロウの元へ移動した。


 ヒルナント山脈を越えるローエンと彼についてきた数少ない人狼達。しかし、その数は出発した時の三分の一になっていた。ローエンは考える。

『自分の判断は間違っていたのか?やはり、オオロウ殿と共に巨大トカゲと戦った方が良かったのか?それとも何もせずに、巨大トカゲがどこかに去るのをじっと待った方が良かったのだろうか?』

 ローエンはここに来るまでに、何度も自問自答した。しかし、いくら考えた所で正しい答えなど出なかった。

 巨大トカゲと戦えば、返り討ちに会うだろう。

 ヒルナント山脈を越えようとすれば、必ず犠牲は出るだろう。

 巨大トカゲがどこかに行くのを待っていれば、飢え死にする者は増えていくばかりだっただろう。

 結局、どの選択肢を選んでも人狼達の犠牲は避けられない。それならば、自分の信じた道を進むしかない。

 カンブリアの森が彼ら人狼にとって楽園になるのか、地獄になるのかは分からない。だが、死んでしまった仲間のためにも立ち止まるわけには行かない。

『何としてでも辿りつく』

 新天地に不安を抱きながらも、人狼達は歩き続けた。

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