とりあえず『これは半分つくり話なんだけど』で始まる怪談
矢多ガラス / 太陽花丸
夏とカレーとわたしの怪談
夏の甘口 –『魑魅魍魎の声がした』
とある暑い夏。
今年の打ち上げ花火も終わり、机に置いたお菓子、それと飲み物を片手に、椅子に座りながらベランダでのんびりと談笑し合っていた。
すると、暑さを紛らわすためにとホラー話が始まったのだ。
ひとりひとつ。
わたしはクーラーの効いた部屋で涼みながら寝転がっている犬を窓越しに見つめる。やれやれと思いながら、夜空の下で話を始める彼らへ視線を戻し、飲み物に口を付ける。
そして遅からずして、わたしの番がやってきた。
始めの彼は「これは友達から聞いた話なんだけど」と切り出し、次の彼女は、「これは私の小さい頃にあったことなんだけど」と話し出した。
…この流れなら、この話が合うかな
わたしはわたしの過去を振り返りながら、とある記憶をつまみ上げる。
「これは半分つくり話なんだけどさーあ? ―――― 」
ふざけた調子で語り出し、予防線を張る。聞いてる
わたしはあははと笑って返しつつ、浴衣を軽く直す。
予防線とはいっても、この話に出てくる魑魅魍魎(以下、命名はチミチミ)は極力無害なのだが、まあ、いつものように話しましょうか
わたしが普通を装うために日頃はできないとあるお話。わたしの共感されない過去。共有する者がいなかった日常。
それを話すことが許された機会。年に一度はやって来るこういった怪談話。
すぅっと息を吸い、わたしは吐く言葉に毒が混じり出すのを感じる。この話は相手の世界を侵食するかもしれない。この言霊は相手の日常を飲み込むかもしれない。それを知っていても、わたしは話すのを、話そうとするのを止めはしない。
聞いてる方々が、今この一瞬とはいえども、こちらに足を踏み入れ、留まってくれる。あなた達にとっての非日常が、わたしにとっては日常だった。出来るだけ帰したくない。もっとここに居てくれればいい。ああ、今年も帰ってきてくれた。
わたしは喜びを感じながら、それを隠しつつこちらの話をするのだった。皆に毒が回りきらぬよう注意しながら。帰らせないよう呑み込んでしまえと言う欲望に抗いながら。
そして、いつも少し後悔する。
何故わたしは『これは半分つくり話なんだけど』と、初めに逃げる機会を与えてしまったのだろうか、と。帰ってしまうだろう人達に、逃がさないといけない人達に、寂しさと悲しさも感じながら、わたしは話を綴る。
☆ ☆ ☆
子供の頃、色々な理由で親に怒られたと思います。
食べ方が汚い。箸の持ち方がおかしい。服を投げ散らかさない。うがい手洗いをする。宿題、勉強をする。ペットに餌をやる。そして部屋を片付ける。
ええ、自立した大人であればどれも基本なことですね。
かくいうわたしも小さい頃は部屋を片付けるようよく怒鳴られたものです。
わたしの場合レゴが好きでして…。ほら、あれですよ。小さい積み木みたいなやつ。それがよく部屋のあちこちに散らばってました。
するとですよ、母親が部屋に入って来ると時たまそれを踏んでしまい、とても痛がるわけです。わたしの家ではスリッパを履く習慣がなかったので、足の裏にチクリってね。
もうカンカンです。部屋に掃除機もかけられないし片付けなさい!、と怒られ、数時間ずっと掃除です。
その中でも特に怒らせた日があって、その日は寝ることもできず夜遅くまで部屋を片付けていました。
しくしく しくしく
わたしは泣きながら散らかった部屋を片付けていました。
怒られたから泣いていたのもありますが、もうやってらんねー、と悲しくて涙を流していたとも思います。
実はつい先日部屋を片付けたばかりです。それが今日、部屋はあらん限りに散らかり、わたしはひとりでそれを片付けていました。まあ、わたしの部屋なんだからしょうがないですね。
でもこの散らかりの半分以上は母親のものです。…え? 何て言ったかだって? 母親がわたしの部屋を散らかしていったんですよ。
今思えば難癖付けてわたしの部屋でストレス発散していたのかもしれません。何故か夜中に部屋へ来て、歩き回ってレゴ踏んで、怒ったと思ったら部屋中ひっくり返して大暴れ! 散々暴れたらこれ全部片付けておきなさいと怒鳴って去ります。少なくない頻度でこれがありましたね。
いわゆるヒステリーでしょう。当時のわたしは何故こんなことになったかわけが分からず、悲しくて悲しくて、しくしくと部屋を片付けていました。
ぴっぽー
鳩時計です。1度鳴けば1時ですね。
叩き起こされ、深夜まで片付けてもまだ半分も終わっていませんでした。溜息をつきながらそれでも部屋を片付けていきます。片付けられず、朝方にまたいちゃもん付けられたらたまったもんじゃないですから。
どれくらい時間が経ったかわからない時、やっとこさわたしは部屋を整理整頓できました。
やった! これで寝られる!
くたくたの体をベットに運び、朝までぐっすりと寝てしまおうとするわたし。
そこで、ハッと気付きます。ええ、このまま寝ていればよかったのに、ハッと気付いた、否、起きてしまったのです。
―――― ぴっぽー
鳩時計が何度鳴いたかわかりませんが、その鳴き声でわたしは目覚めました。
…………
ぐしぐしと手で、涙が乾燥した目元を拭います。目やにがまつ毛にたくさん付いててとても不快です。
……はあ
わたしはガッカリします。見渡すと部屋は半分以上片付いていないのです。
どうやら途中で疲れ寝てしまい、掃除が済んだ達成感は夢の出来事だったようです。
「…もうやだなー」
ぼやきながら片付けを再開します。
「…うう、ぐす。………ぐすぐす」
何でこんなことになったか考えようとしますが、相変わらず答えは出ず、悲しくて悲しくて、わたしは手を動かしつつもぐずっていました。
「手伝おうか?」
「…うん」
それは自然なやり取り。もうこんなことやっていたくない。寝起きの頭はただ返事に反応し、言葉を返しました。
…誰!?
その声は後ろから、先程までもたれかかって寝ていたベットの上の方から聞こえていました。
わたしには妹と弟がいますが、2人は別の部屋で寝ています。しかも声は自分と同じ年ぐらいの元気のある少年の声。弟のものではありません。
わたしは子供なりに警戒して、立ち上がりながら振り返り、同時に身構えます。わたしは空手をやっていました。
………!
ベットの上には、パッと見て何もいません。
唾を飲み込み、恐る恐るベットへ近付きます。
……ふう
何もいません。
緊張を解き、ベットに手をつく。
実はわたし、視えることはあっても、声を聞くことがあまりないのです。滅多にないことなのでさすがに冷や汗をかいたのを覚えています。
通りすがりの、しかも話せるのが家を横切っていったのだろう。
納得し、振り返って掃除を再開しようとします。
するとそこに、
「……!?」
あり得ない光景が。
それはとても強烈な怪異でした。度肝を抜かれるとはまさにあのことを言うのでしょう。
「部屋が……」
部屋が片付いているのです。
目が覚めた時はまだ半分は散らかっていました。それが振り返ったこの一瞬でキレイに(実はめちゃくちゃでしたけど、パッと見キレイに)片付いていました。
チミチミには変なのが多いですが、基本びっくりさせます。また、コミュニケーションはほぼ取れず、無視が一番です。
でもこのチミチミは何か違う。どこいるの? おーい、どこいったー。
わたしはその後部屋を探し回り、別室の本棚(何故そこで本棚?)も見て回ったりしましたが、チミチミは何も現れませんでした。
そして探す気力も失せ、ほえー、と何も考えられずベットに戻り、そのまま寝ました。
翌朝、部屋はきちんと片付いており、ムスッとする母親に怯えながら朝食を食べ、学校へ登校しましたね。
それ以降この手のチミチミが現れたことはありませんが、もう一度会えたらこう言いたいです。
ありがとう
……出来たらこれからも片付けて?
以上、『チミチミの声がした』でした。
☆ ☆ ☆
「 ―――― そんな怪奇談でしたー」
「一家に一台ってか」
「へー、お片付け系幽霊? びっくりだねー」
「…それってさ、どっちなんだろ」
「どっち?」
「ああ、私も思った。
それって幽霊が掃除したんじゃなくて ―――― 」
「うんうん」
「夢が現実になったんじゃない!」
「うん?」
「ただの浮遊霊じゃなくて、位の高い妖怪かなんかだったのかも!
ね、ね、そういうことでしょ?」
「…あー、うん」
「…はは、それか起きたわたしが寝ボケてて、寝ている間に母親が片付けてくれたのに、それに気付かなかった、とか」
「そう。それそれ」
「ああ、なるほどな。でも目が覚めたとき部屋は散らかってたんだろ?」
「そのハズ。でも目やにがひどかったし、もしかしたら、ね」
「ねえ、ねえ! 夢に関する妖怪って何がいたっけ?」
「………」
「えーと、バク?とか、なんだっけ、枕返し?」
「夢を現実にする妖怪っている?」
「妖怪ってわけではないけど、夢が現実になる予知夢、現状を夢で見たと思うデジャブ、などなど、夢と現実に関する話って色々あるよね。
古文か何かで読んだ気がするんだけど、奈良時代?の人って、いい夢を見たら話さないことで現実に、悪い夢を見たら言い回って非現実にしようとしてたんだっけ」
「今は有言実行、むしろ夢を語る方が叶いそうな気がするけどな」
「結局は本人のやる気ってことだ」
「はいはいはい。いないんだったら私がその妖怪に名前つけたいです」
「いいよー」
「妖怪『夢興し』!」
「そんな町興しみたいな…。ていうか意味が違ってきそうなネーミングだな」
「夢を盛んな状態にするモノノケ?」
「こう、夢を刺激するみたいな名前にしてみた」
「ああ、だから予知夢が起こったり、デジャブになったりするの?」
「そんな感じー。…あ」
「うっわ! 馬鹿お前、ホントに馬っ鹿!」
「ごめーん。服にかかった?」
「コップの破片はそのままで。指切るよ」
「ホントにごめん」
「手伝おうか?」
「うん、ありがとう」
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