脱出ゲーム
目を覚ますと、そこは夜の廃校舎の昇降口。これが噂の新作脱出ゲーム「学校ラビリンス」か。プレイヤーは小学校の旧校舎に閉じ込められ、旧校舎の主である幽霊から逃げながら謎を解いたりアイテムを駆使したりして、最終的には旧校舎からの脱出を目指す。脱出ゲームはフリーゲームで吐血するほどやってきたから、自信は13分にある。…まあプレイしたのは2D作品ばかりで、こういう体感系の3Dは初めてだけど。夜という設定にも関わらず、どこからか生暖かい風が吹いてくる。部屋の暗さも相まって、雰囲気はひとまずいい感じだ。まずは明かりを探そうか。正面には掲示板。その左右には上の階を目指す階段。ED分岐のある作品なら、敢えて一階をスルーして上の階から探索して分岐アイテムやフラグを回収するのもありだけど、このゲームの結末は一つ。クリアに専念できるというわけだ。念のため、後ろの昇降口のドアを確認する。ガチャガチャとノブを回してみるが鍵が掛かっているように開かなかった。まあそうだよね。とりあえず、手始めに下駄箱の中から探してみるとしようか。最悪明かりが見つからなくても、大体の場合、どこかの部屋の鍵や学校の生徒の手記なんかが隠されている。調べる場所が多くて面倒だからと、雑に探っていては見落としがちだ。埃の積もった下駄箱を一つ一つ丁寧に手を入れて漁っていく。作られた世界とはいえ、この埃っぽさや塵屑の手触り感には妙にリアリティがあって驚く。というか、ここまで現実味を出す必要はないと思うけど。むせるし。5年生の下駄箱を探っていたところで手応えを感じる。お知らせとして「手記1を手に入れた」と眼前に表示された。正式なアイテムの場合、こうやって入手や消費を知らせてくれるようだ。早速手に持った手記1を見る。そこには大きく「手」の漢字一文字。手記というよりこれは謎解きのヒントか何かではないだろうか。恐らく全て揃ったところで意味を成すものなのだろう。御丁寧に手記の端には総数が書かれている。1/10となっているので、他に9枚が隠されているのだろう。取得したアイテムは、腰に携えたアイテム袋に自動で収納される。持ち物制限や重さを気にしなくていいのがゲーム世界のいいところだ。その後、6年生の下駄箱、来賓用の部分まで全て調べてみたが、鍵の部類も明かりも見つからなかった。
昇降口の探索を終えて、一階の教室をあちこち回ろうと歩を進めると、思わぬ事態に陥った。同じ棟にある1年生教室と2年生教室、保健室と放送室、校長室に職員室…全てのドアには鍵が掛けられていて入れなくなっていった。ここは後回しなのだろうと思い、別棟にある3年生教室に向かおうとしたが、「まだ調べていないところがある」と注意メッセージが現れて見えない壁に阻まれてしまった。同様に、体育館側にも二階へと向かう階段にもシステムの壁が立ちはだかり、先に進めなくなってほぼ詰みの状態になった。もしかしたら私が見落としているだけで、まだ調べていないところがあるかもしれない。そういえばトイレを調べていなかったし、掲示板も詳しく見てはいなかった。他に方法が思いつかず、まだ行っていないトイレに向かう。しかし、男女両方のトイレに入ろうとしたところで、「トイレはまだいい」とメッセージが表示されて強制的に一歩後退させられる。まだいいって何だ?プレイヤーが今後催すようなイベントでもあるのだろうか。だとしたら、ゲームの中とはいえ粗相するのは勘弁したい。未知の領域への道は全て閉ざされ、他にやることもないのでもう一度同じ場所を、今度は壁の一つ一つまでも丁寧に調べていくことにした。デバッガーか私は。というか、デバッガーの操作するプレイヤーキャラがバグチェックのための謎行動を強要される時の気持ちがなんとなく分かった気がした。自分は何をしているんだろうと、彼らも思ったに違いない。プレイヤーキャラとして生まれてきた世のゲーム主人公達に同情しながら、謎行動を進めていった。
結局何もなかった。同じ箇所を10回は調べたし、取りこぼしはないはず。となると進行不能バグが起きたか、もしくは時間経過で進行するイベントがあるのか。掲示板の前で立ち尽くしながら考えていると、ふと、左の廊下の向こう側から笑い声が聞こえた。
「ふふふ…。」
声の主は少女のようだ。可愛らしい高い声ではあるが、トーンを下げた様子から察して、この校舎の主である幽霊、つまり追跡者なのだろう。ひた、ひた、と裸足で廊下を歩く音が近付いてくる。固唾を呑んで足音の方を注視しながら、いつでも逃げ出せるように左足を一歩後退させる。廊下を包む暗闇の中に少しずつ形を成していくシルエット。緊張して震えが止まらない私の前に現れたその幽霊は…
「じゃじゃーーーーん!!!」
幽霊…なのか?目の前に現れたのは、スクール水着にニーソを履いたツインテールの美少女、という分類でいいと思う。とにかく、男性プレイヤーウケを狙ったであろう、ホラーが売りの脱出ゲームにおいて異彩を放つ多分追跡者が現れた。まあB級ホラーにエロスは付きものとかどこかで聞いたことあるけど、これは多分その類のものとは少し違う気がしなくもない。
「これから、私に捕まったら、アウトだからね!OK?」
少女は何やら簡単に追いかけっこのルールを説明して、3秒を数え始めた。いきなり始まると戸惑うプレイヤーがいるだろうからという配慮だろうか。でも配慮すべきはそこじゃなくて、ホラーな雰囲気に見合った追跡者の容姿なのでは…。
「はいスタート!」
開始の合図と共に無音だった世界に音楽が奏でられる。陽気で元気な心地よいリズムが耳に届き、雰囲気が完全に台無しだ。それでも捕まるわけにはいくまいと、少女に背を向けて体育館側に走り出す。イベントが進行したことで、解放された場所があるかもしれない。
「体育館なら逃げやすそうだし…いいっ!?」
全速力で棟の境目を踏んだところで、素っ頓狂な声を上げてしまう。目の前に「そんなことをしている場合ではない」というメッセージが表示されて相変わらず進めないのだ。そんなことをしている場合だからこそ逃げやすい体育館に行くんだよ!幸い少女の霊の移動速度は遅めに設定されていて…遅すぎないか?わざとそうしているのではないかと疑うレベルで牛歩だ。片足を上げてそれが地に着くまで20秒。普通に歩いていても捕まることはなさそうだ。ゲームバランスはどうなっているんだろう。
「待て待てーーーーー!!」
謎のドヤ顔で襲ってくる低速少女ちゃんを気にせず、とりあえず別の逃げ道を探す。先程のメッセージ出現からして他のエリア移動も無理だろう。となると、どこかの教室で隠れてやり過ごすイベントの可能性が濃厚。まずは1-1.ドアには鍵が掛かっていて開かない。次は1-2.ここも開かない。1-3、1-4、1-5…。
結局どこの教室にも入れなかった。となるとトイレか。入り口に近づいたところで「トイレはまだいい」のメッセージ。うん、嫌な予感はしてた。再び詰み状態に陥ったところで、昇降口のドアに目が行く。まさか、これが最終イベントで、入り口のドアが開くように?恐る恐るドアに近付き、ノブをゆっくりと回す。よかった、開いてなかった。さすがにこのイベント数でもうゲームクリアはないだろう。どこかへ移動したり隠れたりする線は消えた。残されたイベント進行の可能性としては、一定時間逃げ続けて物語が進行するパターン、逆に追跡者に捕まることで進行するパターン…この二択だろう。アイテムやフラグを見つけるパターンも有り得なくはないが、移動の途中で目に付く場所はついでに調べ直したし、その線はないだろう。ひとまず10分ほど様子を見て逃げ続けようと少女の霊に目を向けると、なんと少女の霊は移動をやめて床に座り込んでいるではないか。それだけなら問題ないのだが、この幽霊、両手で目を擦って泣いていた。
「あーーーーーーーん!!!追いつけないーーーーーーー!!早すぎるーーーーーーー!!!!ずるいーーーーーー!!!!」
その文句は私ではなく製作者に言って欲しいものである。もしかして、これは幽霊に捕まるイベントですよと教えてくれているのか?彼女の様子からすれば本気で悔しそうにしているのだが。なんかもう、ゲームオーバーになってもいいかなと自棄になって、少女に近付くことにした。床に座る少女の手が届く範囲で腰を下ろすと、少女は一度私の顔を見上げ、涙を拭うと一転して目を輝かせて満面の笑みを見せた。子供っぽさはよく再現されているみたいだ。
「捕まえたーーーーー!!!」
40秒ほどかけたゆっくり動作で私に抱きつくように両腕を回す少女。私が男だったら、鼻の下の一つでも伸ばせただろうに、申し訳ない。少女の霊に抱きつかれた瞬間、周囲の様相が一変して、生垣に囲まれた迷路のような場所に切り替わる。少女はようやく等速で立ち上がり、ホールドを解除すると、私の手を握って微笑んだ。
「はい、捕まった罰ゲームです!私をこの緑の迷路から連れ出してね!」
「ゲームオーバーにはならないの?」
「プレイヤーさん、早く!」
案の定会話はできないようだ。脱出ゲームに変わりはないのだろうが、ジャンルがホラーからほのぼの系に急変してしまったし、このゲーム、大丈夫なのだろうか?文句を言っていても先に進まないので、少女とはぐれないように植物に囲まれた緑の迷路を突き進む。右へ左へ入り組んだ構造をしていて、左右への分かれ道などもあり、2Dでは見下ろし状態で全容を確認できるが、3D主観だとそうもいかなくなるので厄介だ。道の構造を覚えながら先を目指していく。
「えっと次は…おっと。」
左右に分かれた道で進行方向に迷って躓いてしまう。前に体が動いて生垣に突っ込んでしまった。そう、突っ込んでしまったのだ。
「…あれ?」
生垣にぶつかったはずなのに、体は止まることなくそれをすり抜けて、未設定であろう360度真っ暗な空間に出てしまった。所謂壁抜けバグである。
「プレイヤーさん、次の道のヒントを教えてあげる!私の利き手はどっちかな?」
特定地点到達で話すはずの少女ちゃんのヒントが暗闇空間にこだまする。いや、あなたの利き手など知らないし、先も何も、一寸先は闇ですよっと。ひとまずすり抜けた場所に戻って、探索を再開することにした。一応気になって別の垣根にわざと接触してみたが、基本的にはすり抜けできないようになっているみたいだ。当たり前だけど。
迷路エリアに飛ばされてから体感で二時間弱。ようやく出口に到着した。
「ゴールおめでとー!!もう捕まっちゃ駄目だよー!!」
少女は嬉しそうに握った手をぶんぶん振る。すると、少女の霊は煙のように消えてなくなり、来た時同様に周囲の様相が変化。最終的には初めの昇降口エリアの掲示板前に立っていた。やれやれ、これでようやく先に進めるか。安心しきったところで突然メッセージが連続して表示される。何故か取得した覚えもないのに手記2~10を入手したのだ。一体どうなっているんだ全く。溜息を吐いて持ち物を確認してひとまず手記の内容を見てみる。思っていた通り、他の手記も何かしら一文字が書いてあるだけだ。これを初めから順番に繋げていくと…
「手、記、だ、け、に、だ、い、しゅ、き…手記だけにだいしゅき!…は?」
考えていたものとは大きく異なり、逆に怒りが込み上げてきた。普通この手のゲームで手記といえば、悲しい出来事の背景とか事件が起こるに至った経緯とか、物語の補完や重要事項の記載がされているものなのだが。ただの寒いギャグで押し通そうとは、製作者の感性こそ一番の恐怖なのかもしれない。意味がないと分かってはいるが、手に持つ手記の束を力いっぱい床に叩きつけた。何が「だいしゅき」だ!!
床に散らばった手記が自動でアイテム袋に戻される様を見ながら自分の怒りに虚しさを感じていると、校内放送が始まる。アナウンス担当はどうやら先程の少女ちゃんのようだ。
「お昼になりました!プレイヤーの皆さんは給食室に向かって昼食を食べましょう!」
おかしい。給食室は各教室に運ぶ給食を置いておく場所であって、そこで食べるという目的はない。それともこの学校には給食室に食堂のような食事空間が用意されているのだろうか。それにしても、夜の学校の設定だというのに昼食とは、面白いことを言うものだ。幽霊にとっては活動時間帯の深夜0時がお昼に等しいということなのかもしれない。掲示板に張ってある校内図を見ると左の棟の3年生教室前に一階の給食室があるらしい。ひとまず行ってみようか。校内図から目を離して、左手の廊下を真っ直ぐ進んでいく。が、すぐに足を止めることになった。左棟へ向かうドアの前には3mはあるだろうか、ふんどし一丁のミノタウロスのような牛頭が仁王立ちしていた。
「貴様、ここを通りたいか?」
「はい。」
「給食が食べたいか?」
「いや、それは別に。」
「ならば通る必要はないな!」
ああ、これ肯定続けて話を進めないと駄目なパターンだ。面倒だが、もう一度話しかけて、今度は二つの質問に「はい」と答える。
「よかろう。ならば我が出す問いに全て答えてみよ。さすれば道を譲ろう。ついでに給食の野菜サラダに入っている我のニンジンもくれてやる。」
好き嫌いはよくない…と突っ込むとまた話しかけ直しになりそうだったので、素直に彼の言葉に頷いた。
「では第一問。」
出題者は何であれ、この手の脱出ゲームの楽しみの一つ、謎解き問題だ。謎解きというよりなぞなぞに近いものだろうが、考えて答えを導き出すのは共通して面白い。さあ、どんな問題が来る!?
「1+1=?」
「は?」
期待は悉く裏切られる。言葉遊びを利かせた問題とか、散りばめられたヒントを集めてそこに書かれているものを参考に答えを導き出すとか、5人の中から嘘つきを一人言い当てるとか…そういうのを解きたいのに。あっ、これ一応引っ掛けになってるとか?田んぼの田とか。まあ試しに普通に答えてみるが。
「2。」
「正解!」
ああ、ここは小学校って設定だった。問題のレベルがこの程度というのも仕方がないのかもしれない。期待するのは諦めて、先に進むことだけを考えるとしようか…。
「次の問題。」
「お願いします。」
「人生とは、何か?」
「え?」
一転して今度は哲学だと…?答えられるはずがないだろこの問題。作者の意図したものに絞るにしても、この問題だけでそれを見つけることはできない。となると、イベントの進行によって現移動可能範囲内にヒントが現れたのか。ひとまず答えることはできそうもないからテキトーに答えてキャンセルをば。
「人の道です。」
「愚か者には死を!!」
牛男は右拳を握り締め、それを思い切り私に目掛けて振り下ろした。攻撃が直撃したのと同時に、私は意識を失った。微かに目の前にGAME OVERの文字が現れたのを確認して。
目が覚めると現実世界に帰ってきていた。どうやらゲームオーバーになって追い出されてしまったらしい。ここまでのゲームシステムを振り返り、やり直す気力が全く起こらなかった。ゴーグルのような専用装置を外し、ベッドの上から起き上がる。
「これは炎上待った無しだわ、うん…。」
期待外れの作品に時間を無駄にしたと落胆し、私は部屋を抜けていった。
夜のイベント会場。明日の新作ゲーム発表イベントに備えて警備をしているわけだが、そのゲームを展示しているイベントフロアから物音が聞こえたような気がした。監視カメラとにらめっこしている相棒に無線で確認を取ると、部屋の電気は消えたままなのに、ゲームの稼動音とディスプレイ照明の点灯が確認されたのだとか。警棒を構えて、現場に急行し、まずはドアの鍵を確認。施錠はされている。室内に侵入者が残っているのか。鍵を開けて警戒しながらフロア内を見渡す。大幕の裏や様々な機器の陰、隠れられそうな場所に懐中電灯の光を当てて確かめる。蠢く気配がないのを確認して、物陰に直接近付いて確認する。どうやら侵入者はいないようだ。ふと、機器の側に設置された大きなベッドの上に目が行く。そこには電源の入ったゴーグルのようなものが白い光を放って点灯していた。警備の途中で企業の人間がいじっている姿を見たことがあるので、先程まで誰かがここでゲームをプレイしていたというのが分かった。
「こちらコードB、どうやら企業の人間が調整か何かで戻ってきたみたいだ。ゲームが起動している。一応確認を取ってくれ。」
『了解。』
それにしても、戻ってくるなら一言声を掛けてくれればいいのに。誰にも内密に入れたいプログラムでもあったのだろうか。まぁ、この新作ゲーム、世間からの期待も大きいみたいだし調整をこまめにするのも無理はないか。そういえば、ゲームイベントは昨日と今日の二日間開催だが、昨日、イベントに来ていた女子高生が宿泊中のホテルに帰る途中で飲酒運転のひき逃げに遭って亡くなったとか、ニュースにもなっていたな。
『こちら、監視室。確認を取ったものの、該当者はおらず。現場には誰もいないんだな?』
「俺以外誰もいないよ。隅々まで確認した。」
『了解。ひとまず担当のものがすぐに来ると言っていたから、しっかり施錠をして一度こちらに帰還せよ。』
「了解。」
最後にもう一度部屋を一通り確認し、ドアを施錠してから監視室へと戻っていった。
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