夏の中辛 –『魑魅魍魎の足を見る』

ここは海を置き去りに、避暑地として用意された山奥のペンション。

夕食のBBQとカレーに満足した彼 彼女らは、例に漏れず、夜のイベントの準備をしていた。


「えー、そんなあ」

「本気でござるか!?」


わたしはそんな彼らに悲報を告げる。

といってもわたしの判断ではない。オーナーの意向だ。

要点は、肝試しやっちゃダメ。


「森の中はマダニが出るから。危ないんだって」


裏山を使えないか許可をもらいに行ったら、やんわり断られた。原因はマダニだという。

何もここだけではなかった。温暖化の影響か、学校付近の雑木林などでもマダニが大量発生していると聞く。致し方なし。


結局、食堂を貸してもらい、そこで怪談をすることになった。

女性達を怖がらせようとする男性陣の幾人かは、先程からずっと携帯をいじっている。覗いてみると「吊り橋効果 怪談」で検索していた。どんな話をしてくれるか少し興味が湧く。


夕食が終わり2時間は経っただろうか。消化も終わり若者達が動き出す頃合いだ。

まんじゅうやまんじゅうなどのお菓子、それと飲み物を持ち合い、食堂に集まって夜の夏を作り上げる準備をする。


ゴーン ゴーン


ゼンマイ式掛け時計が時刻を告げ、怪談は始まった。


気になっていた「吊り橋効果 怪談」は特に変わり映えのないものだった。

その後もひとりひとりが話していく。

しかし、この補充され続ける左手のまんじゅうと右手の綾鷹に夢中で、ほとんど話半分だったような気がする。まんじゅう恐い。

そしてわたしの番がやってきた。


なにがあるだろ もぐもぐ


特に何も考えてなかった。


ダニって、虫? クモって節足動物動物だよね…

クモ…クモか……


わたしはわたしの過去を振り返りながら、とある記憶をつまみ上げる。


「これは半分 ―― もぐもぐ ―― つくり話 ―― ごくごく ―― なんだけどさ ―― ぱくっ ―― ?」


「まんじゅう没収」


世の中にはひどいことをする人間がいるもんだ。



☆ ☆ ☆



衣食住。それは生活に欠かせない三文字である。


着ること、飾ることによって社会に出る。朝昼夕食、おやつで活力を得る。家や家族、そして友人など、それらが安らぎを守り、また与えてくれる。


これらを法律は保護する。だからあなたの服が汚されてはいけない。食べ物を奪ってはいけない。家に危険が持ち込まれるべきでない。


家に忍び寄る危険。


この夏に多いそれをあなたは知っていますか?

実は、カビやダニがこれに当たります。それらは湿度が大好きで、夏場は非常に繁殖するでしょう。


アレルギー体質の方は特に注意しましょう。ハウスダストはアレルギーの元です。

変な所を蚊に刺された! いやいや、犯人はダニかもしれません。


またカビはG(ゴキブリ。以下、命名はG)の餌になります。

そしてダニの死骸は新たなダニの苗床になります。


こまめに掃除すればこれらを気にしなくていいんですが、そんなに時間を割けるかどうか。特に一人暮らしでは億劫でしょうがないと思います。

これを解決する簡単な方法として、ひとつ、昔から言われてることがありますね。しかも怠けることで達成されるという。

それは何か。



できれば部屋の中で毒のない小さなクモは放し飼いに ―――― 。

ちょっと待って。お菓子を投げつけないで。飲み物も返して。

いやいや適度に放置するんです。

それだけで大人のGから子供のG、それに部屋の隅にいるダニをある程度片付けてくれるっていうんですから。

掃除の手間を減らしてくれる掃除屋であり、それらを片付ける掃除屋でもあるんです、クモは。


わたしの家でもそんな感じで、クモをよく放置してたんですよ。

そのせいか、クモへの嫌悪感は一般の人より低いかもです。一人暮らしを始めてGを見慣れる人もいるのと同じですね。

放っておく代表はハエトリグモ、ジョロウグモ、ユウレイグモでしょうか。

そんなに効果があったとは言えませんが、木造の古い家でしたからね、少しはマシだったと思います。


ですが多過ぎるのはダメだと思います。大き過ぎてもさすがに恐いです。アシダカグモとかご存知ですか?

中でも特大のクモを小学生のときに見まして、しかも家で。


そのときちょうどわたしは、帰宅してすぐ机に座り、歴史のマンガを読んでいました。侍つえー。

すると、視界の隅に、ちょんちょんと、黒い影が見え隠れするんですよ。

なんじゃらほいとそちらを向くと、


パクパク パクパクパク


シワだらけでしょんぼりした男の顔が、胡散臭く口をパクパクして、そこにあったんです。

それだけならさほど驚かないんですが、よくよく見ると、それはどうやら蜘蛛のお尻で、視界に映ってたちょんちょんした黒いものは、なんと脚だったんです。

そう、お尻が人の頭ぐらいある大蜘蛛が、わたしの目と鼻の先にいたんです。


エイリアン!?


SFで、宇宙人。異星人。

あれが間近にいたのと同じ衝撃を味わったと言えば、理解してもらえるでしょうか。


「………!!」


驚きのあまり強く仰け反ると、体が椅子ごと横に倒れ、襖すら押し倒して小部屋から転げ出ます。

体を強く打った衝撃も含め、脳内では危険信号が鳴り響いていました。


「お母さーーん!」


すぐさま駆け出し、台所におわします母の所へ向かいました。

話を聞いた母親は呆れていましたね。また変なこと言ってる、クモは益虫なのよ、とかぶつくさ言ってわたしに付いてきます。

よくよく考えれば新しく見る魑魅魍魎(以下、命名はチミチミ)かもしれません。それだと明らかな人外はこれが初めてになります。


「…え!? きゃあ、何あれ!!?」


改めて見ると、うーん、侵略生物の貫禄。

わたしと母親は互いにしがみ付いていました。

実在するのでしょうか。今回は母親にもみえたようです。


パクパク パクパク


しょんぼりしている男の顔は、尚も胡散臭く口を動かしていました。

しかし蜘蛛の体の方は縮こまって動いていません。ただ顔が、口をパクパクするばかり。


気がつくと母親がホウキを持って横に立っていました。

それをそーっと近付けます。そして小部屋にある窓のロックを外し、それを開け放ちました。


それは一瞬の出来事。

音もなく顔が移動したかと思うと、大蜘蛛はいなくなっていました。

尋常ではない速さでしたね。


母親は急ぎホウキで窓を閉めると、走って部屋を出て行きました。どうやら戸締りの確認をしていたようです。


後ほどそこにあったわたしと妹の小部屋は父親によって解体されました。

作られて1週間もしないうちに無くなってしまったわたしのプライベートゾーン。がっかりです。

また、室内で放置されるクモは2匹までとなり、アシダカグモはすぐ外へ出なければ殺処分されることになりました。外のジョロウグモですら、許容範囲が2匹ぐらいと激減です。


思えば、我が家はクモの王国だったのかもしれません。クモの数が多過ぎました。そのトップに立つべく、名乗りを上げにあの大蜘蛛が現れたとか。


結論、夏場のカビやダニ、クモや昆虫は、ちゃんと時間を作って、適度に排除いたしましょう。

ハエトリグモ、ジョロウグモなどは益虫です。しかし毒を持った蜘蛛もいます。付き合い方には気を付けなければなりません。

わたしたちの家はわたしたちのものです。わたしたちの国がわたしたちのものであるように、わたしで管理し、守らないといけません。

それを怠けた時、カビやダニ、そしてあの大蜘蛛のような、エイリアンのような何かが、あなたの隣に忍び寄っていることでしょう。


ちょんちょんと脚を伸ばし、口をパクパクさせながら。


ご注意を。



以上、侵略者カビ、ダニ、そしてクモのお話 ―――― ん?

否、『チミチミの脚を見る』でした。



☆ ☆ ☆



「 ―――― もぐもぐ。もぐもぐ」


「は、話し終わるなりまんじゅうへ向かったでござる。余韻もへったくれもないでござるぞ」

「そんなに好きなんだ」

「いや、ちょっと異常じゃない? これもある意味ホラーよ」

「…カビって恐いわね」

「クモの話じゃなかったですか? いやあ、不気味でした」


「もぐもぐ。こくこく」


「…それがしの分も食べるでござる。あまりの食べっぷりに、胃がもたれたでござるよ」


「……!」


「その代わり、少し某の推測に応えるでござる」

「推測? なんだよ疑ってんのか。半分作り話とも言ってただろ。無粋な奴だな」

「未知への探究は学者の務めでござる」

「…私もひとつ、気になったわ。

 そのクモって『おじさん』の顔をしてなかったかしら?」

「そ、某の質問が先 ―――― 」


「もしかしたらおっさんだったかも」


「だったらその蜘蛛って、都市伝説『小さなおじさん』だったかもしれないわね」

「なんですかそれ」

「ご、ござ……」

「最近有名になった都市伝説よ。その正体のひとつに、ヒメハナグモが上がっていたわ。

 なんでも、お尻の模様がおじさんの顔に見えるんですって」

「さっすが。博識です!」

「あれ? でもそれ、小さいんですよね。話だと大蜘蛛じゃなかったですか?」

「…そうね ―――― 」

「はい! はいはいはい! 某はい!」


「ではそこの某君」


「ずばり、それはアラクノフォビアでござろう」

「アラクノ…なんだって?」

「訳すと、クモ恐怖症でござる」

「そのせいでクモのお尻が顔に見えるの?」

「そっちではないでござるよ。

 クモ恐怖症の方達はその大きさを過大評価しており、実際のサイズより大きくクモを見ているそうでござる」

「逃した魚は大きく見える、というやつかしら」

「注意を払うほどその存在を大きく感じるという点では、同じ原理かもしれないでござるね」


「へえ」


「あ、読書してる時って文字が大きく見える気がします!」

「それだけ集中してるんだ。すごいよ」

「ふむ。

 関心、恐怖心、または盲目になるといわれる恋心などは、相手を大きく見せるのでござろうね。

 ……いや、相手が大きく見えるから、人は恋に落ちるのか ―――― 」


「……」


「どっちにしろ、人の心は不思議でござる。はっはっは」


「………」

「………」


「……」


「……ござぁ」

「………ふん」


「恐怖心で、大きく……」


「ござ?」


「まんじゅう恐いまんじゅう恐いまんじゅう恐いまんじゅう恐い ―――― 」


「やめるでござる!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る