第二章、港町の天下無双
第7話、港の男、女!
辺境の島から辿り着いた港町フェルカンは大きな町ではないが、それなりの規模を誇る海運の要衝だ。北へ3日ほどの所には近隣では最も大きな街があるので、この港町はそこの玄関口といった意味合いの方が強い。また、海流の影響もあってか、辺境と気候には大差ないようだ。
マルコたちと別れたゼルベルトはさっそく船着場から町の中に向けて倉庫街を練り歩いていた。前を全開にした赤いシャツを羽織った強面の彼は妙な存在感の強さを放っており、そのつもりはなくても否応なく目立っていた。荒くれ者が多い港町においてその様な目立ち方はトラブルを招くだけだろう。だがゼルベルトに悪気はなく、極々自然体で不穏な視線もどこ吹く風だ。
時刻は昼時で船上では何も口にしていないゼルベルトは、大層腹が減っていた。ぎゅるるると豪快な音を立てる腹を気にしながらメシ屋を探している。
「・・・・・・まずは腹ごしらえといきてぇな。なんでもいいからどっかにねぇか」
倉庫街の中にメシ屋はないようで、きょろきょろしながら町の方まで歩くと、年季の入った分かりやすい料理店があるのを発見した。
いそいそと店に入るゼルベルトだが、中で迎え撃つのは漁を終えて飲んだくれていい感じに酔っ払った漁師たちだった。さすがのゼルベルトも昼間から酒臭い連中に嫌な顔をしたが、それよりも腹を満たすことの方が先決だ。周囲を無視してカウンター席に座ると注文を始めた。
「おう! オヤジ、なんか軽い酒とボリュームのあるメシを頼む。肉がいいな。ここ2日なんも食ってなくてよ、腹減ってんだ。ほかにもすぐに出せるもんがあったら出してくれよ」
「・・・・・・お前、見ない顔だな。金は持ってんのか?」
「心配すんな。なんなら前払いすっからよ」
ゼルベルトは腰に括りつけた黒の革袋から硬貨を一枚取り出すと、カウンターに置いてスッと差し出す。
「大銀貨か。ふんっ、残しやがったら承知しねぇからな」
ニヤリと笑って料理の準備に掛かる店主であった。
ゼルベルトが持参した金は、オババというか辺境からの餞別である。まさか無一文で放り出すほど薄情な人々ではない。彼が狩人として辺境の集落にもたらしてきた利益は相当なものがあるし、実は辺境の集落は貴重な魔獣素材の売却によって、非常にリッチなのだ。旅立つ若者に大金を送っても痛くも痒くもないほどの稼ぎも蓄えもある。
餞別として送られた金は、小金貨が20枚と大銀貨が100枚。小金貨1枚の価値は食事代に限った場合、常人なら贅沢さえしなければ、90日は持つだろう。ゼルベルトの場合は大食らいなので、30日も持てばいい方だろうが、それを20枚。大銀貨は10枚で小金貨1枚と同じ価値を持っており、それがさらに100枚。太っ腹である。だが、宿代などの旅費や旅の必要経費を考えれば、しばらくは持つものの、しっかりと稼がなければすぐに底をつく程度の金額とも言える。決して油断は出来ない状況のはずだが、ゼルベルトがそれを認識しているかは望み薄だろう。
ゼルベルトは給仕のおばちゃんの持ってきた泡立つ酒を一気に飲み干すと、すぐさまお代わりを要求して、つまみに出された辛味のある豆を豪快にほおばり、続けて出された魚のマリネも一気に食べ尽くす。美味そうに飲み、美味そうに食う奴である。続けて店主が簡単に作った卵と肉の炒め物を熱々の状態にも関わらず、これも豪快に酒で流し込みながら消化していく。店主はその様子を見ながら満足げに次の料理に取り掛かるのだった。
その様子をなんとなく呆気に取られて見ていた荒くれ者の漁師たちが我に返った。
「・・・・・・って、おい! そこのお前、見ねぇ顔だがどこのモンだ!」
「てめぇ、いいガタイしてるじゃねぇか! 男なら俺と勝負しろ!」
「ボーデヴィンに勝ったらここは俺が奢ってやるぞ、若いの!」
「男なら逃げんじゃねーぞ、こら!」
まだまだ腹が減って食い足りないが、人心地はついたゼルベルトだ。だが、外の町に着いて早々いきなり喧嘩をするような気にはなれなかった。だからこそ、大人しくしていたのだが、そうまで言われて引き下がるような男ではない。
「うるせぇ奴らだな。おめぇらが誰か知らねぇがよ、売られた喧嘩は買うのが俺よ。このゼルベルト・クリーガーに文句がある奴は遠慮はいらねぇ。掛かってきやがれ!」
辺境育ちのゼルベルトだが、辺境の常識と外の世界の常識の違いくらいは知っている。完璧というには程遠いが、それなりの知識くらいは持っているのだ。例えば、自分たちが異常に強いということ。ただし、どのくらいの差があるのかについてまでは想像をするしかなかった。たった今、それを実感として知ることの出来るチャンスが訪れていた。戦いにかけては一端の男であるゼルベルトは、もちろんこのチャンスを逃すつもりはない。
「いい気勢だぜ、若いの。俺はボーデヴィン。デカイ口を叩いたんだ、覚悟は出来てるよ、なっ!」
太く日に焼けた腕から繰り出された拳を、椅子に座ったまま、まともに頬に受けて吹っ飛ぶゼルベルト。椅子をなぎ倒しながら倒れこむ。
「けっ、なんだよ、口ほどにもねぇ奴だな。もう終わりか?」
「おい、ボーデヴィン! ちっとは手加減してやったらどうだ。がははっ」
囃し立てる声を気にせず、むくっと起き上がるゼルベルトは、そのままボーデヴィンの拳を何度か受ける。
「意外にタフだが気持ちの悪い野郎だぜ。ボーデヴィン、さっさとぶっ倒しちまえ!」
「腰の獲物は飾りか、おい! そいつを使っても誰も文句は言わねぇぜ。ハンデだよ、ハンデ!」
何度か殴られながら考え事をするようにしていたゼルベルトだが、その声を聞いた途端に怒鳴り声を上げた。
「バカ野郎! 男が喧嘩でンな尖ったもん振り回せるか! 男の武器はコレとコレで十分だろうがっ!」
己の拳と心臓を示しながらそう言い放つ姿は迫力満点で男気に溢れており、周囲の視線を釘付けにする。それはゼルベルトを舐めきっていたボーデヴィンも例外ではない。
「おっと、男の武器はコレもあったな!」
次に股間を示したマヌケな姿で全てが台無しであった。
「ふざけた野郎だぜ」
「おう! おめぇ、ボーデヴィンとか言ったな。こっからはよ、今まではちっと違うぜ」
無造作に近づいたゼルベルトは目にも留まらぬ拳を繰り出し、喧嘩自慢のボーデヴィンを一撃で気絶させた。しかもきちんと手加減してある。彼が本気で殴れば殺してしまうので当たり前であるが。
「よっしゃ、体があったまって来たぜ。どんどんこいよ、こんなもんじゃねぇだろうがよ! 海の男ってのはよっ!」
興が乗ってきたゼルベルトに、乗せられた漁師たち。店主が天を仰ぐ大立ち回りは夕暮れまで続けられた。
壊したテーブルや椅子の弁償をさせられた上、店主に一発ずつ殴れたゼルベルトと漁師たちはなぜか意気投合を果たしていた。追い出された彼らは近所の同じような店に場所を変えて、何がおかしいのか笑い合いながら楽しそうに酒を飲んでいた。
「だーはっはっはっ、おめぇらも相当な好きもんだぜ」
「がははっ、そのときのコイツが傑作でよ!」
何を言っているのか分からないが、きっと下品な会話に違いない。周りの客も同じようなものなので、誰も気にしていないのが幸いなのか残念なのか。
そのまま飲んで食って笑いあって、しばしの時間が過ぎる。ずっと楽しそうであったが、夜もふけてくると、漁師たちが時間を気にし始めた。
「悪いな、これ以上遅くなると母ちゃんに怒られちまうよ」
「俺もだ。かみさんがガミガミとうるさいからな。先に帰るぜ」
帰る家がある男たちは家族が気になるようだ。それを咎めるほどゼルベルトも野暮ではない。同じタイミングで全員で店を出ると、快く彼らを見送るが、そこでふと気が付く。
宿がない。ゼルベルトはあらかじめ宿を取っておくなどといった気の利いたことをしているはずもなく途方に暮れた。だが、そこで何人もの視線を集めていることに気が付いた。
女だ。それもまだ若い、自分と同じような年頃の女。ゼルベルトは急激に体が熱くなるのを感じた。
しかも若い女たちは、色っぽい衣装で街角に立っているのだ。夢か幻かと思うのも仕方がないだろう。視線を送ってくるのは、彼には縁がなかった同年代の若い女たちなのだから。
「なんなんだ、これはよ。・・・・・・マジかよ」
積極的に近づいてきた一人の女がゼルベルトの腕を捕まえると、胸に押し付けるようにして腕を組んできた。最強の魔獣を目の前にしても怯むことのない男が緊張に硬直した。
そのままふらふらと、誘われるままに付いていくゼルベルト。硬くなった体も甘い香りに解きほぐされていく。だらしのない顔をしながら引かれる腕をニヤニヤしながら見つめると、今度は積極的にボディタッチを開始した。ゼルベルトが大陸に辿り着いた最初の夜は、そのまま薄着の女と一緒に夜の町に消えていって終わったのだった。
年頃の若い女。ゼルベルトたち、辺境の若者が求めてやまない究極の宝。それがなんと、自ら誘ってきたではないか。多少の金は掛かるが、その程度なんだというのか。
まだ若いといっても、相手もプロの女である。だが、ゼルベルトは辺境の女神と幾たびの激戦を潜り抜けてきた百戦錬磨の猛者だ。プロであってもまだ若い女が敵うものではない。
連日連夜に及ぶゼルベルトの女遊びは噂が噂を呼び、"女殺し"の二つ名を得るまでさして時間は掛からなかった。
ハマった。とにかくハマった。若い女との甘美なひと時に溺れた。若いといっても、それほどの器量よしではない。ここはド田舎の小さな町にすぎないのだ。稼げる女は、より稼げる都会に行ってしまうのが普通だ。ここに残っているのは、押して知るべしだろう。だが、若いというのはただそれだけで掛け替えのない武器になる。ゼルベルトが
朝まで女を抱いては夕方まで眠る。それから町に繰り出しては仲良くなった漁師たちと、酒場で好きなだけ飲んで食う。メシは辺境に比べれば余り美味くはないが、珍しい料理がたくさんあって面白くはある。腹を満たせば誘ってきたプロの若い女をまた朝まで抱く。荒くれ者の漁師たちと喧嘩をしては仲直りをして肩を組んで笑いあう。そんな生活をただひたすら繰り返した。
辺境を出るときに持たされた金は大金だったが、こんな生活を送っていては早々に尽きる。
まさしく、あっという間に使い尽くした。
「金がねぇ・・・・・・」
当たり前だ。何を嘆くことがあろうか。
またこれも当然のことであるが、ゼルベルトは自称トレジャーハンターであっても事実上の無職である。おまけに金を稼ぐ当てもない。
羽振りのいいときはモテまくったゼルベルトだったが、金がなくなるにつれ、すげなく扱われるように変わってきてしまった。やはり世の中金なのか。馴染みの女にもツレなくされ、少々落ち込むゼルベルトであった。女殺しの二つ名も泣こうというものだ。
そこで彼は思い直す。無償の愛、それこそが自分の求める物であったのだと。
それはともかく、先立つ物がなくては何も出来はしない。
捨てる神あれば拾う神あり。そんなゼルベルトに声を掛けてくれる気のいい奴らもいる。それは港の船乗りたちだ。彼らはゼルベルトの豪快な金遣いと腕っ節の強さを知っている。なぜなら、酒場での喧嘩を何度も経験してきているからだ。険悪な仲になりそうなものだが、さっぱりと気のいい男たちはなぜか仲良くなってしまったのだ。その中には船長などもいて、俺の船に乗らねぇかなんて誘ってくれる者までいた。一応、当初の目的を完全に忘れたわけでもないようで、ゼルベルトは丁重に断っていたが。
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